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百二話 色彩のステージ

 曲がかかり、暗くなった辺りを見回す観客。何人かは旋律に聞き覚えがあるからか、すぐに決闘場へ視線を向ける。

 そして、現れた歌姫シャロル。観客席には驚愕が広がり、皆ステージへと釘付けになっていた。

 

『エドゥフェ』


 観客席の見える決闘場の真ん中で、エミリーは呪文を唱える。その表情こそ平然としているが、裏では緊張どころか倒れてしまいそうだった。

 歌姫シャロルに向いている楽しそうな瞳が、自分に向けられたら。非難の怒号が飛び交うかもしれない。

 それが、怖くて、怖くて、辟易している自分がいる。


『ローア』

 

 初めはささやかに。色の魔法に合わせて、光をのせる。

 これは、彩りの魔法で初めて変化を加えた魔法。

 あの子が、すごい、と褒めてくれた。


『リ・ホティア』


 次は、シャロルが引く藍色に、花びらを舞わせる。

 これは、まだあどけなかった頃に、あの子と遊んだ魔法。

 上から降らせて、花の雨だと嬉しそうにしていた。


『ニリータ・ノシェ・ニムリ』


 そして、空に浮かぶ色とりどりの輝き。シャロルの動きに沿って、咲いていく。

 あの子に贈ったプレゼント。花束と一緒に披露した。

 クインちゃんの絵は優しいね。あの子が、そう呟いた。


 なぜだか、幼い時の記憶が蘇る。

 そして、それがあの子の手がかりになる。

 あの子が何をしようとしているのか、あの子が自分にとっての何者か。それが理解できるような気がした。


「ロミーは私に何をさせるつもり……?」


 あの子はとても頭がいい。こんな状況を作り出したら、混乱するだけだと分かるはず。

 そして、それをエミリーが望んでいないことも知っているはず。


「私が注目されて、私が這い上がる。それを作り出したロミーは……」


 犯人になる。エミリーを渦中に落として、悪評を見過ごし煽った。


「……敵? ……味方?」


 カードゲームをした昔を思い出す。ピンチの時には嘘をついて、勝てそうな時には裏切る。それがあの子は得意だったから、エミリーは負けるばかりであった。

 けど、負けっぱなしではない。勝ったこともあった。そういう時は、だいたいあの子が油断している時だった。


 またサビの歌になって、曲線を描く。

 ここから終わりに向かっていく。

 そこに見せ場を入れよう。シャロルはそう言っていた。


『タフタ・ティボット』


 何羽もの鳥が飛び立って、その軌道上に弧を描く。

 やがて、観客席まで振り注いで、きらきらと会場に星屑を散らした。


「わあ! 見て! 星空が降ってきたみたい!」


 一つの感想が耳に飛び込んだ。あの子のように、ロマンチストな表現。

 それにエミリーが返した言葉は……、


「星空は、もっと綺麗だよ」


 口にした途端、エミリーはロミーの姿を見つけた。

 じっと観覧している彼女は、一瞬だけ油断した。

 そこに映っていたのは、笑った顔の無表情。ぼんやりと、まるで自分のような表情だった。


「なんで……」


 なんで、そんな顔をするの?


 そんな顔をさせたのは、誰?


 合うはずのない目が合った気がした。

 あの子は慌てて取り繕う。エミリーにとって、毎日向けられる読めない笑顔を作って。


「……。……わかった」


 分からないけど、分かった。

 あの子はきっと、エミリーのためにああなった。

 そうなるほどに失望したのは、きっと自分自身。気付かれないようにしていたから、読めない笑顔のままだったのだ。


 やっぱり、自分にとってのあの子が誰かは思い出せない。

 けど、正解には辿りつけそうだ。

 エミリーは歌の最後を聞き届ける。


『最果てに交わした 二人だけの約束

 忘れられない 星空の夜に……』


 このフレーズは、先ほどと打って変わって静かに響く。

 シャロルにスポットライトが当てられる中、降らせた星屑を集めたエミリー。数拍の間を刻んだのち、戻ってきた音やリズムと共に空に上げていく。

 そして、こちらに一瞬だけ目を合わせたシャロルと、最後の魔法を完成させる。


『ソティオ・デ・レニーウェ』


 何よりも輝く、神秘的な一等星。

 歌姫シャロルのイメージカラーが、空まで届くほどの光で染め上げる。

 

 シャロルの色とエミリーの彩りが織りなす、『誓約の一等星』。

 

 輝いたスペクトラムは、最後の音をもって()んだ。

 時が止まったような観客席。やがて、誰かが歓声を上げると、また一人が拍手を始めた。

 そして、生まれて初めて目にした、スタンディングオベーション。


 ──いつものステージより、見応えがあった。

 ──何かが違う。信じられないステージだった。


 耳に飛び込んでくるのは、賞賛の嵐。まだ自分に向けられたものではないが、エミリーは魔法を認めてもらえたことに軽く衝撃を受ける。

 

 戸惑いのひしめく中、エミリーは決闘場に立つ時がきた。

 

 シャロルが自身の名前とともに、飛び入りのコンサートということも明かした。

 歓喜の声が飛び交う中、シャロルは自然な流れでステージの話へ移る。


「それで、みんなに聞きたいことがあるの。今日のステージはどうだった?」


 あちこちから、素敵だった、最高だった、と聞こえてくる。

 

「そうね。普段よりも、特別だったと思うの。実は、このステージを作り上げたのは、私たちだけではないわ」


 どよめきが起こる会場。歌姫シャロルのステージは、それぞれのプロによって作られる。

 そのため、今回のステージを手伝った人物に注目が集まった。


「気付いた方もいると思うのだけど、ステージに加わったのは彩りの魔法」


 シャロルが手招きしたので、色の死角からそっと顔を出す。

 頭は真っ白だし、足は地につく感覚がない。

 微笑むシャロルだけを頼りに、なんとか彼女の隣に立った。


「彼女はエミリー。私の魔法を、さらに素敵にしてくれた素晴らしい魔法使いよ」


 その名前、その容姿、その魔法。

 会場は、騒然となった。

 皆、あの噂を思い出したからだ。


 しんと静まり返った決闘場を、エミリーは他人事のように見つめる。

 きっと魔法は褒められても、自分のせいで台無しになる。

 

 また、大切を守れないのか。

 

 俯きそうになったエミリー。だが、その寸前。


「あの子って……そんなすごい子だったの?!」

「決闘じゃダメなんて、こっちが得意なら当たり前じゃん!」

「誰だよ、魔法下手とか言ったやつ!」


 耳に入ったのは、罵倒ではなかった。擁護して、受け入れる。そんな声が、いろんなところでしていた。

 シャロルがいるからかもしれない。嘘をついているのかもしれない。

 だけど、エミリーにとっては肯定されること自体が驚愕に値する。


「っていうか、なんで噂を信じたんだっけ? 別にどっちでもいいのに、躍起になってたよね」

「そんなんだった気はする……しかも、あんまり目立ったミスはしてなかったような……」


 あの噂自体の賛否も揺らいでいく。肯定と疑問と否定。

 ないまぜになっていく意見の中でも、大切が踏み躙られるようなことはない。

 それどころか、評価はくつがえって、かつてないほどに持ち上げられてしまった。


「歌姫シャロルのステージできるってすごい!」

「そのまま演出家になればいいよ!」

 

 言いたいだけ褒める、名も知らない観客たち。

 エミリーは落ち着かなくなって、辺りを見回した。


「あ……」

 

 止めた視線の先で、再びあの子と目が合った。

 嬉しさを満面の笑みで表して、『最高』と口パクをして手を振っている。

 とうとうロミーは本音を隠さなくなった。ピンクの少女がこちらを睨んでいるのも知らないようだ。

 

『やり遂げたね、クインちゃん』


 勝利を確信した彼女の姿に、エミリーはそんな幻聴が聞こえてくるようだった。

 

 ◇◆◇


 エミリーの噂は、良い方向に傾いた。

 歌姫シャロルとの共演で、彩りの魔法が認められた。

 未だ決闘に出るべきでなかったという声はあるものの、仲の良い幼馴染との記念だったのだろう、と解釈する人もいるようだった。

 

「シャロルちゃん、マジのマジで最高過ぎるー! 演出も最高だったよーっ!」


 号泣しながら叫んでいるのはカナタ。この歓声の中では届かないだろうが、満足そうに声を枯らしている。


「思ったより、本格的な演出……あれって、本当に二日で仕上げたんですよね?」

「そうだよ。信じられないよね、二日前は会ってすらいなかったのに」


 彩りの魔法が大切というのは、あの演出で全て伝わった。

 二日のクオリティではないし、最後の魔法なんかは系外魔法ということを忘れそうになるほどであった。


「『投影書』で外にも映したから、もう集中砲火はされないはず……あーよかった! いっときはどうなることかと思ったよ。放置してたら、『星誕祭』続行不能! とかの可能性もあったしね」

「そこまでの事態になるの……?」


 そんなことはないだろう、とミリア。口振りが大袈裟というのもあって、信じてもらえていない。

 レイは真剣な表情に切り替えて、本当に危ないのだと教える。

 

「噂をなめたらいけないよ? ましてや、魔法使い相手なんて、呪ってくるかもしれないんだから」

「えっ、そんな簡単に禁忌を持ち出すこと、あるんですか?」

「全然あるよ? 過去の事例なんて星の数ほどあるし」

「……」


 意外と身の回りが安全ではないと気付いたからか、ミリアはなんとも言えない表情で固まった。

 その後、会場の魔法使いを見回すと、「世間知らずって怖い……」とぼやいていた。


「……だから、噂に真っ先に対応したんですね。エミリーさんが呪われないように」

「それもあるね。まあ、ぼくの場合は単純に許せなかっただけだけど」


 ミリアが社会勉強できたところで、レイはふとソラニの様子が気になった。

 じっとどこかを見つめたまま、動いていない。


「ミリちゃん、ソラニのことなんだけど……まだ警戒してるよね?」

「あ……そうですね。噂は解決したはずなのに」


 観客席は現在、決闘の映像を求める声が多数寄せられている。

 同時に、ピンク髪の少女やチームメイトにも非難が集まっていた。

 まったく、単純なものである。先ほどまでは、意見が一緒だったというのに。

 

 これくらいの喧騒なら、魔法会がどうにかするはず。

 レイは傍観を決め込み、ソラニの警戒するものを探ろうとした。


「ねえ、レイ」

「……どうしたの?」


 今まで妙にだんまりだったシグナメルムが、呼び止めてきた。

 彼は目を細めると、視線はそのままに、とある変化を口にした。


「あの不快な魔力が綺麗に消し飛んでる。あの最後の魔法が原因か。……ああ、どちらかというと、負けた感じ。紫が白と黒を排除したがってる」

「消し飛んだ? 最後の魔法は星。色彩の閃光を放つ………………もしかして」


 思い当たったのは、白黒になったアイデアの数々。

 それと、白黒に飾られた『星誕祭』のパルティータ。

 

 やっと白黒と噂を関連づけられる。

 シャロルたちの魔法は色だから、白黒の魔法を退けられたのだ。そして、初めは『星誕祭』に白黒なんてなかったのだ。

 それに気付けなかったことこそ、噂を過剰に信じる発端だった。


「魔力なんてなかったはずなのに……」

 

 『星誕祭』が始まる前からイメージカラーとされていたのも相まって、まったくの盲点だ。


「けど、ここまで気付けないなんて、ありえないんだよ。……ということは、ぼくも魔法にかけられたのか……いや、それならさすがに気付く。……なら、『かけられた』ではなく、『かかるようになっていた』……?」


 例えば、白黒の飾りが魔法そのものだった。もしくは、白黒をイメージカラーとして認識した時に、魔法の影響を受ける仕組みになっていた。

 そういう魔法時の異変のようなやり方に繋げて、代わりに魔力を感じられないほどまで消し去った。

 それなら、レイやグレータが気づかなかったことに説明がつくのではないか。


「でも、それをどうやって仕込んだ? こんな広範囲……それも、大多数に影響を与えるような魔法を。魔法会の魔法使いならグレータが真っ先に対処する。それを部外者が紛れ込んで、準備中にイメージカラーすら変えるなんて……っ!?」

 

 思考にふけっていたレイは、明らかな異変を感じ取った。

 

 顔を上げる。何もない視線の先、存在する異変。


 その直後に響く、圧倒的に場違いなアナウンス。


《えぇー、残念! ちょっと席を外してたら、仲良しこよしになってるんだけど! ねえねえ、もっと叩かなくていいの? もっと頑張れよー!》


 明るい調子で、滅茶苦茶にかき乱す、愉快そうな声。

 もっと叩け、頑張れ。

 まるで、エミリーが集中砲火に遭って欲しいような言い草。


《あっれぇー、本当にもう終わり? もう終わり?? 使えないなー。これで終わりにされたら僕も拍子抜けしちゃう!》


 いきなり出てきて、勝手に残念そうにする。

 このハイテンションな声は、いったいどこから聞こえているのか。

 ざわめきが広まる中、独壇場とばかりに正体不明の声は喋り続けた。


《しょうがないから、ここからは僕が司会進行ね。とっておきのイベントを開催! 『侵略者によって街が白黒に!? 緊急脱出! モノクロゲーム!』。これから僕がカードを投げるから、みんなはお祭りを守るヒーローになろう!》


 何これ、魔法会じゃないよね、と手に取られるイベント告知のチラシ。

 そこには『十枚のカードが相手ねー?』、『制限時間は一時間☆』、『倒した人は合格だよ!』と、面白おかしく書いてある。

 

《あ、そうそう。主催者なら名乗らないと》


 思い出したような言葉の後に、決闘場に『M.M』と書かれた黒いマークが現れる。

 それは白黒の飾りから増殖していき、パルティータ中に広がっていくのが『投影書』から確認できた。


《僕の名前はミシェル。『マッドマジェスティ』のミシェルだよ。魔法使いの諸君、よろしくね!》


 ミシェルと名乗る気配は、笑い声を最後にぷつりと音を絶った。


 あっという間の出来事に、理解が追いつかない。

 だが、これだけは分かる。

 謎の人物に、『星誕祭』は乗っ取られてしまった。

 

 アナウンス終了後、パルティータはモノクロカラーに侵食される。

 負けたら終わり。そう、暗に囁くように。

 悲鳴や怒号が飛び交う中、レイは黒い魔力が生み出すものへ危機感を募らせていた。

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