百三話 モノクロゲーム
現れた十枚のカードがパルティータ各地に飛んでいき、ここに残った二枚は黒く歪な生き物に変化する。
それに既視感があると凝視すれば、魔法時の異変で遭遇した『miasma』という魔物に酷似していた。
おまけに、カウントダウンを始める時計の文字盤も現れたため、さながらラトムーンの脱出ゲームの再来である。
「ミシェル……なーんか、知ってる気がするんだよね。それに、『M.M』って表記は確か…………っていうか、あの人、置き土産は随分と豪華にしてったね! ……幸い呪いはなさそう。代わりに、破壊力の増した魔物が十体か」
努めて冷静に呟くレイだが、内心は焦っていた。
まず、魔物が各地に飛んでいったこと。
次に、その魔物が明らかに五つ星レベルだということ。
最後に、紋章の通信がパルティータの外へ届かないこと。
主に三つの理由から、この一時は地獄絵図と化す予感しかしなかった。
「魔物は、白いうさぎと黒いうさぎ……にしては、周りが賑やかなんだけど」
うさぎの魔物の上には、これまた脱出時に見かけた不恰好な魔物が三体ほど。
馬と鳥を混ぜたような見た目の、あの魔物がうさぎを操っているようだ。
他にも、モノクロカラーの時計やリボンで飾られて、足場はルーレット、外枠がトランプ、と楽しそうな見た目をしている。
「パルティータから作られたのかな……?」
「さあね。ミシェルって人の趣味かもしれない」
だが、二箇所ほど不気味なところがあった。
一つは、うさぎの背後でニヤリと笑う大きな口。逆にうさぎは生気がないので、対比が実に薄気味悪い。
もう一つは、うさぎの周りでひび割れた、真っ黒な亀裂。心なしか、どんどん広がっている気がする。
「あの黒い亀裂とモノクロの侵蝕は関係ありそうだ」
先にカイヤに別の場所の魔物を任せて、レイは黒や白の魔法を『夢氷』で書き換える。
周りも避けたり守ったりはしているものの、攻撃に転じられている人は少ない。
「でも、守れるくらいなら……あとは攻撃できる人がすればいいし」
レイの視線は、陰のある方向を辿る。
ちょうど、キーが魔物を陰で殴ったところであった。
「って、また巻き込もうとしてるし!」
慌てて陰の周りを書き換える。あのままにしていたら、近くの人が怪我をしていただろう。味方こそ敵という場合もあるらしい。苦笑いでレイは気を引き締めた。
ひとまず、一体目の魔物は倒せたか。強さが攻撃のみならば、そう時間はかからないかもしれない。だが──
《……ちっ、クッソうぜえヤツか》
「うわ、なるほど……」
一度は陰に飲み込まれたはずの魔物は、しばらくすると再び同じ場所に現れる。
さらに、魔物の数も増えてしまい、背後の亀裂もピシリとひび割れた。
増えた魔物は魔法使いに糸を垂らし、色を吸い取る。そして、モノクロになった魔法使いは、力なくその場で倒れてしまった。
「も、モノクロになると、意識なくなる……?!」
魔物を倒しに行こうとしたカナタが、立ち止まって振り返る。
もしかして、倒せば倒すほどモノクロにされる人が増えるのではないか。
蘇生できないかも、とカナタがためらった。
「あのミシェルって人は、倒し方をテストするつもりかな?」
先ほどから気になっていたが、あの魔物と黒い亀裂は一体化しているようだ。
魔力が、というよりは、亀裂自体が魔物。そう捉えた場合、あの魔物は見せかけだとも取れる。
「じゃあ、あの亀裂をどうにかしないといけない」
だとすると、一時間はきついのではないか。数の問題もあるが、亀裂と魔法を同時に封じないといけない。
おそらく、一時間守り切ることはできる。キーとカイヤがいる上、五つ星の魔法使いも多いから。
だが、モノクロの亀裂は手堅い。どんなに早く解こうとしても、いくつもの鍵を必要とする。
それを、計十回も繰り返して亀裂を閉じる。
手間取ったら一巻の終わり。協力前提ならば、一体ずつ回っていられない。
それから、追い討ちをかけるように、侵蝕の悪化も知らされた。
《ちょっと、レイ!》
紋章から聞こえるのは、切羽詰まったメイリの声。
呪文を挟みながら、訴えるように状況を叫んだ。
《なんで五つ星の魔物が、こんなに湧いてんのよ! 魔導主様にも繋がらないし! これじゃ、もって三十分が限界だから!》
魔力が途絶える直前に、「危ない!」と声がした。さらに五つ星の魔物が三体いると、早口で追加された。
「うさぎ以外にも、五つ星の魔物って……」
そういえば、さっきからキーが魔法を乱発している。その数だけ魔物がいるなら、『薄幸夢』をかけ続けないと危険だ。
「私たちも見回って来ます。レイくんの魔法があれば、逃すことくらいはできるはず」
「いいの? なら、お願い! ただ、まずは安全第一に。二人とも逸れないように気をつけてね」
『甘い夢』をかけて、ミリアたちに巡回を任せる。ソラニもついているので、きっと上手くやってくれるだろう。
五つ星の魔法使いの数を把握しつつ、レイは亀裂を閉じる方法を考える。
「十箇所……一つずつ……? それか、他に封印できる人を……いや、そんなことしてる時間もない」
一つ閉じるのにも、どれだけの時間がかかるか見通せない。
それどころか、一つの亀裂でさえ苦戦するのではないか。
「無理だ、一時間は……間に合わない」
いっそここにいるのが、レイたちだけであれば良かったのに。
このままでは『死神』事件なんかよりも、よっぽど犠牲が出てしまう。
「……」
「レイ」
ひどく緊迫した表情だったからだろうか。
また、呼ばれる。
だが、もう次の言葉は予想がついていた。
「頼ってくれたら、望み通りにしてあげるよ。どうする? 救けてあげようか?」
確信を込めた台詞と、閃く紅い瞳。頼らざるをえないと知って、わざわざ答えを待っていた。
「僕はこのままの方がいいけど、ね?」
これだから、この悪魔といたくない。
レイは封印のための魔法を用意して、シグナメルムに願いを告げた。
「……魔物をここに集めて欲しい」
「ふふ、了解」
途端に、シグナメルムの左目が紅い光を宿す。
そして、狂気の代名詞を唱えた。
『偽物の神』
異質で、圧倒的な存在感。擬態して溶け込んでいた悪魔は、この瞬間、恐るべき何かへと変貌した。
洗脳する救済。支配する正義。
盲目、熱狂、崇拝。
逃げていた誰かが、その場で拝み始めた。守りについた魔法使いが、感化されて守護を広める。
そして、魔物は困惑したように攻撃する相手をこちらに定めた。
不可解な存在を前に、排除を真っ先にする。
魔物の行動は真っ当なもの。
だが、それは急転直下を辿る道であった。
「いいよ、レイが頼んでくれたし、少しは赦してあげる」
そうして浮かび上がった刻印。正義の刻印だ。
「あ、レイは呪文あった方が好きだっけ」
「……。どっちでもいいよ」
シグナメルムは刻印を並べたまま、再びいらない呪文を唱えた。
『コモム・イア』
十の方向へ向かう刻印。その正義は、彼の意のままとなる盲信。
光を宿した目は、容易く魔物に刻まれた。痛みなどない攻撃に、避けるという選択は存在しなかった。
「悪しきものにも救済を……なんてね。ほら、君のために駆けつけてくれたよ。従順に『救済』を覚えたんだ」
魔物に操られ、さらに悪魔の言いなりとなったうさぎは一匹残らず決闘場へ集まった。操っていた不恰好な魔物も、操ることを忘れて羽を休める。
何も疑わず、ただ信じるのみ。それが、シグナメルムの『救済』だ。
「……『ミ・ロードゥ』」
シグナメルムに作りたくない貸しを作った。ならば、それ相応の時間で片をつけるしかない。
レイは『夢氷』で書き換えてから、亀裂全ての封印を始める。
『アーレ・ミ・オーティ』
『ミュトゥカ・シュニウル』
まずは十に分かれた亀裂を全て統一する。一つずつあるものを、全て繋げる。
──『夢想する世界《幻影の廃墟》』
開いた本に描かれたのは、どこまでも続く灰色の世界。退廃的に、全てが崩れていく。
そんな世界では、『概念が歪曲し続ける世界』という制限がもたらされる。
つまり、星図や魔法語、数や式が歪んでいくのだ。
普段の呪文や魔法陣はあてにならない。その場で把握していくことになるが、代わりに、いくつかの概念を思い通りにすることが可能。
よく使う『夢氷』が書き換えならば、《幻影の廃墟》は作り替えということだ。
「自分で思うけど、廃墟って似合わないね。まあ、ダークな気分の時もあったんだよ」
「僕は似合うと思うけどね」
「……」
大きな独り言の後は、少し集中する。
この亀裂、どうやら丁寧に扱わないと破片が散っていってしまうらしい。
それに、封印は一度のみに減らしたが、侵蝕が進むほど鍵の数が増えている。
「明らかに、五つ星魔法使い宛て。テストとか書いてある時点で、十の亀裂を封じられるかどうかが重要だったんだ」
最初から一人の魔法使いのためではなく、魔法使い全体を見定めたいから起こしたテスト。
力業で反則したが、そうでなければ封印できる魔法使いが十人必要。魔物を倒せる人物が、それよりもたくさん居なければならない。
まさしく、魔法使いの生き残りをかけたゲームであった。
(もし、あのまま十体分の封印をしようとしてたら、どうなってたんだろ……)
認めたくないが、シグナメルムの力を借りられたことは大きい。
あのまま一つずつ亀裂を閉じていたら、二つしか封じることができなかった。
『ラキマヤ・ルジュ・ネハフ』
散った鍵を全て照らし合わせて、呪文でくくる。
すると、侵蝕を続けた亀裂は、巻き戻るように破片を引き寄せていった。
「残り時間は四十分か。かかる時間は最低でも二十分だから…………ん? 待って? いや、いやいやいやいや……」
なんと。亀裂を封じているはずなのに、また新たな鍵となる魔法語が飛び出て来たのだ。
つまり、上書きする鍵の数がこちらの速さを上回っている。
「ああもう! あとちょっとで終わるのに、ここまでする理由って何?!」
レイは『甘い夢』の魔法をかけ直す。無理やりショートカットしないと間に合わない。
「アリス、灯火を」
「はい」
揺れるカンテラの灯。その暖かさを感じながら、魔力による力尽くでこじ開ける。
過程をすっ飛ばしてしまえば良い。
口で言うのは簡単だが、自ら歪みを加速させるということだ。
(歪みまくると、封じるのも一苦労なんだけど……!)
呪文を書き換え、魔法陣を書き換え、星図を書き換え……はたまた、捻じ曲がった概念を書き換え……。
愚痴は続けながら、面白いくらいに歪みまくった法則で亀裂を無理やり封じる。
アリスの灯火が、唯一の道標。いわば、迷い込まないようにする保険だ。
「今度は強弱の差……魔法語がもう一段階ひねられて、さらに魔法系の均衡がズレていって…………待っ……分かんないって!」
さすがのレイも頭が痛くなってきた。無秩序にもほどがある。
「まずい、めまいが……アリス、ちょっと灯、強めて」
「分かりました……!」
世界がぐるぐると回って、地面がどっちか分からなくなってくる。
そもそも『幻影の廃墟』は即席で使う魔法ではないのだ。研究するときに、じっくり何時間もかけて調節するはずのものだった。
(賭けに出たというか、なんというか……)
おまけに、周囲の魔法使いも注意しないといけない。
使っている魔法系や呪文が間違いとなって、暴発やら味方撃ちやら、とにかく危険な状況になってしまう。
(……幸いなのは、キーが勘で順応してることだけど)
ペドロがいる時、キーはなんでもできる。
それこそ、突如全くの別世界で魔法を使うことになり、そこで急に敵を倒すことになったとしても。
まったく、シグナメルムやカイヤみたいに呪文がいらない構造でもないのに、どうなっているんだか。あれで魔法の知識もないのだから、経験と勘が為せる業ということ。
(いや、経験と勘でどうにかなったら強過ぎる。ぼくなんて知識も総動員してるのに……)
頼りになり過ぎる親友を横目に、暴走した箒を乗りこなすが如く封印を進める。
もうすぐ出口、何もないといいが。それより、早く甘いものが食べたいな、なんてどうでもいいことを頭の片隅で考えていた。
「『リーズフェ』……違う。戻った。『リズフ・アミュズアフ』! これでどうだ!」
うさぎの原型を失った魔物は、亀裂に吸い込まれていく。
そして、パリン、と亀裂は音を立て、残った破片が十枚のカードに落ち着いた。
光のない白と黒はなくなる。
決闘場にあったモノクロの飾りや、モノクロな魔法使いも、鮮やかな色味を取り戻す。
刻々と時を減らした時計も崩れ、新たな魔物も現れなくなった。
『合格! 平和ボケしてなくて良かったよ by M.M』
どこからか見ていた、主催者からのメッセージが浮かんだ。
わざわざ文面に残すほどなので、これ以上の事件は起こさないのだろう。
念のため魔法で異変がないかを調べて、何もないと知ったレイはヘナヘナと地に降りた。
「わあ……終わったみたい」
「レイさん……!」
いろいろとフル回転だったため、魔力を保つ気力も失せた。アリスの手を借りて、休ませてもらう。
「あれだね。一番ダメだったのは、情報把握が遅れた上に役割分担できない状況だったこと。そのためにミシェルとかいう人は、グレータを真っ先に狙った。はあ……何もかも負けた気分だよ」
「……ミシェルさんは『星誕祭』の前から準備していました」
「それにも気づけなかったんだけどね。……でも、ありがとう」
アリスが元気づけようとしているので、引き分けくらいにしておこう。実際、亀裂を全て閉じたのはレイなのだから。
「残ってる魔物はキーに任せて、魔法会の人には終わりだって伝えないとね。グレータも起こしに行かないといけないし」
なんとか『星誕祭』を続けられるようにしないと。
魔法薬をなんとか飲んで、再び気力と魔力を総動員。展開に追いついていない魔法会の人へ説明をしにいった。




