百一話 本番直前
空にくっきり残る、魔法の絵。色はもちろん、パープルとワインレッド。
くるくると巻いたり、形を作ったり、観客席にきらきらを振りかける技まで。
曲に合わせて、イエローやオレンジ、ブルーに変えると、まるでイリュージョンのようになる。
彩りの魔法を最大限に引き出した、舞台演出。
歌姫シャロルの雰囲気を壊すことなく、お祭り感を楽しむものとなっている。音やリズムとともに楽しめるよう工夫してあるので、注目集めること間違いなしだ。
「やっぱり、彩りの魔法が上手ね。やりたかった魔法を再現してくれている」
ステージの主役は、そう褒める。
ただ絵が描きたい。そんな素人の魔法に、過分な評価もいいところ。
エミリーは目を合わせずに、首を横に振った。
「……私は、指示に従っただけ」
「それをやり遂げられるのが、すごいの。少なくとも私は、ここまで彩りの魔法を扱える人を君しか知らない」
「……」
ファンのたくさんいる、人気者の歌手に絶賛される。
こんなところを皆が見たら、もったいないと言われるはずだ。
エミリーは反応の仕方が分からず、視線を逸らし続けることしかできなかった。
「あと開演まで一時間。そろそろリハーサルに移らないと」
会場となるのは、隣の決闘場。先日から決闘以外の大会が行われており、そこでエミリーは再度あの場に立つこととなる。
決闘場には、良い思い出はない。
けど、今回あそこに立つのは、あの子もいない、ただの決闘場。
それも、必死に逃げようとしなくていい。耐えなくてもいい。大切を大切だと証明させてくれるところなのだ。
「立ち位置は色の魔法で隠すから、安心して」
飛び入り参加で、罵られるかもしれない。
でも、それ以上に空けられた居場所を大切にしたい。
そして、あの子の考えを解き明かさないといけない。
エミリーは彩りの魔法を小さく唱え、本番まで繰り返し空を彩った。
◇◆◇
「観客よし。盛り上がりよし。噂止めよし。……『投影書』もバッチリ配置。準備万端で、この時を迎えた!」
確認を終えたレイは、やれることを全て終えて席に着く。コンサートは間もなくだ。
直前の決闘場には、大会のために四万人ほどの人が集まっている。外には『投影書』を観る数万人。遠くから音だけ拾っているのも合わせれば、名誉挽回に不足なし。
二日の練習時間は心配になったが、シャロルはすぐに出られるくらい習得が早いと称賛していた。色の魔法のプロがそう言うのなら、きっと演出は成功するのだろう。
「まあ、余計に困る証拠まで獲得したんだけど」
なんと手伝ってくれた人物が、この状況を覆す映像を提供したのだ。
その内容は、エミリーが受けて来た仕打ちの数々。これだけで捕まえる理由は完成したが、気がかりは増えてしまった。
「思ったよりも加害者が多いし、散り散りになられると収拾がつかない」
噂が広まったのも、これが原因のはずだ。
なぜ一人のために一致団結しているのか知らないが、寄ってたかってエミリーを蹴落としたらしい。その思惑通りにさせるつもりはない。
「ただ……」
『遊戯大会』の行われる会場に目を向ける。
常識的な範囲内で賭けを持ちかけたカイヤが、激戦と見せかけた勝負で圧勝するのが見えた。
見事な逆転に、客は歓喜。地団駄を踏む魔法使いは可哀想であるが、それより懸念事項はまだある。
果たして、エミリーの評価はどちらに傾くのか。
「ミリちゃん、今ってソラニは空いてる?」
「あ、ちょうど起きたところ……」
「それなら、少しだけ手伝って欲しい」
星うさぎは魔力に敏感だ。そして、それは危機感や直感にも繋がる。ミリアにお願いして、ソラニに魔力を探知してもらうことにした。
ソラニが危機感を感じれば失敗。逆に、危機感を感じなければ成功だ。
「直前で失敗だと判別できたら……その時は、証拠を公開……」
するのか、しないのか。
レイにも判断できない。これは、エミリーの選択肢に委ねられているから。
そして、この噂についての疑問はまだある。
レイはガラス玉の映像を振り返り、初めから解決できていない問題を挙げた。
「たくさんの人が過激に批判するようになったのはなんでだろ……魔法だとしたら間接的になるんだけど……」
批判や悪評が広まったまでは理解できる。だが、誰もが過激に攻撃しているのは分からない。
二日たった今の状況を、調査中のキーに尋ねたら、噂を信じている人が増えていると返ってきた。
新たな魔法なのか、単に失態を鵜呑みにしたか。レイは引っ掛かりを確かめようと一旦その場を離れる。
コンサートまでに戻ってくるつもりだが、疑問のせいで黙って待ってられなかった。
「犯人はたくさんいたけど、これだけ広められる魔法があるのか疑問……」
エミリーの周りと、噂の拡大。それによって過激になる人たち。
スイーツコンテストと展覧会が、白黒だらけになった件。
ひょっとして、これは共通していたりするのではないか。
エミリーは、以前から責任転嫁の的になっていた。だが、それが悪評となって広がったのは『星誕祭』。
ホイップは、白黒になったのを不可解に思っていた。デザインに強いこだわりを持つ『ビター・ココ』の店長も、白黒を取り入れた。芸術品なども同様に、全てが白黒に統一された。
そして、これらの共通点と言えば、意思や意見が一つになっていること。
やはり、もっと別に、祭りをかき乱した人物が隠れている気がする。手がかりは潰えたも同然だが、勘違いで済ませない方が良い。
あとでカイヤに頼み、モノクロ事件と噂を追ってもらおう。
グレータにも知らせておいて、コンサートが終わった結果を踏まえて推測を──
「そんなに悩んで、どうしたの?」
「……」
思案中に声をかけられて、すぐに気付く。
それは滅多にない経験。レイは再びやってきた災いを前に、思わず押し黙ってしまった。
「へえ? 無視までするようになったんだ」
青年の姿に戻ったシグナメルム。近寄ってくると、じっと凝視される。
「いや、無視じゃないけど……今忙しいんだよね」
「へえ? 忙しいんだ」
いや、反復しろとは言っていない。どいて欲しい。
率直に伝えても良いのかレイが迷っていると、シグナメルムは考える仕草をした。
「忙しいから話してくれない。なら、忙しくなくなったらいい」
「えっと、何するつもり……?」
思い立ったシグナメルムは、翼の生えた盃を模る。
その刻印が表すのは、伝承。人智を超えた感覚を手にできる。
「ちょうど不快な感覚がある。これが原因なら、僕が排除してあげようか?」
排除ということは、犯人の居場所を辿ることができるらしい。
刻印で感覚を鋭くしているため、五感や魔力が一際敏感になっている。
どうやらレイも知らない異常があるようだ。
「手伝ってくれるってこと……でいい?」
「そうしておくよ。特別に」
文章的に手伝ってくれるのは間違いないが、それはシグナメルムが不快と思うほどの人物がいるということでもある。
つまり、最初から『星誕祭』に仕掛けられていた。それを可能にする存在が、どこかに潜んでいる。
「そういえば、グレータと三日も連絡がつかないのも……まさか、グレータに何かあった!?」
戦いには不向きな魔法を得意とするが、それでも魔導主だ。魔法会の最上階までは結界が幾重にも張られているため、何かあっても連絡ぐらいは来ると考えていた。
慌てて紋章に呼びかけてみるが、案の定、なんの反応はない。
ここはキーに無事を確かめに行ってもらおう。
魔導主の身に何かあっては、魔術師たちにとって好機となってしまう。
「もう探しに行った方がいい? それとも、尻尾を出すまで待つ方がいい?」
「……待機にしとく。たぶん、これから始まるコンサートの後がきっかけになるから」
シグナメルムが乗り気で助かる。おそらく、悪い噂があることで『救済』する人が増えたからだ。
気まぐれで眺めているのも好きなので、救われるか堕ちるのかを蚊帳の外で考えている。
「有象無象の悪は見苦しいからね。それなら、死を救いにしてしまえばいい」
「死を救いって……」
理解できるような、できないような発想である。凶悪犯は死刑になるので、それと似たようなものだろうか。
隣の視線にやりずらさを感じつつ、原因を探る。
決闘場の周り、悪評を立てる人物の付近。異常がありそうな箇所を順に回っていく。
だが、これと言って気になるものは見つからない。そもそも魔力を全く感じないため、収穫は見込めなかった。
「仕組みがさっぱり……魔法をかけてないのに、魔法のような変わりよう……」
悩んでいるうちに、コンサートの始まる時間がやってきた。
「シグ、ついてくるつもり?」
「もちろん」
念のため、決闘場で暴挙に出ないことを約束する。まじない程度に契約を交わせば、シグナメルムは満足そうにした。
案外、こういうのを大事にしているので、素直といえば素直である。
「あ、今レイが救ってる子がいるけど、あれは貰ったらいけない?」
「もちろん、ダメだけど?」
「ふうん……」
決闘場に戻ったレイは、時計で後十分だと確認する。
まだ『遊戯大会』の途中なので、この隙間時間は最終確認に使うとしよう。
「ミリちゃん、ソラニの様子は?」
「今は普段通り、かな。でも、少し緊張してるみたいです」
「緊張……安全とは言い難いか」
エミリーの批評についてより、噂を過激にした何者かに対してかもしれない。
どちらにしろ、ソラニの反応からしてコンサートの後は警戒しておいた方が良い。
次いで、紋章が魔力を帯びる。グレータの様子を見に行ったキーからである。
《予想が当たった。魔導主の意識がない》
「やっぱり! ひとまず無事なんだよね?」
《ああ。意識を失っただけだ》
良かった。いや、侵入された時点で良くはないのだが、犯人に殺す気がなかったことを一安心としておこう。
「いつ倒れたかってわかる?」
《文の内容からして、二日前には倒れてんな》
「うわ、ちょうど連絡が途絶えた時だ……あの時、もっと警戒しとけばよかった」
つまり、決闘場の騒ぎを対処されたくなかったということだ。
あれから魔導主の指示がされていないなら、パルティータに混乱が広がるのも頷ける。
「ちなみに、魔法はかかってる?」
《魔法は…………かかってんのか?》
「いや、ぼくに聞かれても困る」
キーの魔法知識が浅いため手間取ったが、おそらく魔法はかかっているのだと思われる。
《魔力なしだと分かんねえだろ……》
「それが知識を応用するってことだよ」
試しに魔法を解いてもらおうとするが、単純なものではないのか既存の魔法が効かない。
仕方がないので、後でレイが解きに行くことにする。
「とりあえず、そこに守れる人っている?」
《ちょうどアルカはいるな。あいつに任せるか?》
「うん。アルカなら十分」
アルカとは、魔導師の一人だ。警備が適任の魔法使いである。フレンドリーさも持ち合わせているので、快く引き受けてくれるはずだ。
そうしているうちに、コンサートの時間まで後五分。エミリーの様子を見に行く。すると、そこに広がる光景は、落ち着いたものではなかった。
「……っ」
「ゆっくり吸って、吐くの。ここには誰もいないから」
しゃがみ込んで苦しむエミリーの姿と、その背中をさすって声をかけるシャロル。
エミリーは喉を掻きむしろうとしていて、それをそばにいたスタッフが力尽くで止めていた。
「どうしたの?!」
「息が吸えていない……気丈に振る舞っていたけど、決闘場のトラウマが原因ね。ここから客席を見た瞬間、思い出してしまったみたいなの」
シャロルが穏やかな声音を維持していると、かろうじでエミリーは息を取り戻した。
だが、依然として震えたまま。それなのに、口の動きだけで、ごめんなさい、と繰り返している。
パニックになりながらも、開演が迫っていることは忘れずにいるようだ。
「エミリー」
「……?」
「まだ、コンサートには出たいって思ってる?」
「……」
声は出せないものの、彼女はわずかに頷いた。
注目されたくないと願うエミリーが、どうしても彩りの魔法を披露したいと言っている。
「だったら、ぼくが手を貸すよ。きみだけの力ではなくなるかもしれないけど、それでもいい?」
「……」
再び、頷いた。
現在、開演時間は少し過ぎた。空白の時間が刻一刻と増え続け、観客の不満も比例していく。レイはエミリーの願い通りに、魔法をかけた。
『ノークィエン』
かけた魔法は『甘い夢』。才能などにも関わってくるが、今回は自信を持ってもらうための手伝いだ。
「……! 震えが、止まった」
「魔法にも影響があるかもしれないけど、練習してきた通りで概ね問題ないはず」
微調整はしてあるので、制御不能にはならない。さらに、エミリー自身の技術を損なわないように、才能を上げる効果は最低限にしてある。
彼女のための、特別なステージ。
エミリーは手を握って開き、レイの方を静かに見据えた。
そして、ぼんやりとした瞳を光らせて、観客席をまっすぐ見つめる。
「ありがとう」
小さくお礼を囁くと、彼女は確かな足取りで立ち位置に着いた。




