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百話 とある魔法使いの役目

 『星誕祭』というのは、魔法使いにとって待ち侘びた日だ。

 美味しいものが食べられて、欲しいものが手に入って、目一杯に遊ぶことができる。

 この日のためだけに日々貯金を頑張る魔法使いもいて、一ヶ月の間のイベントは満席以上が当たり前。大昔から続いた伝統ある行事として、誰もが心を躍らせる日。

 

 かつては自分も、そうだった。この日は、あの姉が珍しく連れ出してくれて、ただ街を歩くだけでも特別を味わえた。

 ……まあ、今となっては、ただ面倒な行事としか認識していないのだが。


「ね、あっち! あっちが面白そう! あっち行っていい?」

「姉ちゃん、疲れたー。けど、あっちの雑貨見に行きたいー」

「お腹すいたー。けど、ゲームしたいー」

「うわあああああん!」

 

 真ん中っ子四人、喚くは喚く。挙げ句の果てに、喧嘩まで始めそうでもう大変。

 立ち止まって騒ぐと人々の注目も浴びるので、ご覧の通りの惨状が出来上がっていた。


「ねーねー早くー!」

「姉ちゃん! 疲れたー!」

「なんか食べたいー」

「うわあああああん!」

 

「っだあああ、うるっさい! アタシは一人しかいないんだよ!」


 引率しているのは、実質最年長コトカ。現在、迷子が出ないように見張りながら、新手の拷問かと頭を抱えていた。

 

 ことのしだいは、こうである。

 

 『星誕祭』には行かないと伝えたら、遊びたい盛りが逆上。ご近所中に響き渡る泣き声が四倍となり、手のつけられないぐらいの抗議を受けた。

 結果、行かないわけにもいかない流れとなってしまい、騒音を謝りながら嫌々出てきたのだ。そして、案の定、分裂でもしたくなる状況となった。


「順番を決めろ! 順番を! そんで、勝手に逸れるな!」


 意見が食い違って、まともに取り合っていたら日が暮れる。

 三女が留守番して末っ子の世話をしているから良いが、それでも四人の相手はしないといけない。

 すでに肩で息をしているため、これで夜まで体力が持つわけがなかった。


「あっちのゲームする!」

「お菓子代、賭けよーぜ!」

「了解ー!」

「やる……!」


 なんとか話はまとまったのだが、正直もう帰りたい。というか、一人になりたい。

 誰に似て奔放になったんだか。心の内で愚痴をこぼしながら、仕方なく見守る。たまにトチ狂ったように駆け出すので、遊びに夢中だとしても一息ついてはいけないのだ。

 

 誰か、誰か帰る理由をくれないか。

 ため息をひとつ。コトカはドリンクを片手に、疲れ切った表情で壁に寄りかかった。


「姉ちゃん、姉ちゃん! 何回までやっていい?」

「一人五回まで」

「たった五回……」

「何? 不満でもあんの?」


 別に、と不貞腐ながら遊びに行った。文句は受け付けない予定だったので、すんなり諦めてくれて助かった。

 金は前よりあるものの、どうせいろいろ飲み食いしたらあっという間に底をつく。『星誕祭』のせいで二週間ほど稼ぎが出ないので、行ける時に採集でも、とコトカは予定を立てていく。


「夜は作りたくないし、ここら辺の安いとこで──」

「兄さん、本当に大丈夫なの? またからかったりしたら、レイ様に怒られるんだよ……?」


 ふと付近でよく知る声がした。臆病な少年が、兄さん、と口にしている。

 コトカは振り向きざまに耳を澄ませる。周囲の雑踏が邪魔だが、何度も聞いている声を間違えるわけがない。

 

「いつから意見するようになったんですかァ? 大人しくしていないなら、ここから摘み出しますよ」

「そ、そういうとこ……」

「なんか言いましたァ?」

「ひっ、なんでもないです……!」


 あの捻くれた物言いは、アイツに決まっている。

 だが、今日は何故だか、少しも腹立たしくなかった。むしろ、初めて感謝の念を覚えているほど。


「アタシになんか用?」

「えっ……コ、コトカさん!?」


 自ら近寄ってきたコトカに、シリマが驚いて飛び退った。

 二度見をして、三度見する。

 コトカが苦手に近づくのが意外だったのだろう。挙動のおかしい弟の方は無視して、見下ろしてくるカイヤに要件を問う。

 

「お久しぶりですねェ、跳ねっ返り。元気にしていましたかァ?」

「一週間も経ってないだろうが」

「そうでした? ……それより、急遽の仕事ですよ」

「よし……じゃなくて、待った」


 今は仕事がしたくてたまらない。弟妹を帰らせる理由ができるからだ。

 もちろん、文句は垂れるだろうが、また別日に出直せばいい。とにかく、疲労困憊となる前に別行動がしたかった。


「アタシは仕事が入ったから、今日は帰る。大人しくしてるなら、また行ってやるから」

「えぇ! まだ昼だよー!」

「ふーん……じゃ、もう来なくていいんだな。放置して迷子になっても、アタシは知らない」

「だ、だめ! 帰る……!」


 あたりを見回して、知らない人がたくさんいるのにビクビクしている。

 この様子なら、駄々をこねたりしないだろう。

 家まで四人を送り、ついてきた人形兄弟から何をするのか聞いた。


「はあ? 晒されたやつがいて、その犯人探し? 何だそれ、アンタの主人は慈善家かなんかかよ」

「……大概にしてくださいよ、跳ねっ返り。うっかり断崖絶壁に吊ってしまっても、ワタクシは構いませんからねェ」


 最近、イカれ片眼鏡の地雷を知った。同時に弱点でもあるので、それを盾として有効活用しようと思っている。

 ただ、あまり態度を変えずにいると、時折このように脅してくる。

 こうなると、さすがにまずい。コトカは冷や汗と共に口をつぐんだ。


「……で、犯人探しを手伝えばいいの?」

「どちらかといえば、犯人の監視ですねェ。少々忙しいので、シリマと犯人の弱点でも探していてください」


 ということは、もしかしなくてもカイヤはいないのか。

 だとすると、本当に休める仕事ではないか。

 こき使われなくてもいいし、相手にするのは大人しい弟の方だけなのだから。


「わかった。何か問題ある場合は?」

「シリマに伝えることですねェ。それと、勝手な行動は控えるように」


 あらかたの説明だけすると、カイヤは消えた。

 残されたコトカは、シリマに監視対象の元へと案内される。


「あの灰色の髪の男の人だよ。それと、近くにいるピンクの子も」

「ふーん……」


 いかにも悪巧みしていそうな顔である。仲間らしき数人もいて、『投影書』をずっと眺めていた。


「晒されたとか何とか言ってたけど、ただ下手なんじゃないの?」

「えっと、そういうわけじゃないよ。『投影書』の映像からして、被害者の子はミスした子をサポートしてこうなったみたい……」

「ふーん……」


 それは気の毒である。大衆の面前での作られた大失態とは、だいぶ応えただろう。下手な奴のせいで落ちていく様子は身に覚えがあるため、軽く同情でもしておく。

 コトカはネイウッドにいたので噂を知らずにいたが、パルティータでは新聞の記事に書かれるくらいの騒ぎらしい。ここまで追い詰めようとするのは、時間の無駄としか言いようがない。


「少しミスしただけなのに……それも、弱い立場にいる人を責めるなんて……」

「……」


 これに関してはノーコメント。視線を逸らしたコトカは、己の以前の言動行動を思い返す。

 役立たずは、いてはならない。

 その考えは、今も変わっていない。だが、それらを淘汰しようとしても現状が良くなることはなかった。


「結局は、頼ろうとしたアタシがバカだったってね」

「え……?」

「なんでもない」

 

 そもそも本当の役立たずのことを言っており、今回のような濡れ衣とは全く別物だ。

 あちらの方が頭のおかしいことは分かるし、それで真っ当な奴らが晒されているのは単純にムカつく。

 

「犯人は監視だけ? 捕まえなくていいわけ?」

「今は危険なところが関わってないかを調べるみたい」


 ああいう奴らは何も考えずに広めている気はするが。

 まあ、どうせ犯人を捕まえたところで噂は消えないので、捕まえるかどうかは重要ではないのだろう。

 

 コトカは監視をしつつ、風を集めて会話の盗み聞きを試みる。

 これは最近習得した魔法だ。人形兄弟の主人が渡してきた魔導書は、コトカが欲しくてたまらなかった魔法の知識が詰まっていた。

 そこから導き出した答えは多岐に渡り、飛躍的とはいかないものの、着実に技術が磨かれるのを感じていた。


(悔しいけど……あれらはアタシが一生かけても手に入らなかったはず。プライド捨てるぐらいの価値はあった)


 実践するのは初めてなのだが、特に不都合があったりはしない。自分に合わせて少々改良しているものの、それでも魔法が崩れるようなことはなかった。

 コトカは微調整を繰り返しつつ、音を最適にしていく。あの犯人たちは、案外使えそうな情報を垂れ流していた。


《ねえ、次はどうする? もっと派手にやっちゃおうよ!》

《五年前みたくか? けど、今も噂で持ちきりだ。これ以上やることねえし》

《でも、あの子の反応が薄いんだもの! もっとデタラメに広めちゃえばいいのよ!》

《嘘か……まーなんとかなるよな》


 道理という言葉を知らないような、子供じみたやりとりがされている。

 嘘ぶく可能性ありとインプットしていたら、警戒心など微塵もない発言をした。


《手伝うとか言ってきた奴に知らせとくか。知らんけど、やっと表に出るらしいし》

(仲間がいるのは確定、と)


 その後、文脈的に面識はないと分かった。

 手紙や紋章でのやりとりに留まっているため、カイヤが監視と言っていた意味も理解できる。


「だいたい把握した。お仲間に会うらしいし、動き出したらアイツに連絡する」

「す、すごい……コトカさん、盗聴もできたんだ……」

「盗聴って……人聞き悪い」

「あ、ご、ごめん……」


 この弟人形、監視や尾行に全く向いていないのではないか。先ほどから視線が泳いでいるし、軽々しく不謹慎な発言もしている。大人しいのはありがたいが、決して頼もしくはない。


「じ、実は、兄さんにもレイ様にも潜入に向かないって言われてる……」

「……」


 つまり、あの兄は全面的にコトカを使いたかったらしい。

 主に、連絡しかできない弟の代わりに。

 これは、かなり外せない役ということだ。初めて全面的に頼られたのではないか。


(……やめだ、やめ。これじゃ、アタシが喜んで手伝ってるみたいだろうが)


 コトカは首を振って、手伝ってやってる側だと思い直す。報酬が出るので、それなりの成果は出さないといけないのだ。

 風の魔法で収音を続けること、三十分。何かに応答するのが見えると、席を立った。


「動いた。アイツに連絡」

「了解……!」


 すると、そのままじっとしているよう言われた。あとは自分たちでどうにかするらしい。

 帰るのにちょうどいい時間だと、時計を確認。

 もう帰っていいか。そうシリマに尋ねようとしたが、先に見知らぬ人にぶつかった。


「おっと、ごめんね。怪我はない?」


 短い髪をポニーテールにした魔法使い。口元をマスクで覆っていて、ローブのフードはぶつかった拍子に僅かにずれた。

 魔法使いは謝りつつ、身軽そうに前へと退いて、そのまま去っていった。


「ちょ……返事も聞かずに去る奴がいるかよ!」

「あはは……」


 少しイラつきながら、再び歩き出した。

 だが、何か手に違和感がある。手ぶらだったはずなのに、ポケットの中で硬い感触がしたのだ。


「なんだ、これ……」


 陽に透かしたのは、親指サイズのガラス玉。フレームが付いており、いかにも覗けと催促するような見た目をしている。

 コトカは疑問のままに、中身を調べる。


「……は?」


 映像が流れた。日常のようで、何かが違う。

 端的にいえば、たった一人に寄ってたかって罵詈雑言を浴びせている。

 蒼い顔でうずくまる少女を、彼らは勝者ぶって見下ろしている。


「……」

 

 一通り流したところで、ガラス玉の映すものを理解した。これは、証拠なんだと。

 これを残したのは、先ほどぶつかった魔法使いだろう。ガラス玉を届けるためなら、ぶつかったのもわざとということだ。

 

 あの魔法使いは、いったい何がしたいのか。


「とりあえず」


 これは報告のみというわけにもいかない。

 コトカは弟人形にガラス玉を手渡して、それを誰かしらに届けた方がいいと忠告した。


 ◇◆◇


 器用に人を避ける。決闘場までかけていく。

 カードを切って、答えはばら撒いた。

 計画通り。望んだ通りの道を、隅まで欠かさず作り込む。


 おそらく、明日が決行日。クインの練習は順調だろうか。扉を開けかけた彼女は、ふと来た道を振り返る。

 

「さっきの人、届けてくれるよね?」


 きっと気づいている人側だった。そして、クインを見捨てないでいる観客もいた。


「……僕が考えてるより、もっと輝けるはず」


 歌姫シャロルという、予想外の助っ人が現れたのだ。

 考えていた役とは違うが、願ったり叶ったりなシチュエーション。クインは彩りの魔法が大切だから、珍しく張り切ってくれるのも良いところだ。

 日の当たる場所へ。そっと背中を押すから。あの子が認められるように。


「クインちゃんには、女王様が似合うんだ」


 誰かの影に居させるなんて、もったいない。

 誰よりも輝く素質があるのに、あんなところに落とされたらいけない。


 僕の大切だっていうのに。


 今回は味方がいる。ああいう人がいるなら、用意した筋書きは最高の仕上がりになるはずだ。


「だから、飛び立って欲しいんだよ。クインちゃん」


 助走の道は作っているところ。

 明日までに完成させるよ、と──は口の中で呟いた。

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