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九十九話 共演計画

「きみは……?」


 盗み聞きされていたようだが、発したのは味方になるという表明であった。

 さらには、この状況を打破する方法を用意しているらしい。彼女はいったい何者なのだろうか。


「その前に、私に協力させてくれる?」

「内容しだいだけど、味方になってくれるなら拒まないよ」


 少しだけ訝しみながら肯定すると、彼女は満足そうに頷いた。

 そして、良い方法とやらを口にした。


「その子の得意なことを活かしてあげればいいわ。空を彩る魔法を披露するの」

「彩りの魔法を?」


 レイはいまいちピンと来なかった。

 彩りの魔法というのは、その名の通り光や絵の表現方法の一つ。系外魔法にしては珍しく個々で技量の差がある魔法だが、決闘や採集で活躍することはない。

 

「でも、それを披露する場が──」

「私が提供する。特別に入れてもらうから」


 手段はあると、彼女は指先から魔法をかける。

 一瞬だけ見えなくなった、その後に、衝撃的な正体が明かされた。


「歌姫シャロルの名に誓って」

「……っ?!」


 歌姫シャロル。

 名前を聞いた瞬間、カナタが口を開けたまま固まった。

 そして、倒れた。


「しゃ、しゃ……しゃろるちゃん……?」

「おい……!」


 受け止めがかりのキーが、目を回している弟子の頬を軽く叩く。

 意識が飛びかけていたが、何度か呼びかけるとハッと飛び起きた。


「シャロルちゃん! ほ、本物のシャロルちゃんが目の前に!!」

「ふふ、ファンの方ね。いつも応援ありがとう。お近づきの印に、どうぞ」

「……っ?! サ、サイン! 直筆!」


 ほあああっ、と奇声を挙げて喜ぶカナタ。握手までしてもらって、これ以上ないくらい幸せそうな顔をしている。


「声が、そうかと思ったけど! まさかの本物! オフバージョンシャロルちゃん、初めてだ! 本当に、ありがとうございますっ!」


 ガバッ、と勢いよく頭を下げて感涙する。大袈裟な行動にレイたちは驚いたが、シャロルは動じず受け流していた。こういうファンも多いのだろうか。慣れている姿が、さすがプロといった感じである。

 カナタがサインを掲げているのを横目に、さっそくレイは本題へ入った。


「提供っていうのは? まさか、コンサートをするってこと?」

「うん、もともと予定していたの。その開演場所を決闘場に変更するわ。そこで、演出のために彩りの魔法を使ってもらうの」


 彼女の魔法は色なので、彩りの魔法を使う少女と相性がいい。全く不自然ではないため、観客も疑問に思わないというのはそうだろう。

 

「そして、プログラムを全て終えた後に、演出のゲストとして紹介する。どう? これなら、公平公正な判断になるはず」

「なるほど……それなら、犯人に情報を与える隙がないね」


 確かに悪くない案である。『投影書』で映像を流せば、実力の有無についてはハッキリするだろう。


「でも、タダで流してもいいの?」

「さっきも言ったけど、もともと企画していたの。せっかくの『星誕祭』を、もっと盛り上げたかったから」


 にこりと綺麗に笑った、シャロル。

 カナタが話していたことを総合すると、歌姫シャロルは老若男女問わず知名度が高い。彼女のやりたい企画というのは、ファン以外の人にも歌を楽しんでもらえるものということだ。


「方法はこれが最適なわけだけど……問題は、時間がないってことだ。シャロルさん、コンサートは決闘の時間まで引き延ばせたりする?」

「もちろん、構わないわ。演出の魔法も、あまり難しいところは入れずに、一度の見せ場を作るつもり」

「なら……練習時間さえあれば、なんとかなりそう。ただ、もう一つは……」


 レイは振り返ると、話を黙って聞いている当事者に目をやった。

 反応はない。ただ、彼女は、もう誰の目にも止まりたくないように見える。裏方としてとはいえ、また決闘の舞台に立たせるのは酷な提案かもしれない。

 

 尋ねるべきだろうか。

 レイが口を開けたり閉じたりしていたら、彼女の方が口を開いた。


「……私の、魔法」


 誰に言うでもなく、ぽつりと一言。確固たる視線をこちらにやった。


「私の魔法で、私の好きな魔法で、いいの……? 勝たなくても、負けなくても、いいの……?」

「うん。彩りの魔法だけだよ」

「……」


 淀みなく肯定してみせると、彼女は黙考する。そして、揺らぐように言葉を紡ぐ。


「でも、有名な人の舞台なんて、できない……できるわけない」


 否定に否定を重ねる。だが、揺らいでいるのは確か。

 彼女の目線に合わせて、シャロルは背中を押す言葉をかけた。


「できるわ。大丈夫、君の得意な魔法で舞台を作ろう?」

「私の、得意な……?」

「うん」

「……」


 決闘なんかで無理やり立たされるわけではない。不得意な魔法を使わされるわけではない。

 ただ、好きな魔法を使っていられるのなら……小さく彼女は言った。


「それなら……やる」


 俯いたまま、ぎゅっと手を握って決断した。


「……私の大切を壊さないでくれるなら」

 

 消えそうな声で、少しだけ意欲的な選択をする。シャロルはニコリと笑って、少女の選択を歓迎した。


「決まりだね! なら、なるべく早く準備をしないと……あ、そういえば、きみの名前は?」


 まだ名前を知らないままだった。待っていると、彼女は静かに答えた。


「……エミリー」


 なぜか名前の後に、首を傾げた。


「エミリーね。よろしく」

「……」


 レイが名前を復唱すると、やはり、なんともいえない表情となった。

 呼ばれ慣れていないのだろうか。不思議そうにしていたら、エミリーがそっと理由を口にした。


「あの子は、ミドルネームで呼ぶから……」

「ああ、なるほど」


 幼馴染なので、親しみを込めた呼称が常だったらしい。他の人に名前を呼んでもらう機会がなく、己の名前に違和感があったようだ。

 ミドルネームの方で呼ぼうかと提案したが、エミリーは首を横に振った。


「ミドルネームは、好きじゃない……」

「そうなの?」


 親しみが込めてあるわけではないのか。なら、なぜ幼馴染はミドルネームで呼んでいるのだろうか。

 エミリーもしっかりした理由は分からないようで、響きが可愛いとしか聞いたことがないらしい。気にしているようにも見えないので、幼馴染だけは自然と許しているのかもしれない。


「……そろそろ準備しないとギリギリになるね。練習もだけど、決闘場に人を集めたり、『投影書』の用意もある。みんなで手分けをして、どうにかしないと」


 役割分担をしないと、三日という期間はすぐ来てしまう。

 シャロルとエミリーは演出の打ち合わせと練習に集中してもらい、レイは魔法会に連絡を取りつつ噂の出どころを塞ぐ。

 現在どれだけの人が噂を知っているかキーに調べてきてもらい、ミリアたちにはイベントの内容を伏せつつ宣伝を頼もう。


「宣伝するのは様子見してから。広範囲……パルティータ全体に広まってるかもしれない。キー、できるだけ早くね」

「ああ」


 決闘も時間が押しているので、火消しはなるべく早く。ミリアたちには宣伝のチラシを書いてもらい、複写の魔法でばら撒けるくらいの量を確保する。

 グレータにイベント変更を願い出ながら、レイは決闘場周辺のスタッフに協力を呼びかけに行った。


 ◇◆◇


 白黒に染まった『星誕祭』のイベント。

 決闘場で起こった、個人を晒すような事件。


 他にも、スタッフが持ち場を離れていたり、発注を間違えてクレームが殺到することも報告されている。

 準備不足なのか、予測が甘いのか。順風満帆とはいえない『星誕祭』となってしまっていた。


「……どうしたものかしら」

 

 魔法会の本館。最上階にて。

 魔導主グレータは、前回よりもミスの目立つ祭りに悩みを募らせていた。

 これまで『星誕祭』を開催してきて、ここまでの問題があったことは一度もない。多少、前回より試みは多かったものの、そのための対策を都度するように手配していた。

 だが、結果は思わしくない。それも、新たな問題ばかりだ。


「レイの言う通り、何かありそうね。決闘場のことはもちろん……イメージカラーが白と黒になっていたことが最も不可解な点」


 グレータの憂いているのは、これが原因であった。

 おそらくレイは知らずに連絡したのだろうが、元から『星誕祭』のイメージカラーは白と黒というわけではなかった。そもそも特に定めたつもりもなく、カラフルな方が祭にふさわしいとだけ決まっていたのだ。

 

 なぜ、白黒ばかりになってしまったのか。


 それが今年の『星誕祭』で、一番の謎となっている。


「ひとまず、決闘場の方はレイに一任して良さそうね。決闘場は別の催しを前倒しして、スタッフの配置を確認しておかないと」


 同じ配置に十人いたり、逆に誰もいなかったり、スタッフも初日から混乱してしまっている。現在は決闘場の騒ぎを抑えるのに忙しいので、さらに人手が回らなくなりそうだ。

 あちこちから寄せられる報告をまとめて、グレータはなるべく素早く指示を出していく。トラブルは多いが、『星誕祭』はまだ前半。挽回する余地は残っている。


「イメージカラーについては……『シエ・ミューネ』。……あまり悠長には構えていられないわ」


 運命は悪天候。不吉な予兆が顔を出している。

 こちらに集中するべきだ。グレータはモノクロと化した部分を並べて、事細かに分析。場合によっては魔法会の魔法使いに、調査をするように指示を出す。

 

 やはり、異変などではなく、故意によるものだ。

 グレータは皆に要警戒だと伝達しようとして──ふと目に留まった、『M.M』という手紙の送り主に手を止める。


「『M.M』……?」


 それは、目を疑うような文字の並び。グレータは眉根を寄せて困惑する。

 

【星誕祭をより良いものにするためのゲーム企画】


 紙に(つづ)られた内容は、到底許可を出せないようなものばかり。明らかにふざけているものであった。


「まさか……でも、あの人の書きそうなこと」


 文字の背後にいる人物が、脳裏に浮かぶ。

 遥か昔に遡るほど。だからこそ、信じられないという感想が残る。


「この紋章も、筆跡も…………もしかしたら、『星誕祭』自体を延期にするべき──」

《えぇー! それはいただけないなー》

「……っ!」


 ある予感を的中させるように声がした。魔導主以外はいないはずの、魔法会の最上階で。


「まさか……」

《そのまさかだね! 久しぶり! こんなに大きくなったんだねぇー、ヴィオちゃん》

 

 何百年も生きる魔導主に対して、こんな可愛いらしい呼び方をする人など、一人しかいない。

 久しぶりどころではない年月を思い返して、グレータは率直な感想を口にした。

 

「……当たり前のように、生きているのね。今まで音沙汰もなかったのに、なんで今になって……」

《アハハ、気に入らないね? まあ、そうだよね!》


 何がおかしいのか、嘲笑うような声が端々に含まれる。

 それを辿って見つけたのは、黒いひし形のバッチのようなもの。

 表面には、金文字で『M.M』と書かれていた。


《それでさ、ヴィオちゃん。これから、特別に! 特・別に! 僕のやることを教えてあげようと思うんだよ》

「……どういうつもりなの?」

《どういうつもりだろうねぇー?

 

 …………こういうつもりだよ》


 突如変わった声音に、目を見開く。指先は、真っ黒な魔法に触れていた。

 

 ──しまった。

 油断しないと決めたばかりだというのに、あっけない。


《安心して眠るんだよ。キミがいると、いろいろ面倒だし》


 背後を振り返ることは叶わない。

 ただ、鬱陶しいような、小馬鹿にするような笑い声が最後まで耳に残り続けていた。


 ◇◆◇


「……あれ、おかしいな。グレータから返事が届かなくなった?」


 新たな行が綴られなくなった。レイは忙しいのかな、と羊皮紙を夢の魔法へしまった。


「決闘場のイベント、開催可能です! 告知をお願いします!」


 スタッフの、やり切った声が聞こえる。決闘の代わりが準備できたようだ。

 これで『星誕祭』自体の破綻はしないはず。


「あとはエミリーの実力しだい」


 そういえば、大会が前倒しとなると、カイヤの手は空けておかないといけない。

 確か、明日の午前中から『遊戯大会』が始まるのではなかったか。


「だから、犯人探しはヴィヴリオさんに頼みたかったんだけど……」


 ローブのポケットにある牙は、あれから全く応答しない。

 特に忙しいと言う話も聞いていないので、無視されているのか何かあったのか判断がつかなかった。

 今回は調べてくれないと考え、もう一度カイヤに連絡をする。


「犯人は目星ついた?」

《いえ、まだですねェ。あの頭の悪そうなピンク髪が接触した人物以外は》

「いや、見つけてるじゃん」

《裏がある可能性は否めませんからねェ。今は泳がせています》


 相変わらず仕事が早い。犯人が分かったのなら、明日からは交代しよう。


「で、誰なの?」

《ゲインと名乗る黒髪の男です。あの阿呆そうなピンク髪が随分と頼っていますねェ。おそらく、ピンク髪はそそのかされたのでしょう。身体と連動して脳も小さいので、おおかた被害者を害すことができれば良し、とでも考えたのですよ》

「すごいこき下ろすね……」

《事実ですから》

 

 ピンクの子も良くはないのだが、どうもカイヤの癇に障ってしまったようだ。

 心なしか、いつもより口が悪い。むしろ、どれだけ弄んでも良い玩具に楽しそうですらある。


「明日からは、ぼくかキーが監視しておくよ」

《いえ、大丈夫ですよ? 愚弟もいますし、おまけの跳ねっ返り付き。レイ様が心配することは何もありません》

「ああ、やりたいんだね。なら、任せるよ」


 本人たっての希望だ。やることが減るので、ありがたく頼り切ってしまおう。

 明日を見通したレイは、そろそろお腹の空きを感じてくる。アリスはパルティータのレストランなども知っているだろうか。

 レイはお菓子も食べていないことに気づき、後ほどデザートをたっぷり頼むのであった。

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