九十八話 晒し者
なんで魔法を途切れされたんだ。
そこで回り込むのが正しいだろ。
安全な後方にしかいない癖に。
お前のせいで、台無しだ。
何度も耳に飛び込んで来る、たった一人に向けた全否定。
なぜ、こんな風に言われるのか。
それは、決闘に出る前から知っていることである。
「ほらね? やっぱりあんたがいるからよ! このひっつき虫! あんたみたいな下手っぴが、ロミーに誘ってもらえるなんて幸せ者よね! 本来は千年……ううん、一万年は早いのに!」
「……」
ピンクの髪に、ピンクの目。
可愛らしい声は、ヒステリックに叫び、心を抉る棘となる。
愛され者のの少女は、今この瞬間だけ嫌悪をむき出しにしていた。
「せっかく決闘に出させてあげたのに、後ろでちまちま魔法使ってるだけ。あーあ、こんなことなら、前の時みたいにすればよかった!」
「……っ!」
動揺を隠すように、俯き加減を急にする。以前は、思い出したくもない。
「ねえ、ロミー! もういいじゃん! あんな子と一緒に決闘しなくてもいいし、さっさと退場させちゃおうよ!」
ついに近くにいた中心人物に、直談判する。
彼女の訴えに、──はゆるりと振り返った。
結った髪を跳ねさせながら、何事もないように笑みを浮かべる。
「……ん? 退場? それはダメだよ。みんなで優勝するって決めたでしょ?」
「そ、そうだけどさあ……」
「良いじゃん。せっかくの『星誕祭』なんだから、楽しまないと。ね?」
「そこまでいうなら、良いけど……」
こちらを振り返ってひと睨み。
直談判が失敗に終わり、気に入らない態度を全面的に出している。
「次の決闘まで時間あるし、ちょっと出掛けてこよーっと! あっ、あんたはここで待機だから。行こう、ロミー」
そのまま四人は『星誕祭』を楽しみに行った。
残されたことに、ほっと息を吐く。
ここに待機と告げられたが、どうせ外では罵倒されるのがオチ。
「『エドゥフェ』……『エドゥフェ』……『エドゥフェ』……」
次は失敗したくない。
魔法使いはその一心で、何度も何度も同じ単語を唱えていた。
──たちが戻ってくるまで、ひと時の休みも入れないと覚悟しながら。
◇◆◇
魔法決闘の会場へ着いたレイたちは、休止となるまでの異様さに目を疑った。
会場の外には、先ほどの決闘を見届けた人が集まる。その誰もが懐疑を忘れ、瞬く間に噂を広めていった。
「さっきの試合見た? 途中でぼんやりした子が失敗して、優勝候補のチームが負けたの。なんで他の人にしなかったんだろう」
「あっ、それ、さっき聞いたんだけど、そのチームのリーダーが幼馴染なんだって。運がいいよね。それだけで優勝候補に入れるんだから」
「へえ……でも、図々しくない? 普通は辞退するでしょ」
「確かに。空気読めないのかなあ」
こんな話があちこちから聞こえてくる。不釣り合いで、見合っていなくて、全く価値がないものだと口を揃えている。
それは、どんどん人格否定に到達した。根暗、影が薄い、貢献してない、つまらない、性格が悪そう……。
だから、肝心なところで失敗するんだ。だから、あんな風にしか魔法が使えないんだ。
「性格なんて何も関係ないんだけど」
「辞退しないといけないっていうのも変だよね……」
リーダーと幼馴染で一緒に出ているというのに、外野がとやかくいう話ではない。決闘そのものを壊すような行為がないなら、当人同士で決着をつければ良いだろう。
むしろ、仲が良いのに何故一緒に出てはいけないのだろうか。
「原因は同じチームの子だけど、今さら反論したって誰も信じないだろうね。……さて、どうしたものか」
決闘の会場には、『星誕祭』規模の人が詰めかけている。そんな中で、度重なる失敗をして優勝候補だというチームの汚点とされた。
ならば、同じぐらいの規模で上書きするのが手っ取り早いだろう。それを成すには種も仕掛けも足りないのだが。
「よーし、封鎖されて入れないところだけど、正当な理由があるから通過を許してもらおっと」
魔導師の紋章を用意して突入。こういうのは、わくわくする。精一杯のドヤ顔を披露できるから。
「ここは通行禁止で…………失礼いたしました」
たぶん、警備の魔法使いは内心イライラしているだろう。
ただでさえ押しかける人を止めないといけないのに、目の前で中に入る人が現れてしまったのだから。
再び問い詰められており、うんざりした様子が伝わってきた。
「ごめんなさいって心の中で思っておこう」
「口にはしないんだな」
口にしたら文句を溢してきそうなので、ここは触れないのが賢い選択である。
決闘の会場は、とりわけ閑散としている。『中位魔法決闘』は休止しているため、皆『星誕祭』を見に町へ繰り出していったのだ。残っているのは話題の中心人物のみなのだろう。
「魔法、使ってるね」
「一人で練習してるのかな?」
ひたすら使っている魔法は、攻撃用のものではなく、ただ空を彩るだけの魔法。
その精度と芸術センスは目を見張るほどで、決闘の会場がステージとなっているようだった。
『エドゥフェ』、『エドゥフェ』、『エドゥフェ』……。
近づくと、ひたすら囁くのが呪文だと分かった。
ミスをしたら、やり直し。間髪を入れず、無心で魔法の練習をしている。
それは、はたからすれば機械的。できなくても表情を変えない姿が、この状況に慣れてしまっているようだった。
「『エドゥフェ』、エドゥ…………? 誰?」
リーフグリーンの瞳が、こちらを見やった。
遠くを眺めるようにして、虚ろにミディアムヘアを一房こぼす。
突然の侵入者に驚くこともなく、淡々と問いかけた。
「練習中にごめんね。少し時間あるかな?」
「時間……私は練習を──」
「ほんの少し、話を聞くだけだから」
「…………少しだけなら」
立ち上がって、弧を描くのをやめる。輪郭は風に吹かれて揺らぎ、さらさらと魔法は消えていった。
「えっと、ぼくらがここに来たのは……」
「……」
さっきの決闘についてなんだけど、と続ける前に、少女は瞳の奥を仄かに諦観で染めた。
またか。また、言われようのない不名誉で埋め尽くされる。
その全て知り尽くしていながら、何も察せられない鈍感さを表に出す。そうしていれば、適当なところで興味を失ってくれるから。
「……ぼくらは、きみの敵じゃない。きみが失敗した理由も、やろうとしたことも全て知ってるから」
「……?」
まずは信頼を得ることが先決だ。目の敵にする人ばかりなら、なかなか打ち解けようとしないはず。
相変わらずぼんやりと、少女はゆっくり首を傾げた。
「さっきの決闘、見させてもらったよ。あれは味方のカバーをするためだったんだよね?」
「……」
瞬きを数回。驚きと疑問が合わさって、少しだけ目を見開いた。
「だから、きみを責めるために来たんじゃない。繰り返すのはダメだと思ったから、防ぎに来たんだ」
「……なんで」
「え?」
短い疑問にレイは目を瞬く。
何に対しての、なんで、だろうか。
聞き返したレイに、少女は怒りのような悲しみのような声で答えた。
「なんで、防ぐの……? 私が何をしても変わらないのに」
初めて焦点があったようだった。彼女はまっすぐな視線で見据える。
それは、静かな怒りであり、失望させてくれと訴えているようだった。
「みんな、私のせいになることを望んでる。私があの子の幼馴染な限り……」
澄んだ瞳に混じる影。聡明で悟ってしまった、諦めてしまった。
そんな表情で、遠くだけをしっかり見ている。
耳を塞ぎ、目を閉じて、残ったものだけを見据えていた。
「あと三回。あと三回で終わる。そうすれば、きっと元通りになるから……」
「元通りって……本当にそうかな?」
「……」
これ以上酷くなりたくない。話が見えずとも、それだけは理解した。
ただ、それはより状況を悪化されるだけである。
あの状況があと三回続いたら、顔も名前もハッキリ覚えられてしまうだろう。
さらに、誤解されたままの場合、『星誕祭』の後にもレッテルを貼られ続ける。それで酷くならないわけがない。
「突然やってきて防ぐって言われても、疑われるのはわかってるよ。ただ、今まではひどくならなかったかもしれないけど、今回のはそうじゃないって断言する。決闘場にいた人は、たった数人の話じゃないから」
「……また、大切がなくなる。そういう、こと……」
まとまりのない、迷子のつぶやきをこぼす。八方塞がりだということに、再びぼんやりとした瞳で遠くを見つめていた。
「私は……どうすればいい? 大切は守らないと……」
「大切? ……何かあったの?」
表情を変えないまま、淡々と、怯えている。
されるがままになっている理由が、そこにあるのだろうか。
彼女は目を伏せると、『大切』を教えてくれた。
「さっきの……空を彩る魔法。あれが、私の大切。小さな絵でも、下手な絵でも、なんでもいい。楽しかったら、それでいい」
そのまま口を閉ざした少女。その後に続く言葉は、なんとなく予想できた。
なのに、そんな些細なことも許されない。放っておいてくれない。
彼女の身の回りで起きたことが分からないが、置かれた立場は目に見えるようだ。
一人ぼっちを望んでいる。けれど、それもできずにいる。宙ぶらりんの最中。それが彼女の現状だ。
「そっか……なら、やっぱり誤解を解きたいっていうのが本音?」
「……わからない」
そう言いながらも、ほんの少しだけ、うわごとのように逃げたいと口にしていた。
けど、その中には離れられない理由も混ざっていて、相反するようにせめぎ合っていた。
特に、ずっと繰り返している、誰かを指した『あの子』。
「あの子は、何がしたい……? あの子は……ロミーは、私の誰?」
「……?」
幼馴染と口にしていたはずだが、それにしては不可解なことばかり呟いている。
「えっと、大丈夫?」
「……。誤解は、解く?」
問いには答えず、こちらを見つめる。
読めない表情だが、誤解について初めて触れた。
「何がなんでも解くつもりだよ」
誤解を完全に解くことは難しいが、賛否両論になるまでなら晴らせるはず。とにかく膨れ上がった悪評を減らすことが目標だ。
彼女は黙々と考えて、ひとまず誤解を解くことを前向きに捉えた。まだ答えは出せないようだが、じっと待つよりは良いと結論づいたようだ。
「何か行動する場合は、そのとき考えればいいよ」
「……」
話がまとまったところで、詳しい話を聞く。
すると、いろいろと予想外なことが飛び出てきた。
「えっ、じゃあ、誤解は本当に誤解ってこと? 誰かがはめたわけでもなく、誇張されて伝えられるからこうなったってこと?」
「……そう」
『投影書』で流れた映像からして、近くにいたピンクの少女が画策したのかと考えていた。
だが、どうやらピンクの少女はミスを言いふらしているだけで、そうなる状況を作り出したわけではないようだ。
「それって、ピンクの子は自分のミスに気づいてないってこと……まあ、いいや。けど、そうすると、あんなに上手く広まるものかな。決闘場にいた全員が口を揃えるのは、違和感がある」
なんせ、先ほど『投影書』で確認した決闘は、出場した全てを含めて責められるべきミスは全くないのだ。
それに、決闘をしっかり観ていれば、フォローに回ったことも簡単に気づく。全員が全員、彼女を責めているのはおかしかった。
「なら、あのピンクの子以外にも、意図的に悪評を広めている人がいる……? その場で観てる人の認識を操る……」
それができるのなら、こちらがどんな方法を取っても悪評は広まり続けるだろう。
やはり、劇的な上書き。それも、疑いようもないほどの真実が必要になってくる。
(本当は犯人を探した方がいいけど……これだけの人がいると、見つけてる間に訂正しきれなくなる。……から、ヴィヴリオさんに頼もうかな)
ローブのポケットを漁って魔力を込める。こちらの状況を把握しているため、すぐに繋がった。
「エミリーに関する噂を広めてる人を調べて欲しいんだけど……」
《……》
「あれ? ヴィヴリオさん?」
《……ああ、やれたらやる》
「え? って、また勝手に切られた!」
なんだかやってくれるか微妙な返答だった。『やれたらやる』と言うのは、実質やらないと言うことではないか。
仕方ないので、カイヤに頼んでおこう。犯人を調べるよう連絡して、訂正の仕方を思案する。
「まず、期限は次の決闘……つまり、三日後までだね。それまでに、広がった噂と同じぐらいの規模で噂を否定する。……言ってはみたけど、わりと難題だね」
魔法会に頼めば、情報を広く流すことぐらいはできる。ただ、そこで観てもらう内容が難しいのだ。
「同じくらいの規模……少なくとも、決闘場にいた人数分に信じてもらわないといけないってこと?」
「そうだね。些細なことだと気に留められないし、むしろ、自作自演と解釈する人の方が多くなる」
思ったよりも現実的な話でないと気づいたミリアが、視線を落とす。決闘までに間に合うか、心配そうにしていた。
「パッと思いつくのは、真っ当な二つ星魔法使いを集めて決闘をするくらいかな。即席のチームでも、違う人と組ませるべき……」
ただ、それでは噂を塗り替える材料として弱い気がする。考えを改める人もいるだろうが、攻撃が止むとは思えない。
何か、もっと良い方法はないか。
集中しようとフードに手をかけようとした。その前に、後ろから声がかかった。
「それなら、私に任せて欲しいな。良い方法があるの」
いつの間にかの侵入者。誰だと振り返れば、ローズピンクとワインレッドの髪色を持つ女の人がいた。
優しげな垂れ目の印象的な彼女は、視線を合わせてふわりと微笑んだ。




