九十七話 歌姫シャロル
あれからコンサートまでの日々は大変だった。
「もうついてきませんように……もうついてきませんように……もうついてきませんように……」
祈るように唱えるレイ。先日までの惨状を思い返して、ぶるりと身体を震わせる。何をしでかすか分からないことから、すでにレイは疲弊していた。
面白くないイベントがあると一掃しかける。
長蛇の列があれば刻印で操ろうとする。
占いで思うような結果が出ないと剣に手をかけ、弱者を見かければ平然と洗脳しようとする。
挙げ句の果て、刻印付きのアクセサリーをわんさか持ってこられた時には、いよいよ恐ろしくなって一度逃げ出した。
隣でミリアがご愁傷様と言いたげな表情をしている。昨日まで近くで見ていたので、この気持ちをよく分かってくれていた。
「服を直したら、似たような服装と年齢にしてくるのも……本当さ……」
「お揃いどころじゃ、なかったよね……」
メイリお手製のワンピースは、昨日からハーフパンツに変えてある。
もちろんウィッグも外して、すっかり元通り。アリスとお揃いの雰囲気はそのまま、少し手を加えて直した。
すると、変えたことに気づいたシグナメルムは、少年の姿になって服も同じような形にした。
普通、そこまで合わせるだろうか。普段は最初に会った青年の姿なので、元に戻ってくれれば良いのに。
「逃げても追ってくるし、執念深いし……こういうの、なんて言うんだっけ……?」
「えっと………………す、ストーカー?」
「それだ! それしかない!」
ミリアが的確な答えを出してくれた。ストーカー。本当、その通りである。
それらの元凶である悪魔だが、昨日の夜。レイが眠気に耐えかねる寸前に、シグナメルムは用事があると言ってどこかへ消えた。仮眠を取って、しばらくしても戻ってこなかった。
その間に魔法会にも報せようとしたが、まだ近くにはいる気がするのでやめておく。いずれ帰ってくる確率も高いため、何もせず『救済』した人を解放するよう交渉するのが良い。
それからコンサートに日まで、平和な時が流れ──
「ついに! この日が! やってきた!」
晴天の秋空に、手を伸ばすカナタ。
フラッグや降ってくるビラの奥から、開演前に世界観を合わせた曲がかかっている。
繊細でミステリアスで、少しだけダークな雰囲気。ただ、時折り明るくハイテンポな曲もあるので、様々なコンセプトを用意しているのかもしれない。
「今日は珍しく、外のコンサートなんだ! いつもは劇場とかでやるんだけど、『星誕祭』のおかげで激レアなステージが観られる!」
カナタ曰く、劇場の時よりも演出が多くなるらしい。その根拠となるのが、歌姫シャロルの持つ魔法なのだとか。
「シャロルちゃんの魔法はね、えっと……あ、そう! レイくんの言ってた特異な魔法系? で、色の魔法が使えるんだ!」
「色?」
「うん。どんな色も使えて、雰囲気に合わせてムードも変えられちゃうんだよ!」
「へえ……また珍しい魔法が出てきたねえ」
ちなみに、パープルとワインレッドが歌姫シャロルのイメージカラーとのこと。
なので、基本的な演出はその二色なのだが、曲調によってはポップだったりクールだったり、色を自由自在に変化させるらしい。
「面白そうだね? それに、ムードっていうのはお客さんの方にも影響があるの?」
「うん。シンクロする感じ。でも、強制じゃないから、あらかじめ魔法を遮断するバッチをもらうよ」
「バッチっていうと、これか」
チケットを確認してもらった時に、渡された紫のバッチ。これを付ければシンクロの体験は無効となるようだ。
「まあ、最初から付けることないよね。たぶん、遮断しない方が本物のステージだろうし」
「付けてる人はあんまり見たことないかも。その代わりに、ファンの人はだいたい鞄に付けてるよ」
カナタが得意げに見せてくる。鞄なら影響は出ないため、応援の意味を込めてバッチをつけるのがファンなのだとか。
ついでに、パープルとワインレッドを取り入れた服を着ており、かなり気合いが入っている。周りと比べても本気度がうかがえるので、これが初めてのコンサートとは誰も思わないだろう。
「楽しみだなあ! けっこういい場所だし、もしかしたら目が合うくらいあるかも!?」
単に歌を聴いているだけではなく、歌手そのものにも注目している。そういう楽しみ方があるようだ。
カナタはさっそく開演前のブース巡りをしに行き、レイたちは席で待つ。
「カナタちゃんの熱量がすごいのかと思ったけど、普通だったみたい……」
「そうだねえ、びっくりしたよ」
長蛇の列を眺めてしばらく。カナタが劇場で見たような両手さげで帰ってきた。
この間より、買ったグッズの数は増えている。『星誕祭』限定品というので、どれも省くことができなかったようだ。
「このストラップで百ルラム。このリボンで百二十ルラム。特大ポスターが二百ルラムで、写真集が三百五十ルラム……」
「ストラップでその値段なの!? 高過ぎない!?」
「や、安くはないけど、シャロルちゃんのためならお安い御用! シャロルちゃんの世界観的に、どうしても高い感じになっちゃうんだけだし!」
グッズにもこだわりがあるようで、安っぽいものが一つもない。集めるにはファンが大変そうだが、むしろ、これでこそ歌姫シャロルだと喜んでいるらしい。まあ、趣味となれば金に糸目はつけない。そういうものだと思えば納得できた。
「まだ時間あるから、みんなにシャロルちゃんの良さを伝授する!」
「熱弁の仕方がどっかの誰かみたいだな……」
「誰のこと? それより、キーは師匠だから一番しっかり聞かないとね?」
「師匠関係ねえっての」
グッズ紹介の後に、パンフレットを読むよう促され、カナタが目一杯力説する。脱線に脱線を重ねることもあったが、なんとか戻してあげつつ話し切ることができた。
その間に薄暗くなっていた、コンサート会場。魔導具か何かで屋外ながら、光を抑えている。
そうして、開演の時間。話し声がなくなって、皆が舞台を待ち望む。
「おっ……?」
色の魔法をさっそく使い、空の色が夜になった。太陽は隠されて、星の瞬きとともに闇夜が再現される。
それを不思議に見渡す中、パッとスポットライトがついた。
現れたのは、赤紫のドレスで身を包んだシルエット。ドレスの色は鮮やかに映るのに、人の姿は黒い影となっている。
ストリングスを静かに奏でると、密かに、よく通る声が旋律を歌い始める。
心を揺さぶられる囁きは、二度目になると一気に広がった。音は重なっていき、透明ながらも芯のある歌唱が響き渡る。もうワンフレーズが終わる頃には影が晴れて、歌姫シャロルの姿が現れた。
「……! シャロルちゃんが、いるっ……!」
アップのポニーテールに、流し目の魅力が伝わる端麗な目もと。清楚で大人っぽい印象のある彼女だが、一つ一つの仕草で可愛らしさも足されていく。
スタイルも良く、手足がすらりと長い。膝上にまで届く髪が揺れれば、ひときわ背の高さが引き立つようだった。
いつの間にか、メロディーは移り変わる。何かの予感を囁くような、誰もが耳を傾ける盛り上がりの一個手前。
舞台上の彼女はゆっくり手を挙げる。
そして、次の旋律へ入る直前、何かを唱えて振り下ろした。
「……!」
サビに入った瞬間に、闇夜を切り裂くようにグラデーションが降りた。
まるで、帷を下ろすような演出。その後、カナタの言っていた色のシンクロを感じた。
紫になった途端、感情の琴線に触れたような感覚。ぶわりと湧き上がり、音色に引き込まれる。
似合いの歌声、曲調と相まって、彼女の伝えた全てが客席を覆っているようだった。
「驚いた……感情を届けるのに相性バツグンだ」
これほどの魔法を合わせられたら、ファンが多いことにも頷ける。
ただ、曲にいっさい違わない繊細な感情表現は、歌姫シャロルの実力だ。
「魔法の使い方も奥が深いわけだねえ」
魔法でエンターテイメントを披露するのは、なかなかに高度な技術が必要だ。
あまり知らない魔法の使い方に感動しつつ、二曲目の始まりにもレイは興味をそそられた。
◇◆◇
コンサートは約三時間。アンコールにアンコールを重ね、拍手喝采の中、歌姫シャロルは舞台裏へ消えていった。
それでもアンコールを続けるファンに、『星誕祭』のスタッフがアナウンスで終わりを告げる。
「も、もうちょっとだけアンコール……!」
「あっという間過ぎー!」
どうしても終わりにしたくないファンが、席にしがみついている。
それをスタッフが引き剥がして、会場外へと風の魔法で放り出した。なんとも荒々しい解決方法。きっと場慣れしている人なのだろう。
ファンといえば、カナタの反応が未だ何もなかった。
振り返ってみると、固まって動かずにいる。
放心状態なのか。呼びかけようかと思ったら、先にカナタの意識が戻ってきた。
「ひ……ひかえめに言って! むっちゃくっちゃすごかった! 生! シャロルちゃん、いた! すんごい可愛くてきれいだった! 歌と色の魔法、びっくりするぐらいよくって……本当に最高だった!」
語彙力が乏しくなっているが、それも無理ないだろう。
カナタにとって初めてのコンサートであり、歌姫シャロルを初めて間近で目にした時間だったのだから。
「……私もレコードくらいは買ってみようかな」
「ミリちゃん、買う? おすすめのやつ、教えるよ!」
レコードとは、『投影書』を使って曲を聴くことができるものだ。映像がないので小箱や双眼鏡などの簡易型でも流せる。
ただ、本格的に音楽を楽しみたい場合は、『蓄音機』がおすすめだ。
実は、その『蓄音機』も持っているミリア。好みの曲もたくさんあったので、せっかくだからとブースへ移動する。ノリノリのカナタと一緒に、レコードを選びにいっていた。
「ぼくも一つぐらい買ってみてもいいなあ。……アリスはどうだった?」
「……とても素晴らしかったです」
「……もう一言あるみたいだね?」
「えっと……初めて夢の世界に連れていってもらった時みたいで、わくわくしました」
アリスがわくわくしたと言った。ならば、買う一択である。キーに待ってもらうと伝えるため、口を開きかけた。
だが、それより先に連絡が入ってきた。
カイヤからだ。確か現在は、大会の下見だかなんだかをしているはず。
ただ、カイヤが連絡してくるのは重要事項のみなので、この場合、大会に何らかのアクシデントがあったということ。事件でもあったのだろうか。
《いえ、事件などは起きておりませんねェ。ですが、代わりに面白いものを見つけました》
「面白いもの?」
なんだか嫌な予感がする。カイヤが面白いと思うものなんて、たいてい悪いことだ。
そして、予感は的中した。
《今回の『中位魔法決闘星団戦』ですが、とあるチームが一人のメンバーを引き摺り回しているようでしてねェ。今決闘は、その一人への誹謗中傷でまみれておりますよォ》
「は?」
どういう状況だ。レイは夢の魔法から乱雑に『投影書』を取り出す。
あまり使ったことはないが、『星誕祭』の映像を観るくらいはできる。
「『中位魔法決闘星団戦』……これか! …………何これ、最悪なんてもんじゃない。どうすれば、こんなにヘイトを向けられるのかな……」
映像を巻き戻して把握を進める。
魔法決闘で戦う二つのチーム。五対五で繰り広げられる魔法の応酬で、どちらも実力は拮抗している。
その内、片方のチームはなんとか攻勢に転じようとして、大技を仕掛けようとしていた。
四人の魔法使いが隙を見せないように守るが、その中の一人から急に魔法が途絶えた。
「そういうことか」
その後、勝敗はあっけなくついた。
もちろん、攻勢に転じようとしたチームの負け。明らかな失態を見せた魔法使いへ、チームのメンバーが詰め寄る。
そして、観客席まで聞こえるように、ヘマをしたのはこいつだ、と突き放した。
良い試合だったのに、一人のせいで台無しに。
声を拾ってみると、またか、という言葉もある。
つまり、これは一度ではなく、何度も同じチームが同じ結果を招いているということ。
中には勝った決闘もあるが、どれも同じ魔法使いのミスで窮地に陥っている。明らかに、不自然な原因。
《ちなみに本人のミスはほとんど見当たらず、それ以上にお仲間の魔法使いが足を引っ張っておりますねェ。優勝するつもりはないと思われます》
「勝つつもりもないのに、あの子だけを晒してるってこと?」
《そうなりますねェ》
「……」
周囲から野次が飛ぶ中、俯いたまま動かない一人の魔法使い。杖を握りしめて、冷や汗をかきながら青い顔をしている。
その背後で、晒し者にした張本人は満足そうに笑っていた。
「はあ……七年に一度の『星誕祭』でさ? こういうことを起こす人がいるんだ。それも、真剣勝負のはずの決闘でね」
これだけ堂々と、大衆が見ている中で全責任を負わせる。
たとえ、本当にミスをしまくっていたとしても、同じチームの仲間に対する仕打ちではない。
「せっかく楽しんでたところだけど、ちょっとお邪魔しないとなあ」
『投影書』をしまって、アリスに決闘場の案内を頼む。ミリアたちが戻ってくるのを待ちながら、詳しい状況を聞く。
「わかった。カイヤ、その子は今後も出場するの?」
《ええ。最低でも三回以上は出る予定ですね》
あれを三回繰り返すのはダメだ。次の決闘が始まる前に、ひとりぼっちの魔法使いに会いに行く。
戻ってきたミリア達にも事情を説明し、頷いた皆とともに人がごった返す道をすり抜けた。




