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落ちこぼれ機械闘士の病熱【完結】  作者: 日野月詩
第三試合 伽藍とは
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最終試合:勝敗

 ブザーが鳴った。けたたましい音だ。

 控えめな歓声。拍手。

 息を呑み畏れ慄く人間の声。


 突然視界がぱっと開けた。

 僕は自分の身体を見て、破け砕けた胴体、そして胸部の穴を確認した。

 これはまた、修理に随分と時間が掛かることだろう。技術者たちが卒倒しているかもしれない。

 僕は次に、フィールドを見回した。

 見当たらず、視線を下げて、ようやく探していたものが見つかる。

 足元、数センチメートルも離れていないところの地面に、それはあった。今まさに崩れ落ちたばかりの相手の身体。

 それを見てようやく理解した。

 ああ、僕は、勝ったんだ。


 いつもならば、安堵と喜びに身体が震えるはずだった。

 それなのに、僕の中には、もはや何も無かった。

 内部機器のすべてが湧き上がるようなあの高揚感は無い。

 少し遅れて、冷えた徒労感ばかりが僕を襲った。

 勝利を理解したその瞬間に、こんな空虚を感じたのは、初めてだった。


 もし、僕が闘ったのがあの伽藍であったならば。僕に敗けることなどありえない。首に剣が突き刺さるその瞬間か、それより前の瞬間に、どうあっても自爆していたに違いない。例え、爆発ができないように設定されていたとしても。

 地面に転がっている首に視線を向ける。

 硝子のように澄んでいるのに、何の姿も映さない瞳を見て思った。

 やはり、これは伽藍ではなかったのだ。

 分かっていたはずだった。それを証明したくて、僕は闘い、勝ったのだ。

 それなのに。

 僕は首から目を逸らした。顔を上げ、辺りを見回す。

 人間たちが拍手をしている。歓声を上げ、笑っているのは螺鈿の整備員たちだろう。門沢が拳を突き上げ、何か言っている。

 会場の後ろの方には、門沢の娘がいた。よく分からない表情で、こちらをじっと見つめている。僕では無くて、倒れ伏した「伽藍」を見ているようだった。

 渋い顔、動揺した顔を隠せずに、忙しなく何かを話す人間もいる。新しい伽藍の制作者たちだろう。初試合で、格下の螺鈿に敗けるとは思っていなかったのかもしれない。


 僕はもう一度、地面に目をやった。今度は首が離れた身体の方を見る。

 糸が切れた人形のように、関節が妙な形のまま倒れている機械がそこにあった。さっきまであんなにも強かった闘士が、ぴくりとも動かない。

 僕はこの機械に勝って、これが伽藍では無いと証明した。僕自身のために。

 だが、人間たちにとっては、これが新しい「伽藍」になるのだろう。

 螺鈿でも、他の誰でも、誰に倒されたところで、きっとそれは変わらない。

 人間たちはこの「伽藍」を闘わせ、直し、闘わせ、直し、そしていつか壊れ、直せなくなったその時には、再び新しい「伽藍」を作る。無限にそのループが繰り返される。

 これからも人間は「伽藍」を作り続けるのだろう。

 分かっていた。当然のことだ。

 では何故、僕は闘ったのだろう。

 ひどく虚しい。

 僕は何故、これが伽藍では無いと証明したかったのだろう。

 どうしてこんなにも僕は孤独で、空っぽで、虚しいのだろう。

 例えばここが体育館ではなく、アリーナやスタジアムで、今どれだけの拍手と歓声に包まれていたとしても、同じことを思っていただろうか。

 何故だろう。

 虚しくて仕方が無かった。この世界にはもう、伽藍がいないということが……


 ああ。僕はようやく気付く。

 僕は、伽藍と闘いたかったのだ。

 これは伽藍では無いと思いながら、伽藍と違う箇所を数えながら、ずっと君の姿を探していた。

 空っぽの僕の中には、こんな単純な願いしかなかった。

 もしも、伽藍の自爆に巻き込まれるという名誉を得たのが、螺鈿であったなら。

 全身全霊で闘って闘って、その末に伽藍が僕を壊してくれたなら。

 僕が伽藍を終わらせることができていたのなら。

 最後の瞬間に、あの美しい動作と、凄惨な笑みを目に焼き付けて壊れていけたのなら、僕はどれほど幸せだったことだろう。


 今になって願いに気付いたところで、その願いはもはや叶いようもない。

 僕は途方に暮れてしまった。

 今までと同じに闘って、闘って、闘って。闘っている間はあんなにも幸福で、楽しくて。

 でもきっと、ふとした瞬間に、どうしようもなく寂しくなる。虚しくなる。

 それでいいのだろうか。分からない。僕はどうすれば良いのか、まるで分からなかった。


 気付けば、僕は問いかけていた。

 伽藍、僕は……

 答えが返ってくるはずもない。

 十分すぎるほどよく分かっていた。

 この世界には、伽藍はもはや存在しない。

 それでもなお、問いかける。

 伽藍、僕はこれから、どうしたらいい?



「闘え」


 僕は慌てて顔を上げた。

 左右を見回す。人間の顔、顔、顔。笑ったり、眉間に皺を寄せたり、表情はさまざまだ。いや、違う。下を見る。機械はぴくりとも動かない。当然だ、完全に先ほど僕が破壊したのだから。

 では、さっきの言葉は何だ。

 確かに、聞こえた。

 確かに、あの声は……

 人間の群集に目を凝らす。いるはずがない。いるはずがないのに。

 それでも僕には、伽藍の声が……

 人間たちはこちらに背を向けて、ばらばらと撤収していく。

 視線を忙しなく動かしていると、人波の中、ぽつりとひとりだけ、微動だにせずにじっとこちらを見ている人間を見つけた。

 門沢の娘だ。今は、他のものを探さなければならないのに。それでも僕は、その人間から目を逸らすことができなかった。

 どんな表情をしているのだろう。これだけ距離があると、うまく感情が読み取れない。しかし何故か、彼女は泣いていたのではないかと、そんなことを思った。


 門沢の娘が、口を開く。ざわついた会場、たったひとりのその声が聞こえるわけもない。

 けれども、僕には分かった。唇が細かに動く。言葉が紡がれる。

 音の無いそれは確かに、あの聞きなれた声となって、僕の耳まで届いてくる。


「闘い続けろ」


 ああ、そうか。

 君はそこにもいたんだな。


 すとん、と胸に何かが落ちた。

 どうしてそんなことを思ったのかは分からない。

 けれども、その声が聞こえたその瞬間、確かに僕はそう理解したのだ。


 気付けば、門沢の娘は人波に紛れて、姿が判別できなくなっていた。

 何故門沢の娘が、あんなことを言ったのか。いや、そもそも、本当に言ったのだろうか。僕の空想ではないのか。そんなことを考えても、僕には何も分からないのだ。

 本当にいつでも、分からないことばかりに囲まれて僕は存在している。

 何を見ても、考えても、ずっとそうだ。伽藍、いつだって君ばかりが教えてくれていた。

 でも、それで良いのだと今は思える。

 こんな僕でも分かっていることが、ひとつだけあるから。

 何度も言い聞かせた言葉を、僕は再び思い出す。

 機械闘士は、勝たなければならない。勝てなければ意味が無い。


 では、勝つこととは何なのか?

 きっと、勝つことは、闘うことだ。闘い続けることだ。

 だから僕は、闘うのだ。

 僕は、機械闘士だ。

 今までもこれからも、何があろうと変わらない、それだけが真実だ。

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