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柘榴の封印  作者: 御影


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18/22

第九章 新月の夜 1

1


 〈オクルス〉が解放された事に対して、神官達の間に大した変化は見られなかったものの、安堵する者より不安を抱いた者の方が多数を占めていた。潜めた声で交わされるわずかに悪意をにじませた会話と、さわさわ《・・・・》と浮わついた雰囲気が、『沈黙の神殿』を包み始める。そしてそれはひどくゆっくりとたゆたい、次第に全員へとそれぞれに形を変えて浸透していった。だがそれを、誰も変だと気付く事はなかった。

 そうして、いささかの語弊があるものの、何事もなく丸一昼夜が過ぎた。明日はいよいよ新月の夜を迎える。この意味するところを、スピカ達はぴりぴりと神経を刺す不安と恐れをもって苦く噛み締めていた。

「いよいよですわね」

 時をるにつれ、次第に口数の減っていった一同を見回して、スピカは口火を切った。就寝前に誰ともなく皆が少女の部屋に集まった、その折である。努めて平静にそう言ったスピカに答える者はいない。何と言って良いかが判らない。皆の戸惑った顔にありありとそう書いてあった。けれど逆に、スピカは微苦笑を浮かべた。言葉を探すのは、それだけ相手の事を思っているからですよ、という幼い頃聞いたゼノス神官の言葉が、暖かい気持ちとともに胸中に広がる。初めてそう聞いた時にはぴんと来なかった言葉だったが、今、判ったような気がする。どうでもいい相手だったら、適当に受け流していただろう。励ましの言葉にしろ自らの決意のそれにしろ、最もスピカを力づけるたった一言に集約できずに彼らも歯がゆい思いをしているのが、何故か手に取るように感じられた。それが、嬉しかった。だからこそ、あきめるわけにはいかない。たとえ最悪の結果になろうとも、皆の思いを踏みにじるような真似はしたくない。足掻いて足掻いて、最後まで絶対にあきめたりはしない。そう、スピカは決意を新たにした。そして、心なしか丸めていた背筋を伸ばしたスピカの第二声には、いつもの張りが戻っていた。

「でも正直言って、明日の晩に何が起こるのか見当もつきません。アンゲルス神官、何かご存知ですか?」

 話を振られた小太りの神官が、情けなさそうにかぶりを振った。その腕に、未だに〈オクルス〉の剣がしっかと抱き締められている辺りが、この場と状況にそぐわず滑稽ですらあった。――無論、本人はこの上もなく真剣である。

「それは私も同じです。スピカ様のお話を聞いてから、こちらの書庫をお借りして調べ直してはみたのですが…。何分なにぶんにも記録書の数が多すぎて、とても一朝一夕には」

「そんなに量があるのなら、目録ぐらい作られているでしょうに」

 アンゲルス神官は、ラウルスの質問に肩をすくめた。

「まずその目録が見つからないんですよ。こんなはずはないんですが…」

 こんなはずでは。

 ここ数日で一生分聞いた気がする言葉に、ラウルスは苛つきかけた自分を抑えて唇を噛んだ。こんな風に、誰かが故意に隠したのではと疑ってしまうのは軍人のさがだろうか。それともこれも、〈オクルス〉の言った瘴気とやらのせいだろうか。ラウルスは、既にお馴染みとなりつつある頭痛に眉間を押さえた。

〝まったく…、本当に性質たちの悪い〟

 どこまでが自分の意志でどこからが何かに操られたものか、自身で判別できないのはどうにも気分が悪かった。腹の探り合いならまだしも、頭の中に得体の知れないものが入り込んで、しかもそいつの手の上で一方的に踊らされているかと思うと、吐き気すらこみ上げてくる。

〝あいつもこうなのか? …とてもそうは見えんが〟

と、ラウルスは窓に背を向けて立つ〈オクルス〉をちろりと横目で見やった。彼女から聞いた瘴気の話は誰にもしていない。疑心暗鬼――何しろ普段とは状況が違っているのだから――にでもなられて互いの潰し合いにでもなっては目も当てられない。それこそ相手の思う壺だ。だが〈オクルス〉ときたら、気疲れするラウルスとは雲泥の差だった。手鎖の戒めも、これ見よがしに首にぶら下げられた封印の護符も一切意に介していないように見える。と、考え事に気を取られていたラウルスは、スピカが〈オクルス〉に話しかけた声に我に返った。

「ねえ、ローラ。貴女あなたは何か知っているんじゃないの? だってほら、誕生日でなく新月の晩がその日だって教えてくれたのは貴女なんだし」

「さあな」

 〈オクルス〉は、極めて静かに否定した。

「奴らの考える事なぞ、我々に判るものじゃない」

「じゃあどんな姿をしているの?」

 間髪入れずの質問に、〈オクルス〉が初めて目を上げた。そして、朗らかな振りをした口調とは裏腹に真摯しんしな瞳を認めて、〈オクルス〉は目を思慮深げに伏せた。

「――それも答えられない」

「どうして?」

 スピカは、憮然とする男達の機先を制して、穏やかに問い返した。それに小さく頷いてみせた〈オクルス〉が、再び重い口を開く。

「夜話のように決まった姿などない。おぞましい姿の奴もいれば、人間そっくりに化けて平然と紛れ込んでくる奴もいる。奴らの数だけその姿はあると言ってもいい」

「案外お前じゃないのか?」

 それまでの沈黙を破っての発言にぎょっとする皆をよそに、アクルクスは〈オクルス〉をにらみつけた。だが〈オクルス〉は、いつもの鉄面皮のままでじゃらりと両手の戒めを上げてみせる。

「これで、か?」

 加えて首には護符がぶら下がっている。魔物だとしたら、ずいぶんと間抜けで辛抱強い姿と言えた。

「それに、私を出したのは神官長だ。神官長まで疑う気か?」

「ふ、ふざけるな!」

 アクルクスは、思わず拳を握って前に一歩踏み出したが、他が制止の声を上げる前に何とかこらえてみせた。

「――お前からは絶対に目を離さないからな」

「好きにしろ」

 相変わらずの鉄面皮に逆上するかと思われたアクルクスだったが、フンと鼻を鳴らすだけで引いた。止めるべく先立って動きかけたラウルスが、意外な結果に唖然とする。そして、これも例の影響の一端かもしれないと唇を噛んだ。これが別の場所であれば、弟の成長と喜べたかもしれないというのに、疑ってかからねばならないとは。だがスピカの護衛としては間違いではない意見ではあるため、無闇に叱責するわけにもいかず、ラウルスはまた頭痛を覚えて唸った。疑わしきは疑う。要人の警護をする上での心構えではある。

〝しかし…〟

 ラウルスは小さく首を振った。

〝今の俺には、それすら良い事なのか判らん〟

 上目遣いにそんなラウルスの様子を盗み見ていた〈オクルス〉の口の端が、わずかに持ち上がった。それを見たスピカが、問う。

「ローラ?」

「だが一番手に負えないのが…」

 スピカの問いかけが話の続きを促すものと取った〈オクルス〉が説明を再開するかしないかのうちに、ドアをノックする者がいた。

「どうぞ?」

「――これはまた…」

 応えてドアを開けた神官長が、中に踏み入れようとした足を思わず止めて、そう呟いた。確かに、一番広い部屋とはいえ、八人も詰めていれば殆ど立錐りっすいの余地はないと言っても良い。部屋の主のはずのスピカやネウラが寝台に腰掛ける事で多少の空間はあったものの、立っている者が揃いも揃って体格の良い者ばかりとあっては、神官長が立ち入りを躊躇ちゅうちょするのも無理からぬ事であった。それでも戸口の左右を固めていたグレンとウィンが、それぞれに一歩譲って神官長を招き入れる。かすかに苦笑を浮かべて一同の輪に加わった神官長は、咳払いをしてから話を切り出した。

「実はその…明晩の事なのですが…」

 スピカは、ちらと皆を見やって言い淀んだ神官長に、大丈夫と請け負った。

「ここにいる皆にはもう、全部話してあります。ご心配にはおよびません」

「そうですか」

 それを聞き、神官長は、ようやく表情を緩めた。

「では話が早い。それで、明晩ですが、大聖堂にて魔物封じの儀式を夜通し行うように取り計らいました。確かに調べましたところ、新月の晩にせんのご息女が襲われたのは本当のようです。念には念を入れたが良いかと」

「よろしくお願い致します」

 頭を下げるスピカに、いやいや、と手を振り口を開きかけた神官長の機先を制止し、〈オクルス〉がアンゲルス神官に呼びかける。

「探し物のが判ったな、アンゲルス神官」

「え…?」

 アンゲルス神官は、いきなり振られた話に一瞬まごついた。それから今度は、神官長の方を気まずげに上目遣いに見やって頷く。

「ええ、まあ…、そうですね」

「探し物?」

「私も何かのお役に立てればと思って、その…、こちらの書庫をお借りして文献を探していたところでして…」

 差し出がましい真似をと思われるのを怖れてか、アンゲルス神官の声にはいつもの弾むような語気はない。そして予想通り、神官長の反応は、文字通り冷ややか、と言っていい程に冷静なものだった。

「それは申し訳ない事をしましたね。良ければ今からでも取りに来なさい。ではスピカ様、明日の事もあります。今夜はゆっくりお休み下さい。――ここは安全ですから」

 神官長がそう言い残してアンゲルス神官とともに退室すると、一同もそれぞれに辞去の言葉を口にした。明日起こる事もできる事も判らぬとあっては、ここで頭を突き合わせていても仕方がない。幸い神官長のおかげで一つの方向性が見えた以上、彼の言う通り今夜はしっかり休んで明日に備えるべきだろうというのが、皆の一致した見解であった。無言のまま立ち位置からして一番最後、それもスピカの正面を通り過ぎた〈オクルス〉に、少女は思わず「あ」と小さく声を上げた。だが、聞きとがめた〈オクルス〉が肩越しに振り返ると、スピカは作り笑いを浮かべてかぶりを振る。

「――ううん、何でもないの」

 否定してみせても、その言わんとするところは易々(やすやす)と察知できる。しかし〈オクルス〉は、スピカの言葉に「そうか」と上体を戻した。だが、戸口に向かったその足が再び止まる。〈オクルス〉は、前に立ち塞がったアクルクスをゆっくりと見上げた。逆にその、アクルクスは頭半分程低い彼女を剣呑なまなざしで見下ろす。ややあって、ようやくアクルクスが口火を切った。

「優しい事だな」

 ここにきて、今夜になって、そばにいて欲しいというスピカのささやかな願いが聞こえぬ振りをするのかと皮肉るアクルクスに、〈オクルス〉の鉄面皮は崩れない。

「――私から目を離さないのだろう?」

 〈オクルス〉の言葉の意味を瞬時に悟ったアクルクスの顔に、さっと朱がのぼった。

「貴様…ッ!」

 〈オクルス〉がスピカの要求に応じれば即ち、アクルクスもスピカの寝室に留まるという事になる。〈オクルス〉の返答は、スピカの寝顔でも見たいのかと侮辱したに等しかった。

 それきり、怒りのあまり絶句するアクルクスの横を擦り抜けながら、〈オクルス〉がぽつりと告げた。

「冗談だ」

 スピカが思わず吹き出すと、他の者からも小さな笑い声が生まれた。それはかあたたかな、とひょうすべきものだったが、アクルクスは却ってますますの怒気をはらませた視線で〈オクルス〉をにらみつける。それを黙殺した〈オクルス〉は、戸口の前後にたむろする男達の間を縫って真っ先に退室した。

「〈オクルス〉!」

 ラウルスが押し殺した声で〈オクルス〉に呼びかけたのは、彼女が割り当ての部屋の前を通り過ぎたからである。何のてらいもなく振り返った〈オクルス〉は、ラウルスが小走りで追いかけてきたのを知って、内心小さく笑った。

〝気の休まらない事だ〟

 瘴気の話をしてからこっち、ずっと彼が頭の痛い思いをしているのは傍目はためにも判る程だったから――彼の仲間達は理由が判らず首をひねっただろうが――、〈オクルス〉はふと、彼女にしては珍しく彼に同情を覚えた。だがもちろん、それを表に出す事はない。

「…何か用か」

「あんたこそ、また外で野宿する気か?」

 かたわらに立ったラウルスが、ことさらに呆れ口調でこう訊くと、〈オクルス〉はまた、両手の戒めを挙げた。

「これでそんな無謀はしない。剣もないしな」

「あんたの口から無謀なんて言葉が出るとは思わなかったな。で? 何をする気だ?」

「私の見張りはアクルクスの方だと思ったが」

 再び歩き出した〈オクルス〉について、ラウルスも歩き出す。

「皮肉を言うな。まだ何か隠しているんじゃないのか? あんた」

「……」

 〈オクルス〉は答えない。答えられないのか答えを持たないのか、とっさにラウルスには判断つかない。が、その判定は思いがけず早く、もたらされた。

「――少し気になる事がある。付き合うか?」

 ラウルスは、〈オクルス〉の口から出た信じられない言葉に目を見張った。それから、腹をくくる。

「判った」

〈オクルス〉がラウルスとともに大聖堂に向かうと、戸口に立っていた一人の神官が二人を制止した。

「ここは今、立入禁止ですよ」

「立入禁止?」

 ラウルスが訊き返す。

「大聖堂が、どうして?」

「神官長様が明日のための準備をなさっているんです。…あっ」

 まだ若い神官は、ラウルスの連れが〈オクルス〉と知って後ずさった。構わず、ラウルスは問いを重ねる。

「明日の? 何も聞いてませんが。一体何の準備を?」

〝それに、神官長様はついさっきまでスピカ様の部屋におられた。今頃はアンゲルス神官に文献を渡しに自室においでのはずだが〟

 取って返して来るには早すぎる気がする。だが神官は、眉根を寄せるラウルスの体越しに〈オクルス〉をちらちらと見やりながら、気弱げに答える。

「さ、さあ…。私も詳しくは聞いておりませんから。とにかく、先程から神官長様お一人で準備なさっておいでです。終わられるまで邪魔が入らないようにと申し付けられていますから、どなたであれ、お通しするわけには参りません」

「しかし…、〈オクルス〉?」

 ラウルスは不意にきびすを返した〈オクルス〉に、思わず声を上げた。その彼に、〈オクルス〉はちらと顔を向け、答える。

「構わん。次に行く」

「次?」

 ラウルスは、先に立って歩き出した〈オクルス〉の後を、慌てて追った。

〈オクルス〉が次に向かったのは、あの貯蔵室だった。

「ここがどうかしたのか?」

 首を傾げるラウルスに答えは返らなかった。

 あの鉄門は既に、通常通りに開け放ってある。その中に歩を進めた〈オクルス〉は、怪訝そうなラウルスをよそに床に寝そべると、右耳を剥き出しの冷たい岩にぴたりと押し付けた。目的はともかく、何かを探っている事だけは察したラウルスが黙って見守る中で、微動だにしなかった〈オクルス〉がようやく顔を上げたのは、それからしばらくしてからだった。そのまま上体を起こして胡坐あぐらをかく。

「何か判ったのか?」

 十分に間を置いてからのラウルスの問いに、〈オクルス〉は答えない。その代わり、嘲弄ちょうろうめいた長いため息をついた。

「――また頭痛の種が増えるぞ」

と、〈オクルス〉が不吉な返答をしたのは、またも少し間を置いてからだったが、ラウルスは燭台を持ったまま器用に肩をすくめる。

「これ以上増えたところで頭が痛い事に変わりない。この上解けない謎まで上乗せされたのでは身が持たないよ」

「そっちの方が良かったんじゃないか?」

 いっそ瘴気の事なぞ聞かず、判らぬ事に首を傾げているだけの方が気楽だったんじゃないか?

 だがラウルスは、〈オクルス〉の揶揄やゆにきっぱりと首を横に振った。

「うやむやにされるより、頭が痛い方が何倍もマシだ」

「では、期待に添えん、とだけ言っておこう」

「どういう事だ?」

「『邪鬼の穴した』の話は憶えているな? ――私は別に専門ではない。よく判らないとしか言えない」

 なんとなく、ラウルスはそれが事実のすべてではない気がした。しかし、青年は、待とうと思った。これまで、この女剣士は必要な事は必要な時に行ってきた。ならば、待てばいい。

〝それに――〟

と、一瞬頭をかすめた考えを、ラウルスはすぐに苦々しく噛み潰した。

 それに、たとえ自分がだまされ、出し抜かれたとしても、レオンが目を光らせている。

 〈オクルス〉を信じようと考えたその一瞬後に浮かんだ考えがこれか、とラウルスは自己嫌悪を覚えた。これは瘴気のせいなんかじゃない。俺自身の打算だ、と認識してしまったからこその嫌悪だった。

「構わん」

「――っ!」

 ラウルスの心臓が一気に跳ね上がる。胸中のやましさを見透かされた気がした。平静を装って問い返した声が、わずかにうわずっていたと感じたのは、まさにやましさの現れだろうか。

「何がだ?」

「『邪鬼の穴した』の動きが今判ったとしても、何もできんと言ったんだ。岩盤を掘って攻め入るわけにもいかないからな」

 ラウルスは、それがわずかに冗談めかした言葉である事に、ふと気づいた。自然と口元が苦笑に歪む。

「あんたならやりかねんと思うんだが」

「…そうか」

 取り付くしまのないはずの一言にどこか温もりを感じた気がして、ラウルスはようやく顔をほころばせた。

「あんたも不思議な人だな」

 しばしの沈黙ののちラウルスが発したこの言葉に、立ち上がろうとしていた〈オクルス〉がふと動きを止めた。

「そうか?」

 いつものような会話を断絶するそれではない、ラウルスの次の言葉を促すかのような応えは、わずかばかりの親近感の存在を表しているのだろうか。知らず、ラウルスの体から、先程の驚愕の残滓ざんしが残らず抜け去った。

「まるで底が知れないな、あんたは本当に。羨ましいよ」

 そして〈オクルス〉の「そうか」で会話は終わる。いや、そのはずだった。

 だが、ラウルスの予想に反して〈オクルス〉は視線を落とし、呟いた。

「――こっち《・・・》に来るな」

 凍てついた手をした死神に心臓をわしづかみにされたなら、こんな絶望的恐怖を体感するのかもしれない。〈オクルス〉の口調は常と変わらぬ平淡なもの。なのにラウルスは、生まれて初めて死の恐怖に身をすくませた。その、垣間見えた滴り落ちる程の憎悪に。凄絶なこの鬼気ききが自分に向けられていないのが判っていながら、なお背筋にしかと貼りついた恐怖が離れようとしない。ラウルスは、自分がずば抜けた勇者だの剣士だのとは思ってもいなかったが、同時に、多少の状況ことでは動じないだけの自負はあったし、実際これ程の醜態をさらした事などなかった。なのに、と知らず上下した喉仏は、口内が乾き切っている証明をしたにすぎない。一方の〈オクルス〉は、自身の吐いた言葉を捨てたもの、とラウルスに与えた衝撃なぞ目もくれずに身を翻した。

「付き合わせて悪かった」

「も…う、いいのか?」

 振り絞った吐息がなんとか声の体裁を整えていた事に、ラウルスは安堵する。

「ああ」

 〈オクルス〉は、また先に立って鉄門をくぐり、ろうそくの灯りも届かぬ暗闇の中を危なげもなく歩いていく。ラウルスは、底冷えのする空気を大きく吸い込んでから、意を決してその後を追った。

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