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私にしては長い話になると思います。
お付き合い下さいませ。
長い睫毛を伏せ物憂げに溜息をつくだけで、周囲に侍る貴族子女からは感嘆の声が上がる、アラザーン王国が誇る白皙の貴公子クリフォード・アース・アラザーン第二王子。
貴族子女だけでなく他国王女からも、熱烈に婿入りを希望される彼には、残念なことにもう婚約者がいる。
あんな素敵な方と婚約をしているなんて!と、自国のみならず他国の貴族子女からも、恨まれているのはアラザーン王国の海運を取り仕切るフォワード公爵が嫡女、サーシャ・フォワード令嬢。
彼女はクリフォード殿下の婚約者と言うだけで、世の女性の敵かのように扱われている。
しかしこの婚約は王命であって、フォワード公爵家から働きかけたものではない。
サーシャ嬢は国王の四人いる子の中で、一番出来が悪く甘ったれで実務能力皆無な『パパとママの可愛い可愛いボクちゃん』であるクリフォード殿下を押し付けられた被害者なのだ。
「ていうか!
わたしのせかいいちすてきなお姉さまは、あのぼんくらにはもったいないっていうのよ!!」
よー!よー!よー!と、幼い声がフォワード公爵邸に響いた。
一ヶ月ほど前、子どもが罹る流行り病から回復されたフォワード公爵の次女ニナ御歳四歳の今の様な叫びは、最近の日課でもあるので驚く使用人はあまりはいない。
「ニナ、そんなこと言ったらダメよ」
めっ!と娘に注意したのは、フォワード公爵夫人アニス。
「だが確かにその通りだ」
その横で苦虫を噛み潰したような顔をしているのは、フォワード公爵エルンスト。
彼の顎髭にちらほら白いものが混じり始めたのは、サーシャとクリフォードの婚約が決まってからだ。
「ねえニナちゃん。君病気治ってからなんか変わったよね?もっとぽや〜っとしてなかった?」
なんで?と首を傾げたのは、フォワード公爵の又従兄弟の息子リオン・メイソン。
「だ、だってでんかはわたしのおみまいにしらないおんなのひとを四人もつれてきて、わたしの顔がふうせんみたいだってわらったのよ!」
痛いところを突かれたような顔で、ニナは慌てて言い募る。
「しかも病気が感染らないようニナは離れで療養していたと言うのに、連れてきた娘たちと騒いだとか」
当日留守にしていたアニスは、マドレーヌを摘んでいた指先に力を込める。
「ずっとベッドの横でうるさくて、おねつがあるのにねむれなかったんだもん!あんなひとがお兄さまになるなんていや!」
頬を膨らませて言い切ったニナは、喉の渇きを癒そうとコップに手を伸ばし、口をつけ一口飲み、「すっぱい!」と叫ぶ。
「その果実水ははちみつ入れてから飲むんだよ」
仕方ないなと、エルンストは手ずから彼女の果実水の入ったコップに、はちみつを垂らしてマドラーでかき混ぜてやった。
「あなた私とリオンのもお願い」
およそ他の公爵家ではあまり見られない光景であるが、フォワード公爵家では日常らしい。
「それでね、お父さま」
父が作ってくれた果実水を一口飲んで嬉しそうに笑いながらニナは
「ぼんくらとお姉さまは、いつになったらこんやくはきするの?」
そうぶっ込んだ。
だいぶというかかなり不敬な発言であるのに、四人以外にティールームにいる侍女や執事からも咎める声はない。
寧ろよくぞ聞いてくれた!とばかり聞き耳を立てている。
エルンストは深く深く溜息を吐く。
「幸せが逃げるよ、エルおじさん」
「溜息ぐらいで逃げる幸せなんていらないわよ、リオン」
「ねえいつこんやくはきするの?あしたでもできるでしょう?」
ニナの発言に室内にいる皆が頷き、エルンストを見た。
「……婚約破棄出来る証拠は沢山あるんだがなあ」
「じゃあ今日!」
身を乗り出した次女を見て、エルンストは眉間の皺を深くする。
「クリフォード殿下は甘ったれだろう?」
「お勉強も苦手ね」
「ぼんくら!」
ケラケラ笑いながらリオンは、エルンストに水を向ける。
「みんな不敬発言連発だねえ、エルおじさん」
「側室の子で甘ったれで勉強苦手で実務能力皆無のぼんくらなのに、父王に可愛がられている弟を皇太子様も姉王女様方も毛嫌いしててな」
そうクリフォード殿下は、アラザーン王国国王(そろそろ退位を望まれてる)と、王が遠征先で命を助けられ側室に召し上げた、儚げな美女ジョージィ妃との間に産まれた真実の愛の結晶なのである──と、謳われている。
しかし『いい年してなにが真実の愛だ馬鹿じゃないの』と世論は冷たかった。当たり前だ。
特に当時八歳だった皇太子は、父親の所業に泣いて抗議した。
なにしろ母である正妃が第二王女を出産してから、まだ三月も経っていなかったからだ。
命をかけて自分の子を産んだばかりの妻がいるのに、自分の命を助けてくれた好みの子がいるから、側室にするね〜などとほざく父親が許せなかったのだろう。
それに遠征先で命を助けられたなんて真っ赤な嘘で、本当は遠征先で徴用された娼婦の一人だと、噂されたのも側妃との婚姻が歓迎されなかった一因でもある。
しかしまあだからと言って、サーシャ及びフォワード公爵家が厄介者を押し付けられる謂れは一切ないのだ。
「クリフォードでんかがこうたいしさまたちに、嫌われてるからって、どうしてこんやくはきできないの?」
「クリフォードでんかのお嫁さんになりたいひとはたくさんいるんだから、けっこんはお姉さまとじゃなくてもできるでしょ?」
「クリフォードでんかは、『わたしはうつくしいから色んな女のこがよってくるのは仕方ないんだ』とかお姉さまに言うのよ?ばかよね?こんどころんだふりして、たたいていい?」
ニナの歯に衣着せぬ矢継ぎ早な発言に、アニスとリオンは楽しそうに微笑み、執事と侍女は顔を顰めて頷いている。
それを聞いたエルンストは、胃にそっと手を当てた。
長女とクリフォード殿下の婚約が一方的に決まったと王から通達があった時、勿論彼も抗議するつもりだった。
いくら盤石の態勢を布いているフォワード家とは言え、この先代替わりしてからも安泰だとは限らない。
なればこそ、跡取りのサーシャの婿には優秀な者を選ばなければ、一族はおろか寄り子領民他国の取引先全てに迷惑がかかる。
幼い頃から顔と外面の良さしか秀でた所のないクリフォードでは荷が勝ちすぎる。
ここまではっきりとではないがなんかこう上手くぼかしつつ、『おまえの息子はうちにはいらねえよ』と伝えるつもりだったエルンストに待ったをかけたのは、クリフォードの婚約者と言う名の生贄に選ばれたサーシャだった。
サーシャは顔合わせの席でクリフォード(同世代の男児より背が低くく痩せていた)から『のっぽのデブ!』『ボクとけっこんできるんだからありがたく思えよ!』との御言葉を初対面で頂いた。
親の欲目を引いてもサーシャはけしてのっぽでもなかったし太ってもいなかったのに。
なのに『のっぽのデブ』である。
初対面の婚約者である令嬢に対して、更に自分が婿入りさせてもらう家の嫡女にこの暴言。
同席していた王妃は青筋を立てたし、横に座っていた第二王女はクリフォードの頭を引っ叩いた。
誰もがこれは破談だろ、と思っていたのにサーシャが言ったのである。
『殿下は面白いこと言われますね』と。
いや何一つ面白くないが?と目を剥いたのはエルンストだ。
なぜ侮辱されてるのに、娘が笑ってるのか意味がわからなかった。
侮辱された側が笑って許しているのだから、王妃も王女もそれ以上クリフォードを叱ることが出来ず、むろんエルンストも破談を願い出るチャンスを失ってしまった。
なのに遅れてやって来た王と側妃は、なにを勘違いしたのか『二人は相性が良い』と喜ぶ始末。
ぶすくれたクリフォードと、目が笑ってないサーシャを見て出た言葉がそれか!?と、その場に居た皆が絶句し顔合わせはお開きとなった。
公爵家へと帰る馬車の中で、エルンストはサーシャに問いかけた。
『なぜ、クリフォードの暴言を許したのか』と。
父の疑問にサーシャは笑って言った。
『バカは扱いやすいから、あのままでいてくれるなら私が結婚する相手として相応しいと思って』
……エルンストが想像していた『お顔が可愛いからゆるしちゃった』より、だいぶ酷い理由だった。
「あら、みんなでお茶会?」
聞こえてきたサーシャの声に過去の回想(現実逃避とも言う)から、エルンストはフォワード家のティールームへと戻ってきた。
十六歳になったサーシャは勿論のっぽのデブなどでなく、すらりとした美人に成長している。
サーシャ大好き!なニナは、彼女に駆け寄り小型犬のように膝に纏わりついた。
「お姉さま!おかえりなさい!」
「ただいま、ニナ」
「おかえり、サーシャ。少し遅くないかな」
「ごめんなさいリオン。解読をちょっと手伝っていたの」
「またクリフォード殿下のレポートの解読?」
眉を潜めるアニスに、サーシャは困った様に笑う。
「癖字過ぎて読めないと文官に泣きつかれてしまって」
「だめポイントかさんだー!!」
ニナの言葉をサーシャは問い返す。
「だめポイントってなに?」
「クリフォードでんかのだめなとこをポイントにへんかんしたの!」
「まあ、今だめポイントはいくつくらいあるの?」
しゃがんで目線を合わせ、サーシャはニナにいたずらっぽく問いかける。
「ええと、ね」
短い指を折って数えるニナはとても可愛いが、数えているのは『姉の婚約者の失点』である。まったくもって可愛いくない。
「百二十五くらい!」
「随分沢山あるわね」
「もっとあるんじゃないかしら」
「もっとあるよ、絶対」
「そうなのよね十倍くらいはあるのよ、クリフォード殿下のだめポイント」
メイドが新たに用意してくれた席につき、アニスが淹れ直した紅茶を一口飲み込んでから、サーシャが続けた言葉に室内にいる全員が目を大きく開く。
「扱いやすいバカだから、『私』の婿に向いてると思ってたんだけど。
バカすぎるのもだめなのだとわかったわ」
やっと、だった。
やっとサーシャが、クリフォードが『だめ』だと認識したと口に出した瞬間、喜びの声がフォワード邸を揺るがした(比喩でなく)。
喜び合う家族と使用人の中で、にこにこ笑いながらニナは頭の中で叫んだ。
『よっし!
ぼんくらがお姉さまとけっこんしないってこと=わたしがぼんくらにバルコニーからつき落とされることはない!
二度もあのバカにころされるなんて、じょうだんじゃないわよ!』
2話は20:00〜に投稿します。




