9:付与魔法でも人は死ぬ
池をクレーターに変えた責任を問われると困るので場所を移した二人は、町の食堂へやって来た。
といってもゴハンを食べに来たのではない、バイトしに来たのだ。
「言われるままに来たけど、ここで何するの?」
厨房にてエプロンを身に着けたノエラが尋ねる。
水着の上に直接エプロンなので、なんというか、こう……ちょっとエッチな感じがするのだが今回は敢えて無視する事とした。
「隕石キャッチの時にノエラが使ってくれた防御魔法。あれは凄い性能だった。隕石の周辺って太陽くらい熱いらしいんだけど、一瞬とはいえ耐えられたし!」
「喜んで貰えて嬉しいよ。防御を上げて、素手で揚げ物?」
「揚げ物は長い菜箸とエプロンでやろうか。行うバイトは皿洗い……防御アップと同じようなスピードアップの魔法で、他人の何倍もの速度で仕事して、何倍も稼ぐ……魔法による効率化でガッポリ稼ぐ作戦だ!」
「おぉっ、いいね! なんだか地に足がついた稼ぎ方で好感度高い気がする!」
「そうだろうとも! これなら攻撃系と違って爆発や感電、冷却で死なないから安全! 俺の心と身体にも優しいってワケだ!」
そんな二人のところへ、給仕のおばちゃんが汚れた皿をガチャッと持ち込んだ。六十歳になるかならないかくらいの、優しそうなおばちゃんだ。
「転生者でも、お皿洗いをするんだねぇ……それじゃ、よろしくね」
「お任せあれ! マッハで終わらせてテーブルまで拭いて見せますとも!!」
「でもススムぅ……私ってエンチャントあまり得意じゃないんだ。パワーが調整出来なくて、いつも強めに掛かっちゃうの」
「良いってコトよ! その分だけ速くなるんだろ? 願ったり叶ったりだ! さぁやってくれ!!」
両手を広げる真田へノエラがスピード強化の魔法を付与すると、身体が揺らめく淡い輝きに包まれた。
「ん、出来たよ。五倍くらいのスピードアップが掛かってると思う」
「よぉし、なら早速確かめるか。でも、その前に準備運動を……」
そう言って真田がラジオ体操よろしく、腕を振りながら腰を回した――次の瞬間、回転方向へと思い切り捻れる腰。
「ギョエエエェェェェッ!?」
ゴキゴキっ! と嫌な音が響いて下半身はそのままに上半身だけがグルッと360度回転。そのまま腰の回転は止まらずグルグルに捻れ、メキョメキッと骨と筋肉が拉げて潰れる音をさせつつ雑巾を絞った時のようにミチミチミチっとエグいことになり――異世界転生、九度目の死亡と相成ったのだ。
いつもの女神空間。
「いやぁ、まさか付与魔法でも死ぬとはなぁ」
「もっと慎重に行動してはどうですか? 次で死亡回数十回の大台に乗りますよ」
散らばっている隕石の破片を箒で掃きながらエントロピアが苦言を呈す。
「気をつけてはいるんだけど、何でだろうね? ちなみに、さっきの死因はどういうこと?」
「全くもう……魔法によって上昇した速度に、真田さんの肉体が耐えられなかったのです。あの魔法、スピードそのものは上がりますが、それを支える筋肉や骨の耐久性までは上昇しないようですから。腰を捻った勢いを減速しきれなかったのですよ」
箒を片手にエントロピアが続ける。
「ノエラさんの魔法で5倍の速度が出るようになった場合、発生する運動エネルギーは速度の二乗なので25倍です。例えるなら、段ボールの車で猛スピードを出してコーナーに突っ込んだらブレーキも掛からず壊れた、みたいな話です」
「なるほどね。ってことは、そっと優しく動けば大丈夫ってコトか。サンキュー、女神様! じゃあ復活させて」
「本当に分かってます? まぁ、いいですけど……」
そして視界が暗転すると、目の前に見える女性がエントロピアからノエラへとすり替わる。
「おかえり、ススム。身体、大丈夫? 捻ったロープみたいになってたけど」
「強めのストレッチだ、問題ない。もっかいスピードアップの魔法、頼めるか」
「うん、いいよー……はい、出来た!」
ストレッチで死ぬ方も大概だが、その原因となった魔法をホイホイ使っちゃう方も大概だ。
「よし、さっきは勢い良く動きすぎてミスった。今度はゆっくり動く……」
呟いた真田が、何気なしに瞬きをした。その瞬間、バチン! と目で鋭い音がして真田の両目が弾け飛ぶ!
「あンギャアァァッ!? 目がっ! 目がアァァァッ!?」
突然の痛みに両目を押さえながらしゃがみ込もうとした真田だが、目を押さえようとした自分の手が速すぎて顔面に掌底を打ち込む形となり、屈もうと曲げた腰と足が勢いそのままの膝蹴りとなって顎を砕く!
「ガブるっしゅ……!」
「ススムーーーっ!?」
自ら顔面を砕き、空中で体育座りの姿勢で半回転して厨房の床へと叩き付けられる真田。
異世界転生後、記念すべき十回目の死亡は、自傷による物と相成ったのだった。
「だから気をつけなさい、って言ったじゃないですか!」
「流石に瞬きはどうしようもなくない!? つか、そっと動こうとしても、いきなり全開マックスの速度で動いちゃうんだけど!」
いつもの女神部屋にて、ギャンギャンと喚く真田を渋い表情のエントロピアが見つめている。
「あの魔法、最高速度だけじゃなくて加速度も上がるのですね。だからゆっくり動き出すつもりでも、初速からして速いので……もう目は閉じておくしかないと思いますよ」
「息止めたり目ぇ閉じたり不便過ぎるだろ異世界……ま、いいや。エントロピア様、またお願いします!」
「もう今日は戻って来ないでくださいね」
溜息交じりの言葉と共に送り出される真田。また暗転と共にエントロピアの姿がノエラと入れ替わって、厨房にて復活を果たす。
「あ、帰ってきた。頭、ぐちゃぐちゃになってたけど平気? 顔とか変に歪んでるよ?」
「これは元からの歪みだから正常だけど心が削れるから止めてくれ。それはそうと、スピードアップ系魔法は無理っぽいことが分かった。瞬きしたら目が潰れる」
掻い摘まんでノエラに説明すると、彼女は小首を傾げてしばらく何かを考え込む。
「筋力が足りなくて腰が捻れたの? なら今度は筋力を強化してみよっか」
「うむ、建設的な意見だ。筋力バフなら精々がコップを握り潰しちゃうとか、そんな程度だろ」
そのくらいなら致死性も低かろうが、皿洗いでそれは致命的だ。
そんな現実に気付かぬまま、二人は突き進む。
「よっ、と! 筋力5倍にしたよ、どんな感じ?」
「んー……意外と普通だな。まぁ、元からして筋力って常に加減しててフルパワーとか出さないもんな」
手を閉じ開きして感触を確かめる。微かな違和感はあるものの、大きな支障は感じられない。
「ノエラ、試しにもう少し強く出来るか?」
「あー……ゴメンね、細かい調整って苦手で。5の倍数なら出来るけど」
「ってことは10倍か。いいぞ、やってくれ」
「ううん、25倍。ほいっ!」
何気に握った手が指の関節で千切れて爆散する。
「ギャアァァッ!? 関節とかの耐久性は上がんねぇのかよ! ってか5の次が25なのは累乗! 倍数とは別!!」
「そうなんだ? ススム、賢いね!」
「ノエラよりはマシかもね!? そ、それはともかく止血を……」
逆の手で爆散した方の手首を握ると、握った手首を握り潰しつつ、握った方の手指も関節から千切れた。
「グワアァァァァッ!? しまったぁ! つ、つい全力で……あ、あれっ? なんか出血がいつもより酷くない!? 勢いマシマシで出てるんだけど……」
グロい両手の傷から噴き出す血潮。まるで散水機のようだ。
厨房なので血が飛び散っても目立たないし片付けも楽なのが不幸中の幸いか。
「ススム大丈夫!? 顔が真っ青になってきてるけど……意外と大丈夫系?」
「明らかに死の瀬戸際なのだが大丈夫系に見えるかな? なんかめっちゃ寒くなって、頭ボンヤリして……失血死って、初めて……。えとノエラ、すぐ戻るから、取り敢えず……待ってて……」
全身が冷たくなって意識が遠退く。
異世界転移から十一回目、死因は失血死であった。
またも訪れた女神部屋。この短期間に三連続は新記録だ。
「真田さんが、また来た……」
「うん、また来た。復活さして」
鬱陶しそうに眉根を寄せるエントロピアに、真田がサクッと復活を要望する。
「え……いつもの解説は要らないですか? 例え話も?」
「うん、要らない。早く戻して」
「そ、そうですか……」
自らのアイデンティティーたる解説を不要と断じられ、しゅんとするエントロピア。ちょっと可哀想だ。
「――やっぱ念の為に、解説聞いていい?」
「……! そ、そうですか? では……筋肉とは謂わばゴムなので、強力になればなる程に関節部分に掛かる負荷は増えます! あと筋力強化によって心臓の筋肉も強化され、血流の勢いが増した為に出血量が増えて……」
ちょっと嬉しそうに準備してた解説を始める女神様。
これにより、真田の復活は少しだけ遅くなった。




