3:時間停止による多様な死因
時が止まった瞬間、真田はこれまでと同じように横方向へもの凄い勢いで滑り始める。
しかしもう三回目で馴れたもの。それに激突する障害物もない。このまま速度が落ちるまで流れに身を任せておけばいい――そう思っていた。
だが、そうは問屋が卸さない。
「アがががぁぁぁーーーッ!?」
横滑りを始めた真田の身体は空気に押さえ込まれる形で地面に接触。空気と地面の境目に挟まるようにして移動し始めたのだ!
「ギエェェェーーー……ッ!!」
100m、200m――静止した砂が天然のサンドペーパーとなって容赦なく身体を削る。もしこれが粒子の粗い砂だったなら、真田の身体は大根おろしのように削れきって断片しか残らなかっただろう。
幸か不幸か数百メートルを滑走した後、真田は肉片になることなく、どうにか生き延びた……身体は随分と削れていたけれど。
(よ、よし……どうにか耐えたぞ。これで……)
息を止めたままの真田は、痛みを堪えてゆっくりと歩き始める。時間停止後、初めてとなる能動的な移動だった。
慎重に一歩、二歩、三歩……と進んで、おや、と首を傾げる。
「ん……?」
目が、なんかおかしい。
チカチカするというか、コマ送りみたいに景色が見えるというか……点滅するディスプレイを見ているような感覚だった。
(そうか、光も止まってるから……自分から動いて目に光を入れないと何も見えないのか)
ようやくそれに気付く真田。もし彼があとちょっと賢かったら、この時点で「時間を止めてスカートの中を覗くのって現実的に無理じゃない?」と気付けたのだろうが、彼は馬鹿だった。
そして、そんな馬鹿者に迫る別の物理現象――。
「く……っ!」
動く度、なんか寒くなってる気がする。
皮膚がピリピリして手がかじかみ、身体中から体温が奪われていく。
一体全体どうなっているのか。ネットリと纏わり付く空気が異様に冷たい――例えるなら氷水の中を泳ぐ感じだ。
「ひうぅ……!」
どんどん体温が落ちる……呼吸がどうとか以前に、非常に寒い……寒すぎる!
こんな時は動いて身体を暖めなければ! そう考え、手足を動かす真田だったが――。
(んぐうぅぅーーーっ! よ、余計に寒くなってきやがったぁ!?)
動けば動くほどに奪われる体温。
あっという間に手足からは血の気が失せ、全身に霜が付く。次第に意識が遠退いて身体が動かなくなってきて……低体温症だ。
(あっ、あっ……あぁ、ヤバ……し、死ぬ……ジワジワ凍って死ぬぅ……今までで一番地味でキツいヤツぅ……)
数分後。
真田進は物言わぬ氷の彫像と化し、パリンと砕けた。
異世界に転生して、三度目の死亡だった。
直後、女神エントロピアの空間――。
「ねぇどういうコト!? 今回、めっちゃキツかったよ!? マジで心折れるかと思った! なにアレめっちゃ寒いし冷たいし! あと砂漠で身体が削れた! ゾリリリーーーって容赦なく摺り下ろされた!!」
「あの死に方で、よくそれだけ元気に喋れますね……あなたが凍死したのは、周囲の空気に熱を奪い取られた為です」
真田の勢いに呆れつつ、エントロピアがいつものように淡々と語る。
「普通なら体温を奪った空気は周囲に熱を拡散させるので温かくなります。ですが真田さんが触れた空気以外は時が止まっていて熱交換が出来ないので、あなたの触れる空気は熱を奪って余所へ行き、そこで停止。また新たな空気があなたから熱を奪って……ああ、分かってない顔ですね」
真田が素直に頷く。
「分かり易く例えると、冷却ジェルの海で泳ぐ感じ……分かります? あなたは一方的に冷やされまくって、そのまま死にました」
「分かり易いけど納得出来ないいぃ……!」
悲しげな声と共に真田が突っ伏した。
如何に彼とて、連続で三回も死んだら流石にキツい。
さめざめと泣く真田を見かねたのか、エントロピアがそっと優しい声を掛ける。
「これは私からの提案なのですが……時空系能力には時を止める以外にも多くの用途があります。もっと使いやすい能力から試してみてはどうです?」
「シクシク……んぇっ? た、例えば?」
「そうですねぇ……周囲に影響を与えず、限定的な場でのみ働く能力……」
うーんとエントロピアが考え込む。悩む姿さえ美しいのは、女神の面目躍如と言ったところか。
「そうだ、アイテムボックスなんてどうです?」
「……! アイテムボックス!!」
チート能力の定番、アイテムボックス。
異空間に倉庫を作り、そこへ物を入れておけるという能力……ざっくり言ってしまえば四次※ポ※ットである。
重量や容量の制限がなかったり緩かったりで、異世界モノではそれを用いて交易をしたり物を整理したりする。器用な能力者なら攻撃や防御にも用いる。まぁ、とっても便利で汎用性の高い能力だ。
「アイテムボックスに入った物の時間は止まります。容量は、ほぼ無限……確かそんな設定にした筈です。これなら安全かと思いますよ」
「やる! やってみる! やっとまともにチート出来る……使ってみるから適当なトコに転送してくれ!」
元気を取り戻した真田が立ち上がって目を輝かせた。
「では町から少し離れた山中に転送しますので、少し練習すると良いでしょう。あとは交易するなり何なり、好きなように使って無双プレイを楽しんでください」
「ああ、了解だ! 今度こそ一時間は生存してやるぜ!」
「……そう、ですね」
たった一時間を生き残る……時空操作という超強力な能力を持ちながら、目標は生まれたての子鹿レベル。
「ま、いいか」
ポツリと呟いて、エントロピアは真田の転送を行うのだった。
※この作品は「物理っぽい何か」を楽しむコメディです。
作者なりに調べつつ楽しんで書いていますが、物語のテンポと勢いを優先している部分もあります。
「実際にはそんな綺麗に爆発しない」
「その条件だと先に別の現象が起きる」
など、色々あるかと思いますが、どうか生温かい目で見守りつつ優しくツッコんで頂けると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。




