28:お墓参りの現実的必然性
アンビル墓地は、誰もいなくなった教会の周辺に広がる一大墓園だ。
元は神父が管理していたらしいが、彼が亡くなって以降は管理する者がいなくなり、何処からか無縁仏も埋葬されるようになってどんどん大きく広がっていった。
「この何処かに、例の黒い球があるってワケか」
「墓地が無秩序に広がった関係で、正確な場所が分からなくてな……虱潰しに探すしかない」
眼前に広がる大小様々な墓石を前に、全員が肩を落とす。
墓地の広さはかなりのもので、ちょっとした大型公園くらいの規模がある。
「ね、ねぇススム……早く探して、ささっと帰ろ? 暗くなる前に……」
ノエラが身を縮こめて真田の袖を掴む。ホラーは苦手らしい。
「そうだな、長居するメリットもないし……と」
呟いた真田が、ぶるっと身震いをした。なんとなく悪寒がする。
「なんか寒気がするぞ、風邪のひき始めみたいな」
「真田より若干の体温上昇を確認。正常な状態へ回復します」
すかさずサリエルが回復の光を放つ。
酷い怪我や骨折の場合は栄養失調などで動けなくなるが、少しの傷や不調であれば大きな問題にならないことが分かっている。
「サンキュー、調子良くなった。じゃ、手分けして黒い球を探すか……触っちゃわないように気を付けようぜ」
そのように空から陸からウロウロと歩き回ったが、目的の黒球は中々発見出来ない。
そうする内、次第に日は傾いて辺りがオレンジ色に染まり始める。
枯れ木に留った黒い鳥が不気味な声を上げ、気温が下がって霧がゆるりと足下へ流れ込む。
「うぅ……今日の所は、もう切り上げよ? また明日、明るくなってから頑張ろ?」
「そうだな、暗くなっちゃ球を見つけるの難しいし、ノエルじゃなくても夜に墓地ウロウロすんのは怖いもんな」
「灯りが必要でしたら私がいくらでも――むぐぅ!?」
何か言い掛けたサリエルが、ノエラによって締め落とされた。
「では一旦、引き上げ……!? その判断、少し遅かったようだ」
オルフィアが低く呟き、剣を抜く。
すると漂う霧が次第に濃さを増し、渦となって空を舞い踊り始めた。
「ゴーストの発生を確認。戦闘態勢へ移行します」
サリエルが翼を広げるのを合図として、ゴーストの群れが一行に襲いかかったのだ。
――女神エントロピアは、とても多忙だ。
けれど女神の嗜みとして、部屋の掃除くらいはする。
「全ては無秩序へ向かいます――なんて言うものだから、すっかり私が汚部屋女神だと思われてますからね。合間を見つけて掃除しないと、色々な物も好き勝手に投げ込まれますし……」
ブツブツ言いながら割烹着での部屋掃除。その変に散らばる小銭やら、食べかけの食事やらも片付ける。
それがある程度まで片付いたら、次はブラシと除菌スプレーを携えトイレ掃除だ。
「くっ……! ブラシの形状が悪くてフチの裏側に届きません。ノズルも複雑な形で掃除し辛いし……はぁ、なんだか面倒になってきました。次に真田さんが来た時にでも手伝って貰おうかな……?」
とか呟いていると、空間に出入り口が開いてニュッと伸びた手が、エントロピアから除菌スプレーをひったくる。
「ゴメン女神様! ちょっと借りる!」
「えっ!? あっ、ちょっと真田さん! まだ使ってるのに!」
「緊急事態! こっちいま緊急事態だから!!」
切羽詰まった真田の声がアイテムボックスの外から聞こえて来た。
「お掃除グッズが必要な緊急事態って何ですか? 前回ゲロを浴びてましたから今回は汚物……みたいな話じゃありませんよね?」
恐る恐るエントロピアがアイテムボックスの出入り口から外を覗くと、そこに見えたのは闇を飛び交う半透明の霊的な何か――ゴーストの群れだった。
「ねぇススム早くして……あわわ、オバケこっち来たぁ!」
「もっと引き付けろノエラ! フォロー頼む、サリエル! オルフィア!!」
「現世に彷徨う虚ろなる者に、神の導きを――聖浄光っ!」
「銀の刃よ、悪霊を絶て! 聖十字斬り!!」
ダッシュで逃げ回るノエラの背後に迫るゴーストを、サリエルのビームとオルフィアの斬撃が薙ぎ払う。
「効果はあるが、きりがないぞ!」
「墓石より新たなゴーストが発生しています」
しかし吹き散らされたゴーストの後ろから別のゴーストが進み出て、全く数が減って行かない。
「ひいぃん! どうするのススムぅ! このままだと私たちもオバケの仲間入りだよぉ!!」
「俺に任せろ! 強烈な紫外線を含むサリエルの光線とオルフィアの銀の刃が効果的な、なんかフワフワした存在感の輩! となればコレも効くハズだ!!」
言って真田がトイレの除菌スプレーをゴーストたちへ振りかける!
するとスプレーを浴びたゴーストは苦悶の表情を浮かべて霧散。跡形もなく消え去った。
「すごぉい……ススム、やったねぇ!」
「ふははっ! 予想通り!! 連中の正体は霊じゃねぇ、ウィルスの類いだ!」
真田が声を上げ、除菌スプレーをシュッシュ撒き散らす。それを受けたゴーストはまたも断末魔を上げて消え去り、空中を飛び交っていた他のゴーストたちも警戒したように距離を取る。
「よぉし、今のうちにコスチュームチェンジだ!」
真田がアイテムボックスから取りだした白色の防護服を身に纏う。
「これで接触感染も空気感染も対策完了! 今から行うのは除霊じゃねぇ! 保健所対応だ!! 調査を阻むアンビル墓地のゴーストを根刮ぎ除菌するぞ!!」
除菌スプレーとトイレブラシを手に、真田たちの反撃が始まった。
「ノエラ、サリエル! 二人は寄ってくるゴーストをスプレーで除菌・消毒しまくれ! オルフィアはカラになったボトルの詰め替えを頼む!」
「任された! だが真田殿はどうする!?」
「俺はゴーストの根源を絶つ! 行くぞ、うおぉぉっ!!」
雄叫びを上げ、真田が除菌スプレーが切り開いたゴーストの隙間を駆け抜ける。そして墓石に取り付くと、スプレーをかけてブラシでゴシゴシ擦り始めた!
「どうだゴースト! 墓掃除される気分は!? 隅々までキレイにしてやるから成仏しやがれ!!」
みるみる汚れが落ち、キレイになって行く墓石。程なくして石材元来の輝きを取り戻した時、その墓石からゴーストは発生しなくなっていた。
「そ、そんな馬鹿な……お掃除グッズで不死者を攻略だと……!?」
ショックに手を震わせながらボトルの詰め替えを行うオルフィアだが、サリエルが受けた衝撃はもっと大きかったらしい。
表情を無くして虚ろな目をしながら「聖属性の存在意義……私の、出番……」とブツブツ言いながらスプレーを振り撒いている。
「よし次の墓石だ! どこの誰が眠ってるか知らないが、俺たちが安らかな眠りを提供してやるぜぇ!!」




