26:豚の脂は焼いて食え
「うぉあぁぁオルフィア高速移動やめろ! 熱波と衝撃波で死ぬ! 死んでしまう!!」
そう叫びながら真田は地面に伏せ、耳を塞いで口を大きく開ける。近くで爆発が起こった時の対策姿勢だ。
オルフィアが神速の回避術を披露する度、爆風と共に激しい熱が辺りに渦巻く。
「ホラホラこっちだファイアドレイク、当ててみろ! うん? 真田殿、いま何か言ったか?」
「俺の近くに高速で来るなぉゴポッ!? ざ、残像を出すんじゃねぇ……グパっ!? うぎぃっ! ぐあぁぁっ!」
真田の悲鳴と共に状況を説明しよう。
暗湿洞の探索も佳境に入った。
細かった通路は次第に広くなり、やがて体育館ほどの開けた場所に出る。
そこで待ち受けるはお約束のダンジョンボス。赤褐色のウロコを持つ巨大なトカゲに似た魔物――ファイアドレイクだ!
「相手にとって不足なし! 若い個体のようだが加減はせぬぞ! まずは私がタゲを取ろう!」
「赤い魔物には氷の魔法! 隙を見つけて打ち込むね!」
「フォローを開始。継続回復、リジェネレーションを使用」
すかさず戦闘態勢に入る女子三人。そして真田は彼女らの邪魔にならないよう避難する。
だが敵の注意を引き付けようとオルフィアが残像が残る程の高速移動を開始した――次の瞬間。危険を感じた真田は咄嗟に飛び退って、先の対爆姿勢を取る。
直後、凄まじい衝撃波と熱波が広がって、洞窟の壁を打ってチリチリと赤熱させた。この場にエントロピアが居たなら「音速を超える移動術による衝撃波と、押し潰された空気が断熱圧縮によって高熱となって――」と語り始めていたに違いない。
「ぐはっ……あ、危ねえ! 直撃を受けたらヤバかった」
真田はギリの所で高速移動の余波による死亡を回避。二十三回にも及ぶ死亡経験が男の五感を極限まで研ぎ澄ます。
だが戦場で寝転がる獲物を見逃すほどファイアドレイクは暢気ではない。
オルフィアに攻撃が当らないと見るや、真田に狙いを定めてカパッと口を開き、喉奥から激しい炎を噴き出した!
「危ないススム! アイシクル・ジャベリン!!」
ノエラが高速詠唱で生み出した氷の槍が放たれて、ファイアドレイクの炎に突き刺さって相殺する。
「ナイスだノエラ! 助かっ……うぶえぇぇぇッ!? な、なんだコレぇ!?」
だが炎こそ消えたものの、真田には謎のドロッとした粘液がビチャビチャと降り注ぐ。
「うぁクサっ!? ネバっ!? タールみたいなのが絡まって……しかも地味に熱ぃぞ! や、火傷するっ!」
「心配には及びません。真田もリジェネレーション効果範囲内。ダメージを受けてもじわじわ回復です」
「それはつまり、ジワジワ動けなくなるのと同意だな!? ンぐあぁぁ火傷は治るけど身体がダルくて力が抜けていくうぅぅ……!」
傷の回復にエネルギーを奪われて、真田からみるみる元気が無くなっていく。
「ヤベぇ、このままじゃ栄養失調で死ぬ……! リジェネ範囲外に逃れるか、あるいは……そうだ、高カロリーなものを食えば……!」
震える指でアイテムボックスを開くと、その中から声が聞こえてきた。
「真田さん、これを! 高カロリー、高脂質な食材です!」
「おぉ、エントロピア様! で、これ何?」
「豚の脂です」
手のひらに載せられた白くザラッとした動物性脂質。所々に残るピンク色がバラ肉っぽさを感じさせる。
「さあ早く食べて! 新鮮な今なら健康上の問題もありません!」
「う、うぅ……豚の脂を生で食うの? すごい抵抗あるんだけど」
「死ぬよりマシでしょう」
真田が嫌そうにしながら脂に食らい付く。
「むしゃむしゃ、ムチッ……脂っこくて口の中に残る……めっちゃ胃もたれするぅ……!」
「豚の脂、その融点は37度から38度で人間の体温とほぼ同じ。なので『口の中でトロける』感じにはなり難く、しつこく感じられます」
アイテムボックス越しでも女神の解説は健在だ。
「う、うぷっ……脂っこすぎて吐きそう……」
「頑張ってください真田さん! 早く消化してカロリーにしないと回復の反動で栄養失調待ったなしです!」
女神の応援に応えるべく、真田は頑張って豚の脂を咀嚼し、胃の中へと押し込んだ。
しかし意思とは裏腹に身体がそれを受け付けてくれない!
喉元までせり上がる豚の脂。
全身を襲う強烈な虚脱感。
常時トロっとした激熱の何か肌を焼き、息をすればが堪え難い異臭が鼻を刺す。
例えるなら風邪をひいてダルい時に脂っこい焼き豚を食べ、同時に悪臭が漂って来たようなもので――。
「おぷっ……!? もう……む、ムリぃ……おえぇぇぇ……!」
「えっ!? ちょっ、なんでこっちに……キャアァァァっ!!」
ムカつきと悪臭に堪えきれずゲーしてしまう真田。エチケット袋よろしくギリギリのところでアイテムボックスを開き、その中へ吐き戻した。
そしてゲロゲロしている間に回復の反動が彼の生命力を削りきって容赦なく意識を刈り取る。
異世界転生より二十四回目の死亡は、久々の栄養失調によるものとなったのだ。
「う……まだ胸焼けがする」
女神空間にて意識を取り戻した真田が、気分悪そうにお腹をさする。
そんな彼へシャワーを浴びて身を清めたエントロピアが、髪を乾かしながら気遣わしげに声を掛けた。
「お水、飲みますか? 白湯とかの方が良いですかね」
「ありがと。ゴメンな、エントロピア様。わざとじゃないんだけど、つい咄嗟に……」
「嘔吐の話ですか? 大丈夫です、気にしていません。とはいえ私も女神生活長いですが、頭からゲロをぶっかけられたのは初めての経験です」
言って、エントロピアが苦笑する。
「それはそうと、今回はかなり粘りましたね。特に序盤で見せた対爆姿勢はお見事でした。あれによってオルフィアさんの高速移動で発生する衝撃波や熱波を攻略したといえるでしょう」
「テレビ番組でお笑い芸人が爆破されるときにやってたの覚えてたの」
笑いのために爆破されるのだからお笑い芸人も大変な仕事だ。
「耳を塞いで口を開け、身を低くして衝撃波と気圧差の影響を軽減する――これが出来るなら、いつミサイルが降ってきても安心です。あとはサリエルさんの回復対策として豚の脂を常時食べ続ければ万全といえます」
「戦いながら豚の脂を食い続ける人って見たことある?」
歴戦の戦士であれば、或いは――といった所か。
「豚の脂、カロリーや脂質はバッチリなのですが真田さんの消化が追いつかないのが難点ですね。もっと一瞬でカロリーに出来ませんか?」
「人類には早すぎる要求じゃないかな」
魔法やら何やらで下手に消化能力をブーストさせると強化された胃酸で脂もろとも胃が溶け落ちる未来が見えた。
「そういえばファイアドレイクの炎を中和したら出て来たビタビタの臭いやつ、あれ何?」
「体内で生成した可燃性の粘液ですね。ファイアドレイクは、あれに着火して火炎として吐き出していたのです。原料は食事のカスやら何やらなので、言ってしまえばゲロに近いものでしょうか」
「ゲロ……」
「タール状なので命中箇所に纏わり付き燃え続ける、中々に凶悪な攻撃です。呼気に着火して吐き出すドラゴン種のブレスよりも厄介で……それに比べたら真田さんの吐瀉物など真水のようなものですね」
ファイアドレイクから真田へ。真田からエントロピアへ。ゲロの連鎖は女神を終着点として断ち切られた。
「そろそろ元の場所へ転送しますが、戦闘が続いている可能性がありますので警戒を怠らないよう。あと食べ難いからといって脂を焼いて食べようなどと思わないように。洞窟内のガスに引火して大爆発ですよ!」
「おっけ、分かった! んじゃ、行ってくる!」
転送を受けた真田が、ダンジョンの広間へと舞い戻った。
そして女神に言われたとおり、復帰直後に攻撃を受けないよう四方へ気を配る。
「みんな、いま戻ったぞ! ファイアドレイクは!?」
「あ、おかえりススム。あのトカゲなら、もう倒したよ」
見れば輪切りになったファイアドレイクがガチガチの氷漬けになっていた。
聞けば楽勝だったらしい。
「……前からうっすら思ってたんだけど、俺が居ない方がスムーズじゃない?」
「真田は荷物持ちとして極めて有用です。私のようなゴミカスとは比べ物になりません」
回復に巻き込んで真田を殺したサリエルがすっかり落ち込んでいる。その後も楽勝過ぎて出番がなかったのだ。
「大丈夫だよ! サリエルさんは照明係として頑張ってくれてる……ゴミカスだって燃やせば明るいし、温かい。そういうコトだよー!」
「の、ノエラ殿……それはフォローになっているのか?」
そんなことを喋りつつ、一行はダンジョンの最深部へと進んで行った。




