25:ダンジョンに溜まるもの
いつもの女神空間。
「いらっしゃいませ!」
板前姿のエントロピアが爆死した真田を出迎えた。
「ツッコミなら不要です。真田さんが私の部屋に投げ込んだ生魚、どうせ食べるだろうと思って一部は調理しておきました。まずは刺身です、ワサビ醤油でどうぞ」
「あ、ども……」
美しく切り揃えられた刺身がツマと共に提供された。
魚肉本来の甘みと旨味、そこに合わさるワサビの風味と醤油の味わい。プリプリとした歯触りと絶妙なのど越しを堪能していると、エントロピアは調理を進めつつ話し始めた。
「真田さん爆死の原因となった爆発ですが既にご想像の通り、洞窟内に滞留した可燃性ガス――メタンへの引火が原因です。洞窟内に比べて入口付近が窄まった地形となっていたことや、酸素不足での燃焼から急激に酸素が供給されたことによる爆発的燃焼――バックドラフトが発生したことも爆発力が大きくなった原因ですね。お次は塩焼きでどうぞ」
「爆死したばかりの人間に塩焼きを出せる神経が凄いぜ……うん、美味しい」
それを平然と食える神経が凄いぜ。
「真田さん世界での洞窟探検だとガスの調査とか行うのが普通ですが、ファンタジー世界ではフワッとしたノリで無視されるのが当たり前。なので今回のダンジョンアタック、注意していないとガス以外にも未知の致死トラップが無数にありそうですよ」
「え、どうすりゃいいの?」
「そうですね……まずガス対策に、これ背負ってください。酸素ボンベです」
ズシリと背中に重たい感触が乗った。
「一本で一時間は保ちます。予備を五本付けて……いや、外部から空気を送りつつガスマスクで対処するほうが良いですね? これで呼吸はOK。あとは長袖の防護服にヘッドランプ……勿論、松明やランタンといった火気の持ち込みは禁止です。あとはロープと念の為にホイッスルも……」
あっという間に真田がフル装備となった。
「いや、もう十分だよエントロピア様。どしたの今回、やけに手厚いけど」
「えっ!? そ……そうですかね? いつも大体、こんな感じですよ……」
板前帽を外し、エントロピアが目を逸らす。
「で、ではそろそろ転送しましょうか」
「うん、お願い! 料理、美味しかったよ!」
深くを尋ねることなく、真田は暗湿洞へと転送されて行った。
直後、暗湿洞の入口付近。
「あ、ススムが帰ってきた。おかえりー……えぇ、凄い格好になってるねぇ?」
「ただいまノエラ。なんか女神様がくれた。っていうか、よく俺だって分かったな」
シュコーシュコーとガスマスクから呼吸音をさせる真田を加え、ダンジョン探索が再開された。
「また爆発したら死ねるから灯りはサリエル頼む。ノエラは攻撃時も火気厳禁な! で、俺は入口からホース引っ張って呼吸を確保しつつガスマスクで防毒して……」
「な、なんか私の知っているダンジョンアタックと違う……」
釈然としない表情のオルフィアを先頭に、サリエル、ノエラ、真田の順で洞窟内へと踏み入る。
通路の広さは大人一人が両手を伸ばしてギリギリ届かないくらい。自然窟の筈だが、たまに何者かが出入りしているのか地面は踏みしめられて歩きやすくなっていた。
「サリエルの輪っか便利だな。流石は天使、松明いらないじゃん」
「褒められて悪い気はしません」
自慢げにサリエルが胸を反らすと、頭上で輝く光輪が連動して動き、影の形を変える。彼女はほんの少し地面から浮かんだ状態で光輪を強めに光らせ、光源となっていた。軽く100WのLED照明くらいの光量はある。
ちなみに羽ばたかなくても飛べる理由は、翼から何かを噴射している為らしい。
「一同、注意されよ。魔物の気配だ……戦闘になるぞ」
オルフィアの警告に緊張が走る。
「ノエラ、念の為にもっかい言っとくけど火気厳禁だからな! 戦闘になっても炎はダメ! 雷もダメ! さっきみたいに大爆発しちゃうから絶対だぞ!?」
「そんな心配しなくても、なんとかなるよ!」
「なんともならず死んだ経験が俺にそう言わせてるんだけどね!? とか言ってる間に何か来た!」
「敵性体を確認――イエロー・マッシュルームです」
洞窟の奥から姿を見せたのは、手足の生えた動くキノコ。大型犬サイズのそれが5体、カサを揺らしながらこちらへ向かってくる。
「うわぁキモっ!? 動きが鈍いから遠距離から飛び道具で――」
「ははっ、真田殿は慎重だな。大キノコはダンジョンでも最底辺の雑魚。距離を取るまでもない、我が剣でスライスしてくれよう」
剣を抜いてオルフィアが突っ込む。そして狭い通路を物ともせずに床スレスレを駆けて壁を蹴り、瞬き程の間にイエロー・マッシュルームの群れをすり抜けた。
「――剣技、ナイト・スライサー……!」
「うぉお凄ぇ!? 大キノコがバラバラになった!」
目にもとまらぬ早業とは、これを言うのだろう。イエロー・マッシュルームの群れは一瞬にして細切れとなり、バラバラに崩れ落ちて血の代わりにボフンっと胞子を散らして動かなくなった。
「――本気を出しすぎたな」
事もなげに言って、オルフィアが剣を納める。金属同士が触れ合って「キン」と小気味良い音が鳴った……直後、僅かに散る火花。
「あ……」
ヤバい、と思った時にはもう遅い。
爆発的に広がる炎。
避ける間もなく放射熱が肌を焼いて炭化させ、衝撃が鼓膜を破って頭蓋を破壊。熱と衝撃は狭い洞窟内で反響しつつ圧縮されて通路は灼熱の地獄と化し――。
「グギャアァァァーーーっ!?」
真田の断末魔が暗湿洞に響き渡る。
これが異世界転生より二十三回目の死亡となったのだ。
そして、またもやってきた女神空間。
「あれだけ対策しても真田さんは死んでしまうのですね」
「さっきのは俺のせいじゃなくね?」
吊られた魚の干物を避けながら、真田が抗議の声を上げる。
「あんなの貰い事故と一緒! 異世界の住民ってば生き方が雑なんだって! ファンタジー補正が掛かってノリとか気合いで何とかなっちゃうから何をするにも大雑把!」
「そういう部分もありますね。さっきのは爆発系の定番、粉塵爆発。密閉空間に舞った粉塵――今回ならキノコの胞子ですね――そこに剣と鞘が擦れた際の火花が引火して爆発的に燃え広がったのです。ちなみに他の面子は、一時的に髪がアフロになっただけで済みました」
「どうなってんだファンタジー補正……!」
「今後は金属が擦れる火花の他、静電気にも注意した方が良いでしょう。異世界の繊維素材は殆どが天然繊維で静電気防止効果は高いのですが、絶対ではありません。オルフィアさんとかマントばさばさするの好きそうですし、一瞬でもパチッていったらキル確定です。服装だけで言うならノエラさんが最も安全ということになるでしょう」
まさかここでノエラの高露出コスチュームが日の目を見ることになろうとは。
「なるほど、そっか……よし、分かった! サンキュー、エントロピア様!」
礼を告げた真田が暗湿洞に転送されると、女子三人は爆発でボサボサになった髪を整えている所だった。
「ススム、おかえり。急にドカンなってびっくりしたねぇ」
「我々のダメージはサリエル殿が回復してくれた。流石は天使、見事な回復術だ」
「正常な状態こそが正しいのです」
珍しく正常に働いた回復に、とても満足そうなサリエルだった。
「待たせて悪かった、探索を再開しよう。それはそれとして、ノエラに聞きたいんだけど……」
先を行こうとしたノエラが小首を傾げて真田を振り返る。
「なんでいつも水着なの?」
「これ水着じゃなくてマジカル・ビキニっていうんだよ。マナの吸収を妨げず助けてくれるマジックアイテムなの。魔法使いは肌から周囲のマナを吸い上げて魔法を使うから、肌面積は広い方が有利なんだよー!」
何だかそれっぽい理屈が出て来て面食らう。てっきりノエラが露出趣味なだけかと思っていた。
「てっきりノエラ殿の趣味だとばかり思っていたが、ちゃんとした理屈があったのだな」
「そりゃそうだよー! 意味もなく四六時中水着だったら単なる露出狂だよー!」
違うのか?
その一言を辛うじて飲み込むオルフィア。サリエルは……と視線をやれば、彼女と目が合った。どうやら思いは同じであったようだ。
「なんで急にそんなこと聞いたの?」
「あー……説明は省くけど、みんながノエラみたく露出度の高い水着を着てくれたら嬉しいなって思って」
「あはは、相変わらずススムはスケベだねぇ」
ノエラはにこやかに笑っていたが、サリエルとオルフィアは全く笑っていない。そこには「絶対に嫌」という強固な意志が感じられた。




