22:木を切るだけで奴は死ぬ
真田ハウスを守るための条件として受けた騎士団の調査に同行するという仕事であったが、実際のところはむしろ逆。真田たち三人にオルフィアが同行する、という形だった。
「騎士団とか言うからゾロゾロいるのかと思ったらオルフィアだけか」
「調査地が遠方かつ点在していてな。複数の騎士が赴くよりも、少数が旅慣れた者に帯同するのが効率的との判断が為された」
「長旅なら私にお任せ! 旅する魔法使いの肩書きは伊達じゃないよ!」
「全面的に同意します」
最初の目的地は真田ハウスから西へ徒歩三日ほどの距離。山を越え谷を越え、只管に歩く。
飽きてしまいそうなものだが、何せノエラが賑やかなので退屈はしない。
「さて日も暮れてきた、この辺でキャンプにするか。えっと野営グッズを取り出して、と……」
「おぉ……真田殿のアイテムボックスとやら、素晴らしい性能だな。流石は転生者、恐れ入る」
アイテムボックスから道具をポンポン取り出す真田にオルフィアが感嘆の声を漏らす。
「ふむ、ボックスに何でも入るならキャンプの都度で食事を作らずとも、作り置きの糧食を入れておけるのでは?」
「食べ物を入れておくと食われて減っちゃうんだよ」
「……? アイテムボックス内にネズミのようなモノが住まうということか。けしからんな」
言いながらオルフィアが剣を抜いた。
「えっ、アイテムボックスのネズミを斬り殺す感じ? ちょっと怠惰なところはあるけど悪いネズミじゃないから許してやって」
慌てる真田を「まさか」と笑ったオルフィアは、剣を手にしたまま樹木の前に立つ。
「真田殿は荷運び。ノエラ殿は食事。サリエル殿は哨戒。となれば私も少しは役立たねばと思ってな。せめてキャンプで使う薪くらいは用意させてもらおう」
そう言った直後、彼女の剣が目にも留まらぬ速さで空を斬った。
鞘走りの音よりも速く閃いた剣の軌跡が、目の前に立つ大樹へ長方形を刻む。
そして刃が鞘へと戻されてカチン、と小さな金属音を立てた――直後。
樹木は手頃なサイズの薪に切り揃えられてバラバラと崩れ落ち……たりはせず、燃え盛る灼熱の火炎弾となってマッハを越える速度で真田へと襲いかかった!
「ぐべぇらボッ!?」
「何故!?」
避ける間もなく何本もの燃える薪が真田の身体を貫き、後を追うように細かな木の破片が散弾のようにして彼を木っ端微塵に粉砕しつつ焼き払う!
「どうして燃えた!? 剣で斬っただけなのに火が出る要素ないでしょ!? うあぁ、真田殿が消し炭にっ!! わ、わざとじゃない……だってこんなの、剣の使い手ならみんなやってて……」
訳も分からぬままに崩れ落ちるオルフィア。その周囲ではノエラとサリエルが、良い感じで燃える薪を集めて食事の準備を進めていった。
その頃、女神空間――。
「誰がネズミですか。あのオルフィアとかいう女騎士には、女神に対する畏敬の念が足りていませんね」
「エントロピア様がボックスに入れたお菓子とか勝手に食っちゃうからネズミとか言われるんだよ」
「もっと入れて構わないのですよ? 御供物みたいな感覚で。特にノエラさんの作るお菓子は絶品です、売り物になるレベルです!」
「女神様が褒めてたってノエラには伝えとくよ。それより――」
「木を切ったら火炎弾になっちゃった件ですね? まぁこれも前々回のナイト・ザッパーで説明したのと同じような感じにはなるのですが」
今回も剣の代わりにホウキを持ち出し、エントロピアが解説を始めた。
「まず前提として大木を一瞬で薪にするには、剣先が極超音速――マッハ5を超える必要があります。木材を割るのではなく『分子レベルで断ち切る』エネルギーが要求されるからです」
ビュンビュンとホウキを振り回すエントロピア。割と危ない。
「剣が空気を押し潰しながら木に激突した瞬間、空気は断熱圧縮によって数千度のプラズマに変わり、木の水分を一瞬で沸騰、気化させて水蒸気爆発を起こします。材木は薪とならず燃え盛る火の玉となって真田さんに襲いかかった、というわけです」
「また断熱圧縮でプラズマ化? ありふれた要素に思えてきたな」
「ファンタジアに限らずファンタジー世界の人々は速く動き過ぎなのですよ。ことある毎に『一瞬』とか『瞬間的』とか……もう少し速度を落とせば安全なのですけどね」
「やっぱ俺の目指すスローライフこそが至高ということか!」
「そうですね、晴耕雨読の穏やかな生活を目指し頑張ってください――転送します」
気合いを入れ直した真田がキャンプ地へと転送されると、目の前でオルフィアが泣きながら何かしらの書類を書き連ねていた。
「ただいまー……何やってるの?」
「なっ……!? えっ、生き……えっ!? だって、さっき……真田殿、生きてたの!?」
「おかえりなさい、真田。オルフィアが作成中の書類は騎士団に提出する始末書だそうです」
目を白黒させるオルフィアと、飄々と答えるサリエル。目の前で復活するのは三回目だが、オルフィア的には常識が邪魔をして「死んで、復活してる」という発想にどうしても行き着かないらしい。
「あの状態で一体どうやって……明らかに燃える材木やら何やらで蜂の巣になってたのに……!」
「避けたんだよ、一瞬で、瞬間的に」
「なっ!? 残像だということか! だけど残像がダメージ食らって死んでるみたいに見えたような……えっ? えぇ……?」
なんか面白くなってきたので、復活のことはしばらく黙っておくことにした。
「と、ともかく生きていたなら何より。始末書との整合性も取れて一安心だ」
「うん? それってどういうこと」
「補足説明にて状況を伝達。オルフィアは真田が死んでおらず行方不明となった形で始末書を作成。書類内において現在同行中の真田は真田進とは別人。真田の血縁者と説明されている」
サリエルの説明を受けて始末書を覗き込んでみると、真田の名前のところに「真田3」と書かれていた。
「うわっ、コイツ死人が出てないって誤魔化して報告しようと……」
「だ、だってしょうがないだろう! また私のせいで真田殿が死んだとかいう話になったら、もの凄く怒られるんだぞ! 正直に報告しても『意味が分からん、そんな筈ない』って一蹴されて話も聞いてくれないし!!」
彼女にしてみれば「威嚇したら犯人が爆発した」「手錠を掛けたら犯人が潰れ死んだ」ような感じなのだから、それを正直に書いても上は受け取る筈がない。
「こ、今回だって最初は『木を切ったら火の玉が出て真田2が木っ端微塵になったが真田3が現われた』と書かいてはみたけど……う、うぅっ! わ、私にだってこんな始末書、意味不明なんだよぉ……!」
泣き崩れるオルフィア。
「ねえススム、なんだか少し可哀想になってきたよ」
「メシ食った後で適当にフォローしとこうぜ」
グズグズと鼻を啜るオルフィアと共に食事を摂り、ファンタジアの夜は更けて行く。
そして数日後。
一行の前に、最初の目的地であるフラノ湖が見えて来たのだった。




