19:石灰熱反応と近くに居れば見えてくる良いところ
「あー……なんか生石灰ってヤツに水を加えると結構な熱が出るんだって女神が言ってた。畑に撒く石灰も別のヤツが良いらしいな」
石灰を撒いた土を耕しながら真田が言うと、サリエルが申し訳なさそうに頭を垂れる。
「謝罪します、真田……石灰を買い間違えたばかりか、またあなたを殺してしまいました」
「ははっ、いいってことよ! 俺も生石灰とか知らなかったワケだし、次こそは別の方法で助けてくれるって信じてるぜ!」
力強く頷いたサリエルに笑顔を返し、真田は土を掘り返す。
「しかし思ったより土が固いな。そういやエントロピア様が言ってたっけ、塩化ナトリウムを含んだ土は固いとか何とか……」
土を砕きながら混ぜ返すのは中々に骨が折れる。
「助力を提案します。我々天使はフィジカルでヒトを上回ります」
「いや、万に一つファンタジー補正が働いて『塩害』が『呪い』にシフトしないように畑仕事は俺がやるよ。サリエルは石灰の運搬と芋蔓の回復を頑張ってくれ」
真田が言うとサリエルは少し残念そうに頷いて、パタパタ飛び去った。
それを続けて数日後――。
「よし、今日からは水撒きだ。ノエラの出した真水をアイテムボックスからジョウロに入れて、石灰を混ぜ終わった土に掛けていくぞ! この水で土を洗うイメージだ!」
「ねぇススム? どうして、そんなしゃがんで水撒きするの? もっとパーーーっと撒いた方が早いよ?」
「ジョウロの水滴程度でも、勢い良く当ると若い植物にはダメージなんだ。だから葉を避けて土にだけ水を掛けてるってワケ。俺の畑なら適当にやっちゃうけど余所の畑だから手抜き出来ないだろ?」
言って真田は中腰のままニジニジと芋畑を進んで行く。見るからにキツそうな散水スタイルだった。
「そっかぁ、大変そうだけど頑張ってね、ゴハンは美味しいの用意するから!」
「おぅ、期待しとく! しかしマジでキツいな、腰いてぇ……!」
腰を伸ばし、額の汗を拭う。
そのようにコツコツと散水を続ける内に日は傾いて、村全体がオレンジ色に染まる。
「二人ともゴハン出来たよ! 戻っておいでー!」
「ナイスだ、ノエラ! おーいサリエル、メシの時間だってさ!」
空に向けて声を掛けると上空から夕方の芋蔓回復を行っていたサリエルがゆっくりと降りてくる。
「全体照射により効率的に畑全面の回復を完了」
「お疲れさん。芋を回復すんのは良いけど、土は回復させないでくれよ? お前の回復が掛かると土も塩を含んだ元の状態に戻っちゃうからさ」
「えっ?」
「えっ?」
「………………」
沈黙が二人の間に流れる。
「今日の夕飯はお芋ゴハンだよ! あれぇ、どしたの二人とも干涸らびたゾンビみたいな顔して?」
そんなことがありつつも、約一ヶ月後。
「ふいぃー、疲れたー! 今日も一日お疲れさん!」
「本日のノルマを達成。全体の進捗、順調です」
「あと一息だね! ススムもすっかり日焼けスタイルが定着したよー!」
ススムが借家の床にゴロリと転がると、ノエラが彼の日焼けで捲れた皮をペリペリ剥がし始める。
「あはーっ! コレ楽しい……! もっと剥くぅ!」
「やーめーろー! せめて汗流してからにして……汗臭いだろ!?」
「気にならないよー! それにシャワー浴びると皮がふやけて、うまく剥けないから。あっ、大物が取れそうな予感……!」
楽しげなノエラの様子に諦めが付いたのか、真田は抵抗を止めて大人しくなった。
「真田……?」
「なんか一瞬で寝ちゃった。疲れてるんだねぇ」
静かになったと思った次の瞬間にはスヤスヤと寝息を立てて夢の中へ。
あるいは夢さえ見ていないのかもしれない。
ヨダレを垂らしながら眠る真田を見つめ、サリエルが呟く。
「時に……彼は何故、こんなにも懸命なのでしょう。見ず知らずの他人に……不意の来訪者である私に手を差し伸べるのは何故なのでしょう」
「なんかね、スローライフが目標らしいよ。ノンビリ楽しく過ごしたいんだって」
「死ぬほどの苦労を背負い込んで、のんびりも何も……」
「だよね。いつも必死で、ノンビリって感じじゃないよー」
ノエラが真田の手を撫でる。
この一ヶ月、鍬を振るい続けた彼の手は血豆やら何やでボロボロになっていた。
「疑問です。真田には何の得もなく、客観的に見て、スローライフとはほど遠いキツい日々です」
「私もそう思う……でも私は、いつでも前向きで頑張り屋のススムが大好きだよー……」
「――そうですか。それは、素敵なことです」
真田の寝息をBGMに、穏やかな時間が流れて行った。
そして――。
「よっしゃ! こんだけやればイケんだろ!」
土壌改良を終えた芋畑。既に芋蔓は元気な様子を見せてはいたが、念には念だ。
「サリエル、仕上げを頼む!」
「了解、芋蔓に対し回復を実行」
すっかり芋への回復に馴れたサリエルが聖光を燦めかせる。
すると蔓はグンと太さを増し、葉は両手を開くように大きく広がった。艶やかな緑色が生命力を感じさせ、それが広大な畑全体に満ち満ちている。
ポックロ村、丸洗い大作戦。完遂の瞬間だった。
「うおぉぉぉッ!! オラたちの芋が! 芋畑が蘇った!! 天使様が呪いに打ち克ったぞ!!」
歓喜の声と共にサリエルを囲む村人たち。
「天使様、ありがとうございます! どれほど感謝してもしきれません!」
「いいえ、主たる貢献は私ではありません。真田たちが……」
キョロキョロと辺りを見回すが真田とノエラの姿が見当たらない。
「おぉ、流石は天使様……なんと慎み深い。勿論ですとも、我ら一同心得ております!」
「天使様には及ばずとも、お連れの皆様にも深く感謝しておりますとも!」
「いいえ、謙遜ではなく。事実として彼らが居なければ呪いの払拭は不可能でした」
「そのようにお仲間を慮って……ですが我らは知っています。朝から夕まで村を照らし続けた貴女様の聖光を! 町と村を行き来し続けた地道な行いを! 全て存じておりますよ!」
感謝と感激がサリエルを埋め尽くす。
村人たちの輪から彼女が抜け出すには、まだまだ長い時間が掛かりそうだった。




