17:天使と可愛いお嬢さんと変な顔の男
ポックロ村は真田たちの家から徒歩で一日ほどの距離にある山間の寒村で、主たる生産物は芋であるとのことだった。
「んで、その芋が枯れちゃって困ってるから偶然見かけたサリエルに助けを求めた、ってことね」
早速やってきたポックロ村。真田の言葉にサリエルが頷く。
「呪いにより、大半が枯死するとの話です」
「ホントだね、たくさん植わってるけど可哀想なくらいシオシオになっちゃってる」
ノエラが畑に植わる芋蔓を指先でつつき眉根を寄せる。
そんな彼女を遠巻きに見守る村人は子供から老人まで誰もが痩せこけ、村の窮状が感じられた。
「思ったより酷いな。サリエル、イケそう?」
「問題ありません」
村人たちから期待の視線を向けられつつ、ゆっくりと舞い上がったサリエルが聖光を放つ。
神聖さを感じさせる白い光が畑を撫でると、萎れて枯れつつあった芋が鮮やかな緑色を取り戻して行く。
「お、おぉっ! 芋が……芋蔓が復活した!」
「流石っ! 流石は天使様ッ!! これで村は救われる……!」
湧き上がる歓喜の声。続けてサリエルに平伏す村人たち。紛うことのない救世の奇跡――心なしかサリエルも満足そうだ。
「大したもてなしも出来ませんが、どうか一晩だけでも泊まっていってください! 従者であらせられる可愛らしいお嬢さんと変顔の方も是非に!」
「ねぇ聞いたススムぅ! 可愛いお嬢さんだって!」
「うん聞いたかノエラ。変顔の方だって! クソが!!」
断わる理由もない。
三人は心づくしの歓待を受け、楽しい夜を過ごしたのだった。
そして、翌日。
「これは……」
昨日、サリエルの回復によって虫食い一つない状態にまで復活した芋蔓。しかし夜が明けてみると再び萎れ、元の木阿弥となっていた。
「どうなってんだ、こりゃ? どうして――」
「問題ありません。再度、回復を実行します」
朝焼けの空に浮かぶ純白の天使。そして再び聖光は放たれて――。
「芋が活力を取り戻した……!」
芋畑全体に、新緑を思わせる瑞々しさで緑の葉が大きく広げられる。
「これで各種芋蔓は正常な状態へ復帰しました」
舞い降りるサリエルを村人の歓声が迎える。
だが――。
「なあノエラ、ちょっと気になるんだが……」
「どしたのススム……うぇっ!? たった一日で凄く日焼けしたねぇ! 私のアイディンティティを脅かす勢いの日焼けだよ!」
「うーんサリエルの光には滅茶苦茶キツい紫外線が含まれてるんじゃなかろうかと推察するのだが、それはともかく」
黒々と日焼けした真田が首を傾げる。
「あの芋……おかしくないか?」
「そうなの? よく分かんないけど呪いなんだよね。だからサリエルさんの神聖魔法がよく効くんでしょ?」
「うん……けど、ホントにそれだけかな? 確証はないんだけどさ、多分アレ……また枯れるぞ」
呟く真田。
彼の読み通り、その日の夕方。
再び芋蔓は惨めな程にまで萎れてしまうのだった。
夜のポックロ村。殆どの家で灯りが消され、静けさを虫の合唱が和らげている。
「私の信仰では、呪いに、勝てない……」
唯一灯りが点された村長宅の離れにて、サリエルが萎れた芋よりも遙かに萎れてションボリとなっていた。
「サリエルさん、元気出して。明日はきっと良い日だよ!」
「はい、明日は西から高気圧に覆われ曇りのち晴れ、良い日になるでしょう。私のようなクソカスの最底辺ゴミ虫……芋さえ癒やせないポンコツ天使には勿体ない好天です」
二度も回復に失敗したことがショックだったのだろう。頭上の光輪は光を失って薄くなり、美しい翼も心なしか荒れて見える。
「そんなことないよ、大丈夫! ことある毎に死んで女神様に迷惑掛ける人に比べたら生ゴミと資源ゴミくらいの差があるよ!」
「サリエルを励まそうという気持ちは分かるが後で話があるぞノエラ。それはともかく……そのアイディアは使えるかもしれん」
「ススムがゴミってトコ?」
「違う、地味に傷付くから止めて。女神に迷惑掛ける、ってトコだ」
言って真田が立ち上がる。
「サリエルの回復が通用しない呪いの正体。それを調べてくる」
「でも、どうやって……」
「神様ってのは全知全能らしいからな。ちょっと待ってろ――時間停止!」
その声を最後に真田の姿は消え失せる。
次の瞬間、表にある岩壁に何かが激突したかのような小気味良い破裂音が響き、真田は十七回目の死を迎え、虫たちは驚いて合唱を止めた。
そして女神空間――。
「というわけで、芋が上手く育たない原因を教えてエントロピア様!」
「まさか私に話を聞くためだけに死んだのですか!?」
「うん。このままだとポックロ村、全滅しちゃいそうだしさ」
真田の言葉にエントロピアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「――命を粗末にしてないのは知ってますけれど、自身も大事にしてくださいね。あと次から私と話をしたい時はアイテムボックスの中に呼びかけてください、返事をするようにしますから……それなら死ななくて大丈夫でしょう?」
「おぉ、ありがてぇ! 流石に何回も死ぬのはキツいから助かるよ! で、原因分かった?」
「全くもう、人の気も知らないで……お芋が萎れる原因、つまり呪いの正体ですよね。分かりましたよ」
日中に真田がアイテムボックスに入れておいた土と芋蔓を手にエントロピアが言った。
「芋は悪くありません。原因は土壌の塩害ですね。土の塩分濃度が高い為、浸透圧の関係で根が水分を吸い上げるどころか逆に吸い出されてしまい枯れるのです。原因は元々の地質に加え、連作障害と、農耕用に用いている水……天然由来なのでしょうが、少し塩分が多めです。それが積み重なって現在に至っています」
「流石は女神様! あれ、でもだったらどうしてサリエルの回復で治りきらないんだ? 土にだって回復は及んでる筈なのに」
「彼女の回復は『正常な状態へと戻す』ものです。元から塩分濃度の高い土なので、それを『正常な状態』と誤認しているのでしょう」
「なるほど……で、どうやったら芋が育つようになる?」
「土壌のリーチングという方法がありますが……」
そこでエントロピアは考える様子を見せ、一旦言葉を句切った。
「結構大変ですよ? 何故なら、この塩害について彼の世界ファンタジアでは『呪い』として処理されています。それを塩害として化学的に対処するには、物理が厳密に適用される真田さんが、ほぼ全てにおいて独力で挑む必要が……」
「それって俺じゃなきゃ出来ないってコト? おぉ、いいねぇ……異世界チートっぽくなってきた! 唯一無二の絶対的存在である俺を世界が待ってる!」
変な所でヤル気を滾らせる真田に苦笑して、エントロピアは机から紙とペンを取り出す。
「愚問でしたね。細かい手順なんかはメモをアイテムボックスに入れておきますから、必要に応じて確認してください」
「ありがと、助かるよ! んじゃ……とぅっ!!」
律儀に真田の掛け声に合わせ転送を行い、やれやれと一息をつく。
「とはいえ、どうせまたすぐに来ちゃうのでしょうから……復活申請の書類、コピーしときますか」
いそいそと事務仕事へと戻ったのだ。
そして夜のポックロ村。
「ただいまー! 女神の秘策を携えて戻ったぞ!」
「おかえり、ススム。サリエルさんも、だいぶ元気出たよ」
「馬糞以下の私にも、まだ出来ることがあると思い直しました」
「どんな励まし方をしたのか知らんが拗らせてないか? けどまぁ出来ることがあるのに間違いはない!」
真田の明るく景気の良い声が室内に満ちる。
「明日から忙しくなるぞ! ポックロ村、丸洗い大作戦のスタートだ!!」




