16:魔法のマイホームと一酸化炭素中毒
十五回目の死亡をした真田が女神空間から戻ると、家はもう殆ど完成していた。
「ススムは釘を打つだけで死にそうだから、私たちでやっといたよ!」
「死因の半分はキミらが関わってるが故の釈然としない感覚はあるが、ありがとう。これでもう住めちゃいそうだな」
ドアを開けて室内へ踏み込むと、途端に外の音が遠離って静けさが訪れる。明かり取りの窓から差し込む光が床を四角く区切り、ほのかに室内を暖めている。辺りには微かに漂う木の香り……生活する内に消えて行くであろうニオイが、真新しさを引き立てていた。
暖炉と一体になった台所の傍には、しっかりした作りのテーブルに椅子が四脚。奥には個室、トイレに風呂。壁際にはこぢんまりと階段が備え付けられ、二階の小部屋に続いている。
「なんか想像以上にキレイなんだけど、コレどうやって……」
「魔法だよ!」
「魔法……」
真田は、それ以上追求しなかった。
「それよりススム、お腹減ってきちゃった。みんな揃ってゴハンにしよ!」
「だな! サリエルも食ってくだろ? 新築の台所、初使用だ!」
サリエルが頷くのを待たず、暖炉に火が入る。パンが焼け、野菜が、肉が刻まれて、料理へと姿を変えて行く。
「……! 真田、ノエラ共に、高いレベルでの調理技能保有を確認」
「えへへぇ、料理はちょっと自信あるんだ! 旅する魔法使いだから自炊は得意なの!」
「俺もノエラ程じゃないけど一人暮らしが長かったから、このくらいはな」
ことある毎に殺し殺される二人とは思えない手際の良さで、あっという間にホカホカの食事が完成する。
「さあ、冷めない内に食おうぜ。サリエル、料理を食卓に運んでくれ」
「あり合わせだけど、なんだか上手に出来たね! 食べる前から美味しい気がするよー!」
「――いただきます」
テーブルを囲み、三人が手を合わせた。
夫々に文化は異なる筈なのだが、偶然にも食事の前に手を合わせる風習は共通していたらしい。
「うん、美味い! ノエラ本当に料理上手だな!」
「えっへへ、それ程でもぉ……! みんなで食べるから美味しさ五割増しなんだよー!」
「謙遜の必要はありません。大変な美味です。神の名の下に私が保証します」
談笑と共に進む食事。拠点が出来たという安心感と満腹が皆の心を温め、同時に暖炉の残り火が室内を暖める。
「ちょっと殺風景だから、明日以降は家具を買い揃えないとな」
「あとカーテンとかシーツとか、テーブルクロスなんかも欲しいよね!」
「消耗品の備蓄、メンテナンス資材の購入も提案します」
デザートは木イチゴのムース。強めの酸味が舌に心地良い。
「部屋割りも決めないと。希望ある?」
「ススムは一階がオススメだよ。二階だと階段から落ちて死にそう」
「では二階は私が一時占有させてください。緊急時、窓から出入り可能です」
「んじゃ、俺はそっち側の……ふぁあぁぁ……なんか眠くなってきたな」
「お腹いっぱいだもんねぇ」
大欠伸の真田が目を擦る。
女性二人は平気なようだが、心なしか頭がボンヤリと重たい感じがしていた。
「外構工事のご予定は?」
「資材は買ってあるの。毒沼がキレイに片付いたら、そこを池にして橋を架けて……そうだよねススム?」
「ん? んー……そう、だな。そうしよ……」
応じる真田だが、少し呂律が怪しい。
机に突っ伏して、目を半開きにしてモニョモニョと何か言っている。
「ねーススムぅ、もう少しお話しよ? サリエルさん、ススムを起こして」
「ノエラの希望を受諾。真田を眠気から回復させます」
聖なる光が燦めいて、真田から眠気が消える――というか「眠気のない正常な状態」へ修復される。
「ふぅ、なんかスッキリした……つか、ちょっと変じゃね? 妙にボーっとしちゃうんだけど」
首を傾げ、辺りを伺う真田だったが妙な所は見つけられない。精々、暖炉の火がやけに赤く感じられた程度だ。
しかしそれに気付くのと前後して、再び襲い来る強烈な眠気。
「んぁ……あー……やっぱダメだコレ。い、意識が……」
パタリと机の上に顔を伏せ、真田が動きを止める。
「えぇーススムぅ、相手してよぉ! 寝ちゃったらつまんないよぉ!」
「真田は疲れている様子。ノエラ、私とお話しましょう。所謂、女子会です」
「いいね! ススムはほっといて、お菓子食べながらにしよっか!」
キャッキャと楽しげに語らう二人を余所に、真田進は人知れずこっそりと、異世界転生から十六回目の死を迎えたのだった。
そして女神空間――。
「あら、また亡くなられたのですか? ハリケーン・ミキサーを受けたような死に様から、それほど経っていませんよ?」
「やー……俺にも何が何だか。頭痛いなー、ボーっとするなーって思ってたら死んでた。理由分かる?」
ムクリと真田が起き上がると、デッキブラシで床を擦っていたエントロピアが手を休め、形の良い顎を指先でなぞる。
室内に広がっていた毒沼は片隅に押しやられ、だいぶ元の景観を取り戻していた。
「それは……一酸化炭素中毒ですね。暖炉が不完全燃焼を起こし、換気が不十分であった為に起こったのでしょう。壁材などが魔法による施工で隙間無くピッタリ作られた為、余計に影響が出たのですね」
「うわ、それ聞いたことあるヤバいやつ……ノエラとサリエルは大丈夫かな? なんか平気そうではあったけど」
「恐らくファンタジー補正で平気なのですね。ほら、ファンタジーだと密閉された洞窟内でもバンバン炎使いますけど誰もガス中毒で死んだりしないじゃないですか。粉塵爆発は起こるのに……」
微妙に釈然としない表情のエントロピアだったが、真田はホッと胸を撫で下ろす。
「平気ならいいや。戻ったら暖炉を改築して換気に注意しとくよ」
「そうですね。もし頭痛がしたら綺麗な空気を沢山吸ってください……お気を付けて」
エントロピアの声を最後に視界が暗転し――目が覚める。
「……知らない天井だ」
この台詞、一度言ってみたかった。
けれど実際口にして思うのは、感慨深さよりも「ここ何処だろ?」という当たり前の感想が先に来る。
「あー、ススムが起きた! おはよ、よく眠れた? 死んだみたいに眠ってたよ!」
「うん、死んでたからね。おはようノエラ」
どうやらここは拠点のマイホーム。真田の私室として割り当てられた部屋のようだった。
「どことなくセーブポイントみたいで良い感じ……ん? なんか表が騒がしいな」
「そうそう、サリエルさんにお客さんが来てるんだよー」
表に出てみると、農夫らしき数人がサリエルを囲み土下座をしていた。
「お願いです、天使様! 我が村を……どうかポックロ村を救ってくだされ……!」




