15:魔法コンクリートと屋根施工時の危険性
締め固めた地面の上に、木製の板で枠が組み終わった。所謂、型枠の完成だ。内側には鉄骨とすべく鋼材も張り巡らせてある。
「ふぅ、これでOKだ。ノエラやってくれ」
「はーい! それじゃトロっと流すね」
言ってノエラが灰色のドロドロを型枠の中へと流し込む。
「これが異世界のコンクリートか! 見た感じは俺の知ってるヤツと一緒だな」
「でも前に住んでた世界には魔法が無かったんだよね? こっちのコンクリはひと味違う魔法のコンクリート! 略してマホコンだよ!」
言うが早いか、ノエラがマホコンに向けて魔力を照射した。
「おぉっ! コンクリが一瞬で硬化した!? 凄いなマホコン、土建屋さん必須の逸品――……んギャアァァァァ!?」
感嘆の声から一転、真田の喉奥より迸る苦悶の叫び!
「熱ッ! 急にマホコンが滅茶苦茶熱く……ぐあぁぁぁッ!!」
「す、ススムーーーっ!」
真っ赤に焼け爛れ、水膨れを生じて煙を上げる真田の皮膚! 普段であれば、このまま死んでしまう所だが――。
「熱傷を確認。回復を実行」
登場演出をスキップして飛来したサリエルが素早く回復の光を放つ。
聖なる光は一瞬にして真田の皮膚を元の状態へと回復させて――。
「サンキュー、助かっ――てねえぇぇぇッ!? まだ熱いっ! ギエェェェッ!!」
回復した次の瞬間には焼け始める真田。身を焼かれる苦しさに悶えつつ、マホコンエリアから逃れようとするのだが、身体がダルくて動かない。
「な、何で……身体が、動かねぇ……!?」
「熱傷の回復を体内のカロリーで代替。運動機能の低下を確認」
「ンぎいぃぃーーー……せめて逃げる体力は残しといてくれえぇぇ……!」
「善処します」
淡々と告げるサリエルが見守る中、真田はこんがり丸焼けとなって力尽きる。
「あ、しまった。魔法で冷やすか防御してあげれば良かったんだ」
「同意。次回以降、提案します」
しばらくぶり、十四回目の死亡は、逃げ遅れによる焼死と相成った。
そして女神空間――。
「あの……エントロピア様、怒ってる?」
「怒っているように見えますか?」
毒沼と化した女神空間にて、浮かべたゴムボートに乗ったエントロピアが冷めた視線で真田を見つめている。
「え、えっと……」
同じゴムボートの上に正座して、身を縮こめる真田。女性特有の静かな攻撃性が彼に牙を剥いていた。
こういう時、どう答えるのが正解なのか? こっちが教えて欲しいくらいだが、経験上、下手な言い訳は事態を悪化させるだけである。
そんな窮地に置かれた真田が取った方策は――。
「こ、これを……」
「何ですか?」
彼は言葉少なに、懐から取りだした小さな缶をエントロピアへ手渡した。鈍色の光沢を放つ、細やかな装飾の施された缶だ。
彼女が蓋を開けると、毒沼の悪臭を押し返し、芳醇で軽やかな香気が立ち上がる。
「これは……紅茶の、茶葉。おそらくヌワェラ産の初摘み……」
彼が準備していたのは美味しい紅茶の茶葉だった。高級品ではないが、ちょっと珍しくて手に入れ難い。
「以前、私が飲んでいたのを見ていた、というわけですか……ふぅん」
女神が鼻を鳴らし、目を細めた。
これで缶を投げ捨てられでもしたら、こんな程度では補填出来ない怒りの表われであり、非常にヤバいのだが――。
「ふぅ……誤解の無いように言っておきますが、別に私は怒っていません。元はと言えば私の行動が招いた事態ですし、ちゃんと後片付けしてくれるなら……まぁ今回は大目に見ましょう」
「やー……ゴメンな、エントロピア様。次は気をつけるから」
「ええ、お願いします。あと、私が簡単に物で釣られるチョロい女だと思わないように!」
半笑いで頷く真田。どうにかピンチを切り抜けた。
「それで今回の死因は……ああ、火傷ですね。その上、サリエルの回復で体力をごっそり使われて動けなくなって逃げ遅れた、と」
「まぁそうなんだけどさ、あのコンクリどうして急に熱くなったんだ?」
「コンクリートは元々、硬化の際に熱を発します。元の世界では硬化が緩やかな為に熱の放出も穏やかですが、マホコンは一瞬で硬化するので熱も一気に放出されるのですね」
ファンタジー補正でなぁなぁになっていた部分が、真田には厳密に適用されたらしい。
「ぐぬぅ……せっかく順調だったのに」
「とはいえ建材も道具も揃ったようですし、少しくらいの怪我ならサリエルも居ます。ここから先、慎重に行動すれば死亡事故は大幅に減るのではありませんか?」
「それもそうか、まぁ気をつけるよ! んじゃ、また!」
転送されて行く真田を見送って、エントロピアは呟く。
「また、ってあなた……死なないと会えないのですけど」
その表情には微笑が浮かんでいた。
暗転後、マイホーム建築予定地――。
「ただいまーっと……ん? おっ、随分と進んでるじゃないの!」
「おかえりススム。私とサリエルさんで出来るトコまでやっといたよ」
見れば基礎には柱が立ち、家の骨組みらしき部分まで組み上がっていた。
「サリエルも手伝ってくれたのか、ありがとな! じゃあアイテムボックスから資材を取り出して、と……」
「あとは壁と床と天井かな。どこからやる?」
「提案。屋根を早めに組むことで、構造体への雨の影響を軽減させられます」
トンカチを手にサリエルが言った。引き続き手伝うつもりらしい。
「よし、じゃ屋根からやろう! しかしそうなると、飛べるサリエルはともかく俺たちがどうやって高いトコで作業するかだな。足場を組むか……ハシゴでも買っときゃ良かった」
「それなら私に任せて! 風魔法で屋根の辺りまで押し上げるよ! 敵味方判別機能をオフにして……えい!」
即座に真田の足下から噴き上がる強風。その勢いで彼の身体は一気に数メートル浮かび上がった。
「これなら作業出来るでしょ? ススム、頑張ってね!」
「ナイスだノエラ! んじゃ早速、板材を取り出し……うわぁ!?」
アイテムボックスから屋根材を取り出した瞬間、それは風に巻き上げられて上空へ飛ばされてしまう。
しかも――。
「いまの反動で身体がグルグルし始め……と、止まらねぇ!」
空中でグルングルンと不規則な回転を始めた真田。藻掻くほど回転は複雑かつ高速になって行く。
更に――。
「あだっ!? いま何かぶつかっ……いてっ! いだだっ!? 何だコレ、いっぱい何かが激突……ぎぇっ!? ぐぁっ! ギャンっ!?」
地面から巻き上げられた無数の小石が四方から真田へと襲いかかる!
「んぐあぁぁぁッ!? 砂粒で目も開けてらんねえぇぇぇ! いろんな物がぶつかって来て痛い! 地味に痛い!! 皮膚が削られるうぅぅッ!!」
小石が肉を穿ち、砂が粘膜を削り、小枝が深々と突き刺さる。竜巻に巻き込まれたかの如く真田の全身がズタズタに切り刻まれて行く。
「無理! この状況で作業とか無理ぃ! ノエラ、魔法オフして! 早く!!」
「うん、分かった! 風魔法停止っ!!」
真田の悲痛な叫びを受け、ノエラが魔法を中断する。
即座に風は消え失せ、支えを失った真田は激しい錐揉み回転のまま地面へと真っ逆さまに墜落。締め固められた地面へ頭から激突する。
「あぁっ! ススムっ!! 私いま生まれて初めてグシャア! って擬音を聞いた気がするよ!」
「に、二度目は聞かなくて済むように、気を付けようね……ぐはっ」
十五回目の死亡。その死因は落下による頸椎骨折と脳挫傷。サリエルが回復する隙さえ与えない、見事な即死だった。




