13:毒噴泉と物理的デトックス
目に見えない重力場が島の地面を押し潰す。
土は軋みながらゆっくりと沈み、そこへ小石が埋もれる。土地表面から僅かに生える雑草はペタンと押し付けられ、押し花でもしているかのようだ。
「おー、凄い! 大地に眠る力強き精霊たちに呼びかけてる感じがするよー!」
「はははっ! 俺を呼ぶなら大魔道士と呼んでくれぃ! 珍しく良い調子だぞ!!」
てっきり空間が歪んで狭間に巻き込まれ、全身を捻じ切られるくらいの覚悟はしていた真田であったが、そのように物騒な雰囲気は微塵も感じられない。
「よし、いまだノエラ!」
「はーい、行くよ! ストーンブリッツ!」
そこへノエラが魔法で生み出した石礫を投入。重力場に侵入したそれら飛礫は急角度で真下へと叩き付けられて砕け、地面へめり込んで行く。
「こうすると地面がしっかりするの?」
「そんな感じらしい! 俺も詳しくはないが、地面が沈んだり傾いたりし辛くなるって女神様が言ってた!」
驚く程に順調な滑り出し。ジワジワではあったが想定通りに地面は押し固められ、建築に適した土地へ変わって行く。
そして――。
「よし、出来た! 地盤固め完了だ!」
何事もなく土地の造成が終わる。
「本当に珍しいね、こんなにスムーズなの初めてかも」
「俺もびっくりだ。でもホラ、ちゃんとガッチリ固くなってる。これなら家を建てても大丈夫だろ」
満足そうな真田が敷き詰めた砂利を足先で弄る。
するとブーツの先が、ちょっぴり……濡れた。
「うん? なんだコレ……砂利の間から水が滲み出してる?」
呟いた真田が、確認の為に腰を屈めた瞬間。紫色の液体が勢い良く噴水のように吹き上がり、彼の全身を包んだ!
「うわっぷ! モロに食らっちまった……ぺっ、ぺっ! 苦ぇ……!」
「わー……温泉かな?」
「キミの目には何が見えてるの!? 早く離れろノエラ、毒噴泉だ!!」
大慌てで退避する二人。
「驚いたねぇ、まさか温泉じゃないなんて……!」
「ノエラは『まさか』って言葉に謝った方がいいな。まぁそれは、ともぉかくぅ……ぐ、あぐぅ……!?」
「どしたのススム。なんかプルプルしてるし、顔が悪いよ? 今回は紫色」
「悪ぃのは顔じゃ、なくてぇ……顔色ぉ……!」
どうやら浴びた毒にやられたらしい。
手足が痺れて全身が痛み、息が上手く出来ない。例えるなら正座した後の足の痺れが身体中に来ている感じだ。
「あばばばば……」
「あわわ、どうしよう!? 毒消しなんて持ってないし……困ったよぅ」
ノエラが慌てふためきながら使える物がないかと道具袋をひっくり返す。しかし毒消しどころか回復剤さえ入っていない。
「やばばば……死ぬうぶぶぶ……!」
万事休す。そう思われた時だ。
ふわり、と風が止んだ。
辺りから雑音が消え、空気がピンと張り詰める。
そして毒沼の上空から真っ直ぐに光が差し込んで――。
「あ……!」
ノエラが声を上げ、視線を上げる。
光と共に、ゆっくりと舞い降りる美しくも清らかな女性。
天使サリエルだった。
「状態異常を検知。対象の猛毒状態を確認」
「うん、そうなの! お願い、助けて!」
ノエラが声を上げるとサリエルはチラリと彼女の方を伺い、何も言わぬまま真田へ視線を戻す。しかし僅かに頷いているように感じられたのは、気のせいであったろうか?
「回復を実行」
短くサリエルが呟くと、真田の全身が聖なる光に包まれる。
光は音もなく僅か一秒足らずで何の痕跡も残さず消え去る。
しかし、その効果は絶大だった。
「凄ぉい! 完全回復だ!!」
顔色の戻った真田の首にしがみつき、ノエラが喝采を上げた。
「毒が消えてる! 前の時みたいな副作用もないね!」
前回は傷を癒やす為、生命活動に必要なエネルギーを使われて死んでしまったが、今回は大丈夫そうだ。
自分の生存を確認した真田は身を起こし、サリエルに声を掛ける。
「助かったよ、ありがとう。あんたサリエルって言うんだろ? 理由は知らないけパっ、コプっ……けぽぽっ!?」
突如、真田の口と鼻から溢れ出す紫色の液体。
「うわぁ、毒ゲロ! ススムが毒ゲエ吐いたっ!!」
「毒素の排出を確認」
ノエラが飛び退き、サリエルが淡々と呟く。
「ごばっ!? 何で口から出ブびゅっ! 普通消え去るんじゃけぽぽっ!? グぇ、コポォ!」
たっぷりと吐き戻し、ようやく毒ゲロを終えた真田が口元を拭う。
「はぁ、はぁ、やっと止まった……まだなんか気持ち悪いけど、このくらいなら……」
「追加での回復を実行」
「あ! 待っケプァ! コッポルちゅぁ!!」
再び噴き出す紫の液体。今度は口と鼻の他に、目と皮膚の汗腺からも噴き出した。
「ススムが流してる毒汗と毒涙、どろどろのヌルっヌルで、変なニオイ……」
「好きでやってんじゃゲボボっ! つか容量多くね!? 明らかに浴びた量より多ぶぱっ! ゲッポぉ!!」
苦しみ悶えつつも、ようやく毒の噴出が終わる。
「ひぃ、ひぃっ……し、死ぬかと思った」
「全毒素の体外排出を確認」
それを見届けたサリエルは、背の翼を広げて大空へと舞い上がる。
「あっ、おい……待っ……」
「ありがとねー、サリエルさーん!」
手を振るノエラに背を向けて、彼女は優雅に去って行った。
残されたのは翼と光輪から舞い散った、聖なる光を帯びた輝く粒子のみ。
「ところでさ、何であいつ助けてくれたんだ?」
「さあ? 特に何も言ってなかったよ」
天使の飛び去った空を眺め、二人は首を捻るのだった。




