12:誰もが思っているけど遠慮して言わないことを躊躇せず口にする娘
女神エントロピアの所で目を覚ます際、真田はよく夢を見る。
それは以前の世界で過ごした記憶――謂わば走馬灯だ。
最初の頃こそ思い出アルバムをめくるようでそれなりに面白かったが、十三回目ともなると流石に飽きる。
「――次から新作映画でも流れないかな」
「検討しましょう……おかえりなさい」
目を開くと、どことなく渋い表情をしたエントロピアが彼を待っていた。
「真田さん、また面倒なのに目を付けられましたね」
「あー……あの天使のことか。女神様の知り合い?」
「知り合い、という程ではありませんが……」
真田の問いにそう前置きをした上で、エントロピアは言った。
「彼女は天使サリエル。秩序と安寧を司る神の使徒です」
それを聞いた真田は、たくさん色々なことを口にしようとした……けれどエントロピアが指先で彼の口を制する。
「言いたいことは分かります。なので私から先に言わせてください。まずサリエルは私の眷属ではなく余所の関係者です。ですから私の差し金とかそういう感じではありませんので、誤解の無きように」
「えー……ホントにぃ?」
胡乱げな真田へ、エントロピアがハッキリと言い返す。
「本当の本当です。彼女と私は真逆の勢力というか性質というか……なので敵対こそしていませんが、仲良しではありません。責任逃れで言ってるわけじゃありませんからね!」
少し強めに念を押され、真田も引っ込むしかない。
「それと、そんな相手のフォローをするようで不本意なのですが……あなたの死因についてもサリエルに悪意はありません。彼女にしてみれば、よかれと思って回復したら何故か死んだ、という感覚でしょう」
「アンデットじゃあるまいし、普通なら回復じゃ人間は死なないの!」
「じゅ……そうですよね」
十三回も死んで蘇っているのだからアンデットみたいなものじゃない、という台詞を、エントロピアはギリギリの所で飲み込んだ。
「回復にも色々ありますが、サリエルが用いるのは神聖属性『元に戻す』タイプの回復です。真田さんに使った場合、回復した分を補う為にその分だけ身体の別の場所が削れます。この世界の一般人にとっては聖なる回復魔法ですが、真田さんにとっては相性最悪、聖なる致死魔法ですね」
「骨折の回復で死ぬくらいだから、軽傷程度でもヤバそう。ダメージ受ける度にフラッと現われてトドメ刺されたら堪らんな」
降って湧いた新たな脅威。異世界とは、これ程まで異物に厳しいものなのか。
「ヒーラーさえ……俺を殺すのか……!」
遠退くスローライフに、真田がしょんぼりと肩を落とす。
だがそんな彼に女神が優しく微笑みかけた。
「真田さん、らしくありませんよ。元気を出してください」
「エントロピア様……」
「今後の方針について、私から提案があります。異世界での生活を安定させる為の、極めてオーソドックスで現実的な提案です」
顔を上げる真田。
そして彼は女神の策を携えて、復活を果たす。
「――あ、おかえりススム」
「おうノエラ、待たせた。サリエルはどこ行った?」
「あの天使のこと? ススムが死んだ後、パタパタどっかに飛んで行ったよ」
人を殺しといて暢気なヤツめと思ったが、目の前に居るノエラも同類なので考えるだけ無駄というものだ。
「まぁいいや……それはそうと、ノエラ! 俺は決めたぞ」
腕を組み、雄々しく声を上げる真田にノエラが目を見開く。
「家を建てる! スローライフの基礎基盤となる拠点を築くのだ!!」
「おおー!」
ノエラがぱちぱちと拍手する。
これまではスローライフを謳いながら死にまくったせいで、スローでありながらライフとは無縁であった真田が、ようやく辿り着いた異世界転生物語の定番イベントだった。
「拠点が出来れば風雨を凌げる! 危ない思いをして日銭を稼がなくても生活は安定! 死の危険も減る! って女神が言ってた!」
「良いこと尽くめだね! それで、どうやって建てるの? プロの大工さんもいるけど、個人の建物はやってないんじゃないかなぁ?」
ノエラが首を傾げる。
「プロの大工さんは城とか聖堂みたいな大物が専門だから。自分の家は自力で建てるのが基本なの」
「それについては心配するな。エントロピア様が、ある程度までナビしてくれるらしい。まずは近所で家を建てられる場所まで行くぞ!」
「わーい、楽しみー!」
女神の導きを受け、駆け出す二人。
そんな彼らがやって来たのは、町から少し離れた山間の窪地。人手の入っていない雑木林の中程にある、開けた場所だった。
「ここなら自由に家を建てて良いらしいが……」
目の前には大きな沼。その中央にポツンと小島が、寂しげに浮かんでいる。
沼は何故か紫色をしており、ボコボコと沸き立つように水泡を弾けさせて異臭を放つ。その影響からか周囲の木々は枯れ、草も生えず地面は剥き出し。一歩踏み出す度、ジュブッと嫌な感触がして靴が泥にめり込む。
「うーん、エントロピアは俺に魔女の家でも建てさせるつもりかな?」
「仕方ないよススムぅ。町や道の近くは領主様とかの領地だもん。自由に使える快適な土地なんて余ってる筈ないよ」
ごもっともな意見だ。
「他に無いなら仕方ない。毒沼の中央にある小島に家を建てるぞ!」
幸い、小島までは細いながらも道があり、歩いて移動出来た。
「落ちたら危ないから、後から橋でも架けないといけないな。足下もジュクジュクで歩き辛いから、砂利を撒いて整えようぜ」
「そうだねぇ! えへへ……!」
頷くノエラが、いつもにも増してご機嫌で笑顔を振り撒いている。
「何だかこういうの楽しいねぇ! ワクワクして、ついニヤけちゃうよー!」
「おっ、そうか……実は俺もだ!」
女神に案内された土地は魔女の住処風で、到底のんびりスローライフっぽくはない。しかしこれから試行錯誤しながら家を建てるのだと考えると、妙に気分が高揚する。
「よし、この勢いでやれるところまでやっちゃおうぜ!」
「うん、分かった! 変な場所だけど地面は平らだから、すぐに出来ちゃいそうだね」
確かにノエラの言う通り、毒沼に浮かぶ小島は平坦で、割と簡単に家が出来そうな雰囲気がある。
しかし――。
「いや……地盤は大事だ。勢いを残しながらも慎重に行くぞ。家は地面に支えられる物だからな!」
地震大国日本を故郷とする転生者ならではの拘りだ。
「んじゃあどうするの? 地面を固くするだけなら魔法で凍らせたりも出来るけど」
「俺に任せろ、地盤固めにうってつけの時空操作能力がある!」
「おー、久々の時空操作! 使い勝手が悪すぎて二度と登場しないかと思ったよ」
誰もが思っていることを遠慮なく口にするノエラ。恐れを知らない娘だ。
「新たな能力の名は、重力操作! コイツで重力を増やして地面をガチガチに締め固めてやるぜ!」
言って、真田が地面と毒沼の境目をとっとこ駆け出した。
「何してるのススム? 健康診断前になると急にジョギングし始める人のモノマネ?」
「春先になると増えるよね……だが違う! 重力操作は最初に範囲をマーキングするんだ。俺が移動した範囲の内側がターゲットになる。んで――」
島の周りを二周、三周と繰り返しジョギングする真田。
「はぁ、はぁ……囲った回数で、重力の強度が変わる。取り敢えずこんなモンでいいか……ふぅ、疲れた」
十周ほどしたところで汗を拭い立ち止まる。
「んじゃ、改めて行くぞ! 重力操作っ!」
意識を集中した真田が声を上げた瞬間、小さな島がミシッと軋む音がした。




