11:回復魔法と命を燃やす最後のツッコミ
ある日、森の中、真田進は転がっていた。
「ンがあぁぁ……いっ……ってぇ……!」
腕が変な方向に曲がっている。多分折れてる。いや絶対折れてる。
「ご、ごめんねススムぅ! ちょっと威力が強過ぎちゃったかも!」
「ちょっとで人の腕は逆向きに曲がらないと思うんだよねぇ!!」
日銭を稼ごうと請け負った魔物退治。
首尾良く森で対象の魔物を見つけ、ノータイムで放たれるノエラの魔法。
張り切る彼女が放った魔法の火球は魔物に直撃して大爆発。魔物を吹き飛ばし、ついでに真田も吹き飛ばした。
「取り敢えず絆創膏貼っとくね」
「取り敢えず絆創膏が通用するのは掠り傷までかな!? よく見て、俺の腕を見て! 有り得ない方向に曲がってるの分かる!?」
「そっか、分かった! 取り敢えず腕を真っ直ぐにして、それから絆創膏……!」
「何その絆創膏に対する全幅の信頼!? あイダダダダあぁぁぁ無理矢理に腕を曲げるな余計に折れるうぅンぎゃあぁぁっ!!」
ゴリゴリゴキゴキとノエラが真田の腕を引っ張り戻す。その際、関節じゃない部分が新たに曲がってしまったが彼女は気付かない。
このままでは十三回目の死亡も目前――そう思われた時だった。
「……!?」
ふわり、と風が止んだ。
辺りから雑音が消え、空気がピンと張り詰める。
森の上空から真っ直ぐに差し込む光――天界へ続く道さながらの光景だ。
「えっ?」
ノエラが間の抜けた声を出し、視線を上げる。
光の中に、誰かがいた。
背中には純白の翼。
頭上には輝く光輪。
ゆっくりと舞い降りる美しくも清らかな女性。
それを一言で言い表すならば、誰もが口を揃え「天使」と言い表すに違いない。
そしてそれは、紛うことのない正しい認識だった。
「うわー、天使だ! 珍しい! すごぉい!」
楽しげな声を上げるノエラ。どうやら天使とやらは、とても珍しい存在であるらしい。
「な、なんかコッチ来たぞ」
「用事でもあるのかな? 助けてくれる、的な?」
ゆっくりとこちらへ接近する天使。敵意は感じられず、ノエラの様子からも危険な存在ではなさそうなのだが……何故だろう? ものすごく嫌な予感がする。
「――対象を確認」
件の天使が口を開く。その声は妙に平坦だった。
男とも女ともつかない中性的な響き――そこにデジタルな印象を覚えたのは、転生者たる真田ならではの感覚であろう。
「腕部損傷。状態、重度」
「え、あの……俺のこと?」
真田が尋ねるが、相手は応答しない。
ただ真っ直ぐに真田を見つめ、その可憐な唇で淡々と言葉を紡ぐ。
「修復を実行します」
「ちょっと待った! その修復ってやつ、ちゃんと説明――」
ヤバい気がする!
真田が慌てて口を挟むが、彼が言い終わるよりも早く「修復」は発動する。
「――をォ!?」
それは一瞬だった。
輝きと共に痛みが消え、折れていた腕が元に戻る。吹き飛ばされた際の細かい傷まで綺麗さっぱり元通りだ。
けれど油断は禁物、ファンタジーはここからが怖い。
腕がタコみたいになったり、数百メートル伸びたり、取り外し可能なロケットパンチになったり。
「……あれ?」
していない。
真田は手をぐっぱして感触を確かめ、上下左右に振ってみる。
動く……普通に。
「すごい! 完全に治ってる!」
ノエラが目を輝かせて喝采を上げた。
確かに治っている。何の違和感もない。
その筈なのだけれど。
「……ん?」
なんだか、やけに身体が軽い。
いや、軽いっていうか、重いっていうか……。
「ねぇススム、何か顔が変だね。ゾンビみたいな土気色」
「変なのは顔じゃなくて顔色って言って。無意味にハートを傷付けないで……あ、あれ……?」
立ち上がろうとして大きくよろめき、ノエラに支えられる。
視界が揺れ、息が浅い。
身体に力が入らない。
「んぉ……ど、どうなってんだコレぇ……」
骨折は修復されて元通り。
ケガしてた時に比べたら健康体になった筈なのに元気が出ない……明らかに今の方が不調だ。
「ススムってダイエットしてたっけ? お腹周りとか凄くスリムになってるよ!」
身を寄せたノエラに言われて視線を落とすと、ウエストが細くなってズボンがスカスカになっていた。
「状態は正常です」
頭上に浮かぶ天使が言った。
「組織損傷は修復済み。構造は最適化されています」
「さ……最適化って、何したのかな?」
「修復に際し、構造体のエネルギー備蓄を使用しました」
嫌なワードが出た。とても不吉なワードだ。
「えと、具体的には?」
「脂質、筋組織の一部を変換し、骨折を修復」
「それ他で運用してたヤツじゃないかな!? 勝手に使っちゃダメだよねぇ!?」
叫んだ瞬間、ガクンと膝が落ちた。
「……!」
「ススム!?」
力が入らず、息が苦しい。思考がボヤけ、考えが纏まらない。
「あぁぁヤバいパターン入った……この感じ、知ってるうぅ……!」
「心的負荷を感じる必要はありません。修復は完了しています」
淡々と宣う天使。
そういう問題じゃないんですけど! とつっこみたい真田であったが、口をパクパクするばかりで声も出ない。
辺りが薄暗くなったように感じられ、体が芯から冷えて行く。極めてマズい、いつもの状況だ。
「エネルギー消費により、一時的な機能低下が発生」
「一時的で済むかなぁ!? ってか、ツッコませないで……!」
思わず声を上げる真田であったが、それすらもキツい。単に「お腹空いた」とか、そんなレベルを遙かに超えた生命を脅かす飢餓感が真田を襲う。
と、そんな彼に肩を貸すノエラがポツリと言った。
「なんだかススムの身体が冷たくて硬くなってきた……あ、そっか! 男の子って興奮すると身体の一部が硬くなるらしいから……私がくっついたせいでドキドキさせちゃった?」
「それとは違う感じのドキドキだねぇ! 生と死を別つ感じの焦燥感なら感じてるーーー……」
ノエラの小粋な呟きに全力のツッコミ。それにより真田は残っていた最後のエネルギーを使い果たす。
「生命活動、停止」
「え? あれススム死んだの? どうして?」
「診断名、重症低血糖症。低血糖ショックによる脳死と判断」
「ふぅん……よく分からないけど、過労死をコンマ1秒に凝縮したような死に方だね」
カラカラのカスカスになって力尽きる真田。異世界転生より十三回目の死亡は、回復による脳死という意味不明な物となったのだ。




