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可惜夜の優しい嘘  作者: 琴音
スタルハーヴェン
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43/49

43 告白

 マグヌスに怒りをぶちまけたその日から、セシリアは一週間ほど寝込んだ。 

「張りつめていた気持ちが切れたのではないか?」との助産師の見立てだったが、本当の所は分からない。

 ただ一つ言えるのは、寝込んでいた。とはいえ母子共に健康な事だった。 幸いな事に。


 マグヌスはアンナから『面会謝絶』を言い渡され、セシリアを見舞う事も許されなかった。


 セシリアの移ろう不安を感じ取っていたアンナやシグネは、その『子供を取られる』という不安に至らないように配慮していた。

 少しづつ()となり、落ち着きを取り戻していたセシリアに安堵していた所に、コレだ。


 マグヌスは「妊婦を不安にさせるなんて信じられない」と、彼女たちに散々叱咤され、しょんぼりと肩を落としながらエヴァーグリムへと戻って行った。


 ********


 ――寝苦しさを感じたセシリアが、ふと目を開ければ、開け離れたままのテラスの扉から、濃紺から濃紫に移ろう夜明けの水平線が覗く。 セシリアの大好きな空の時間だ。 

 ぐにっ……、とお腹が動く事で、赤ちゃんが元気な事を確認し安心する。 それが、最近の日課になっていた。


 大きく張り出したお腹を抱え「よいしょ」とセシリアは身体を起こす。 

 足元には、アミーラの用意した装飾が施された高さの無い履物が置いてある。 


「身体を冷やしてはいけません」


 これは、アミーラの口癖だった。


 妊娠出産を経験した事のないアンナとシグネが、これからのセシリアを支える為に『()()()の侍女が必要だろう』料理人ユセフに相談したところ、推薦された女性だった。

 アミーラは、マグレブ公国料理人ユセフの妻であり、公国に成人した三人の子供がいる。


 セシリアは、衣食住の全てをユセフ夫妻に支えられる事になった。 もう、マグレブ公国無しでは生活できない。


 アミーラの言いつけを健気に守るセシリアは、その履物を履いてテラスへと向かった。

 お気に入りのカウチに身を沈め、置きっぱなしのガウンを羽織り、移ろいゆく明けの空を眺める。 

 水平線が白みだすと、その際がオレンジ色に輝き始める。 


 瞼を閉じると思い浮かぶのは、マグヌスに騙された明け方ではなく、アレクシウスに抱かれた、あの明け方の記憶だった。


 セシリアの頬を涙が伝う。 もう、その涙を拭ってくれる彼はいない。 

 その事実が、セシリアを再び追い詰める。


『子供を産んでどうするの? 父親のいない子供なんて、可哀想よ。 貴女の自己満足なんじゃない?』


 セシリアの耳元で、意地悪なセシリアが囁く。 


『ちょうどいいじゃない。 そのガウンも履物も脱いで身体を冷やしなさいよ。 何もかも捨てれば楽になれるわ』


 その囁きに反抗するように、セシリアはガウンの前をしっかり合わせ、縮こまる。


『アレクも迷惑よね。 知らない間に勝手に子供を産もうとしてるんだもの』


 嘲笑がセシリアの耳から離れない。 セシリアは耳を塞ぎ、固く目を瞑る……。


「どうすればいいの? この子を産む事はアレクに迷惑なの?」


 セシリアは自問自答するが、答えは出ない。 ただ「この子を産みたい」という気持ちだけは揺るがない。


 笑い声が消え始める頃、セシリアの頬を太陽の陽射しが柔らかく撫でる。

 複雑に絡まった思考が、差し込む光によって白く透けてゆく。

 すると、セシリアはホッとして顔を上げるのだ。 泣き腫らした瞳に、真白い太陽が痛いくらいだ。


 頑なに求めていた『正解』への執着が、朝日の熱に焼かれ形を失っていく。 重たい鎧を脱ぎ捨てるように、セシリアは息を吐く。


 そして、彼女の一日は始まる。


 ******


「また、泣いていたんですか?」


 水平線が輝き街が賑わい出す頃、アミーラが飲み物を持って現れた。 心配しながらも少し呆れた様子の彼女は、テラスのテーブルに温かいミルクを置いた。 シナモンの香りが食欲をそそる。


 産まれくる子供の為、肌着を縫っていたセシリアは、その手を止めてテーブルに置かれたカップに手を伸ばす。


 セシリア自身、だんだんとお腹が大きくなるにつれ、母性も育ってきたのだが、それに伴うように様々な心配や不安が芽生えてきた。


 アミーラが常日頃注意していたのが、セシリアの不安性だった。 その不安を抑える為にスパイスを調合し、その不安を抑えようとしていた。


「ごめんなさいね。 どうしても気になるのよ」

「それなら一度、手紙を出してみたら如何ですか?」

「嫌よ。 何を言われるか分からないもの」

「まったく。 そうやって、イジイジしているのが一番良くありません。 この街の誰もが奥様の事をご存知なのですから、シルヴェストーレの商館の方々が知らない理由がありません。 それなのに、かの家から何も言ってこないと言う事は、黙認しているって事で良いんです」


 アミーラが腰に手を当て、キッパリと言い切る。


「それに、産まれてくるの子供の為にも、父親はハッキリさせておくべきです」


 セシリアはカップをテーブルに戻し、アミーラを見つめた。 


「そうね。 アレクシウスの子供である事をハッキリさせておいた方が良いかも。 一度、連絡してみようかしら……」


 なぜか、そんな気が起きた。 

 いつもは「バカな事を……」と、相手にしないのだが、何故か今日は手紙を書きたくなった。


「まぁ、まぁ!」


 そう言い残して、アミーラは跳ねるように部屋から飛び出て行った。

 その様子を見ながらセシリアはクスクス笑う。


(そうよ。 こんな狭いスタルハーヴェンの街で、アレクの商館の人たちだけが、私の妊娠を知らない訳がないわ)


 セシリアは、目の前の霧が晴れ、身体が軽くなったような錯覚を覚えた。

 なんて事はない。 ただ、事実を知らせれは良いのだ。 

 アレクシウスが、どう思おうと関係ない。 私が産むのは()()()()()である事は間違いない。


 ――そして、セシリアの告白がしたためられた手紙は、ヴィンドストランドへ向かう船に積まれ、アレクシウスへの元へと旅立った。




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