表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/41

33 スタルハーヴェン

 ザァーザァーという潮騒が聞こえるテラスに佇むセシリアの頬を、涙が濡らしていた。

 港町スタルハーヴェンにある、アレクシウス所有の商館の一室にセシリアは身を寄せていた。

 岸壁に所狭しと並ぶ白壁の家々が、白み始めた水平線の輝きに染まり始める。

 死を覚悟したあの時から、まだ数日しか経っていない。 あの時の沈もうとしていた太陽が、何事も無かったように再び昇ってくるのだ。


 途中、野営をしながらもエヴァーグリムからスタルハーヴェンまで駆け抜けたセシリアは、防衛戦という名の死の淵にその身を置いていた事もあり、疲労困憊でありながらも気が高ぶっていて、熟睡する事が出来なかった。 

 眠りに落ちた……、としても、ものの数分で目が覚めてしまうのだ。

 また、目を閉じれば、絶え間なく後悔が押し寄せてくるのだ。


 エヴァーグリムは死んだ。 死んでしまった。 あの美しい街並みは、敵軍の手に落ちてしまった。

 唯一の救いは、領民たち全員が避難できていた事だ。 誰一人欠けることなく。 もちろん、ニルスも。


 だが、セシリアの心は晴れない。 

(結局、私は()()出来なかった。 ただの自己満足でしかなかった)

 そんな後悔の念で、涙が溢れてくる。 素直に皆で退避していれば、アレクシウスが騎士を率いてエヴァーグリムに来るなどという、危険な行為を犯さなくて良かったのだ。


 白んでいた水平線に、薄っすらとオレンジが混じり始める。 濃紺と濃紫が混ざる不思議な色。 セシリアの大好きだった幻想的な時。

 でも、今では胸が苦しくなる。 裏切りの思い出が湧き上がってくる。 それに、今回は、激しい後悔と反省の気持ちまでが上書きされていた。


「ハァ……」


 セシリアは溜息をつき、テラスに置かれているカウチにゴロリと横たわる。 

 潮騒を聞きながら目を瞑ったセシリアは、このまま波音と共に溶けてしまいたい。と、願っていた。

 だが、直ぐに激しい物音に飛び起きた。 部屋の中が荒らされている様な物音だ。


(敵襲? でも、奴らは進軍しているはずよね?)


 セシリアは、身を屈め様子を伺っていた。 アレクシウスから敵軍は、隣領を目指している。と、聞いたばかりだったのだ。 

 スタルハーヴェンは王都への直線上に無いために、戦火を逃れていた。 ――はずだ。


「セシリアッ!?」


 かなりの勢いでテラスに飛び込んできたのは、アレクシウスだった。 相当な慌てようだ。


「どうしたの?」

「――部屋にいないから」


 そう言いながら近づいてくるアレクシウスの顔は、今にも泣き出しそうだった。 

 セシリアの頬を両手で包み、そこに涙の痕を見つけると、そっと親指で拭った。


「居なくなったのかと思った……」


 そう言いながら、そっと抱きしめてくるアレクシウスの背に手を回したセシリアは、激しく打ち付ける彼の鼓動に気が付いた。


(――生きてる)


 セシリアの手に力が入る。 ギュッとアレクシウスを抱きしめ、その鼓動を自身の胸に感じ『生きている』事を再確認した。 

 と、同時に急に死への恐怖が押し寄せてくる。 

 つい先日まで、自分は死ぬかもしれない所に居たのだと。

 そう自覚してしまったセシリアは、ブルブルと震え出した。 急に足元にポッカリ穴が開いて、堕ちていくような浮遊感を覚えた。


 ヒシとアレクシウスにしがみつくセシリアは、生きている事の確信が欲しくなった。

 フツフツと(たぎ)るように、身体の内側から熱が溢れてくる。 マグヌスの気持ちがわかった――ような気がしてきた。


「アレク……」


 セシリアは懇願するように、アレクシウスを見上げた。 その瞳に星の煌めきが映った。


 説明の付かない焦燥感が、セシリアを駆り立てた。 身体の内側からジリジリと湧き上がる衝動は、行き場のない川の流れのように、セシリアの中で渦を巻く。


 アレクシウスはセシリアが不安がっているだと思い込み、彼女の背中を優しく擦っていた。

 その刺激は、より彼女の衝動を突き上げる。


 セシリアは手を伸ばし、アレクシウスの髪に指を絡ませ、その首筋に口唇を寄せた。

「アレク……」と、囁くセシリアの吐息が、アレクシウスの情動を揺さぶる。


「セシリア?」


 思わず仰け反りセシリアの顔を覗き込んだアレクシウスは、頬を染め潤んだ瞳のセシリアと目があった。

 その瞳は熱に浮かされているように、トロンと溶けそうで、焦点が定まっていない。

 それでいて真っ直ぐに自分を捉えているその視線は、甘く纏わりつくような色気を帯びていた。


 アレクシウスの喉が鳴った。


 それを合図にしたかのように、二人は噛み付くように口唇を合わせた。 何度も何度も。 角度を変え、繰返し口唇を重ねる。

 セシリアの頭を支えていたアレクシウスの手に力が入る。 と、同時に重ねていただけの接吻がより深くなり、淡い水音を立て始める。


 二人はなだれ込むようにカウチに座りこんだ。 その間も、まるで何かに急かされるかのように口唇を重ね、貪るように喰む。

 アレクシウスの片手は忙しなくセシリアの胸を揉みしだき、組み敷かれたセシリアは、彼の背に脚を掛け下腹部を突き出した。

 器用に服を脱ぎ捨てた二人は、互いの皮膚の間に隙間がある事を嫌うかのように密着する。


 昇り始めた太陽が、セシリアの脚元にうずくまるアレクシウスの青銀(ブルーシルバー)の髪をオレンジに染め始めた。

 時折、覗き込むアンバーの瞳(ウルフアイ)が、オレンジ色を反射してキラキラと輝いていた。


 そのオレンジ色の熱に浮かされているセシリアは(やっぱり、()()()が好きだわ)と、その快楽の波に身を任せてゆく……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「この色」って太陽のこと?誰かのこと?!えー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ