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34 スタルハーヴェンⅡ

 何度目かのスタルハーヴェンでの朝も、セシリアの隣には穏やかに寝息をたてるアレクシウスの寝顔があった。

 その頬にかかる青銀色(ブルーシルバー)の一筋の髪を、そっと指先で払いのけ、彼の端正な寝顔を堪能するのがセシリアの日課となっていた。


(なんて平和なのかしら……)


 今、エヴァーグリムを挟み、隣国と我が国は激しく争っている。 地の利を活かしたマグヌスに勝利の女神が微笑みかけているようで、我が国が少し押し返し始めていた。

 ここスタルハーヴェンは、エヴァーグリムと同じ旧フランゲル領だが、王都への道中に無いためか戦火を逃れていた。

 アレクシウスの私兵が、街に駐屯しているのも大きいのかもしれない。 

 だが、敵軍がエヴァーグリム付近を占領している事で、陸の孤島と化しているのは変わらない。

 いつ敵国の気が変わって、スタルハーヴェンに進軍してくるかわからない。 そうなれば、あっという間に飲み込まれてしまうだろう。

 そんな不安をアレクシウスに伝えるのだが、彼は「大丈夫。 心配しないで」と言いながら、セシリアの口唇を塞いでしまうのだ。


 そして、始まる甘いひと時のせいで、この頃のセシリアは毎朝、常に心地良い疲労を感じていた。

 そんな日常を過ごしているせいか、アレクシウスの姿を見かけるだけで、身体の奥が疼くようになってしまった。 まだ陽の高い日中であっても。

 これには、さすがにセシリアも自分自身を恥じた。


 まさに今も、寝息を立てているだけのアレクシウスに欲情してしまう。 

 カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝陽が、彼の肌の上で清らかな光の粒子となり、煌めいている。

 少し乱れたシーツの上に投げ出されている腕は、

 セシリアの頭の下にあった。

 彼の喉仏や耳元から鎖骨へと走る鋭い筋に、男の色気を感じる。

 また、普段見ることのできない鍛えられた彼の胸板に浮かび上がる紅い花弁は、昨晩セシリアがふざけてつけた甘い情事の跡だった。

 その白と紅の対比が、妙に艶めかしい。 


 そっとその花弁に指で触れれば、形の良い眉が僅かに動き、煌く睫毛が震えた。

 すっかり彼の色香に充てられたセシリアは、モジモジと身体を動かす。 そっと下腹部の奥に触れてみれば、ネットリとした感触に気付いた。 


「……!」


 すっかり、いやらしい身体になってしまった自分を恥じたセシリアは、色情の罠から逃げ出そうと、そっと腕で力を入れ、身体を持ち上げた。 

 すると、僅かに動いた空間に女の匂いを感じ、恥ずかしさに頬が火照った。


 だが、セシリアが立ち上がろうとした瞬間、アレクシウスの腕が彼女を絡め取る。 


「何処に行くの?」

「身体を洗おうかと思って……」


 軽く引き寄せられたセシリアは、再びアレクシウスの腕の中。

 深く息を吐きながら、セシリアに回した腕に力を入れたアレクシウスの指先が、セシリアの胸を、腹部を甘く撫で始めた。 

 触れるか触れないか……。 のソフトな力加減、ギリギリのその加減が、アレクシウスを知ってしまったセシリアの身体にはもどかしく、彼女の身体はブルリと震えた。


「なんで? こんなに準備できてるのに?」


 口元をイヤらしく歪めたアレクシウスの指先が、セシリアの固く閉じた太ももの間に割って入り、その先の感触に満足したように、ニヤリと笑う。


「もう、朝よ? 今日も忙しいでしょ?」


 セシリアは、か弱い腕でアレクシウスを押し返すが、彼は楽しそうに微笑み「大丈夫」と返しながら、彼女の口唇を塞ぎにかかった。


 ――次にセシリアが身体を起こしたのは、だいぶ陽が昇ってからだった。

 白いガウンを軽く羽織ったアレクシウスは、テラスのカウチに横たわり、優雅にコーヒーを飲んでいるようだ。

 カーテンを揺らす風に乗って、レモンピールを思わせるような爽やかな香りが、セシリアの鼻腔をくすぐる。 嫌味のないその香りは、彼女の気怠い気分を爽やかな物へと変化させていく。


 アレクシウスは手に持った書類……、手紙だろうか。 それを眺めながら口元を緩めていた。 余程、嬉しい知らせなのだろうか。 いつもキリリとしてる鋭い目尻が、どこか緩んで見えた。

 空腹を覚えたセシリアは、乱れたリネンシートを身体に巻きつけ、木目調の床に足をつける。


「セシリア?」


 彼女が起き出したのに気が付いたアレクシウスは、書面を片手に意気揚々とセシリアの元へやってきた。


「見て、これ。 やっと、許可が出たよ」


 彼はセシリアの目の前に、その書面を突きつける。 そこには『婚姻を許可する』という文字が並んでいた。


「やっと。 やっとだよ、セシリア。 長かった。 本当に長かった……」


 後半の言葉は、涙ぐんだように掠れていた。 

 セシリアを抱きかかえ、クルクルと回りながらアレクシウスは言う。


「セシリア。 結婚しよ? 今すぐに!」


 セシリアは、直ぐに返事が出来なかった。 

 嬉しい気持ちは確かにあったが、それよりも、未だ続く戦争の最中、どちらかといえば当事者に近い立場の自分が、『結婚』に浮かれてもいいのだろうか?と思ってしまったのだ。


 だが、これまでも散々アレクシウスを待たせていたにも関わらず、更に返事を待たせる事にも抵抗があった。

 そう、告白の返事も長々と待たせた上に、その間に失礼な態度も取っていた過去がある。

 それに、二度も死の淵から引き上げてもらっている恩がある。 マグヌスへの想いを断ち切る時、それと今回。


 そんな想いに気がついたのかアレクシウスは、セシリアのオデコに口付けて、彼女と視線を合わせる。


「心配しないで。 直に戦争は終わる。 僕を信じて。 僕に任せて。 ずっと、永遠にリアを守り続けるから。 だから、ね?」


 一瞬の躊躇いの後、セシリアは頷いた。 この瞬間に『アレクシウスの()を信じる』と決心した。


 カーテンを透かして届く光が、置物の硝子に小さな七色の虹を作り出す。 穏やかなその光は、部屋に舞う塵さえも黄金色の粒子に姿を変えてしまった。 まるで、温かな陽だまりでじゃれ合う二人を、太陽が祝福しているかのようだった。



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