32 救援
懐かしい声を聞いたセシリアは、弾かれたように階段を駆け上がり、形の崩れた小窓に駆け寄った。
見下ろす眼下には、先ほどとは違う景色が広がっていた。
先ほどの敵軍の中を、夕闇を押し返すかのように、オレンジの光を浴び煌く一団が駆け抜けていた。 だが、彼らは、見たことのない旗を掲げていた。
視線を周りに向けてみれば、あちらこちらから煙が出ていた。 野営の焚き火なのだろうか……。
そして、オレンジ色の輝きを纏った一団は、塔を守るように列を組み出していた。
「アレクッ!!」
セシリアは小窓から身を乗り出し、手を振り回した。
なぜ、アレクシウスが見知らぬ騎士団の一員として、此処にいるかなどという疑問は、セシリアの思考から弾き飛ばされていた。
(助かった)
その思いだけだった。 死の恐怖に縛られていたセシリアは、今、生の喜びに溢れていた。
だが、ここは戦場。 セシリアが視界の隅にキラリと光る何かを見つけた瞬間、爆発音と共に彼女の直ぐ側の壁が弾けとんだ。
「セシリアッ!!」
アレクシウスの悲痛な叫びが、壁にもたれかかり腰を抜かすセシリアの耳に届く。
恐る恐る小窓の方を見て見れば、窓が一つ増えたように、ポッカリと穴が開いている。
呼吸を整える暇もなく、続けざまに爆発音が響き、直ぐ側で石壁が弾けとんだ。 ガラガラガラと音を立て、瓦礫が眼下へ落ちてゆく。
相棒の嘶きに我に返ったセシリアは、転がり落ちる様にして階下に戻った。
もうもうと砂埃が立ち上がり、それが、喉にこびりついて息苦しさを覚えた。 激しく咳き込むセシリアだったが、這いつくばりながらも跳ね橋を下ろすレバーを目指した。
少し前まで恐怖に縛られ、身動き一つ出来なかった事が嘘のようだ。
一秒でも早くアレクシウスの側に行きたい。 その一心だった。
そして、震える手で鈍く光る鉄のレバーに手をかけた。
――ガラガラと鎖の擦れる激しい音を立て、跳ね橋が勢いよく降りていく。
相棒に跨ったセシリアの目に、跳ね橋と壁の間から覗く景色の中で、激しく争う両軍の騎士の姿が映っていた。
(視界が開けた瞬間、死ぬかもしれない)
だが、その恐怖に怯えるよりも、アレクシウスに会いたい気持ちが勝っていた。
セシリアの息は上がり、鼓動は激しく脈打っていた。
いつの間にか砲撃の音が止んだ――。
ガシャンと降りきった跳ね橋に、騎士たちが振り返る。 その中にセシリアは突っ込んで行った。
同じ装いの騎士たちの中、誰がアレクシウスなのか判断するのは難しい。 だが、セシリアには分かった、分かってしまった。
一瞬動きが止まった騎馬が、その馬上にいる騎士が被るヘルメットから覗く目元が口元が、優しく緩み微笑んだのだ。
その瞬間をセシリアは見逃さなかった。
その騎馬だけが、セシリアの目には浮かび上がっていた。
セシリアの目につくような位置に、敢えてアレクシウスが陣取っていたのか。 それとも、セシリアの想いが『生』への執着が、奇跡を起こしたのか。
セシリアは間違える事なく、アレクシウスの元へと駆けていた。
「アレクッ!!」
「セシリアッ!!」
セシリアが伸ばした手を、靭やかな革手袋の手が引き寄せ、抱きとめた。
アレクシウスの胸に抱かれたセシリアは、その鋼鉄の冷たさに安堵する。
(助かった……)
腹部に回されたアレクシウスの力強い腕に安心したセシリアが、ゆっくり視線を上に上げれば、穏やかに微笑むアレクシウスの視線に出会った。
聞きたいことは山のようにあるセシリアだったが、アレクシウスの甘い視線を浴び、どうでもよくなってしまった。
「しっかり掴まっていて」
コクリと頷いたセシリアは、両腕を彼の腰に回し胸板に頬を寄せる。
その様子を確認したアレクシウスは、手綱を引いてスピードを上げた。
それを合図にしたように、敵軍を翻弄していたアレクシウスの一団は、砂塵を上げ夜陰迫る闇へと溶けていった。
――その後を、セシリアの相棒が必死に駆けていくのを、敵軍の兵士たちは、ただただ見送ることしか出来なかった。




