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31 忍び寄る恐怖

「とにかく……、水だわ」


 セシリアは、キョロキョロと辺りを見渡す。 ようやく、目が暗闇に慣れてきたようで、ボンヤリと物の輪郭が見えてきた。

 壁に沿って、グルグルと上へと登る階段が見える。 小窓まで続いているようだ。


(さすがに()()()から水を汲むことはできないわよね……。 道具もないし……)


 セシリアは溜息をつく。 苦しそうに喘ぐ相棒を、ただ見守るしかできない。 

 あの時、おかしな好奇心を持たなければ相棒は、こんな所で疲労に喘ぐ事もなかった。 今頃、隣領へと続く山道を闊歩していただろう。 チクリと胸が痛む。


「フフフッ」


 薄暗い室内に、セシリアの異様な笑い声が響いた。


「アハハハハ」


 セシリアは声を上げて笑った。 自分自身が滑稽で可哀想に思えてきたのだ。


(結局、自己満足だったのよ。 領主を気取って防衛戦を始めてみたのも、『領主の娘』としてのプライドのせいだわ。 『領主の娘』が領地を守らずに逃げるなんて……。 なんて、考えたのがいけないのよ。 国の盾を命じられている領地の領主代理が逃げ出した位なのよ? そんな戦いを、何にも知らない小娘に太刀打ちできる訳ないじゃない)


 今度は、すすり泣きが響く。


(ニルスはアンナは……、皆は無事かしら?)


 堤を破壊するために向かったニルスは、その後、隣領へと向かっているはずだった。 だが、セシリアが狙撃されそうになった高台は、ニルスの退避ルートに程近い。


「私のせいで、ニルスたちは……」


 そもそも祖父の時代の作戦が、現代に通用する訳がないのだ。 少し考えれば分かる事。 それに、毎年のように訓練していたのだから、何処かで隣国に伝わっていてもおかしくない。

 なぜ、通用すると思ったのだろうか。 


「やっぱり、私は無能な貴族令嬢崩れの平民なのよ。 マグヌスの約束を守り続けて裏切られ、アレクシウスの誘いも拒絶して、自己満足で領民の命を危険に晒した挙句、こんな所で死んでいくのだわ……」


 おかしくて、情けなくて、悲しくて、怖くて……。 セシリアの感情は崩壊していた。 泣いて、笑って、叫んで。 その悲痛な声が、薄暗い塔内に響き、冷たい石造りの床を叩くその拳は、薄っすらと血がにじんでいた。


 ひとしきり泣き叫び、声が枯れ果てた頃、セシリアの視界の隅に転がる()が映った。 近づいてみれば、その床には湖の湖面につながる()が開いていた。

 ただ、その湖面はだいぶ下がっていて、水を汲み上げるためには、セシリアはかなり身を乗り出す必要があった。 が、彼女は躊躇しなかった。

 相棒の馬に水を飲ませる事で、自分の罪滅ぼしをしたかったのだ。


 *******


 ――どれくらいの時間が経っただろうか。 荒い呼吸をしていた相棒は立ち上がり、首を伸ばし耳を立て、何か警戒をしている様子を見せていた。

 セシリアは小窓へと続く階段を登り、その小窓から外の様子を伺っていた。


 眼下に広がるのは、水位が低くなり底が見えている湖と、塔の前に整然と並ぶ隣国の兵団だった。


「やっぱり、素人のやる事だったのね」


 数日前の領主館でのやり取りが思い返される。 やはり、父親から伝え聞いたまま動いていれば良い、という事ではなかったのだ。 

 再び後悔の念がセシリアを襲う。


「それにしても、こんな見張塔を取り囲んで何がしたいのかしら?」


 もう、エヴァーグリムは堕ちたも同然なのだから、王都へ向かって進軍を続けても良さそうなものなのに。と、セシリアは不思議に感じた。

 エヴァーグリムを占領した所で、ほぼほぼ水没していて役に立たないのだから。


******


 ――小窓から差し込む陽射しが角度を付け始め、オレンジ色に変化していく。 

極度の緊張に疲れ果てたセシリアは、膝を折り座り込む相棒に身を任せ、スヤスヤと眠り込んでいた。


 バァーン!! ガラガラガラ……。


 直ぐ側で起きた破裂音、そして、それに続いて空から石礫が振り注いできた。 相棒は飛び起き、前脚を高く宙に浮かせて嘶いた。 


「何事?」


 相棒に投げ出されたセシリアは、まだ、夢うつつだったが、続けざまに鳴り響く破裂音と振り注ぐ瓦礫で、急激に現実に引き戻された。

 薄暗かったはずの塔内はオレンジ色に染まり、見上げれば、空が……、夕闇迫る空の一部が見えていた。


 驚く間もなく、銃声が響く。 それも、一回では無い。連続して聞こえ、塔の入口を防ぐ跳ね橋の板が揺れていた。


「おーい。 腹減っただろう。 扉を開けて出てこいよ」


 破裂音が止むと、ゲラゲラといった笑い声が、セシリアの耳に届いた。 が、彼女は動けない。 恐怖の鎖に縛られ、小指一本動かす事もできないのだ。

 相棒は、首を上下させたり、前脚を高く上げて(せわ)しない。


「なぁ、開けろよ」


 再びいやらしい笑い声が聞こえてきた。 セシリアは不快だった。 

 だが、彼女の身体はまだ動けない。 冷たい床に這いつくばり、眉をひそめ壁を睨むしかできなかった。

 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、落ち着きなく動き回っていた相棒が、セシリアの身体を前脚でつつき出した。 

 まるで「起きろよ。ここから逃げ出そう」とでも誘っているかのように。 セシリアに立ち上がる事を促しているようだった。


 身体を揺らされる事で、恐怖による強張りがほぐれたのか、少しずつ自由が利いてきた……。

 ブルリと身体を震わせセシリアは、指先が痺れている感覚を覚え、手のひらを閉じたり開いたりしていた。 

 冷たい床に手をつき、ゆっくりと頭を上げ立ち上がるセシリアに、相棒が頭を擦り付ける。


「そうね……」


 相棒の頭に頬を寄せたセシリアは、その頭を撫でながらゆっくりと深呼吸をして、光の漏れる跳ね橋の板を睨んだ。

 そして、その横に鈍い光を帯びて鎮座するレバーに視線を動かした。


(あのレバーを下ろせば、跳ね橋は勢いよく落ちる……。 その後は、全速力で駆け抜けるだけだわ)


 軽い目眩を覚えながらもセシリアは、一歩踏み出した。 冷徹な光を放つ、運命のレバーに手を伸ばした。――その時。


「セシリアッ!!」


 自分の名前を呼ぶ懐かしい声に、思わずセシリアは天井を見上げた。

 そこには、燃えるようなオレンジの光が見えた。 軍神マグヌスの燃えるような髪色と同じオレンジが。


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