表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/41

28 退避

「話を戻すわ……」


 風通しがよくなり、より寒さを感じる執務室で、セシリアは今後の作戦を話し始めた。 作戦といっても、大したものではない。 もはや、時間稼ぎのようなものだった。


『エヴァーグリムを守りたい』というセシリアの想いだけでは、指揮官のいないエヴァーグリムを守りきれるはずもない。  少し知識があった所で、実戦経験もないのだから、不測の事態に対応できる訳もない。 だからといって、このまま敵国に大切な街を譲り渡す義理もない。


「あなたは、この手紙を市長に渡す事。 それと、私たち領民の保護をお願いしておいて」

「――保護とは?」


 もう、市長の息子は震えていなかった。 不思議そうに、セシリアを見返している。 


「大切な事は、私たちが国軍の到着まで、敵の進行を遅らせる事です。 国軍は、代理領主に書簡を送るのと同時に出発しているはずです。 なので、敵の進行を遅らせる手はずを整えたならば、私たちは直ぐに退避します」


 セシリアは、アンナから受け取った伯爵旗を、僅かに残った衛兵に渡しながら、再び市長の息子の護衛を頼んだ。 そして、続ける。


「――まずは、門塔が攻撃され始めたら、門塔の監視が、時期を測り街中を水没させる為の堤を決壊させる合図を送ります。 その後、門塔の監視の方々は、速やかに領館へ戻ってきてください。 領館に残る者たちは、城壁で彼らの援護に徹し、彼らの退避を確認したら、皆で裏門から隣の領へ向かいましょう。 監視は市長を中心に、援護は衛兵にお願いしたいと思います」


 一気にまくし立てたセシリアは、ふと我に返った。 

 すると、耳に響いていた自分の声が消え、静まり返った空気が身体にまとわりついた。 皆の視線が吸い寄せられるように自分に注がれている。



「皆の避難を確認したら、私が責任を持って最後の仕上げをするわ。 その後、隣領で落ち合いましょう」


 それが、セシリアが父から受け継いだ策だった。 本来であれば、門塔や広場、領館を取り囲む防御壁から攻撃を行うのだが、この人数では意味がない。 『安全な退避』をセシリアは選択した。


「それなら……」


 その呟きで、肩の力が抜けたように囁き声が、ザワザワと波立つように広がる。

 防衛戦といえど『退避』に重きを置いた作戦に、安堵の溜息が漏れた。 それまでの張りつめていた緊張が、雪解けのようにじわじわと解けていくのが感じられた。


 市長や伯爵家の防衛戦の内容を知っている古参の領民の表情は険しい。 それもそうだろう。 堤を決壊させるタイミングが、この作戦の(かなめ)なのだから。 敵が街中にいる時に、濁流が押し寄せてくるのがベストなのだ。 

 早すぎれば退避の時間は稼げるが、何の打撃にもならず、遅すぎれば敵の領館への侵入を許すばかりでなく、退避する時間が稼げない。 


「さぁ、ゆっくりできるのは、この雨が降っている間だけよ。 今は、ゆっくり休んで」


 *******


 窓の外はとっぷりと暗くなり、変わらず雨粒が窓ガラスを叩いている。 少し肌寒くなった執務室の暖炉にアンナが火を入れた。

 パチパチと火の爆ぜる音を聞きながら、ソファーに深く腰掛けたセシリアは、目を閉じていた。


(疲れた……)


 ほんの半日の出来事だったが、異様な状況だったせいか、数日経過しているように感じられる。 疲れ切った身体をソファーに投げ出し、セシリアはひたすらニルスの帰りを待っていた。


 ―――程なくして、『泥の塊』となったニルスが、執務室になだれ込んできた。 髪からは黒ずんだ雨水が滴り落ち、床の上に汚らしい水溜りを作る。 水を吸って重量が倍増したコートは、重力に耐えかねたニルスを床へと引きずる。 泥だらけの膝を床につき、荒々しく肩で呼吸する彼は、息も絶え絶えに話し始めた。


「――お嬢様。 途中、出会った商人が言ってました。 マグヌスが、あのマグヌスが撤退しているそうです。 もう、こちらに勝ち目はないですよ……。 彼らの話しでは、後一週間もあれば、あの山の端に敵国の旗が並ぶだろう……って」

「ヒャッ!!」


 奇妙な声が響いた。 驚いたセシアが声の方向を見れば、アンナが口元に手を添え、目を見開いたままニルスを凝視していた。


「――マグヌスが!?」


 セシリアには信じられなかった。 あの、マグヌスがエヴァーグリムを矢面に立たせるような考えを持っているとは思えなかった。

 国軍の援軍は期待できない――()()()()()()。 そんな中、前線部隊がこの街を見捨てただなんて。


 孤立無援。 まさに、万事休す。


 フラフラと立ち上がったセシリアは、執務机の上に広げてある地図に手をついた。 頭が割れるように痛みだす。 もう、何も考える事ができない。もう、何もできない。できる気がしない……。


「――待って。 一週間……、って言ったわよね?」


 セシリアは、おもむろにニルスに問いかけた。 ニルスは膝をついたまま、顔をセシリアに向けコクリと頷いた。


(一週間あれば、援軍が間に合うはず。 まだ、希望はある)


 国軍が、エヴァーグリムを目指している。――のであれば、たが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ