第5話 魔物の世界のブラック事情
これは……文字通り目が点になる。
マオキナが振り下ろしたハリボテ剣は相手を打ち砕くだけでは余りある威力を発揮した。
堅牢な鎖、分厚い筋肉のを軽々と打ち破り、石の壁に大穴を開ける。
朱い日差しが薄暗い室内を照らし、目の前のありえない光景を浮き彫りにした。
「どうなってんだ……ハリボテの筈だよな!?」
俺が振り上げた時、剣は光を放つことも無かった。
魔物が使えて、作り出した異世界転移者が使えないなんてことがあるのか?
「愚かだな人間よ」
髭ニン……キャーロットが見透かすように鼻で笑う。
「これがマオキナ様の実力なのだ。ただの棒切れだろうと、たちまち硬岩を穿つ刃となる」
「ただの棒きれって……お前気付いてたのか?」
キャーロットの鋭い視線が刺さる。
「当然だ。私は魔王の娘であるマオキナ様に仕える者。【千里眼】を使わなくとも相手の武具の位階ぐらい見当がつく」
この髭ニンジン、もしかして結構すごい魔物なのか?
つまりキャーロットには俺の奥の手であるスキルが、全く使いものにならないことがバレバレなわけだ。
「でもどうして、マオキナはさっきまでピーピー泣いていただろ。本当に強いと言われても、そうは見えない」
「魔物は強くなる為に生まれてきた。人間が文明を築くよりも遥か昔から続く魔物同士の闘争。逃れること叶わぬ戦いの螺旋。その頂点が魔王様だ。そのご令嬢であるマオキナ様が弱いと、本当に思うのか?」
ごくりと喉が鳴る。
魔物は戦い、より強くなることが全て。
ヘルカウの様な恐ろしい魔物が魔界で殺し合いを繰り返すイメージが嫌でも目に浮かぶ。
まさに地獄絵図だ。
「しかしマオキナ様は先の戦いで、自分より秀でた相手に敗れた。そして自分の力を心の奥底に仕舞い込んでしまった。だが数奇にも、貴様のなまくらがマオキナ様の力を引き出した」
「グッグフウウウウ……」
その場に倒れ込むヘルカウに、マオキナが勝利の微笑みを向ける。
いや、どちらかと言うと悪戯っ子の挑発的な笑みだ。
尻尾は子犬の様にパタパタと忙しない。まさに有頂天だ。
「にっしっしッ! 見たか、アテシの剣の一撃を。この剣があればお前なんか……あれえええーー!?」
マオキナが気の抜けた声を上げた。
掲げていた剣は、刀身が綺麗さっぱり無くなっている。
「なんで? どういうわけ? どうして壊れたの!?」
元々段ボール製の剣、普通の子供が強く振っただけで壊れる。
あんなアニメさながらの光の斬撃を飛ばせば木っ端微塵になるのは当たり前だ。
「おのれえええ。オレを……ここまで追い込むとは……奥の手を使うしかあるまい」
ヘルカウが鬼の形相でマオキナを睨みつける。
纏っていた鎖は砕け散っり、胸部は深く抉られた。
胸部から露出する、脈打つ心臓。
既に瀕死だが、怒りが意識を繋ぎとめているようだ。
「贄よ! お前の使命、果たさせてやる」
ヘルカウが鎖を噛みしめ、ペッティーを手元に引き寄せる。
ペッティーの眼には既に力無く、抵抗することも悲鳴を上げることもない。
「グッフウウウウ。さっさとこっちに来い――」
「やっやめてーー!」
マオキナが眼の色を変えて走り出した、その時だった。
ヘルカウが鎖を強く引くと同時に、さっきまで瀕死だったペッティーが翼を広げた。
素早く地面すれすれを滑翔し、ヘルカウに飛び掛かる。
「ぬうううぅぅッ! 貴様、きさまあぁぁぁぁ!!」
短くされた翼で力強く羽ばたくハーピィ。
ヘルカウの胸部から血が吹き出す。
風を巻き上げ、飛び立つ。
その鉤爪に捕らえた、脈動するヘルカウの心臓。
夥しい血がぐき出す。
俺は余りの光景から目が離せなかった。
怖くて仕方がない筈なのに。
まるで絵画の一枚を眺めるようだった。
「貴様あああ、贄の分際で、う……ウガアアアアアアア!」
ヘルカウは断末魔を上げ、大木のようにその場に倒れる。
「ペッティーが、ヘルカウを倒したのか。積年の恨みを……晴らした?」
檻の中で奴隷のように扱われていた。
きっとペッティーはヘルカウを強く憎んでいたはずだ。
「人間よ。これはそんな単純な事ではない。これは【眷属の成就】」
キャーロットがレイピアを抜いて身構える。
その佇まいに、一切の隙がない。
「確かにあのハーピーはヘルカウを憎んでいた。そのヘルカウが窮地に立った。あのまま戦えばマオキナ様が勝利していただろう。しかし彼女にはヘルカウを自らの手で殺す必要があった」
「自らの手で? 復讐だけじゃないのか?」
「魔物は個々それぞれに【眷属】を宿している。より更なる高みへと到達するための資質。才能とでも呼ぼうか」
「眷属。それがペッティーの行動に関係しているのか?」
「【眷属:ツインズ】二体の魔物に課せられた闘争の螺旋。互いを生贄に、更なる進化を獲得する。彼女は自分自身よりも遥かに強い【バディ】であるヘルカウを打倒した。更なる高みへ到達する」
「やった、やったわ! この手でヘルカウの心臓をえぐり取った!」
か弱い少女の様だったペッティーの風貌が変化していく。
翼は大きくなり、両足の鉤爪は抜け落ち強固な蹄に変わった。
体中の筋肉が隆起し、強靭にしなやかに発達していく。
朱色の羽毛が刺々しい黒い棘に変わり、額からは輝く角が生える。
ペッティーは翼を持つ一角獣へと姿を変えた。
「キュウウウウルルルルルルルラアァァァァァァ!」
マオキナが呆然と立ち尽くす。
「ペッティー?」
「キュラララアアアア! マオキナ、これが新しい私。今なら。勝てる。お前に!」
一角獣のペッティーが口を大きく開く。
まるで剣山のような牙だ。
「お前たち兄妹に勝つ! そうすれば私が次代の魔王!」




