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極秘戦隊マスクトナイツ  作者: 筆折作家No.8
第二章 コイノハナシ
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第十二話 「ケーティの冒険」 その③

 ケーティが洞窟の奥を目指す間、ミョルニルはそばにいてアドバイスをするだけで、基本的には見守ることに徹した。


 ケーティの成長スピードは凄まじかった。要領がよく、呑み込みも早い。“こういう類のモンスターは、こういう風に対処する”というミョルニルのアドバイスを忠実に実行に移していく。そして、一度聞いたことはきちんとこなすのだ。


 洞窟の敵は強く、おそらく敵を一体倒すごとにケーティのレベルは跳ね上がっているはずだ。視界にはレベルアップの文字列が常に表示されているような状態だろう。とはいえ、この世界でいうレベルアップは、直接的な強さには影響しない。身に着けられる武具のレベル上限が解放されていくのと、体力やスタミナがわずかに上昇するだけだ。レベルをいくら上げても武具の強化や日々の鍛錬を行わなければ強くなったとは言えないのだ。


 逆に言えば、レベルが多少低くても、敵に対する対策をきちんと打てば、勝てる可能性はゼロではないという事だ。ケーティはこれに賭けている。


「はぁぁぁッ!!」


 気合の声とともに放たれるケーティのダガーがコウモリ型の魔獣を一気に引き裂いた。コウモリの体内から宝石のようにきらめく結晶が落ちて来る。ケーティはナイフに付いた血を振り払うと右腰に付けた鞘へとナイフを戻す。


「お、それは割と貴重なアイテムですね。〈ノイジーバッツ〉が集めた花蜜の中の成分が体内で凝縮されて生成されたもので、挽いて粉にすればこの付近の薬草の何倍もの薬効を得られるのですよ」

「そうなんですかっ!ストレージに調合セット入れてきたので、今挽いちゃおうかな」

「その方が良いかと」


 売れば高値のつくアイテムでも、今回ばかりは使ってしまわねばなるまい。洞窟内での貴重な回復手段を一つ手に入れることになるのだから。ケーティは仮想ウインドウを指で操作して、調合セットを取り出す。薬研やげんと呼ばれる擦り器に玉石をセットし、思い切ってゴリゴリと砕いて行った。


 作業中、再び数匹の〈ノイジーバッツ〉が飛来するが、それらはミョルニルの手で排除された。調合の邪魔はさせない。これくらいの手助けは良いだろう。


「ケーティさん。……ケーティさん!」

「え?あ、はいっ!」


 どうやら彼女はすりおろすのに夢中になりすぎて、ミョルニルの声など耳に入っていなかったようだ。敵の接近にも気づいていなかったのかもしれない。ミョルニルは後で注意することにして、ずっと気になっていた「ある事」について尋ねる。


「そういえば、ケーティさんはなんで逆手にダガーナイフを持つのですか?」


 〈レギオンカニス〉に襲われていた時も、〈ノイジーバッツ〉を倒した時も、ケーティはダガーを逆手に持っていた。右利きなのに右腰に鞘をぶら下げているのもそのためだ。今までは何か目的があるのだろうと触れずにいたのだが、戦闘を続けるうちに、やはり実利が伴っていないように感じたのだ。


「えと、クラスメイト達がそういう風に使うんだって教えてくれました」

「……それはたぶん、カッコ良さだけで本旨をあまり分かっていないのかもしれませんね。すこし、ダガーをお借りしてもいいですか?」


 ケーティは素直にダガーを渡した。ミョルニルは鞘からダガーを抜くと、ケーティと同じように逆手で構える。しかしその構え方は剣というよりは格闘ゲームのキャラクターのようであった。ボクシングとも、空手とも違う。体を左前にして膝は少しだけ曲げて肩幅に開く。脇は絞めてわずかに前傾姿勢をとる。


 体制を整えると、目の前の空間に向かって拳を振るい始めた。仮想の敵をイメージして立ち回っているのだ。けれどケーティの目には、まるで本当に相手がいるかのように映った。相手の攻撃をかわしながら、一定の距離を保ち、拳でけん制しつつ、ここぞという時にナイフで相手を刺す……その光景がありありと浮かんでくるのだ。


「ナイフを逆手に構えるときは、こんな感じで格闘術と併用して用いるのが基本です。相手との間合いが近い時は有効ですね。拳で殴る、相手を捕らえる動作と共に“突く”という選択肢が増えるのです。つまり……」

「対人戦……ってことですか?」

「理解が早くてよろしい。魔獣相手に格闘術はあまり通用しませんから」


 ミョルニルは構えを解くと、親指を立てて相手に賞賛のサインを送る。そしてダガーを順手に持ち直した。構えて見せるが、ポーズが先ほどと全然違う。まるで剣士のような立ち姿。


「このように持つことで、今度は“切る”“突く”という動作に特化できます。リーチが伸びるのも魅力ですね。ダガーは両刃なので、こちらの方が持ち味を生かせると思いますよ。騎竜に乗っているときにも使えますし」


 そう言ってミョルニルは鞘にダガーを収め、ケーティへ手渡して返却した。実は貸借状態の武具は持ち主の一声で元に戻るのだが、あえて手を介して戻すのは“ちゃんと返しました”という意思確認も含まれているからだ。実際、返した返していないという揉め事も起きたことがあるため、ドラナイプレイヤー間では暗黙の了解となっている。


「ありがとうございますっ!それにしても、ミョルニルさんは物知りですねっ!」


 ミョルニル――プレイヤーとしてのトールは特別な訓練を受けているわけではないが、〈仮面の騎士マスクトナイツ〉として活動する中で身についた技術はたくさんある。ナイフの使い方は泰牙たいがに興味本位で教えてもらったもので、もちろん実戦で使用したことなどない。


 ただ、ケーティがあまりに無邪気な瞳で褒めるので、少し照れ臭さを感じたミョルニルは、目線を逸らして「人からの受け売りですよ」と照れ隠しをしてみせた。そんな様子がおかしいのか、ケーティがくすりと笑った。その笑顔がまぶしいので、余計にミョルニルはドキリとしてしまうのだ。


(おかしい……ボクはこんなキャラではなかったはずです!)


 心の中で叫ぶミョルニルであった。


――――


――


 さて、一行は洞窟の最奥部を目指して突き進む。途中でケーティが見落としそうになっていた薬草であったりアイテムであったり危険箇所を逐一指摘していたミョルニルであったが、ついにうかつに手出しできないエリアへとたどり着いてしまう。目的地であるボスの部屋である。ここから先は一切手助けしない約束だ。死なせないつもりではあるけれども、限界ギリギリまで何もしないと決めた。これはケーティの願いでもある。


 洞窟内に突如として広がる開けた空間。巨大な岩壁の亀裂から無数の水晶の結晶体が顔を覗かせている。見れば部屋全体のあちこちに散らばるように似たような裂け目が生じている。水晶でできた鳥かごにとらわれているような錯覚。


「うわああ、すごいっ!綺麗っ!」

「ええ、確かに……綺麗ですね」


 “何度見ても”、とは言えなかった。自分がこのクエストの経験者だとは、なんとなくケーティに知られたくなかった。自分がこの世界で最も早く水晶剣を手に入れ、その情報を世界に流したのだと気付かれたくなかったのだ。知られたところで何ということは無いはずなのだが、イジメに利用されたとあってはどこかばつが悪い。


「ミョルニルさんはここへは来たことあるんですかっ?」

「……あ、あります」


 嘘はつけなかった。


「やっぱりそうでしたかっ!わたしも頑張りますっ!絶対、水晶剣を手に入れて見せますっ!」


 気合を入れるケーティ。ダガーを左腰から抜き、順手で構えた。この構え方ならば素人でも扱いやすいし、対モンスターには有効に働きそうだ。腰を落とし、どこから敵が来てもいいように身構える。


 ところが、いくら待っても敵は現れない。いつ出てきてもいいように緊張状態を持続しているケーティにとって、この何もない時間は苦痛であり、精神をすり減らしていくだけだった。ひんやりと冷たい洞窟の中、額に玉のような汗を浮かべ、敵を待つ。一向に現れない敵の到来を。


(動いてください、ケーティさん)


 ミョルニルは心の中でそう念じた。彼はボスの出現条件を知っている。この場でじっとしていても何も起こらないことを知っている。だが、それを教えるのもルール違反なのではないかと思ったのだ。戦いは、この部屋に入った時からすでに始まっている。


 半泣きになりながら、ケーティがミョルニルの方を見た。しかし彼は首を横に振った。ミョルニルの意思をくみ取ったケーティは、今度は思考を加速させた。


(ミョルニルさんが何もしないのは、この部屋のどこかにボスがいるからに違いない!だとすれば、出現条件が整っていないのかな……?)


 ボスがこの場所に現れないのだとすれば、ミョルニルはきっと速やかに移動を提案するはずだ。そうはせず、アドバイスも無し、という事はボス戦はすでに始まっていることを意味していた。何かが足りない。だから、ボスが出てこないだけ。


「水晶……?」


 ケーティは考える。この部屋には無数の水晶の鉱脈がある。そのどれかに敵は潜んでいるのではないか。敵が水晶剣をドロップするのだから、敵は水晶に関係する何かなのだ……と。


 一度構えを解いたケーティは、改めて部屋を観察することにした。岩肌から覗く六角結晶体。そのどれかがボスの潜む場所だと思われる。ケーティは勇気を出して、鉱脈の一つに近づいてみることにした。一つ一つしらみつぶしに調べていけば、いつかは正解を引けるだろうという予想を立てて。


 そうして壁際に近づいたケーティは、ふと歩みを止めた。


(――嫌な予感がする)


 武器を再び構えなおし、じりじりとゆっくり水晶に近づいてみた。


 刹那、ピシッと音を立てて水晶が割れた。身構えていたおかげでケーティは即座に反応することができた。後方へ跳躍し、距離を取ったのだ。瞬間に水晶の割れ目から液体が噴出。足先に少しだけ液体が触れてしまう。


「!?――なにこれっ!ネバネバする!」


 液体の付着した足を地面につけたとき、張り付くような嫌な感触がして、慌てて足を持ち上げた。すると液体は地面と足の間に糸を引いたではないか。つまり、水晶から発射されたのは高濃度の粘液だったのだ。見たところ色も臭いも無い。おそらく敵を捕縛するための粘体だ。


「来ますよ、ケーティさん!!」


 ミョルニルが声をかけた。という事は、敵出現のための条件はこれにて突破したという事だ。


 部屋全体が唸り声をあげ、振動を始めた。パラパラと岩が天井付近から零れ落ちてきたことで、ケーティは敵の位置を把握する。“水晶の鳥かご”の最頂部、真上の位置に、そいつはいた。体に付着した岩石を身震いして落とすと、今度はケーティめがけて頭上から降りてきた。大きな衝撃が洞窟全体に伝わる。部屋の振動はさらに大きくなったようだ。


 目の前に降りてきたことで敵の様子が良く見えた。岩に似た体、水晶の鉱脈を思わせる透き通った4対の脚。これまた水晶の結晶体のような美しい尾部が、上方へと持ち上げられている。2つの大きな丸い目の横に、小さな目がさらに2つずつ。まるで、巨大なクモの腹にサソリの尾を取り付けたような歪なモンスターだ。


「そうか、ここは……この部屋全体がクモの巣なんだ!わたしを捕らえて食べるための、水晶でできたトラップ……!」


 美しい宝石を前に近寄ってきたプレイヤーを捕らえてしまうという恐るべきクモ。それが、この洞窟の守護獣〈クオツ・アラーニェ〉の正体だった。巨大なあごを備えた顔はおぞましいが、水晶で組み上げたようなボディは見るものを魅了する。


 その姿に気を引き締めなおすケーティとは対照的に、ミョルニルは口をぽかんと開けたまま目を見開いていた。ここにきて初めて表情に浮かべる驚愕の色。


「尻尾……?」


 ミョルニルの見覚えのないものが、そこにあった。水晶のような尾部は、実はミョルニルが戦った時には存在しなかったものだ。彼が挑んだときは、ソロではなく3名のパーティを組んでいた。人数によって現れる姿が違うということだろうか。否、そうではない。後日、アイテムのドロップ条件を調べるためにソロでこのモンスターに挑んだこともあったからだ。その時も変わらぬ姿を現した。では、人数ではなくプレイヤーのレベルによる変化だろうか。


 そうこう考えているうちに、ケーティの戦闘は始まっていた。〈クオツ・アラーニェ〉の口からは先ほどのトラップと同じような粘液が発射されている。この粘液に捕らわれると、ろくに身動きが取れなくなってしまう。盾ならまだしも、武器で弾こうとするのもアウトだ。武器が使い物にならなくなってしまう。なので、きっちり見切ってしっかり避ける他無い。


「はあッ!!」


 ケーティは敵の攻撃をかわしながら、ダガーを敵の体に向かって振るった。しかしよほど強度が高いのだろう、外殻に傷がつく程度で、ダメージを与えられた気がしない。


(やっぱり、柔らかい部分を狙わないとっ!)


 ミョルニルのハンマーであれば、外殻を無視して内部器官まで届くダメージを与えることは可能だったかもしれない。この辺りは相性だろう。小さなダガーしか持たないケーティは、関節部分の柔らかそうなところを狙うことにした。相手の発射する粘液弾をステップでかわし、敵へ肉薄する。が、なかなか良い位置に来てくれない。関節部にクリーンヒットさせるにはタイミングも合わせねばならないのだ。


 敵は至近距離まで接近してきたケーティに対し、今度は掲げた尻部を振り下ろして攻撃してきた。前方へ叩き付けるように振るわれた尻尾を、ケーティはやむなくバックステップで距離をとることで対処した。再び距離が開いてしまい、関節が狙いにくくなる。


「―――!?」


 ミョルニルは、ケーティの戦いを眺めていて、奇妙な違和感に襲われた。〈クオツ・アラーニェ〉の、ケーティに向かって突進する動き、脚を使って攻撃をする動作、そして尻尾を振り下ろす挙動一つ一つに既視感デジャヴを覚えるのだ。それは、自分もかつて〈クオツ・アラーニェ〉と戦ったことがあるから、ではない。もっと最近。ここ数か月の記憶の中が引っ張り出されるような感覚だ。


「なんだこれはなんだこれはなんだこれは……!?一体、何が……」

「はああああ!!」


 困惑するミョルニルを他所に、もう一度敵へ接近したケーティ。彼女に襲い掛かるのは、やはり水晶の尾。ケーティはわずかに反応が遅れ、攻撃をダガーで防ごうととっさに腕を前に出す。が、激しい衝撃とともに、後方へと大きく吹っ飛ばされてしまった。岩壁に激突したケーティは、肺の中の空気をすべて吐き出してしまう。呼吸が、できない。


「ガ……ッ!ハッ――」


      『きゃあっ!!』

   『――奥菜先輩!』

     ――ガシャン!!

     『てんめェ!!よくも先輩を!』

  『……これは、ボクもグラウンドに降りた方がよさそうですね』


「――!?」


 突如、ミョルニルの脳内をとあるビジョンが駆け巡った。


「何だっていうんですか……!」


 ミョルニルは混乱していた。訳の分からない焦りが心を支配する。何かがおかしい、でも、何なのかがわからない。


「いや、あああああッ!?」


 ミョルニルの思考は、ケーティの叫び声によって一度中断される。そのおかげで混乱からは強制的に立ち直ることになるのだが、彼女の状況が芳しくなかった。敵に弾き飛ばされて壁面に衝突した際、水晶の粘液トラップに引っかかり、左足が捕らわれてしまったのだ。粘液まみれの足は地面にへばりつき、持ち上げようと踏ん張ってみても、強く糸を引いて中々剥がれない。


「くそっ!くそおっ!」

「ケーティさん!!前!!」


 彼女の眼前には――大アゴを大きく開いて迫る〈クオツ・アラーニェ〉の姿があった。



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