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極秘戦隊マスクトナイツ  作者: 筆折作家No.8
第二章 コイノハナシ
39/44

第十二話 「ケーティの冒険」 その②

「なんか、あの子、可愛かったね」


 ぽつりと、あさみが呟いた。


 〈仮面の騎士マスクトナイツ〉の面々は、トールの部屋でくつろいでいた。時はドラグナイト・オンラインからログアウトして、昼食を済ませた昼下がり。奥菜が何か作ろうとしたが、あいにく食材があまりなく、出前のピザを頬張ったところであった。


 その間、もちろんドラグナイト・オンラインの話題で持ちきりだ。しかし一番目を輝かせていたのは他でもなく、あさみだった。彼女は興奮冷めやらぬ様子で、昼食の後も再ログインすると意気込んでいたのだ。それはケーティのドラゴンに触れたことにも起因する。騎竜の肌の質感、あの温もりが心をつかんで離さないのだ。


「“あの子”っていうのは、ドラゴンの方か?プレイヤーの方か?」


 深矩があさみに尋ねる。


「私はドラゴンのつもりで言ったのだけど、あの女の子も可愛かったね。ああいう子でもドラナイをするんだって思った」


 その一言に、今度はトールが釘をさす。


「キャラクターが女性だからと言って、中身も女性とは限りませんけどねー」

「……まあ、そうだけど」

「なんてね。大体のプレイヤーは性別一致でやってますから」


 オンラインゲーム内で性別を偽る行為、いわゆる“ネカマ”と呼ばれる行動は、フルダイブ型のオンラインゲームだと少し難しい。どうしても男性的言動がそこかしこに現れてしまうのだ。トールは以前、ネカマ行為をする人物とも交流があり、その人物はトランスジェンダー、つまり体は男性でも心は女性というタイプだった。これにはさすがのトールも見破れなかったが、大抵のネカマは見抜かれてしまうはずだ。


「実はボクもケーティさんのことが少し気になってまして」

「おおっ、トールにも恋の季節がっ!?」


 奥菜が食いついた。髪の色と同じように脳内もピンク色の彼女は、色恋沙汰が好きなのだ。しかし、トールは肩をすくめてかぶりを振った。


「そういう意味ではないですよ。大体、アバターとプレイヤーは見た目も全然違うじゃないですか。そうではなくて、なぜ彼女は一人であの館にいたのかと気になったんです。――折り合いが悪いにしろ、パーティメンバーがいないのは変ですし」


 領主の館で受けられるクエストは、初心者用のチュートリアルクエストと、高難易度クエストくらいだ。大抵の駆け出し~中堅向きのクエストはギルドの集会所で受注する。それに中級者くらいになると別の街に移っていくのが普通だ。何かの納品でもなければ館を訪れることは少ない。


「何か、嫌な予感がするんですよね」

「気になるなら、この後ログインした時に、みんなで一緒に様子見に行ってみようか」


 深矩の提案に数秒考え込むトール。その微妙な間を感じて、深矩が再び声をかけようとすると、トールは手でそれを制止して、すぐに自分の考えを述べ始めた。


「皆さんは予定通りチュートリアル進めちゃってください。やっぱりボクは気になるので、あの子の動向を探ってみます」


 いつもの軽妙な笑顔でそう話すトール。その表情に少し影を感じた深矩は、わずかな不安を覚えながらもトールの言うとおりにしようと決めた。


 話し合いの結果、トールは先にログインし、深矩たちはもう少し休憩してからログインする、という事に決まった。トールは自室の筐体へ飛び込むと、すぐにオンラインゲームの世界へと旅立って行った。


「……なんか、トールが不安げなのって珍しいね」

「奥菜もそう思うか?」

「いつも飄々としてるからねー、さっきも感情を隠そうとしているみたいではあったけどっ」


 感情を隠す、その一言にあさみがピクリと反応する。幸いにも一番目ざとい人間は筐体の中なので気づかれなかったが、あさみには思い当たる節があったのだ。


 あのケーティという少女は、昔の弱かった自分と少し似ていると。



 ◇ ◇ ◇



「タング、匂いで追えますか」

「ぎゃうっ!」


 トールからミョルニルへと戻り、早速ケーティの追跡を開始した。向かった方角さえ把握できれば、状況を推測することはできる。きっと一度くらいは休息を挟んでいるだろうから――排せつのためにログアウトしなければならない――、そう遠くへは行っていないはずだ。


 騎竜のタングは、すんすんと鼻を動かして匂いをかぐ。一部の騎竜は遭遇したモンスターやプレイヤーなどの臭いを辿ることができる。この能力はクエストの成否を左右することもあるので重要だ。


「なるほど、北、ですか」


 タングの挙動からそう判断したミョルニルは、騎乗し、北へと駆り出した。まだケーティの足取りが掴めたわけではないものの、北に移動しながら考えることにしたのだ。


 領主の館に寄ることが必須で、北へ向かうという事はまず禁足地関連だろう。カッセロールの街の北部には、瘴気が溜まっている場所があり、周辺にあるいくつかの“足を踏み入れてはならない場所”、すなわち禁足地が点在している。そのうち数個は本当に入ってはいけないヤバい場所だ。


「彼女のレベルで立ち寄れる場所……いや、ちがうな。きっと分不相応な場所に行かされて・・・・・いるんだ」


 おそらくはあのパーティメンバーたちに、だ。ミョルニルは必死に思考を働かせる。普段は観察するだけで推察は他人任せの彼だが、今回ばかりは本気だ。


「水晶剣……か?」


 北の洞窟にある水晶剣。あれは数ある高難度クエストの中でも群を抜いて厳しい条件設定がなされている。まず、レベル上げをして挑もうとすると、敵のレベルも上がってしまう。もちろん上限はあるが、あまり余裕を見せすぎると今度はアイテムをドロップしない。水晶剣は、敵モンスターが互角に渡り合う相手に対して“創り出す”武器なのだ。


 駆け出しのパーティでも、その噂くらいは耳にしたことがあるだろう。ハイランクプレイヤーには手に入れられない剣、その剣はとても美しく、売却時の値段は100万ドランに届く勢いである、と。


 情報を流したのは、ミョルニルだ。オープンβベータテスト時代に洞窟を発見したミョルニルは、単身守護獣に挑んでいった。結局、その時は勝利できなかったが、正式サービス後にリベンジを果たし、水晶剣をゲーム内で真っ先に手に入れたのだ。


「それがこんなことに繋がってくるとは」


 洞窟に近づくにつれ、タングの臭いに対する反応が激しくなる。最早確信に変わっていた。パーティメンバー達は、ケーティをダシに水晶剣を手に入れる、あるいは死亡するところを楽しみにしているのだ。でなければこんなところに行かせたりはしない。


「絶対、そんなことはさせません……させないからな」


 今、ミョルニルの浮かべている表情は、憤怒の表情だ。体中を焼くような怒りの感情だ。熱が、背中を、肩を、首を、腕を這いまわっている。ケーティを陥れようとしている奴らだけでなく、この世の理不尽全てにに対する怒りだった。


 タングは主人の姿を心配そうに見る。飛行しながら背中をとても気にしている。「がう」と一声鳴いたところでミョルニルが正気を取り戻した。


「心配かけてごめん、タング。少し昔を思い出したのです」


 ミョルニルはタングに優しく声をかけると、まっすぐ前を向いてケーティの姿を探し始めた。


――――


――


 果たして、彼女はそこにいた。北の洞窟の手前、一層背の高い草むらの中で、彼女は犬のような動物の群れに襲われていた。


 犬とは言えど、サイズは飼い猫程度の小さなものだ。一体一体の戦闘力は大したことは無く、ケーティたちが大苦戦していた〈ディアウォルフ〉と比べるとはるかに弱い。しかし、この犬たちの厄介なところは、その尋常ではない数の群れだ。〈ディアウォルフ〉のようにリーダーを中心とする取り巻き集団ではなく、全体にして個、軍隊のごとき群体、それが〈レギオンカニス〉という魔獣なのだ。


「はな、れろォオオ!!」


 ケーティは愛用のナガーナイフを逆手に振るい、纏わりつく〈レギオンカニス〉を一体一体払っていた。ダガーを持つ腕が振られるたびに敵は大きく距離を取り、隙を見て再び襲い掛かってくる。上空から見ていたミョルニルにとって、それは敵に追われるイワシの群れの動きを逆再生しているように見えた。それほどの大群に囲まれては為す術もない。


「“怒槌マグニ”!!」


 上空から一筋の雷の矢となって地上に降りたミョルニルは、激しくスパークするハンマーをハンマー投げの選手の投擲動作のように回転させた。回るたびに速力が上がり、電気が大気中に通り道を形成してより放電しやすくなっていく。やがてサークル状に展開された電流の帯が、影の形を変えるほどに激しく発光し始めた。群体である〈レギオンカニス〉は、一体が恐れをなして逃げ出したのを皮切りに、その場を一斉に離れていった。


「……ふう、見せかけだけの技でしたが、敵を追い払うのにはもってこいですね」


 そう、今のは見かけ倒しの技なのだ。もちろん帯電サークルに近づけば命はないが、近づかなければどうということは無いからだ。


「また助けられちゃいましたね……ありがとうございます」


 ケーティがぺこりと頭を下げた。


「全く、何だってこんなところにいるんです。何か嫌な予感がして追いかけてきたから良いものの、これでは命がいくつあっても足りませんよ」

「それは、その、水晶剣が欲しくて」

「――水晶剣が欲しいのは、ケーティさんの意思ですか?それとも、お仲間さんの命令ですか」


 ケーティはその質問に一瞬目を伏せる。けれどもそれは後ろめたさからではなく、自分の覚悟を再確認するための間だった。すぐにミョルニルを見つめ返し、はっきりと答える。


「両方です」

「両方、ですか」

「確かにはじめは、彼らが言い出した無理難題でした。でも、これを乗り越えたとき、わたしは強くなれるんじゃないかと思ったんです。弱い自分を克服できるって」


 北の洞窟=試練の風穴は、その名の通り試練をこなす場所。そして、試練とは乗り越えられる壁のことだ。ケーティは、この洞窟に挑戦することで生まれ変わろうとしている。


「実は、あの人たちはわたしの同級生なんです。同じ中学校で、転校してから一番先に話しかけてくれたのが彼らでした」

「でも、彼らのケーティさんに対する扱いはかなり酷かったように思いましたが」


 ケーティは首肯する。


「わたしは自分の“色”についてからかわれることが多くて。教室でもさっきみたいにいじられて、掃除を一人でさせられたり……」

「色でからかわれるということは、あなたもカラーズなのですね?」


 ケーティは首を縦に振った。


 他の地域の人とは違う色素を持ち、髪の色や瞳の色に変異が見られる“カラーズ”と呼ばれる人々がいる。それは竜都出身者に多く、かつての生態実験の名残ではないかとも噂されている。自身の鮮やかな色彩を誇りに思う人も多いのだが、一歩竜都を離れてしまえばそれは差別の対象にもなりうる。


「“も”ってことは、ミョルニルさんも?」


 ミョルニルは自分の不用意な発言に「しまった」と、心の中で苦笑いした。自分の身元に関わる情報は極力出さないようにしていたのだ。とはいえ先ほどケーティにカラーズなのかどうかと聞いてしまった手前、自分だけ隠匿しておくのも変だ。すぐさま肯定の返事をした。


「なんだか、うれしいですっ!同じカラーズの人だったなんてっ!竜都にいるときは周りみんながそうだったんですけど、引っ越してからはみんなが敵みたいに見えちゃって」

「そ、そうなんですか」


 同類だと知ってから、ケーティは饒舌だった。よほど嬉しかったらしく、個人情報に繋がることも平気で口に出している。ミョルニルはそれについて指摘するべきかどうか判断に迷った。そうしている間に、ケーティの方から質問が飛んでくる。


「あの、ミョルニルさんはどうしてわたしを助けてくれるのですかっ?」

「それは――」


 ミョルニルは悩んだ。先ほどとは比較にならないほど悩んだ。どうしてケーティを助けたのか、理由はある。あるにはあるが、それを今、口にするのははばかられた。自分の過去に関わる重要なことだったからだ。


 なので、ミョルニルは問いに対する返答を、冗談で返すことにした。


「それは、ケーティさんがとってもキュートだからですよ」

「――えっ……ええええっ!?そんなっ……いや、そのッ」


 ミョルニルにとって今のは正直ドン引きされても仕方ないな……程度の台詞だったのだが、ケーティは顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振った。言葉もしどろもどろでうまく発せていない。何かを言いかけては空気を飲み込むように口をパクパクさせるだけで、すぐにうつむいて頬の赤みを増していく。思いがけない反応に、ミョルニルは逆に対処に困ってしまう。


「あーーーー……えっと、じょうだん、なんですけどね」

「え?」

「冗談です」

「そうですか……」

「……」

「……」


 訪れた沈黙。自らの発言が招いた重苦しい雰囲気に、押しつぶされそうになるミョルニル。


「――ぷっ!あははは!」


 その空気を破ったのはケーティの笑い声だった。何かがツボに入ったのか、それとも自分が本気と捉えてしまったのがおかしかったのか、あるいは沈黙が面白かったのか。その屈託のない笑顔に、ミョルニルもつられて笑顔になった。


「はぁ……びっくりしましたよっ!わたしったらてっきり本気なんじゃないかと」

「いえ、勘違いさせるようなことを言ってすみません。――あなたを助けた理由は、あるにはあるのですが、プライベートなことなので言いにくかったのです」


 それを聞いたケーティが申し訳なさそうに、ぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさいっ!軽々しく聞いてしまって」

「何も謝るようなことはしてませんよ、ボク個人の問題なんて、ケーティさんが知る由もありませんから。それより、これからどうするつもりですか?」


 ミョルニルは尋ねる。目下最大の問題は、洞窟に入るべきか否かなのだ。ミョルニルは、何とかして引き止めたいと思っている。危険だからだ。対するケーティは、実にあっけらかんとした様子で言う。


「わたしはこのまま先を急ぎます。みんなを待たせてますからっ」


 どうやら、洞窟へ入るつもりらしい。しかしながら手前の平原ですらあの有様だったのだから、洞窟内で命を危険にさらしてしまうのは明確だ。ミョルニルは先輩プレイヤーとして、何としても止めなくてはならない。


「わたしは、この世界に来れてよかったと思っています。少しずつ、本当に少しずつですけど自分が強くなっていくように思えるんです。だから、このクエストをクリアすることは、弱い自分にけじめをつけるために必須なんですっ!剣を手に入れて、みんなを認めさせる。それができなくとも、ここで逃げてしまえばわたしは自分自身をもう認められなくなるんです」


 本来ならば、ケーティが逃げずに立ち向かうべき相手は洞窟内の守護獣などではなく、クラスメイト達であろう。彼女はそれを水晶剣クエストへと矛先を変えてしまっている。その時点で自己矛盾なのだが、確かに良いきっかけになるのかもしれない。


 フルダイブ型RPGはその性質上、ゲーム内で錬度が上がっていくほど、現実での動体視力や反応速度も上昇していく。肉体の錬度は変わらなくとも、ある意味で“戦い慣れていく”からだ。それは上手くすれば精神的な強さにもなるのではかろうか。自分に対する自信に繋がっていくことができれば、それは良い事である。


 そこまで考えて、ミョルニルはようやく今やるべきことに思い当たった。


「わかりました。それがあなたの為になるのならば、行きなさい。ただし、ボクも付いていきます」

「それは――それじゃ、意味が……」

「わかっていますよ。だから、見守るだけです。あるいは簡単なアドバイスもすると思います。でも、手は出しません、絶対に。そして、絶対に死なせません。いざというときはあなたを抱えて外に出るつもりです」


 ここで命尽きてしまっても、もう一度キャラクターを作り直すことはできる。でも、それこそ意味がない。一度死んでしまえば、きっとケーティの心は折れてしまうだろうから。それに、騎竜ジオとの絆は永久に断ち切られてしまう。よりどころの少ないケーティにとって、一つの喪失が持つ重みは、大きい。


 命さえあるならば、もう一度挑戦できる。何度でも、失敗したらやり直せばいいのだ。そのためには、ケーティ一人で中へ入らせるわけにはいかない。


「ボクが、あなたを守ります」



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