第六話 「戦う意思」 その④
枯れ葉舞う雑木林の中、彼は舞う。一体のデオキメラと戦う少年の鮮やかな立ち回りは見る者を魅了する。仲間であるトールも、そのしなやかで力強い演武に見とれ、手出しを一切せずに佇んでいた。まるで一枚の絵を眺めているかのよう。
≪デオキメラ≫の丸いシルエットが解ける。その体は多数の甲板が縦に連なり構成されていた。甲板の一枚一枚は重なり合うようになっていて、関節部分を覆い隠している。体を丸めるときれいに隙間が埋まり、ボールのように完全な球体となるのだ。前方には複眼の備わった小さな頭部。分かりづらいが小さな触覚もある。先ほどまでボールの内側面に収納されていた腹部には、無数の脚が並んでいる。
わかりやすいたとえで言うならば、それは超巨大なダンゴムシであった。しかし腕の長さがダンゴムシのそれよりも体に対する比率が長い。ワラジムシとの合の子のようなスタイルだ。
防御の姿勢から攻撃へと転じたダンゴムシは、無数の長腕を使っていさみを責め立てる。
いさみは、その怒涛のラッシュをすべてミリ単位の正確さで避けて見せた。特に上半身への攻撃に対するキレが異常なまでに良い。刺突のために延ばされた腕の動きを完全に見切り、相手を見据えたまま首の角度だけのワンモーションで対処しているのだ。
「―――シッ」
いさみは短く息を吐くと、手にした大鎌を逆袈裟に振るい、怪物の腕を数本切断する。恐ろしく鮮やかな切断面からは、しばらく血の一滴さえ出なかった。時間差で赤い血液が滲み出し、やがて甲殻の隙間を伝うように流れ出て枯葉の絨毯を染め始めた。
「ぢいいいいいいいいいいいッ!!」
「うるせぇよ、虫野郎。」
いさみは大鎌として展開していた武器の、刃の部分を格納する。先端の膨らんだ打撃武器・メイスのような状態になったそれを右手で構え、上半身の捻りと下半身の筋肉のバネを使って捩り込むように敵の腹部を突いた。メイス本来の曲線的な動きではなく、まっすぐ急所を狙って。まるでボクサーがストレートに打ち込むのを、武器を持って体現したようなものだった。
巨大なダンゴムシの化け物は、血液や黄色がかった透明な体液を振りまきながら、地面を擦るようにして大きく吹き飛ばされる。巨体の急な制動により、周りの落ち葉が巻き上げられ、ヒラヒラと舞い上がった。
いさみとの距離が大きく離れると、怪物は体を丸め、ボールのように転がって突撃を繰り返しはじめる。
こうなるといさみには辛い。甲殻は隙間がなく、得意の大鎌では文字通り歯が立たない。メイスモードの打撃力で内部に響くようなダメージを狙うほかないのだ。しかも敵が回転力を伴って突進してくるので、メイスによる打撃も受け流されてしまう。怪物にとっての攻防一体の型なのだ。
「あさみはあの状況、どう対処する?」
遠く離れた場所でいさみの激闘を観戦している深矩は、傍に腰かけるあさみに問う。あさみは二杯目の茶を紙コップに注ぎながら、口をもごもごと動かしていた。お菓子をほおばっているのだ。
「んぐ。……私には対応できないかな。腹部が露出していればさっきのいさみみたいに脚を切り飛ばすこともできるのだろうけど、生身であのラッシュに立ち向かうのは自殺するのと同じだね。」
「やっぱりそうか。奥菜はどう思う?」
「わたしだったら、そうだなぁ、やっぱり火球で焼いてみるかな。甲殻を打ち抜くことは難しいだろうけど、熱で脆くなったところにピッケルを叩き込めばやっつけられるかもっ!」
重火器と近接武器を両方扱える奥菜は、この手の敵とは戦いやすいようである。逆に苦手なのは小さくてすばしっこいもの。いつか深矩に助けられた恐竜戦は、まさにその典型であったのだ。
「……ちょっと待って。津野くん、いつから奥菜先輩のこと呼び捨てにするようになったの?」
いまの何気ないやり取りの中に、違和感を感じたあさみはいぶかしげに深矩へと質問を返す。
「ん?何か変だったかな。」
「変。先輩はこう見えても年上だし、まだそこまで仲良くなるようなイベントもなかったでしょ?」
先輩に対して“こう見えて”という台詞もずいぶん失礼なのだが、当の奥菜はあまり気にしていない様子でポニーテールをひょこひょこと揺らしている。大人の女性の象徴である膨らみがなければ本当に子供に見えるだろう。
「最近よく夜に電話してるからかな。」
「そうなの?」
あさみは深矩が≪仮面の騎士≫入りしてからも、勝手な行動をしないように監視を続けている。しかし、それは深矩が帰宅するまでの話で、夜の行動までは一介の女子高生には把握不可能だった。二人が仲良くなっていることに気づかないのも無理はないのである。
「あさみん、ひょっとして嫉妬してる?」
「してない。なんでそういう話になるかな……。でも、何を話してるのかは気になる。」
「やっぱり深矩には助けられたお礼も言いたかったのが一番だよねっ。」
「あと学校の話とかいろいろと教えてもらったりな。」
転校生の深矩にとって、奥菜は貴重な情報源だった。
学校襲撃事件以降、授業へ出席する生徒の数そのものが少なくなり、なんとなく教室の中も気まずい雰囲気に包まれている。最初に深矩が仲良くなりかけた三人のうち、二人はいまだ行方不明であり、一人は登校を拒否するほど精神状態が危うくなっていた。
事件の真相もわからず、恐怖だけが刻まれたクラスの中で、深矩に話しかけてくるものはいなくなってしまったのだ。唯一関わりの深いあさみも、学校内では我関せずを貫いていた。
「本当はそういうのってあさみんの役目なんだからねっ!ま、お姉さんは頼られてうれしいんだけどっ。」
自信満々に胸を張るが、全くお姉さんには見えないのが残念である。
「それに、学校以外のところではあさみんが深矩を独占してるから、話すタイミングがなかなかなくてねー。」
「べ、べつに独占している訳じゃない!私はただ、その、見張ってるだけ。」
あさみは珍しく感情を露にして反論した。それは僅かに眉の角度が増し、頬を軽く染めた程度であったが、深矩にはとてもまぶしく映る。普段心を開いてくれないあさみの、時折見せるこういった表情が深矩は好きなのだ。それは恋愛感情ではなく、純粋に素敵だと思うからだ。仲間内にしか見せない彼女の心の裏側をいつか自分も引き出してみたい、もっと信頼されたいと、ここ最近の深矩は考えている。
「見張っているだけっていうけど、母さんの件とか、いろいろと手伝ってくれてるよな。あさみには感謝してもしきれないよ。」
「……別に感謝をされるいわれはない。当たり前のことをしているだけ。」
返事をしてから「あれ?そう言う話だったっけ?」と首をかしげるあさみ。少し考えて、体よく話題をそらされたのだと気付き、まあいいかとスルーすることに決めた。
「深矩のお母さん、まだ良くならないんだよねっ?」
「ああ。意識が全く戻らないんだ。外傷はまったくないのに。」
「そのあたりが少し気になってたんだけど、理解の範疇を超えてるんだよねっ。外傷なし、疾患なしで意識だけ失うなんてことあるのかなっ?」
「それ私も不思議に思ってる。学校の事件の被害者も外傷は無かったという話だから、関連があるのかも。」
どうやらケガを負った生徒たちに関する一連の出来事は≪仮面の騎士≫にも予想外のことだったらしい。内藤が独自に動いている可能性もなくはないが、それならば隠し立てする必要もないだろう。深矩の母親の状況も考慮に入れれば、おのずと線が一本に繋がっていく。
「やっぱり、ミッドガルデが何か企んでいるんだろうな。」
竜都を牛耳る巨大企業・ミッドガルデ。事件の裏側に彼らの存在があるとすれば、ある程度の真相は想像がつく。きっと、死傷者が出ることで自分たちに捜査の目が行くのを恐れているのだ。
「あの≪デオキメラ≫っていうのはミッドガルデの作った生物兵器なんだっけ。」
「そうね。内藤の話を全部信じれば、だけど。」
「でもそうとしか考えられないよね。わたしたちの街をおもちゃにして、許せないっ!」
内藤の話によると、あの怪物たちはミッドガルデの兵器開発部門が作り出したバイオウェポンの一種で、今行われているのは運用実験の可能性が高いという。もしそれが真実であれば、≪仮面の騎士≫の存在すら利用されている事になるだろう。どこかから監視されているとしたら気味が悪い。
もしくは、社会負荷実験。怪物の存在をを小出しにすることで、社会的にどんな影響があるか調べている可能性もある。そうであっても≪騎士≫の存在が重要になってくるため、利用されていると考えた方が理屈に合っている。ともすれば、深矩が介入してきた時点で社会に影響が出始めたと判断されているのかもしれない。どちらにせよ、不気味だ。
「だから内藤のことを黒幕に近い存在だと、トールは言ったんだな。」
「内藤さんのことを?あの人いい人じゃないのっ!?」
「奥菜先輩、人に騙されるタイプだね。」
指摘された奥菜はムッとしたのか、口を少しとがらせる。すかさず深矩が後ろに立って奥菜の髪をわしゃわしゃと撫でると、
「えへへー」
と、すぐにご機嫌な様子へと変わった。
((子供か!))
深矩とあさみの心が初めてシンクロした瞬間であった。
「内藤が悪い奴にしろ良い奴にしろ、私たちもこの状況を最大限に利用する。そしていつかは悪意をすべてうち滅ぼす、それだけのことだよ。」
あさみの力強い言葉に、深矩と奥菜の両名が頷いた。結局、何を疑うにしてもやることは同じだ。三人は決意を新たに、茶菓子を頬張るのだった。
さて、戦闘の方は相変わらず続いているが、いさみもそろそろ我慢の限界のようだった。突進をかわし、隙を見てメイスで攻撃する。これを単調に繰り返すだけ。その作業のような戦闘行為に飽きてしまったのだ。
「トール!!オレもう飽きたからあと頼む!!」
「了解です、いさみさん。」
バトンタッチをしたトールは棒状の装置、≪イド・ウェポン≫を手に相手を待ち構える。彼の心象武器はハンマーの形を取るが、いさみのメイスとは違いあまりに大きいため立ち回りが制限されてしまう。そのためなるべく打撃の瞬間にハンマーを顕現させる戦法を編み出したのだ。ただ、これは絶賛練習中。体内にナノマシンを持つ竜都市民とはいえ、武器の形成にはイメージ力が必要。よっぽど集中できている状態でないと、武器の展開に時間がかかってしまうためだ。
「≪デオキメラ≫さん、ちょっと特訓にお付き合いくださいね!」
回転しながら突撃してくる巨大なボールを、具現化したハンマーで殴打する。回転力に引きずられてインパクトが逸らされ、かつ腕を取られかけるが武器を即座に解除して回避行動へと移る。先ほどまでのいさみと似たような戦術だが、一撃一撃の重みが違った。ボールの形が徐々に歪み始め、突進にキレがなくなってくるのが目に見えてわかる。
殴打のモーションに入った瞬間に武器の展開を終えるような絶妙なタイミング。振りかぶるまではただの棒、スウィングからは遠心力の助けも借りた重い一撃。理想的な≪イド・ウェポン≫の使い方である。
「ん、ちょっとタイミングがずれましたね。」
「ぢいいいいいっ!!」
イメージのタイミングが遅かったのか、武器を振った時の重さが足りず、打撃の瞬間に重さがふっと抜けてしまうような感覚に見舞われた。これは敵との位置関係も大いに関係してくるためで、敵の突進の勢いが削がれた結果起きたことでもある。
慎重に相手の動きを見極め、ハンマーを振るうトールの様子を、いさみ含め≪騎士≫の全員が感嘆の思いで見ていた。あそこまで理想的な武器の使い方ができるのは、今のところ彼しかいない。学ぶべきところがあると、いさみは心のメモに書き留める。本人にいうと図に乗るので決して言わないが、メンバーの中でも、戦闘力・人格含め一番信頼に厚い男なのだ。
「怒槌のミョルニルと恐れられたボクのハンマー裁きを、とくとご覧あれ!」
そんなメンバーにも初耳のことを叫びながら、天高く跳躍したトールは、そのまま空中にてハンマーを展開、落下の勢いに任せて巨大ダンゴムシに迫る。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
トールの落下地点と、ダンゴムシの位置がぴたりと重なる。流石、驚異の観察眼を持つ男。何かが砕ける音と、肉がつぶれるような音、そして周囲一帯に響く地鳴りが攻撃のすさまじさを物語る。ダンゴムシは直上からの衝撃に押しつぶされ、回転の勢いを止めると共に、完全に沈黙した。
◇ ◇ ◇
「俺もあんな風に戦えたらなぁ」
帰り道、深矩とあさみは自宅への道を歩いている。リニアの改札はとうに過ぎ、本屋の角を曲がったところである。あとは入り組んだ坂道を登っていくだけで家に着く、そんなタイミングでの唐突な発言だった。
「どうしたの、突然。」
「いさみもトールも格好良くてさ。それに対して俺は何にもできないから。」
「何かしようとする必要もないんじゃない?そもそも能力不足なのは津野くん本人が良く分かってるでしょう。」
「だからこそだろ。」
ここが、あさみと深矩の考え方の差なのかもしれない。深矩は何も能力がない中で、それでも自分のできることを見つけたいタイプ。対するあさみは能力が無いのだから、無茶をするのは良くないという考え方だ。
しかし、あさみのそれは決してあきらめるという意味ではないのだ。
「津野くん、ひょっとして今の状態のまま何かできるとか思ってないよね?」
「どういう意味だよ。」
少し先を行くあさみが立ち止まり、振り返って深矩を見る。夕日を背に受け、キラキラと輝いて見える。そしてその美しい瞳に明確な意思の光を宿らせて、深矩に告げる。
「能力がなければ、能力を得ればいいじゃない。」
これが、あさみの考え方だ。
「能力が無いままあがいたって無駄。だからこそ、人間はチカラを得ようと必死になるわけだけど、津野くんの場合は順序が逆なんだよ。無力のまま、もがいている感じがする。
まずは基礎を積み上げること、そして何かしらの能力を得る。そうして初めてできることが増えていくの。体術も、指揮能力も中途半端な今の津野くんに何もできないのは当たり前だよ。」
深矩は心を突き刺されるような、抉られるような感覚を味わう。なぜなら、正しいからだ。あさみの言うことは至極真っ当、正論だ。正論を真正面からぶつけられるからこそ苦しい。だって彼には一言も反論できないのだから。
「どうしたら……どうしたらいい?俺はどうやって……。」
深矩の弱音に、あさみは何も慰めたりはしない。ただその時に一番効率の良いと思われることを選択していくのみだ。
「津野くん。明日の放課後、時間あるよね。」
軽くため息をついた後、あさみは深矩に尋ねた。深矩には突然のことで、何を意図しているのかわからないまま、慌てて肯定する。
するとあさみは、少しだけ、ほんの少しだけ口元に笑みを見せながら言うのだ。
「明日の放課後、屋上に来て。私が、あなたの先生になってあげる。」




