第六話 「戦う意思」 その③
「おい深矩!オレたちがやる。お前は下がってろ!」
「……ああ。」
よく晴れたある日の夕方。竜都北部の雑木林に彼らはいた。
クヌギやコナラといった広葉樹の落ち葉でできた絨毯は、冬本番の乾いた風を受けてかさかさと鳴る。そのさざ波のような小さな音が林全体に連なり、大きなうねりとなって響いている。
斜めに差し込む赤い光が青の戦士を鮮やかに照らし出し、長い影が尾を引いていた。丸くて巨大な怪物が少年に突進すると、それを華麗にステップでかわす。右へ、左へと揺れるシルエットは、とても美しい。
「こうなると、暇だね。」
「そうだな。」
「ちょっと、座ろうか。」
あさみは深矩に声をかけると、近くで横倒しになっている倒木の上へ腰かけた。右側に少しずれて座り、深矩をあいているスペースへと誘う。彼は言われるがままに腰を下ろした。
「なんか想像してたのと違うな。」
深矩は嘆息する。≪仮面の騎士≫に加わって半月、何も仕事が回ってこなかったのだ。深矩に与えられたミッションは思考誘導波に破れがないかの確認と、そうであった時の人払い。
また最初の2回の功績から、戦場を観察して相手の弱点を探るということも認められているが、残念ながらそれが必要になるような苦戦はまだ訪れていない。もっとも、苦戦しないことが残念だというのはおかしな話なのだが。
「街中で戦うほうが珍しいからね。大抵はこういう人気のないところか、もしくは夜の倉庫街が多いね。」
「じゃあ俺必要ないじゃん。」
「そうだよ。」
フォローとかないのか、と深矩が半目で訴える。一方常に半目のあさみは知らん顔である。
「開けた場所だとこそまで苦戦することはないし。」
「学校の怪物はかなり苦戦していたみたいだけど?」
「アレはこちらが後手後手だったのと、強さが異常だったから。あ、お茶飲む?」
二人はまるで遠足にでも来ているような気楽さで、いさみの戦いを眺めている。そこに緊張感など微塵もない。人里離れた場所ではこうも感覚が違う。犠牲者はゼロ。今後人を巻き込む危険性もほとんどないからだ。故に速やかに事を終わらせなくとも良い。まるでハンティングゲームをするかのような気楽さで、≪デオキメラ≫との戦いに臨んでいた。
「あー、わたしもお茶飲みたいっ!冷たいやつっ!」
二人が和んでいる様子を見て、ピンクのアーマーの奥菜が変身を解除しながら歩いてきた。
「暖かいのしかないよ、先輩。」
「ぢゃあそれでっ」
それぞれの紙コップに注がれた緑茶から、白く蒸気が立ち上る。3人はそれにほぼ同じタイミングで口をつけ、ほぼ同じタイミングで「はあ」っと一息。とても落ち着いた様子だが、深矩一人だけが落ち着きでなく嘆きのため息であった。
「いやあ、まさか武器にすら適正ゼロだとは思わなかったよ。」
「体の中のナノマシンがないからね。使えたとしても不安定だと思うよ。」
「今からナノマシン入れてもダメなのか?」
「どうだろう、馴染まないんじゃないかな。」
深矩は身振りで奥菜を近くに呼ぶと、彼女の持っていた棒状の機械を受け取る。ぐっと握りしめ、目を閉じて何かを念じてみるが、わずかに光の粒子がにじみ出ただけで何も変化がない。思わず力みすぎて手がプルプルと震える。それでもうんともすんとも言わないのだ。物は試しであさみの物も借りてみるが結果は同様。
「やっぱダメか!くそっ!」
悔しそうに歯噛みする深矩の様子を見た奥菜は、にっこり微笑みながらこう言った。
「まあ、深矩の出番は当分の間なさそうだねっ!」
「痛っ!痛っ!」
奥菜はニコニコ笑いながら深矩の背中を数回たたいた。励まそうとしたその手の動きは深矩にとっては思いのほか痛かったようで、椅子代わりの倒木から腰を浮かせて背中をのけぞらせている。
不格好にその場を跳び退きながら振り返り、奥菜を軽くにらみつけているが大きな瞳孔と童顔のせいであまり怖くはない。奥菜も笑みを崩さず、舌を出してとぼけていた。
「ちょっと、奥菜先輩。」
「んー?何?」
「いつから津野くんのことを名前で呼ぶようになったの。」
「え~?あさみん、ひょっとしてヤキモチ??」
「妬いてないし興味もないしどうでもいいし。」
「そこまで言わなくても……」
うなだれる深矩。そもそも、なぜ深矩がこのようなポジションに落ち着いたのかというと、話は半月前の裏通り恐竜事件の日までさかのぼる。
◇ ◇ ◇
「では、深矩君もメンバーに加入ということですネ。いいですヨ。」
「――はい?」
「――なにか?」
遅れて事務所に現れた白衣の男・内藤 霧斗は、眼鏡をくいっと上げながら、実にあっさりと深矩の加入を認めた。その飄々(ひょうひょう)とした態度に、一同唖然。何も言葉が出ないようで、何人かは口をぱくぱくとさせている。まさかこんなにも易々とゴーサインを出すとは誰も思っていなかったのである。
「すでに二度も戦闘現場を目撃されているわけですし。うち一回はレッドさんの手引きなんでショ?」
「ええ。現場を間近で見せれば心砕けると思って。」
「え!そうだったの?」
今になってあさみの真意を知り、驚愕に目を見開く深矩。
ちなみに深矩とトールの拘束はすでに解かれ、深矩は内藤の向かいのソファーに、トールは先ほどまで自分が縛られていたパイプ椅子に腰かけている状態である。奥菜とあさみはそれぞれ深矩、内藤の隣に座り、いさみだけが立ったまま窓辺から外の風景を眺めていた。会話の内容にはあまり興味がないようである。
「それにしてもこんなにあっさり……。」
「ここにいる≪仮面の騎士≫の全員が、もともとは一般人ですヨ。ただ、変身システムとの親和性が高かっただけなんです。」
「その変身の仕組みっていうのがよくわからないんだけど。」
「……そうですネ。ちゃんと説明したほうが良いのかもしれませんネ。」
内藤はおもむろに立ち上がると、B5ノートサイズのタブレットをカバンから取り出し、窓際近くにあるデスクの上へと設置した。タブレット端末を起動すると、PMSと同じような、しかしサイズは電子黒板級の特大スクリーンが空中へと投影された。
角度を調整して深矩から見えやすいようにすると、タッチペンのようなものでスクリーンをなぞる。すると、本物のペンのようにスクリーン上に線が引かれた。大きさを電子黒板だと例えたが、まさしくこれは即席の電子黒板なのだった。
「まず、変身システムについてですが、その条件は聞いていますか?」
「詳しくはまだだけど。」
「条件はいくつかあります。まずは……」
内藤が話を切り出そうとしたとき、奥菜が元気よく挙手をして立ち上がる。
「はいっ!内藤せんせーっ!」
「何でしょうか、奥菜君。」
「一つ目の条件は“竜都出身であること”ですよねっ!」
「はい、正解です。そして、ある意味では不正解ですネ。」
「ええっ!?」
まるで本当の先生と生徒のやり取りを見ているようだ。
「はい!」
「では次は、トール君。」
「正しくは“カラーズであること”と、“2歳の時点で竜都に住んでいること”です。」
「正解です、さすがトール君。だから、黒髪でかつ竜都出身でない深矩くんには変身できないのですネ。」
自分のクセ毛をくるくるといじる深矩。内藤はそんな深矩の様子を見ながら、スクリーンに【カラーズ】【2歳で竜都】と書き込んだ。
「カラーズって、髪の毛の色が鮮やかな人たちのことだろ。なんでそんなのが変身に関係あるんだ?」
「それは、カラーズという人たちの歴史と関係があります。実はもともと、哺乳類である我々は赤系の色素と黒系の色素しか持っていないはずなのですヨ。」
「じゃあ、青とか緑って色はどうして……」
青や緑という色名を持ち出したとき、トールといさみがピクリと反応する。カラーズたちにとって自分たちの持っている固有の色はパーソナルカラーとも呼ばれ、誇りに思っている者も多い。そのため選ぶ服装が同系色でまとまったり、同じカラーの人間同士でコミュニティーを作ったりすることもある。
「青系は特殊な色で、そもそも動物全般が獲得している色素ではないのですヨ。構造色と言って、光の反射の加減で青に見える生き物が大半です。でも、カラーズは違う。れっきとした青い色素を持つ人たちです。」
「内藤せんせー、なんでそんなことに?」
「よくぞ聞いてくれました、奥菜君。それはこの竜都という場所にカラーズが集中している理由でもあるのですヨ。」
竜都出身者以外のカラーズは少ない。たとえ竜都以外の場所で生まれたカラーズでも、家系をたどれば竜都にたどり着くことがほとんどである。その理由はにわかには信じがたいものだった。
「竜都は、かつて巨大な生体実験場だったのですヨ。」
「!?」
「カラーズの遺伝子には動物や植物など、他の生物の遺伝情報が隠れて刻まれています。何もなければ発現しづらくはなっていますけど、瞳や髪の毛、人によっては皮膚の薄い部分までその影響が表れやすいのですネ。」
「つまり、カラーズは人体実験の被験者の末裔ということね。」
内藤の説明に、あさみが便乗して補足する。人体実験などときつい言い回しだが、それ自体には特に何の感傷も抱いていないようだ。それはあさみだけでなく他のメンバーも同様である。
「ってことは、変身にはその隠された遺伝子が必要ということか。」
「さすが深矩くんです!その洞察力を見込んでボクの弟子にしてあげてもいいですよ?」
「いや、結構です。」「ふざけてんのトール?」「少年を汚さないでっ!」「うぜぇ」
調子づくトールを、深矩含む≪騎士≫の全員が間髪入れずに糾弾する。1、2、3、4Hits。
しまいには、
「はいはーい。話の腰を折らないでくださいネ、トール君。」
「な、内藤さんまで!?」
と、5Hits。フルコンボでノックアウトされるトールであった。
「さて、お気づきの通り変身に必要なのは他種の遺伝子。それも、身体能力を高める類の情報が刻まれていないといけません。これが、いわばもう一つの条件ともいえるのですが、これについてはあまり気にしなくてもよいでしょう。組み合わせと本人の能力次第ですからネ。最も大事なのは、その遺伝子情報をどうやって発現させるかです。」
「それが、2歳の時点で竜都にいることに関係があるのか。」
「察しがいいですネ。そしてこの話をすると本当に後に引けなくなりますが、よろしいですカ?」
ここまでの話は序の口であったらしい。実は今内藤が話した内容は、オカルトマニア御用達のWebサイトではカラーズに対する考察として普通に存在する説なのである。それを現実に起きたことだと裏付け証言をしたに過ぎない。
ここから先、後に引けなくなるということはつまり、敵にかかわる情報が含まれているということだ。無論、その程度の覚悟はすでにできていた深矩は間を置かずに首を縦に振り、肯定の意思を示す。
内藤はそれを見て同じように軽く頷き、説明の続きを始めた。スクリーンにタッチペンで【ミッドガルデ】と書き記す。そこから右へと矢印を伸ばし、【遺伝子】と続ける。さらに矢印に沿う形で【ナノマシン】と付け加えるのだった。
「ミッドガルデ・ホールディングスは、この竜都を事実上支配している企業ですネ。公共交通機関、メディア、図書館や映画館などの公衆施設、そして医療関係に至るまでその影響力が及んでいます。
竜都では幼児に対して定期予防接種が義務付けられていて、その真の目的は住民全員をナノマシンで管理することなのですヨ。これはカラーズやノーマルに関わりなく行われます。」
「ナノマシンって、小さな機械のことか?」
「正確には高密度分子構造体であって、必ずしも“マシン”のイメージに沿うかといえば答えはNoですネ。タイプの異なる分子結晶が体内に注入され、これが様々な働きをします。表向きは健康状態の把握に役立てるためとされていますが、実際にはスポーツ分野でのドーピング、学力向上など竜都の地位を高めるために住民を利用しているのですヨ。」
「遺伝子の力を引き出すのか。」
「いえ、今挙げた二つの事例はナノマシンそのものの効能です。ナノマシンが遺伝子にまで影響を及ぼせると気づいたのは私なのですカラ。」
内藤は心なしか自慢げだ。掴みどころのない男の、感情が少しだけ見え透く。
「少年。内藤さんはね、元ミッドガルデ研究員なんだよっ。今でも凄い発明をいろいろとしているんだからっ!」
「奥菜さん、その話は追々してもらうことにしましょう。内藤さん、続きを。」
トールが奥菜を制止したのは話が脱線しかねないからだ。先ほどはそれで自分が怒られてしまったので、今度は一通り話が終わるまでは進行を乱さないことに決めたらしい。ともかく今は変身の仕組みを理解してもらうことが先決。
「つまり、≪仮面の騎士≫への変身というのは遺伝子の力を引き出すため、ナノマシンに特別な刺激を与える装置を身に付けるということなのですヨ。変身そのものがパワーアップさせているのではなく、自身の力を制御するのが変身スーツなのですネ。」
なので、残念ながらナノマシンも無く、カラーズでもない深矩では変身しても無意味。そもそも反応しないように設計されているのだ。変身できない者が無理にアーマーを装着したところで、鎧の重さそのものが行動に制限をかける原因となってしまい、少しの防御力の向上よりも被弾リスクの方が高くなってしまうのだ。
深矩が聞いたここまでの説明の中で、少し気になることが出てきた。
「八百神さん……いや、あさみはどうなんだ?変身しないというよりできないって感じだったけど。」
「それも変身条件の一つ。体質によってナノマシンの活性率が異なるらしいの。私が変身できないのはそれが原因。」
「え、それなら……」
深矩は窓辺でたたずむいさみの方に少し目をやる。二人は少し目が合ったが、いさみの方が視線をそらし、外の風景に没頭し始めた。
「えっと、呼び捨てでごめん――いさみと、あさみは双子なんだろ?なのに体質が違うってことがあるのか」
その質問には内藤が答える。
「おそらく二卵性双生児だからでしょう。二人、似てないでショ?二卵性の双子は同時に生まれただけで、ごく普通の兄弟姉妹と同じですヨ。」
確かに二人の顔立ちや身長はよく似ているが、それだけだ。髪型や色を揃えていたとしても見分けがつかないなんてことはないだろう。まして中性的な顔立ちと言えど、いさみが女性に見られることなどほとんどなさそうだ。
「ここにいる面子はナノマシンの活性化率が高い奴らばかりが集められたんだ。ただ、あさみは昔からヒーローにあこがれてた。それを知ってたからあさみだけは内藤じゃなくてオレが誘ったんだよ。」
話が自分たち双子のことに及んだからか、いさみが口を挟む。視線は外へと向けたまま、どことなく申し訳なさそうな表情で。
「結果として私は適正なしだった。武器だけは体内の遺伝子やナノマシンの影響がなくても良いから扱えてるってだけ。」
「その通りですネ。私はミッドガルデのデータベースから変身システムに適合する人間をリストアップし、うち数人に声をかけました。中でも一番適合していたのが奥菜君。次点がいさみ君とトール君。それ以下の適合率の方々は、おそらく変身することは無理だったでしょう。変身システムはそれだけ繊細なのですヨ。」
だから、裏通りで深矩が試しに変身しようとしたとき、あさみは100%不可能だと言い切ったのだ。第一条件を満たしている自分ですら体質の関係で変身できないのに、部外者が易々と変身できるはずがない。
「もっとも、今はどんな体質であろうと変身できる方法を研究中ですから、そのうちあさみ君も変身できる可能性がありますネ。」
「内藤、楽しみにしてるからね。」
「え。……ってことは今後もずっと変身できないのって、俺だけってこと?」
「うん。」
「変身できないのって、俺だけですか?」
「そうだね。」
1パーセントでも可能性があるのと、完全に0パーセントなのとでは雲泥の差がある。0には何をかけても0以外にはならないのだ。
「それに、『武器にはナノマシンが無くても良い』みたいなことをあさみ君は言いましたが、ナノマシンがあるに越したことは無いのですヨ。あの武器、≪イド・ウェポン≫は深層心理に刻まれた形を粒子が再現するというもので、その心理パターンの読み取りにナノマシンを媒介します。ナノマシンなしであの武器を扱おうと思えば、相当なイメージ力が必要なのですヨ。」
トールの提案の中に“武器を持たせない”という項目があったのは、こういう理由もあってのことなのだ。下手に不安定な武器を持たせるよりは、完全サポートにまわる方が圧倒的に安全だ。ただ、こちらは使える可能性がゼロではない以上、試してみたくなるというのが人間心理というものだ。
「頼む!一度だけでいいから武器の方も試させてくれ!」
「いいですヨ。」
「じゃあ、少年にはわたしのを貸してあげようっ!」
「ありがとう先輩。」
変身を試みたときのように精神統一を図る深矩は、思い描く武器の形を……。
「って、何をイメージすればいいんだろう。」
「あらら、この時点でダメダメじゃないですか深矩くん。」
思い描く武器のイメージがわかないという事は、ひとえに心の奥底に刻まれた武器など存在しないということに他ならない。つまり、想像力云々以前の問題。深矩は変身だけでなく武器も使用できないことが判明した。
「最悪だ……」
まさか自分がここまで何もできないとは。まさか自分にここまで適正というものが備わっていなかったとは。深矩は下唇を噛む。母親のためにできること、自分の目的のためにできることを模索すればするほど、無力な自分の姿が照らし出されるだけで、焦燥感は増すばかり。
「ま、あきらめておとなしく後衛についとけ。どのみちお前が前に出てくれば、オレにとっては邪魔になるだけだからな!」
悪意たっぷりの笑みを浮かべながら、ざまあみろ、といった感じでいさみは言う。
ともかくこれが、深矩が後衛ということで納得せざるを得なかった一連の流れの一部始終である。




