↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で予約3か月待ちだった美容師の俺、美醜逆転の異世界で開業したら客が3人しか来ない ~その3人がSランク冒険者で、予約枠を奪い合っている~  作者: 中原九尾
第1部 開業と3人の客

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/16

第9話 ブス専の店

【ペトラ視点】


 冒険者ギルド王都本部、受付係。それがあたしの仕事である。


 仕事の半分は書類で、残りの半分は噂話だ。どこの誰が何を倒して、誰と組んで、誰と別れたか。受付台に座っていれば、王都の冒険者のことはだいたい耳に入る。


 そのあたしにも、分からないパーティーがひとつある。


 王国に3組しかいないSランク。そのうちの2組は有名だ。『白銀の牙』と『蒼天の槍』。酒場に絵姿が貼ってあるし、子どもがごっこ遊びをする。


 3組目は、『余り席』という。


 ふざけた名前だが、正式な登録名である。4年前、兜の女が登録に来たとき、先輩の受付係がパーティー名を聞いた。兜の女は少し考えて、こう答えたそうだ。


「隅の席で余っていた3人だ」


 先輩は『余り席』と書いた。訂正の申し出は、4年間ない。


 兜の剣士と、フードの魔術師と、厚いローブの治癒師。


 誰も、3人の顔を知らない。


 登録証の人相書きの欄には、それぞれ「兜」「フード」「布」と書いてある。人相ではない。


 仕事は確実だった。派手さはないが、受けた依頼を見積もりどおりの日数で、見積もりどおりに片づけてくる。報告書は短くて正確。受付にとっては、いちばん手のかからないSランクだった。


 半月前までは。


   *


 最初におかしいと思ったのは、鼻歌である。


 兜の剣士が、依頼の紙を取りに来た。その兜の中から、鼻歌が聞こえた。反響して、受付じゅうに響いていた。


 4年間、「ああ」と「頼む」しか言わなかった人である。


 次に、フードの魔術師だ。


 あの子はいつも、フードを目の下まで下ろしていた。それが眉のところまで上がっている。受付台の上の書類を、向かい側から逆さまに読んで、こう言った。


「3行目、綴りが違う」


 合っていた。あたしの書き間違いだった。今まで、見えていなかったのだろうか。


 最後に、ローブの治癒師。


 この人はいつも愛想がいい。それは変わらない。ただ、ときどき声が違う。少し低くて早口の、素っ気ない声がまじる。そっちのほうが、なぜか感じがよかった。


 そして3人とも、同じ匂いがする。


 木の実の油と、石けんの匂いだ。


   *


 4日前、『余り席』は灰色峠の双頭竜の討伐を受けた。


 峠まで片道3日。討伐に2日から4日。見積もりは10日である。


 3人は、翌日の夕方に帰ってきた。


 報告書は、こうだった。


  依頼:灰色峠の双頭竜の討伐

  所要:2日(見積もり10日)

  負傷:なし

  薬の使用:なし

  備考:峠の形が少し変わった。申し訳ない


 あたしは3回読んだ。


 片道3日の峠から、2日で帰ってきている。往復だけで計算が合わない。


「あの、行きと帰りは」


「走った」


 兜の剣士が答えた。


「走ったら、着いた。体が軽かった」


「竜は」


「首が2つあったので、1つずつ」


「私が1つ。ジークリットが1つ。同時に」


 フードの魔術師が補足した。


「私は、することがなかったわねえ。2人とも、かすり傷もないんですもの。帰り道に、峠のふもとの村を1軒ずつ回って、腰の悪いお年寄りを治してきたわ。37人」


 ローブの治癒師が、のんびり言った。


 治癒師が1日に治せるのは、腕のいい人で10人と聞いている。


「それで、峠の形というのは」


「岩が、少し」


「少しというと」


「山ひとつぶんくらい」


 あたしは測量係を出す書類を書いた。


 3人は報告を済ませると、急いで帰ろうとした。


「待ってください、報酬の受け取りが」


「明日でいい」


「予約がある」


「遅れると、今日のぶんがなくなっちゃうのよ」


 よやく、とは何だろう。


 Sランクの3人が、竜より急ぐ用事である。


 噂話で食べている身として、これを放っておくわけにはいかなかった。


   *


 Sランクの冒険者を尾行するのは、ふつうは自殺と同じである。


 ただ、あの3人は浮かれていた。兜は鼻歌を歌い、フードは空ばかり見上げ、誰も後ろを気にしていない。


 ローブの治癒師だけが、一度振り返って、あたしに手を振った。


 気づかれている。気づかれたうえで、放っておかれている。


 3人は職人通りを抜けて、外れの小さな店に入っていった。


 あたしは看板を見上げた。


  美容室 レン


 知っている。王都の女なら、誰でも知っている。


 パン屋の女将さんが、娘の婚礼の3日前に、髪に艶を出されて頬のひびを消された店だ。女を醜くする店。気持ちよくされて、寝ているうちにやられる店。


 そこへ、顔を隠した3人が通っている。


 あたしの中で、噂話の虫が大声を上げた。


――――――――――――――――――

【レン視点】


 開店36日目。


 昼前に、扉の鈴が鳴った。


 今日の予約は、3人とも昼から夕方にかけて入っている。決まりを作ってから、3人は見事に1日1枠を使いきるようになった。髪は3日おき。それ以外の日は、手、爪、肌、眉。毎日どこかしらを手入れして帰っていく。


 だから、この時間のお客様は予約にない。


 また髭だろう、と思った。


「申し訳ありません、親方の店へ——」


「あたし、髭ないけど」


 入ってきたのは、若い女性だった。


 頬には、ほどよくひびが入っている。髪はほどよくぱさついている。この世界の物差しで言えば、ごく普通の、感じのいい娘さんである。


 女性のお客様。5人目。しかも、顔を隠していない。


 俺は背すじを伸ばした。


「いらっしゃいませ。本日はどのような」


「あ、ごめん。客じゃないの」


 背すじが元に戻った。


「冒険者ギルドの受付をやってる、ペトラ。ちょっと聞きたいことがあって」


 彼女は店の中を見回した。壁の張り紙の前で、足が止まる。


  店内での魔法は、ご遠慮ください


  塀を撃たないでください


  当店の決まり

  1 予約は、お1人につき1日1枠まで

  (中略)

  4 店内での魔法、抜剣、買収は禁止


「……ここ、何の店?」


「美容室です」


「美容室で、抜剣?」


「未遂でした」


   *


 ペトラさんは、椅子には座らなかった。寝ているうちにやられる、という噂を知っているのだろう。立ったまま、腕を組んだ。


「単刀直入に聞くけど。うちのSランクに、何したの?」


「申し訳ありません。お客様のことは、お話しできないんです」


「片道3日の峠を、2日で往復してきたんだけど」


「さようでございますか」


「竜の首を2つ同時に落として、ついでに山をひとつ削ったんだけど」


「……さようで、ございますか」


「今、眉が動いた」


 この10日ほどで、俺の眉は信用を失いきっている。


「まあいいや。じゃあ、これだけ教えて」


 ペトラさんは声をひそめた。


「あんた、あの3人の顔、見たことあるの?」


「お答えできません」


「あるんだ」


「…………」


「ギルドじゃ、誰も見たことないのよ。4年間、誰も。で、どうなの。やっぱり、その……」


 彼女は言いにくそうに、言葉を探した。意地の悪い顔ではなかった。気の毒そうな顔だった。この世界の人が、整った顔の女性の話をするときの、あの顔だ。


「相当、気の毒な感じ?」


 お客様のことは話せない。


 ただ、これは黙っていられなかった。


「美しい方々です」


 ペトラさんが止まった。


 俺の顔をまじまじと見る。冗談を言っている顔かどうか、確かめている。


「……本気で言ってる?」


「本気です」


「あんた、パン屋の女将さんを泣かせた人よね。艶を出して、ひびを消して」


「全力で仕上げました」


「で、客は顔を隠した3人だけで」


「さようです」


「その3人のことを、美しいって言う」


「はい」


 ペトラさんは、ぽんと手を打った。謎が解けた人の顔だった。


「あんた、ブス専なのね!」


   *


 その言葉は、前世にもあった。


 聞いた瞬間、腹の底が熱くなった。20年やってきて、めったにないことである。


「恐れ入りますが、その言い方は、うちのお客様に失礼です。訂正していただけますか」


「え、なんで。褒めてるのよ? 物好きっていうか、心が広いっていうか」


「褒めておりません」


「あんたをじゃなくて?」


「俺は何と呼ばれても結構です。ただ、その言葉は、うちのお客様が醜いという前提に立っています。俺はそう思っておりません」


 ペトラさんは首をかしげた。


「じゃあ、何て言えばいいの」


「美しい方を、美しいと申し上げているだけです」


「だから、それをブス専って言うんじゃない」


「違います」


「違わないって。世間が醜いって言う顔を、美しいって言うんでしょ」


「……はい」


「ほら」


 平行線だった。


 物差しが逆なのだ。俺が言葉を尽くせば尽くすほど、この世界ではその呼び名の証明になっていく。


 ペトラさんは悪い人ではなかった。むしろ感心していた。


「いやあ、いるんだねえ、そういう人。あの3人も救われるわ。よかったよかった」


「ペトラさん」


「大丈夫、誰にも言わないから!」


 鈴が鳴って、彼女は出ていった。


 足取りが軽い。誰かに言いたくてたまらない人の足取りである。


 誰にも言わない、と言う人が黙っていたためしは、前世でも今世でもない。


   *


 翌日。


 朝いちばんに、親方が来た。


 いつもは「戻ってくる気になったか」と言う人が、今日は戸口でもじもじしている。髭の大男がもじもじするのを、初めて見た。


「レン。お前……そういうことだったのか」


「違います」


「いいんだ。人の好みはそれぞれだ。俺は何も言わん」


「違います」


「女の美容室をやりたいと言ったときから、妙だとは思っていた。そうか。そういう女に、会いたかったのか」


「親方、話を」


「ただな、母親には自分の口で言えよ。人づてに聞かせるな」


 親方は俺の肩を、ごつい手で2回叩いて帰っていった。励まされた。


 昼前に、母さんが来た。


 壺を抱えている。例の灰色の粉だ。


「レン。母さんはね、どんなお嫁さんでも、うれしいのよ」


「母さん、違うんだ」


「でもね、もしその子が望むなら、母さんが毎晩擦ってあげるからね。あきらめちゃだめよ」


 母さんは壺を台に置いて、涙ぐんで帰っていった。励まされた。2人目である。


 それから、男が来た。次々に来た。


「レン、お前、ブス専だったのか!」


「髭はいい。話を聞かせろ」


「どんな顔なんだ。そんなにひどいのか」


 床屋時代のお客様が、冷やかしに押しかけてくる。全員断った。今日は髭を理由にしなくても断れるので、楽だった。


 夕方には、看板の下に炭で書き足しがあった。


  美容室 レン(ブス専)


 消した。


 帳面を開く。


  来店:26名(うち再来店22名)

  売上:銀貨57枚

  預かり金:金貨6枚弱

  断った男性客:131名(うち冷やかし27名)

  受け取ったもの:母さんの壺

  備考:呼び名がついた。訂正に失敗


 俺のことは、どうでもいい。


 前世でも、いろいろ書かれた。店が大きくなれば、悪口も大きくなるものだ。慣れている。


 気になるのは、3人のほうだった。


 あの呼び名は、3人の顔を知らない王都じゅうの人間に、「あの店の客はひどい顔だ」と触れ回っているのと同じである。


   *


 日が落ちるころ、鈴が鳴った。


 3人だった。今日は3人とも、夕方からの予約である。


 いつもなら入ってくるなり、誰が先かで小さくもめる。今日は誰も何も言わなかった。兜も、フードも、ローブも、戸口に並んだまま動かない。


「……聞いた」


 ジークリット様が言った。


「ギルドで。市場で。宿の食堂でも」


「原因は、私たち」


 ミルテ様が言った。帳面は出さない。


「ごめんなさいねえ、店主さん」


 カタリーナ様の声は、練習していないほうだった。


「私たちが通わなければ、あなた、そんなふうに呼ばれずに済んだのに」


「気にしておりません」


 本当だった。


「呼び名などいくらでも。それより、本日のご予約は」


 3人は顔を見合わせた。見えないが、見合わせたのが分かる。


 ジークリット様が、低い声で言った。


「今日は、帰る」


「え」


「明日、来る。考えがある」


 鎧が向きを変えた。フードとローブが続く。


 鈴が鳴って、3人は施術も受けずに帰っていった。


 開店以来、初めてのことである。


 予約表の今日の欄が、3つとも空いたまま残った。


 嫌な予感がした。Sランクの冒険者が3人そろって「考えがある」と言うとき、たいてい山がひとつ減る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。