第9章 株主優待、その先にあるもの
「アクティビストって、聞いたことあるかい?」
社長が、俺たちの顔を見回した。
「企業の株をある程度まとまって取得して、会社に経営改善や株主還元などを要求する投資家。いわゆる『物言う株主』のことですよね?」
瑞樹ちゃんが、さらりと答えた。
社長は少し驚いた顔をして、
「その通りだ。君、詳しいね」
と、表情を一瞬緩めた。
だが、すぐに表情を引き締める。
「そのアクティビストの村山ファンドが、少し前から、うちの株を買い続けているんだ」
「それって、つまり?」
俺は思わず、口を挟んだ。
「ああ。おそらく近い将来、一定の発言権を得ることを狙っている。あるいは、うちの買収まで考えている可能性もある」
社長が、渋い表情を浮かべる。
すると、瑞樹ちゃんが確認するように尋ねた。
「だから、彼らへの対策として、個人株主を増やそうとされているということですね?」
「その通りだ」
「でも、個人株主を増やすことで、本当にアクティビスト対策になるの?」
俺は、瑞樹ちゃんに素朴な疑問を投げかけた。
「ええ。もちろん、それだけでアクティビストの株式取得を止められるわけじゃないわ」
瑞樹ちゃんが、俺を見る。
「ただ、個人株主を増やすことで、株主層を分散させることができる。それに、会社のことを理解して、長期的に保有してくれる株主が増えれば、株主総会での議決権基盤を強化することにもつながるわ」
「彼女の言うとおりだ」
社長が頷いた。
「会社を理解してくれる個人株主という議決権基盤を作る。それが、今回の株主優待導入の目的の一つだ」
「もちろん、個人株主を増やすだけでアクティビスト対策になるほど単純な話ではない。他の対策も進めている。その一環として、株主優待を導入するんだ」
「しかし、社長」
俺は、どうしても気になっていたことを口にした。
「なぜ、そこまでアクティビストを警戒されるんです?」
「いい質問だ」
社長は少し間を置いてから、口を開いた。
「もちろん、すべてのアクティビストが悪いわけではない。企業価値を高めるために、経営陣へ厳しい要求をする。それ自体は、悪いことではないからな」
そこで社長は、一度言葉を切った。
「ただ……村山ファンドは、短期的な利益を重視するきらいがある」
「短期的な利益を?」
「ああ。過去にも、株主利益を優先するあまり、現場に大きな負担を強いるような要求をした実績がある」
社長の表情が険しくなる。
「その結果、加盟店が不利益を被るような対策を要求してくる可能性もある」
「加盟店が……」
俺は思わず呟いた。
「ああ。我々にとって、加盟店は家族同然だ。それを犠牲にしてまで利益を追求することは、絶対に認められない」
「加盟店が不利益を被る対策って、例えばどんなものです?」
「あくまで一例だが……ドミナント戦略だ」
「ドミナント戦略?」
「特定の地域に、集中的に店舗を出す。例えば、売れている加盟店の近くに直営店を出す、といった具合だ」
社長は、そこで一度言葉を切った。
「会社全体として見れば、その地域の売上は増えるかもしれない。だが、その加盟店にとっては、自分の店の売上を食われることになる」
「コンビニなんかで聞いたことのある手ですね」
佐伯が頷いた。
「そういうことだ」
社長が、静かに答える。
「会社全体の利益を考えれば、合理的な戦略なのかもしれない。だが、その陰で加盟店が苦しむのであれば、我々は簡単に受け入れるわけにはいかない」
「だからこそ、我々は株主だけでなく、加盟店も含めた会社全体の利益を考えなければならない」
「……なるほど」
俺は頷いた。
すると、瑞樹ちゃんが口を開いた。
「社長。私、ずっと疑問だったんです」
「何がだ?」
「株主還元の策として、なぜ配当ではなく、株主優待を導入しようとしていたのか」
社長が、頬を緩めた。
「君の想像の通りだ」
「やっぱり……」
「配当を増やしたからといって、それだけで個人株主が増えるとは限らないからな」
「だから、株主優待なんですね」
「ああ」
社長が頷いた。
「お食事券なら、我々の商品やサービスを実際に使ってもらえる。会社を知ってもらえる。そして、会社のファンになってもらえる可能性がある」
社長は、俺たちを見回した。
「我々が欲しいのは、単なる株主数じゃない」
「……会社のことを理解してくれる株主、ですか?」
「ああ」
社長は、はっきりと頷いた。
「会社を理解してくれる株主を増やす。そのための第一歩が、今回の株主優待なんだ」
◇
「では、これからの話をしよう」
社長は、改めて俺たち三人に向き直った。
「株主優待として、『お食事券』を導入する」
「君たちには、お食事券の詳細を詰め、導入までの具体的な計画を立ててもらいたい」
社長は、俺たちを順番に見た。
「スピード重視だ。次の権利確定日に間に合うようにしてほしい」
「は、はい」
三人の声が重なる。
「これまでの仕事と並行していては、間に合わないだろう。これからは、このプロジェクトに専念してくれ」
「君たちの上司には、すでに話をつけてある。必要なときには、それぞれの部署にも協力してもらうよう伝えてある」
社長が、にこやかに俺たちの顔を見回した。
「実際に株主の皆さんに利用してもらえるところまでが、君たちの仕事だ」
社長は、少しだけ真剣な表情になった。
「君たちに、社運がかかっている。よろしく頼んだよ」
「「「は、はいっ!」」」
思いもよらぬ大役を任された俺たちは、思わず身を固くした。




