第8章 個人株主を増やす優待
社長への報告の日程は、それから一週間後となった。
報告当日。
会議室には、俺と佐伯、瑞樹ちゃんの三人がそろっていた。
しばらくすると、数人の幹部を引き連れた社長が入ってくる。
「君たち、短期間でよくまとめてくれた。今日の報告、楽しみにしているよ」
開口一番、ねぎらいの言葉をかけてくれた。
にこやかな表情だ。
「ありがとうございます」
俺たちは恐縮しながら頭を下げた。
そして、さっそくプロジェクターに資料を映し出す。
会議室のスクリーンに、最初のスライドが浮かび上がった。
◇
最初に説明を始めたのは、瑞樹ちゃんだった。
株主優待の候補として、『デジタルギフト』と『お食事券』を選んだこと。
それぞれのメリット。
そして、現在の株主優待市場で、どのような優待が支持されているのか。
実際の外食企業の事例も交えながら、瑞樹ちゃんが説明していく。
社長も、幹部たちも、真剣な表情でスクリーンを見つめている。
どうやら、話に引き込まれているようだ。
瑞樹ちゃんが作った流れを引き継ぎ、今度は俺の出番だ。
俺は、『デジタルギフト』と『お食事券』、それぞれの導入プロセスを説明した。
専門会社のサービスを利用した場合、どこまで業務を外注できるのか。
自社でシステムを構築する場合と比べたコストや期間。
そして、お食事券の場合には、店舗での利用処理や加盟店との精算、会計・経理など、どうしても社内に残る業務があることも説明する。
「つまり、お食事券のほうが、導入や運用の負担は大きくなります」
俺は、そうまとめた。
「ただし、その分、株主にとって分かりやすく、店舗への来店にもつながるという強みがあります」
俺の説明が終わると、佐伯へバトンを渡した。
佐伯は、お食事券を導入した場合の加盟店対応について説明する。
約一〇〇店舗。
基本二回の訪問。
加盟店への説明や導入時の確認。
そのために必要となる営業活動のコスト。
さらに、加盟店を利用する客層についても説明していく。
「女性が五五%、男性が四五%」
「そして、五〇代以上が半分強。六〇代以上でも三割程度います」
佐伯は、スクリーンに映し出された資料を指し示した。
「特に平日の昼間は、シニア層の利用が目立ちます」
そして、こう締めくくった。
「スマートフォンを前提としない紙のお食事券は、こうした客層との相性がいい。株主本人だけでなく、家族での利用も期待できます」
◇
佐伯が説明を終える。
会議室が静かになった。
俺たち三人の報告は、これで終わりだ。
社長は、しばらくスクリーンを見つめていた。
やがて、ゆっくりとうなずく。
「よくここまでまとめてくれた」
そして、俺たち三人に視線を向けた。
「ありがとう。非常に分かりやすかったよ」
俺たちは、ほっと胸をなで下ろした。
ところが――。
社長は、少し意味ありげに笑った。
「実はね。今回、君たちにこのプロジェクトを任せた理由には、ちょっとした裏話があるんだ」
「裏話……ですか?」
瑞樹ちゃんが首をかしげる。
「ああ」
社長は苦笑した。
「最初は、幹部の何人かに株主優待の導入について相談したんだ」
「すると、みんな口をそろえて、『QUOカードがいい』と言うんだよ」
「QUOカードですか?」
「ああ。株主優待として定番だし、導入実績も多い。扱いやすい。だから、それでいいじゃないか、とね」
社長は、そこで一度言葉を切った。
「もちろん、QUOカードが悪いと言っているわけじゃない。実績のある選択肢だからね」
「ただ――」
社長の表情が少し真剣になる。
「過去にうまくいった方法だけを見て、新しい会社の株主優待まで決めてしまうのは、少し危険だと思ったんだ」
「だから、若い君たちに任せてみようと思った」
俺は、思わず瑞樹ちゃんを見る。
なるほど。
だから、このプロジェクトだったのか。
社長は、ふっと表情を緩めた。
「さて。最後に、一つだけ質問がある」
俺たちは、社長を見る。
「今回の株主優待の目的は、単に株主に喜んでもらうことだけではない」
社長は、ゆっくりと言った。
「個人株主を、できるだけ増やしたい」
俺は、思わず姿勢を正した。
そんな話、初めて聞いた。
佐伯も同じような顔をしている。
社長は、俺たちを見回してから尋ねた。
「では、『デジタルギフト』と『お食事券』。個人株主をより増やせる可能性が高いのは、どちらだと思う?」
瑞樹ちゃんは、ほとんど間を置かなかった。
「お食事券です」
即答だった。
「ほう」
社長が興味深そうに眉を上げる。
「理由は?」
「外食企業の株主優待として考えた場合、お食事券は非常に相性がいいからです」
瑞樹ちゃんは、スクリーンに表示された資料を指した。
「たとえば、すかいらーくや吉野家。どちらも『個人・その他』の株式保有比率が七〇%を超えています」
「もちろん、この数字だけで、『お食事券だから個人株主が多い』と因果関係まで証明できるわけではありません」
瑞樹ちゃんは、そこで一呼吸置いた。
「でも、外食企業が個人株主を増やすことを考えたとき、お食事券が非常に強い選択肢であることは間違いないと思います」
「自社の店舗で使える。実質的にお得に外食できる。しかも、紙ならスマートフォンを使い慣れていない人でも利用できる」
「そして、株主本人だけでなく、家族も一緒に店舗へ来てもらえる」
瑞樹ちゃんは、最後に微笑んだ。
「メガ・ディッシュにとっては、かなり理にかなった優待だと思います」
社長は、黙って瑞樹ちゃんを見つめていた。
そして――。
やがて、満足そうにうなずいた。
「よし」
社長が、はっきりとした声で言った。
「株主優待は、『お食事券』でいこう」
こうして――。
俺たちの株主優待検討プロジェクトは、ひとつの結論にたどり着いたのであった。
◇
報告が終わると、会議室には、それまで張り詰めていた空気が少しずつほどけていった。
社長も幹部たちも、どこか和やかな表情を浮かべている。
そんな中――。
「社長。一つ、うかがってもよろしいでしょうか?」
ふと、瑞樹ちゃんが口を開いた。
「もちろんだ。なんだい?」
「ちょっと、気になってしまったのですが……」
瑞樹ちゃんの目が、少しだけ輝く。
「先ほど社長は、『できるだけ個人株主を増やしたい』とおっしゃいましたよね」
「ああ」
「その理由は、なんでしょうか?」
その瞬間だった。
先ほどまでにこやかだった社長の表情が、すっと険しくなった。
そして、周囲に座る幹部たちへ視線を向ける。
幹部たちは、互いに顔を見合わせたあと、静かにうなずいた。
社長は、しばらく黙っていた。
やがて――。
「……いいだろう」
低い声で、そう言った。
「君たちは、このプロジェクトのメンバーだ。その理由を話そう」
俺は思わず背筋を伸ばした。
「ただし、ここで聞いた話は口外禁止だ」
「口外禁止……?」
佐伯が小さくつぶやく。
社長は、俺たち三人を順番に見た。
「社内に余計な不安を巻き起こしたくない。まだ、正式に決まった話でもないからな」
それまでとは明らかに違う、重い空気が会議室を包んでいく。
「君たちに話してもいいとは思っている」
社長は、そこで一度言葉を切った。
「ただし――」
俺たちをまっすぐに見据える。
「約束できるかな?」
思いもよらない展開に、俺の身体が固まった。
株主優待の話をしていただけのはずだった。
それが今や、会社の機密を聞かされようとしている。
そんな中――。
「約束します」
瑞樹ちゃんの凛とした声が、静かな会議室に響いた。




