第7章 お食事券の「見えないコスト」
「まず、お食事券を導入する際の、加盟店への説明や説得にかかるコストなんだが」
佐伯が切り出した。
「前提として、ウチの加盟店は約一〇〇店舗。東京・神奈川・埼玉・千葉を中心に、関東一円で展開している」
「うん」
「今回の件は、加盟店まで直接うかがう必要があると思うんだ。それなりに大きなお願いになるからな」
「訪問回数は?」
「基本は二回だな。株主優待としてのお食事券を導入することの説明と、導入当日の確認を兼ねたあいさつだ」
「それは、なかなか骨が折れるなあ。電話やメールで済ませるわけにはいかないのか?」
「それはダメだな」
ぴしゃりと佐伯が否定する。
「こういう新しい話って、結局、加盟店のオーナーさんは、まず『やりたいか、やりたくないか』で判断するんだ」
「感情?」
「そう。最初に、そこが決まるんだ」
「そして、やりたくないとなったら、理由なんて、あとからいくらでも湧いて出てくる」
「なるほど。だから、最初に顔を出しておく必要があるわけね」
「そういうこと。加盟店にとっては、新しい仕事や負担が増える話でもあるからな。資料をメールで送って、『よろしくお願いします』だけじゃ、なかなか納得してもらえない」
佐伯は、少し身を乗り出した。
「まず顔を合わせて、相手の話を聞く。そのうえで、こっちがどこまでサポートできるのかを説明する。俺たち営業は、今までもそうやって加盟店のオーナーさんと信頼関係を築いてきたわけだからな」
「ネットの時代になっても、そういうところは変わらないんだな」
「そうだな」
佐伯はうなずいた。
「なので、全店を訪問すると、一〇〇店舗×二回で、二〇〇回」
「幸い、ウチは加盟店が関東内だけだから、基本的には日帰りで対応できる。交通費も、そこまで大きな負担にはならない」
「ただ、担当者の拘束時間まで含めて考えると、過去の加盟店訪問の実績から、一回あたり平均五万円くらいは見ておいたほうがいい」
「二〇〇回×五万円で――」
佐伯が暗算する。
「一〇〇〇万円だな」
「うわあ……」
俺は思わずため息をついた。
「積み重なると、結構かかるなあ」
「もちろん、なかには一回の訪問で済む店舗もある。逆に、何度も説明や説得が必要になる店舗も出てくるだろう」
佐伯はそう付け加えた。
「だから、全体を平均すれば、このくらいの数字になると思うぞ」
「なるほど……」
入社したての新人だったころは、ただの調子のいい奴だった佐伯が、今や、いっぱしの営業マンとして、自分なりの信念を持って仕事に当たっている。
そんな姿を見ていると、俺はなんだか感慨深いものを感じた。
◇
「もうひとつは、加盟店を利用する客の属性だ」
佐伯が続けた。
「結論から言うと、女性が五五%、男性が四五%。女性のほうが少し多い」
「へえ」
「年齢別で見ると、五〇代以上がだいたい半分強。六〇代以上でも三割くらいいる」
「意外にシニア層が多いんだな」
「そうなんだ。特に平日の昼間は、その傾向が強い」
佐伯がタブレットで調査結果を俺たちに示しながら答える。
瑞樹ちゃんが、少し考えるように口を開いた。
「これは興味深い結果ね。この数字を見る限り、シニア層は株主優待を考えるうえで、無視できないターゲットになりそう」
「ああ」
佐伯も、うなずいた。
「そういう意味でも、紙媒体のお食事券というのは、ウチにとって、かなり相性がいいんじゃないか?」
「株主本人だけじゃなく、家族も一緒に使えるしね」
「そう。株主本人が使うだけじゃない。家族との食事にも使える。株主を増やすだけじゃなく、店舗への来店にもつなげられる」
佐伯は、満足そうに笑った。
「そう考えると、紙のお食事券って、案外、ウチにとってかなり強い優待なのかもしれないぞ」
◇
「よし」
瑞樹ちゃんが、ぽんと手を打った。
「二人が調べてくれた資料をもとに、社長用のプレゼン資料を作っちゃいましょうか」
「ああ」
「そうしよう」
「じゃあ、役割分担ね」
瑞樹ちゃんが、俺と佐伯を順番に見る。
「常盤くんは、デジタルギフトとお食事券、それぞれの導入プロセスを整理して。特に、どこまで外注できるのかを分かりやすくまとめてほしいの」
「わかった」
「それから、今まで調べた範囲で、導入や運用にかかる費用の数字も入れて、両方のメリットとデメリットを比較する」
「了解」
「佐伯くんは、お食事券を選択した場合の加盟店対応コストと、加盟店の客層から見た、お食事券との相性の良さをまとめて」
「よしきた」
「二人の資料ができたら、みんなで内容を最終確認して、社長に報告しましょう」
瑞樹ちゃんは、ドリンクバーから持ってきたハーブティーのカップを高らかに掲げた。
「「おう!」」
プロジェクトマネージャーの掛け声に応えるように、俺と佐伯も、それぞれのカップを掲げる。
こうして俺たちは、社長へのプレゼンに向けて動き始めた。
◇
ガストでの食事を終えると、いよいよ本日の目的――すかいらーくのお食事券の現場検証だ。
俺たちは、入口近くに設置された自動精算機の前へ向かった。
俺は、さっそく機械の画面を観察する。
株主優待を使用する場合、どの操作が必要なのか。
店員のサポートは必要になるのか。
実際に自分たちが導入する場合を想像しながら、画面の遷移を確認していく。
瑞樹ちゃんは、慣れた手つきで操作を始めた。
株主優待を使用するボタンをタップすると、バーコードの読み取りを促す画面が表示された。
すると、瑞樹ちゃんが財布から一枚の紙を取り出す。
「これが、すかいらーくのお食事券よ」
そこには「すかいらーく株主優待券」と記載され、その下にはバーコードが印字されている。
瑞樹ちゃんが、そのバーコードを自動精算機の読み取り部にかざした。
ピッ。
すぐに読み取りが完了した。
「ここまで、特に迷うところはないな」
俺は、画面を確認する。
「これなら、店員さんを呼ばなくても使える」
「そうね」
瑞樹ちゃんがうなずく。
「あと、使いたい金額を入力するだけよ」
「なるほど。操作もかなりシンプルだ」
実際に触ってみると、紙のお食事券だからといって、必ずしもアナログな運用になるわけではないことが分かる。
自動精算機とバーコードを組み合わせることで、利用者側の操作はかなり簡略化されている。
「しかも、もう一つ方法があるのよ」
瑞樹ちゃんが、紙の券を指さした。
「このQRコードをスマホで読み取れば、スマホの中に、このお食事券を入れておくこともできるの」
「なるほど」
俺は思わず画面を覗き込む。
「紙でも使えるし、スマホでも使える。利用者が選べるわけか」
「ああ。これなら、高齢者は紙、スマホに慣れている人は電子版って使い分けもできるな」
「そういうこと」
瑞樹ちゃんが、にっこり笑った。
「どう? すごいでしょう?」
まるで自分の手柄であるかのように胸を張る瑞樹ちゃん。
俺は、そんな姿を見ながら思った。
株主優待って、券を作って株主に送れば終わりじゃない。
実際に店舗で使われるところまで確認して、初めて「運用できる」と言えるのだ。
今日のガスト訪問は、思っていた以上に有意義な現場検証になった。
そして何より――。
得意げに胸を張る瑞樹ちゃんが、妙にかわいかった。




