第4話 株主優待は「お食事券」が最強です。
「『お食事券』が最強の武器?」
俺は思わず聞き返した。
「瑞樹ちゃん。どういうこと?」
佐伯も身を乗り出す。
「まず、お食事券というのは、うちの会社の加盟店で使えるお食事券のことね。例えば、『メガ・ディッシュの加盟店なら、どこでも使える一〇〇〇円分のお食事券』とか」
「うん」
「うん」
「実はね。外食産業に限って言えば、お食事券を株主優待にするのって、定番なのよ」
「そうなの?」
「ええ。すかいらーく、マクドナルド、吉野家……。大手外食企業には、自社やグループ店舗で使える食事券やポイントを株主優待にしている会社が多いの」
「なるほど」
佐伯がうなずいた。
「でも、それって理にかなっている気がするな。株主に優待を配りながら、それが自社の売上にもなるんだろ?」
「さすが営業部のエース。勘が鋭いわ」
「いやあ。エースだなんてぇ。それほどでも~」
佐伯が、あからさまにデレ顔になる。
……どうやら瑞樹ちゃん。
俺たちをおだてるのが、ものすごく上手なようだ。
「佐伯くんの言うとおり。お食事券なら、普段から提供している料理を食べてもらえるでしょう?」
「株主優待のために、新しい商品を用意しなくてもいいわけか」
「そう。それに、優待券が売上の呼び水にもなるの」
「呼び水?」
「例えば、一〇〇〇円分のお食事券を持っている人が家族で来店して、三〇〇〇円分食べれば、残りの二〇〇〇円は普通に支払うことになるでしょう?」
「ああ。優待をきっかけに追加注文が生まれるわけか」
「そう。家族や友人と来てもらえれば、一枚の優待券が複数人の来店につながることもある。新商品を試してもらうきっかけにもなるわ」
「なるほどなあ」
俺は感心した。
株主優待というと、株主に何かをプレゼントする制度だと思っていた。
だが、お食事券なら、それ自体が販促になる。
「それにね」
瑞樹ちゃんが続ける。
「お食事券って、株主優待の中でも、かなり人気が高いのよ」
「そうなの?」
俺は思わず聞き返した。
「ええ。マクドナルド、すかいらーく、コロワイド……。優待銘柄の人気ランキングのトップには、お食事系の優待がずらっと並んでいるのよ」
「なんか。納得だな」
佐伯がうなずく。
「お食事券って、もらっても困らないもんな」
「そう。それに、『無料で外食できる』っていうのは、ものすごく分かりやすいでしょう?」
「たしかにな」
俺も納得する。
「株主にとっても魅力的。会社にとっても自社の店舗に来てもらえる。外食企業にとって、お食事券はかなり相性のいい優待なのよ」
「なるほど……」
俺は、すっかり納得していた。
これなら、お食事券でいいんじゃないか。
佐伯も同じことを考えたらしい。
「瑞樹ちゃん。そうしたら、『お食事券』で決まりでいいんじゃないか?」
佐伯が、当然のように言った。
俺も、すっかり同意していた。
ところが――。
「いいえ」
瑞樹ちゃんは、即答した。
「『お食事券』には、大きな弱点があるの」
「え。弱点?」
「どこに?」
俺と佐伯が、同時に聞き返す。
瑞樹ちゃんは、すっと人差し指を立てた。
「一番の問題は、導入までに時間がかかることね」
「時間が?」
「ええ。お食事券って、ただ紙に『一〇〇〇円』と印刷すれば終わり、という話じゃないでしょう?」
「たしかに……」
「対象となる株主を管理して、券を発行する。店舗で使われた券を確認して、集計や会計処理も必要になる。場合によっては、専用のシステム開発まで必要になると思うわ」
「システム開発まで……」
システムエンジニアの俺としては、聞き捨てならない。
頭の中に、要件定義、設計、開発、テスト、リリース……という見慣れた工程が浮かんだ。
「時間も人手も、かなり必要になりそうだな」
「そう。そして、うちはフランチャイズ本部でしょう?」
「ああ」
「加盟店にも、この制度を導入してもらわなきゃいけないの」
「なるほど……」
「どういう仕組みなのか。店舗では何をすればいいのか。どんなルールで運用するのか。きちんと説明して、納得してもらう必要があるわ」
瑞樹ちゃんが苦笑する。
「しかも、加盟店がみんな素直に『はい、分かりました』と言ってくれるとは限らないんじゃない?」
「ああ……」
佐伯の顔から笑顔が消える。
「『新しい作業を増やすな』とか、『そんな制度、本当に必要なのか』とか。中には、こだわりが強くて、なかなか首を縦に振ってくれない加盟店もあるだろうな」
「加盟店への説明と説得か……」
営業の佐伯にとっては、まさに自分の仕事である。
「これは思ったより大仕事だな……」
佐伯が、遠い目をする。
「でしょう?」
瑞樹ちゃんは、なぜか楽しそうだった。
「でも、二人がいるじゃない」
「え?」
「情報システム部のエースと、営業部のエース」
瑞樹ちゃんが、にっこりと微笑む。
「二人がそろってるんだから、全然楽勝でしょう?」
「瑞樹ちゃん、それは買いかぶりすぎだ!」
「残業の未来しか見えない……」
俺と佐伯が、ほぼ同時に悲鳴を上げた。
◇
「デジタルギフトもお食事券も、一長一短があるんだね」
「うむ。どうしたものか……」
俺たちは、そろって頭を抱えた。
「じゃあ、提案なんだけど」
瑞樹ちゃんの明るい声が響く。
「デジタルギフトとお食事券。それぞれのメリットとデメリットを整理して、最後は社長に選んでもらえばいいんじゃないかしら?」
「そうだな」
「そうしよう」
「決まりね。それじゃあ――」
瑞樹ちゃんは、俺たちを交互に見る。
「常盤くんは、この二つの案について、それぞれ具体的な導入方法を調べてみてくれる?」
「分かった。システム導入も含めて調査してみる」
「お願いね」
瑞樹ちゃんは、今度は佐伯を見る。
「そして、佐伯くんは、お食事券を導入した場合に必要になる、加盟店への説明や導入にかかるコストを調べてみて」
「了解」
「それから、株主と優待の相性も考えたいから、加盟店の利用客の属性もまとめてほしいの。特に年齢層ね」
「分かった」
「二人とも、次回の打ち合わせで調査結果を教えてね」
瑞樹ちゃんの笑顔とともに、第二回ランチミーティングは締めくくられた。
◇
食堂を後にし、職場へと並んで歩く俺と佐伯。
「なんか、瑞樹ちゃんってさぁ……」
ふと、佐伯がつぶやいた。
「プロジェクトマネージャーの素質、あるよな」
「俺も、そう思った!」
俺は、首を大きく縦に振った。




