第3話 株主優待にデジタルギフトは、万能ではありません。
昼休み。
第二回株主優待検討プロジェクト会議は、会社の食堂で開催された。
いわゆる、ランチミーティングというやつだ。
提案者は、佐伯。
「お昼を食べながら会議もできて、一石二鳥じゃない?」
もっともらしい理由を掲げる佐伯。
しかし、佐伯。
お前、瑞樹ちゃんと一緒にランチしたかっただけだろう?
下心が見え見えである。
だが、佐伯。
グッジョブだ。
そういうわけで、俺と佐伯、そして瑞樹ちゃんの三人は、食堂のテーブル席に集まった。
ちなみに、我が株式会社メガ・ディッシュは、レストランのフランチャイズ展開を主な業務としている。
そのこともあって、わが社の社員食堂では、加盟店で提供されているものと同じメニューが提供されている。
そして、何よりうれしいのが、社員価格であることだ。
なんと、定価の三割ほどの値段で食べられる。
近頃では、外でランチを食べようと思えば、安くても一〇〇〇円くらいは平気でする。
それが、わずか三〇〇円程度。
使わない手はない。
◇
俺は日替わり定食に箸をつけながら、瑞樹ちゃんに尋ねた。
「瑞樹ちゃんは、うちの会社の株主優待、どんなものがいいと思う?」
「お。専門家の意見、ぜひ聞きたいな」
横から佐伯が相槌を打つ。
「専門家だなんて、大げさな」
瑞樹ちゃんは、焼き魚定食の魚をほぐす手を止めた。
「うーん……」
少し考え込んだあと、顔を上げる。
「二つあるわね。ひとつは、デジタルギフトかな」
「デジタルギフトっていうと、PayPayポイントとか、Amazonギフトカードとか?」
「そう。これからの株主優待の主役は、QUOカードじゃなくてデジタルギフトになると思うわ」
瑞樹ちゃんは、少し得意げに続けた。
「何より、株主側からすると、選択肢が多いのが魅力なのよ。PayPayポイントやAmazonギフトカードみたいに、普段から使っているサービスを選べるなら、『もらって困る優待』になりにくいでしょう?」
「たしかに。QUOカードだと、使える店を探す必要があるけど、自分が普段使っているサービスを選べるなら便利だな」
「そう。それに企業側にもメリットがあるわ」
瑞樹ちゃんが、人差し指を立てた。
「従来のQUOカードなら、カードを発行して、株主の住所に郵送する必要があるでしょう? でもデジタルギフトなら、URLやQRコードなどを使って電子的に配布できる。株主数が何万人、何十万人となれば、紙やカードの発行費用だけじゃなく、封入や発送といった事務作業も馬鹿にならないと思うの」
「なるほど……。株主が増えれば増えるほど、そういう細かいコストが積み重なるわけか」
「そういうこと。しかも、株主が自分で好きなギフトを選べる仕組みにすれば、企業が一人ひとりの商品を選んで発送する必要もない。カタログギフトみたいに、商品を保管したり、個別に梱包したり、配送したりする手間も減らせるわ」
「株主にとっても便利。会社にとっても効率的。なかなか理にかなってるな」
「でしょう?」
瑞樹ちゃんが、満足そうに笑った。
「だから、最近は株主優待をデジタルギフトに切り替える会社も出てきているのよ」
「なるほど」
俺はうなずいた。
「じゃあ、デジタルギフトにするとして、具体的にはどうやって、その仕組みを導入するんだろう?」
「システム開発が必要になるのかな?」
「そのあたりは、私もよく分からないの」
瑞樹ちゃんが俺を見る。
「専門家の常盤くん、調べてくれないかな?」
上目遣いで俺を見つめる瑞樹ちゃん。
頼られた。
そう思った瞬間、俺のテンションは一気に跳ね上がった。
「よし。分かった。調べておく」
俺は胸を張った。
「俺に任せてくれ!」
「さすが、常盤。頼れる男だ」
佐伯まで俺を持ち上げてくる。
(えへへへ。そんなにヨイショしても、なんにも出ませんぜ)
俺がすっかり気を良くしていると、隣の佐伯が勢いよく口を開いた。
「瑞樹ちゃん。そうしたら、デジタルギフトで決まりでいいんじゃないか?」
――しかし。
「いいえ」
瑞樹ちゃんは、即答した。
そして、少し渋い顔をする。
「デジタルギフトには、ひとつ、大きな弱点があるの」
「え。弱点?」
「どこに?」
俺と佐伯が、同時に聞き返す。
瑞樹ちゃんは、すっと人差し指を立てた。
「デジタルギフトは、高齢の株主には扱いづらいこと」
「そうか……。お年寄りは、どうしてもデジタルには不慣れだからなあ」
「うちのおじいちゃんなんて、スマホさえ持ってないぞ」
佐伯が腕を組む。
瑞樹ちゃんはうなずき、今度は二本目の指を立てた。
「そして、そもそも日本株の個人株主って、かなり高齢化しているのよ」
「そうなの?」
「ええ。ざっくり言えば、六〇歳以上が半分くらいいるらしいの」
「そんなに……」
俺は箸を止めた。
「つまり、株主優待を完全にデジタル化すると、株主優待を魅力に感じてくれている層を、大きく取りこぼす可能性があるってことか」
「そういうこと」
瑞樹ちゃんがうなずく。
「もちろん、だからといって、デジタルギフトが駄目ってわけじゃないわ。これからの時代を考えれば、有力な候補だと思う」
「じゃあ、どうするんだ?」
佐伯が尋ねる。
「メリットとデメリット。それから、導入方法やコストまで。総合的に判断する必要があると思うわ」
「なるほどなあ……」
俺は腕を組んだ。
株主優待を一つ決める。
ただ、それだけのことだと思っていた。
だが、どうやら、そう簡単な話ではないらしい。
「株主優待を決めるって、思ったより奥が深そうだなあ」
俺は、ふうっと息を吐いた。
「まったくだ」
佐伯も眉間にしわを寄せる。
「俺たちは、もしかしたら、とんでもないプロジェクトを任されてしまったのかもしれないぞ」
「ふふ」
そんな俺たちをよそに、瑞樹ちゃんは楽しそうに笑った。
「やりがいがあるわね」
渋い顔をする俺と佐伯。
その横で――。
瑞樹ちゃんだけが、まるで遊園地にでも来たかのように、楽しそうな顔をしていた。
◇
俺はふと、思い出した。
「瑞樹ちゃん。そういえば、株主優待の候補は二つあるって言ってたよな?」
「そうよ」
「もう一つは、何なの?」
「ふふ」
瑞樹ちゃんは、お茶を一口飲むと、俺と佐伯の顔を交互に見た。
「それはね――」
そして、不敵な笑みを浮かべる。
「お食事券よ」
「「お食事券!」」
俺と佐伯の声がそろった。
先ほどのデジタルギフトに比べると、なんだかシンプルというか、普通というか……。
俺がそんなことを考えていると、瑞樹ちゃんが口を開いた。
「常盤くん。佐伯くん。いい?」
「う、うん」
「ウチの会社はね――」
瑞樹ちゃんの目が、怪しく輝いた。
「『お食事券』こそ、最強の武器にできるのよ」




