第2話 株主優待にカタログギフトも、オワコンです。
「だから、このプロジェクトにも立候補したのよ」
瑞樹ちゃんが、ふふんと鼻を鳴らす。
なるほど。そういうことか。
瑞樹ちゃんが、このプロジェクトに参戦した謎が解けた。
しかし――。
瑞樹ちゃん、この若さで株取引なんてやっていたんだ。
しかも、「大好き」と言ってしまうくらいに。
俺の周りには、株をやっている同年代なんて、ほとんどいない。
いや、少なくとも、俺は知らなかった。
目の前にいる同期の顔が、まるで知らない人の顔のように見えた。
「じゃあ、瑞樹ちゃん自身も、株主優待がもらえる株を持ってるってこと?」
俺は思わず聞いてしまう。
「そうよ」
「すげぇ」
「すげぇ」
俺と佐伯がハモる。
「えっ、えっ? どんなの持ってるの?」
「そうねえ。定番のソフトバンクとか、ビックカメラとか、あと、すかいらーくとか、かな」
「すげぇ」
「すげぇ」
再び、俺と佐伯の声がハモった。
「ちなみに、ソフトバンクって、ソフトバンクグループじゃなくて、ソフトバンク株式会社のほうね?」
「ごめん。違いが分からない」
「うん。分からない」
とにかく俺たちは、このプロジェクトで瑞樹ちゃんにいいところを見せるどころではないことだけ、よく分かった。
そのとき――。
キーンコーンカーンコーン。
定時を知らせるチャイムが鳴った。
「とにかく」
佐伯が立ち上がる。
「飲みに行こうか!」
「プロジェクトのキックオフといこうじゃないか」
佐伯、お前、瑞樹ちゃんと飲みに行きたいだけだろう?
魂胆が見え見えだ。
しかし――。
俺もだ。
「いい考えだ。キックオフしよう!」
俺も同調する。
俺と佐伯は、同時に瑞樹ちゃんを見る。
瑞樹ちゃんが苦笑した。
「しかたないなあ。じゃあ、行こうか」
俺と佐伯は、小さくガッツポーズを決めた。
◇
会社近くの居酒屋。
「キックオフ。かんぱーい!」
「かんぱーい!」
俺たちは、座敷の座卓で、杯を重ねた。
「しかし、同期で飲むのも久しぶりだな」
佐伯がビールをあおる。
「そうね。新入社員のころは、よく、皆で飲みに行ったよね」
瑞樹ちゃんがうなずく。
「ふたりとも、最近は、忙しいんでしょう?」
「そうだね。システムトラブルが起きたときなんか、待ったなしだからね」
「営業も、決算前の追い込みとか、ほんと、大変だよ」
「そのうえ、このプロジェクトだからね」
佐伯がため息をつく。
「まあまあ。せっかくだから、楽しんでいきましょうよ」
瑞樹ちゃんの目が輝く。
水を得た魚とは、まさに、このことなんだろうなって、心の底から思った。
ふと、そんな水を得た魚に、今一度、リベンジをしたくなった。
「ところで、瑞樹ちゃん」
「なあに?」
「株主優待の件なんだけど、もうひとつ、良い案があるんだ」
「ほう」
瑞樹ちゃんの目が、ギラリと光った。
俺はビールを飲みほし、
「カタログギフトはどうだろうか?」
「さすがだなあ、常盤! 引き出しが多い!」
佐伯が俺の肩をバンバンたたいて、絶賛する。
俺は調子に乗った。
「カタログギフトなら、好きなものを選べるし――」
「却下よ」
瑞樹ちゃんの声が、座敷に響く。
「へ?」
俺と佐伯は、同時に瑞樹ちゃんを見る。
瑞樹ちゃんは、あきれたような表情を浮かべていた。
「常盤くん。いい?」
「……はい」
「株主優待では、カタログギフトも――」
瑞樹ちゃんは、きっぱりと言った。
「オワコンよ?」
◇
「お、オワコン?」
瑞樹ちゃんからの、今日二度目のダメ出しに、唖然とする俺と佐伯。
そんな俺たちを尻目に、瑞樹ちゃんは続けた。
「たしかに、以前は、カタログギフトは株主優待の花形だった時期もあったわ」
「とくにKDDIとオリックスは、優待投資家なら誰もが知っている、カタログギフト優待の二大巨頭だったのよ」
瑞樹ちゃんはグラスを傾けながら、遠い目をした。
「でもね。最近は、カタログギフトを廃止する会社も増えているの。KDDIもオリックスも、カタログギフトをやめたわ」
「どうして、廃止されていっているの?」
佐伯が、俺の肩に手を回したまま、瑞樹ちゃんに聞いた。
「おそらくだけど、カタログギフトって、送る側にしたら手間とコストがかかるのよ」
「たしかに。カタログを送って、選んでもらって、商品を手配して、さらに商品を送って……って、手順が多いよね」
俺が答える。
「そう。例えば、オリックスのカタログギフトでは、京都水族館のオオサンショウウオのぬいぐるみが人気だったのね」
「へえ。そんなものまであったんだね?」
「ええ。株主優待の世界では、かなり有名だったわ」
瑞樹ちゃんは、懐かしそうに笑う。
「あれ、全長約九十センチもあるのよ」
「そりゃ、でかいな……」
俺は思わず声を上げた。
佐伯も驚いたように目を丸くする。
「あれだけ大きな商品を全国の株主に発送するとなると、配送や梱包の負担も、決して小さくないでしょうね」
「なるほど……」
「今はデジタルギフトやポイント型の優待も増えているからね。わざわざ紙のカタログを送って、株主に商品を選んでもらって、そこから商品を手配して配送する――という仕組みを維持する意味が、以前ほど大きくなくなってきているんじゃないかしら」
瑞樹ちゃんは、そこで一度、言葉を切った。
そして、少し寂しそうに笑う。
「個人的には、カタログギフト、大好きなんだけどね」
「ちなみに、瑞樹ちゃんは、KDDIかオリックスの株主優待、もらっているの?」
興味本位で、俺は聞いてみた。
「ええ。両方、もらっているわ」
「両方とも!」
「すげえ」
俺たちは、またも感嘆する。
「ふふ。KDDIもオリックスも、安い時に買えたからね」
瑞樹ちゃんは、楽しそうに笑った。
「KDDIなんか、菅さんが総理になって、携帯料金を下げろって強く言い始めたとき、一気に売られたのよ。市場が、値下げによる業績悪化を警戒したのね」
「へえ……」
「あの時はバーゲンセールだったなあ」
瑞樹ちゃんが、恍惚とした表情を浮かべた。
「へえ。あの時、そんなことが起きてたんだね」
「うむ。知らなかった」
俺と佐伯は、顔を見合わせる。
それにしても、瑞樹ちゃん。
どうも、世の中のとらえ方が、俺たち一般人とは、だいぶ違うようだ。
瑞樹ちゃんの得体の知れなさに、少し身震いする思いを抱いた、そんな夜であった。




