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株主優待の中の人 ~下っ端SE、株主優待プロジェクトに放り込まれました~  作者: しばたろう


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第1話 株主優待にQUOカードは、オワコンです。

「村山ファンドが、当社株を買い始めました」


 社長室に、重い声が響いた。


 報告したのは、財務担当役員だった。


 社長は、手元の資料から顔を上げる。


「……どこまで買った?」


「5%を超えています」


「5%……」


 社長の表情が険しくなった。


 上場会社にとって、この数字は決して小さくない。


 財務担当役員は、慎重な口調で続けた。


「このまま買い増しが続けば、村山ファンドの発言力がどんどん強くなります。経営陣としても、無視するわけにはいきません」


 社長は黙り込んだ。


 村山ファンドが、単なる投資目的で株を買っているとは限らない。

 経営改善を要求し、会社に対して影響力を強める。


 最悪の場合――。


「会社を乗っ取られる?」

 社長が呟いた。


「可能性は、否定できません」


 室内の空気が、一気に重くなった。


「社長、どういたしましょう?」

 財務担当役員が尋ねる。


 社長は、しばらく考え込んだ。


 株価を上げても、配当を増やしても、それだけでは抑止力にはならないだろう。


 必要なのは――。


「個人株主を増やす」


「個人株主を?」


「ああ」

 社長は、資料を机の上に置いた。


「村山ファンドが株を買い増して、株主提案をしてきたとしても、会社を応援してくれる個人株主が多ければ、簡単には通らない」


「しかし、どうやって……?」


 社長は、ゆっくりと顔を上げた。


「私に、考えがある」


◇


「株主優待を導入する!」


 社長の鶴の一声で、即日、株式会社メガ・ディッシュに『株主優待検討プロジェクト』が発足した。

 そして直ちに、各部署へプロジェクト担当者を選出するよう、トップダウンの指示が下された。


 もちろん、プロジェクト担当になったからといって、今の仕事がなくなるわけではない。


 当然、社長の思いつきとも受け取られたこのプロジェクトに、積極的に手を挙げる社員などいなかった。

 結局、自然な流れで、若手社員がプロジェクトメンバーに選ばれることになった。


 そして情報システム部から選ばれたのが、この俺、常盤和也(ときわかずや)だった。


 俺は部長に笑顔で送り出され、第一回株主優待検討プロジェクト会議が開かれる第一〇一会議室へ向かった。


(部長、本当に俺でいいんですか?)


(俺、『株主優待』が何者なのかも知らないんですよ?)


 心の中で文句を言ってみても、当然、誰も聞いてくれない。


 とはいうものの、元来生真面目な俺は、前日に株雑誌『ダイヤモンドZAi(ザイ)』を購入し、最低限の知識は仕入れておいた。


 ここで、俺の仕入れた知識を少しお披露目しよう。


 株主優待とは、企業が株主に商品やサービス、金券などを提供する制度だ。


 飲食店なら食事券、食品メーカーなら自社製品。QUOカードやカタログギフトも定番らしい。


 株主には配当とは別のメリットがあり、企業には個人株主を増やす効果が期待できる。


 ……まあ、俺が一夜漬けで理解したのは、この程度である。


◇


 第一〇一会議室には、すでに二人の若手社員が俺を待っていた。


「遅いぞ、常盤」


 佐伯恒一(さえきこういち)が、日焼けした顔に、相変わらず爽やかな笑顔を浮かべている。


 営業部。


 入社三年目。


 俺の同期だ。


「遅いぞ、常盤くん」


 桐山瑞樹(きりやまみずき)も同調して、笑顔でツッコんでくる。


 笑顔がかわいい。


 思わず頬が緩む。


 総務部。


 彼女も俺の同期だ。


「佐伯、瑞樹ちゃん。悪い悪い」


 総勢三名。


 これが、今回の株主優待検討プロジェクトのメンバーである。


 うまい具合に同期社員を集めたものだ。


 うちの大人たちの手回しには、本当に感心する。


 佐伯も、ほぼ強制的に選ばれたらしい。


 営業部は、うちなんかよりずっと体育会系だ。


 断る、なんて選択肢は、もちろん存在しなかったそうだ。


「まあ、どこでも若手はつらいものだな」


「まったくだ」


 俺と佐伯は、そろってため息をついた。


 だが、瑞樹ちゃんは、このプロジェクトに自ら立候補したらしい。


 なんで、自ら、こんな雑用じみた仕事を引き受けたのか?


 その理由は、聞けずじまいである。


◇

 

 感慨深げな俺をよそに、佐伯が立ち上がる。


「よし。じゃあ、さっそく始めようか」


 いきなりリーダーシップを発揮する。


「やるとなったら、全力で取り組もうじゃないか」


 そして、瑞樹ちゃんに、にかっと笑いかける。


 ……どうやら、佐伯は瑞樹ちゃんにいいところを見せたいらしい。


 奇遇だな、佐伯。


 俺も、そうだ。


「よし」


 俺は気合を入れた。


 昨日、一夜漬けではあるが、株主優待について勉強してきた。


 その成果を、ここで披露してやろう。


「俺に、とっておきの案がある」


「ほう」


 佐伯の目が光る。


「聞かせてもらおうじゃないか」


 俺は、仕入れたばかりの株主優待知識を総動員して答えた。


「QUOカードがいいと思う!」


「QUOカード?」


 佐伯が復唱する。


「ああ。QUOカードだ。株主優待では定番の商品だからな!」


「そうなのか!」


 佐伯が感嘆の声を上げる。


「さすが常盤。社内SEは、何でも知ってるな!」


「まあな。この程度なら常識――」


「却下よ」


 瑞樹ちゃんの声が、会議室に響き渡った。


 俺と佐伯は、同時に瑞樹ちゃんを見る。


 瑞樹ちゃんは、あきれたような表情を浮かべていた。


「常盤くん。いい?」


「……はい」


「株主優待でQUOカードは――」


 瑞樹ちゃんは、きっぱりと言った。


「オワコンよ?」


◇


「お、オワコン?」


 思いもよらない瑞樹ちゃんからのダメ出しに、唖然とする俺と佐伯。


 そんな俺たちを尻目に、瑞樹ちゃんは続けた。


「確かに、QUOカードは、株主優待の定番だし、QUOカードを優待の目玉にしている企業も多いわ。タマホームなんかは、QUOカード優待の代表格ね。100株でもらえるし、長期保有すれば金額も増える。こういう会社を見ていると、QUOカードが個人株主獲得の定番なのはよく分かるわ。でもね…」


「QUOカードって、案外、使える店が限定されるのよ。マツモトキヨシなんかも、QUOカードが使えるって謳っているけど、実際には一部店舗だけだったりするし」


「そうなんだ」


「それに、知ってる? この前、ファミリーマートはQUOカードの取り扱いを終了したわ」


「そうなの?」


「知らなかった。そういえば俺、最近QUOカード使ってないな」


「そうなのよ。QUOカードは、昔はコンビニなどで使える便利な決済手段だったけれど、今ではバーコード決済やタッチ決済など、もっと便利でスピーディーな決済手段に押されている節があるわ」


「世の中の決済も、デジタル化の波がすさまじいからな」


 俺は相槌を打つ。


「そう。もちろん、ファミマがやめたからといって、他社もすぐ追従するとは限らない。でも、長いスパンで見ると、QUOカードの将来性には、ちょっと疑問符がつくわ」


「なるほど。株主にとって、QUOカードの魅力が薄れていくリスクがあるということだな」


 佐伯がうなずいた。


「それに、QUOカードって、とりあえず個人株主を増やしたい会社が導入しやすいのよ。でも、導入したあとに、廃止したり、減額したりする会社も少なくないわ」


「なるほど……」


「だから、優待投資家からすると、『またQUOカードか』って、正直、食傷気味なのよ」


「『QUOカード新設!』なんて発表を見ただけで、警戒する優待投資家もいるくらいよ」


「もちろん、今現在、QUOカードがいろんな店で使えて便利なのは確かよ。ただ、今から新設する株主優待として、わざわざQUOカードを選ぶのはどうか、ってこと」


「なるほどね」


 俺は、瑞樹ちゃんの洞察に感心した。


 ……それにしても。


 新たな疑問が頭をよぎった。


 俺は、その疑問を瑞樹ちゃんにぶつけた。


「ところで、なんで瑞樹ちゃんは、そんなに詳しいの?」


 俺が尋ねると、瑞樹ちゃんは少し照れたように笑った。

 

「だって、わたし。株主優待、大好きだからね」


「そうなの?」


「そうなの?」


 俺と佐伯の声が、見事にはもった。

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