第15章 株主優待対決! 株主優待の中の人 VS アクティビスト
「瑞樹ちゃん。これは、いったい?」
「村山ファンドが仕掛けてきたわ」
「仕掛けてきたって!?」
瑞樹ちゃんは、手にしていたスマホを俺たちに差し出した。
「とにかく、この記事を読んで」
俺と佐伯は、瑞樹ちゃんからスマホを受け取り、二人で画面を覗き込んだ。
そこには、こんな記事が掲載されていた。
『村山ファンド、メガ・ディッシュの株主優待新設に反対――「年間4,500万円の優待より、配当・自社株買いを」』
メガ・ディッシュが新設した株主優待制度について、同社株式を5%超保有する村山ファンドが、自社ウェブサイト上で意見書を公表した。
村山ファンドは今回の株主優待制度について、「株主価値の向上という観点から、適切な施策とは考えていない」として、反対する姿勢を明らかにした。
メガ・ディッシュが導入した株主優待は、100株以上を保有する株主を対象に、年2回、1回1,000円分、年間2,000円分のお食事券を贈呈するもの。
株価300円を前提とした場合、100株の投資額は3万円となり、年間の優待利回りは6.67%に達する。
村山ファンドが問題視しているのは、この高い優待水準に伴うコストだ。
意見書では、株主優待の運営に必要となる費用を含め、会社が多額の資金を株主優待に振り向けることについて、「資本効率の観点から非効率」と指摘。
そのうえで、
「同額の資金を配当として株主に還元する、あるいは自社株買いに充当するほうが、株主価値の向上につながる」
と主張している。
特に自社株買いについては、発行済み株式数を減少させることで、1株当たり利益(EPS)や1株当たり純資産(BPS)の改善につながる可能性があるとして、株主優待よりも効率的な株主還元策だとしている。
また、株主優待はその性質上、すべての株主が同じ形で利益を受け取れるわけではない点についても言及。
自社店舗を利用する株主にとってはメリットが大きい一方、店舗を利用しない株主にとっては、その価値を十分に享受できない可能性があると指摘した。
村山ファンドは、メガ・ディッシュの株式を5%超保有しており、同社の株主構成において一定の影響力を持つ。
今回の意見書について、村山ファンドは株主優待制度そのものを否定するのではなく、限られた会社資金をどのような方法で株主に還元することが最も効率的なのかを検討すべきだとの立場を示している。
メガ・ディッシュは今回、個人株主の増加を目的の一つとして株主優待を導入したばかり。
高い優待利回りを武器に個人投資家から注目を集める一方、主要株主である村山ファンドからは、その費用対効果を疑問視する声が上がった格好だ。
今後、メガ・ディッシュが村山ファンドの意見に対してどのような対応を取るのか、市場の関心が集まりそうだ。
記事を読み終えた俺と佐伯は、顔を上げて瑞樹ちゃんを見た。
「すごい勢いで否定されてるんだけど……」
佐伯が呟く。
「これ……なんか、やばくない?」
俺も思わず口にする。
瑞樹ちゃんは、スマホを受け取りながら、小さくため息をついた。
「一波乱、ありそうね」
そのときだった。
俺の社給スマホが鳴った。
「はい、常盤です」
電話に出ると、秘書室からだった。
「社長がお呼びです。プロジェクトメンバーの皆さんで、社長室まで来てください」
「……分かりました」
電話を切る。
俺は、佐伯と瑞樹ちゃんを見る。
「社長室に来いって」
「さっそく、来たわね」
瑞樹ちゃんが、ぽつりと呟いた。
◇
社長室に入るなり、社長の険しい声が響いた。
「君たちに、知らせておきたいことがある」
「村山ファンドの記事の件ですね?」
瑞樹ちゃんが即答する。
すると社長は、少し驚いたように目を見開いた。
「その通りだ。……さすがプロジェクトメンバーだね。耳が早い」
そう言って、社長は俺たちに席を勧めた。
俺たちは並んでソファに腰を下ろす。
社長は、一度深く息を吐くと、口を開いた。
「村山ファンドが表立って動いてきたからには、我々も、こちらの主張を公表する必要があるだろう」
社長は、少し間を置いて続けた。
「株主優待そのものが、世間からネガティブに捉えられてしまえば、新たな個人株主の増加が鈍るだけではない。場合によっては、株主優待を導入したこと自体が、株価の下落圧力になりかねないからね」
「会社として、反論するということですか?」
佐伯が尋ねる。
「そうだ。ただ、どう切り返すかが問題だ。君たちの意見を聞きたい」
「村山ファンドは、間違ったことを言っているわけではないですから……そこが難しいところですね」
瑞樹ちゃんが、率直に答えた。
「まさに、その通りだ」
社長は渋い表情を浮かべる。
「それでも、我々が株主優待を選択した明確な理由は、主張しなければならない」
「しかし、投資効率という数字だけで見れば、明らかに株主優待には分が悪いですよね」
佐伯が答える。
「年間4,500万円ですからね。配当や自社株買いに使ったほうがいい、と言われると……」
俺は、二人と社長の会話を聞きながら、なんとなく違和感を覚えていた。
「あの……」
思わず声を上げる。
三人の視線が、一斉に俺へ向いた。
俺は一瞬ひるんだ。
でも、ここで黙っているわけにもいかない。
「村山ファンドの言い分は、確かに数字だけ見れば正論だと思うんです」
一度、言葉を切る。
「でも……なんというか、味気ないというか」
「味気ない?」
社長が聞き返す。
「はい」
俺は、自分でもうまく説明できないまま、続けた。
「なんというか……ロマンがないというか」
「それよ!」
瑞樹ちゃんが突然、叫んだ。
「えっ?」
俺と佐伯、それに社長まで、虚を突かれたような顔で瑞樹ちゃんを見る。
瑞樹ちゃんは勢いよく立ち上がった。
「村山ファンドは、さすがアクティビストで名の知れたファンドね。理論的には、ぐうの音も出ないわ」
瑞樹ちゃんは、俺たち三人を順番に見回す。
「でもね」
そこで、ニヤリと笑った。
「個人投資家――特に、株主優待が大好物な『株主優待民』の心理を、まったく理解していないんじゃないかしら」
「『株主優待民』の心理……」
社長が呟く。
「はい」
瑞樹ちゃんは社長に向き直った。
「社長。つまり、村山ファンドの主張を逆手に取ればいいんです!」
「ふむ……」
社長が興味深そうに眉を上げる。
「詳しく聞かせてくれ」
「はい!」
瑞樹ちゃんは、俺たち三人に向かって手招きした。
「ちょっと、みんな顔を寄せて」
「え?」
俺と佐伯は顔を見合わせる。
言われるまま、瑞樹ちゃんの近くに顔を寄せる。
すると――。
瑞樹ちゃんが、悪い顔をした。
「つまりですね……」




