第13章 株主優待、お食事券の仕様が決まる
「あと、もうひとつ、重要な条件をつけるわ」
「重要な条件?」
俺が聞き返す。
「そう。株主優待の条件を、最低半年の継続保有とするの」
「つまり、半年以上持ち続けないと、お食事券をもらえる権利が得られない、ということかな?」
「そういうこと」
佐伯が首をかしげる。
「それは、どういう意図があるの?」
「クロス取引の対策よ」
「クロス取引?」
聞き慣れない言葉だった。
「ええ。簡単に言うと、同じ銘柄を現物で買うのと同時に、信用取引で売るの」
「買うのと、売るのを同時に?」
「そう。そうすることで、株価が上がっても下がっても、買いと売りの損益がある程度相殺されるのよ」
「なるほど……」
「そして、権利確定日に株主としての権利を確保すれば、株主優待を受け取れるというわけ」
「つまり、この手法を使えば、株を実質的に保有し続けることなく、株主優待を取得することができるの」
「ええっ。そんなこと、合法でできるの?」
「ええ。合法よ」
瑞樹ちゃんは、さらりと答えた。
「ただ、企業側からすると、優待だけを目的とした短期的な株主を増やしてしまうことになる。それは、今回の私たちの目的とは合わないわ」
「なるほど……」
「だから、優待を受け取るために一定期間の継続保有を条件にする企業もあるのよ」
「最近は、そういう会社も多いの?」
「ええ。クロス取引も個人投資家の間ではかなり知られるようになってきたから、企業側も対策を考えるようになっているわ」
「株主も、いろいろ考えるもんだな」
「まったくだ。感心するというか、あきれるというか……」
俺と佐伯は、顔を見合わせた。
◇
「あ、そうそう」
瑞樹ちゃんが、思い出したようにつぶやいた。
「あと、これは優待券の常識かもしれないけど、『転売禁止』の注意書きは入れてね」
「なるほど。わかった」
俺がうなずく。
「株主優待券って、転売されるんだね」
佐伯が意外そうに尋ねる。
「ええ。チケットショップで普通に扱われているものもあるし、フリマサイトでも売買されているわ」
瑞樹ちゃんは、指を一本立てた。
「ただし、フリマサイトによってルールは違うの」
「へえ」
「たとえばメルカリ。電子チケットや電子クーポン、QRコードなどは原則として禁止。でも、紙のチケットについては、一定の条件を満たせば出品できるものもあるのよ」
「なるほど」
「一方、ラクマでは、特定の株主優待券が名指しで禁止されているわ」
「企業から抗議があったのかな?」
「そこまでは分からないわね。運営側の判断でしょう」
瑞樹ちゃんは肩をすくめた。
「Yahoo!フリマはもっと明確よ。株主優待券そのものを禁止しているわ」
「へえ。じゃあ、フリマサイトによって全然違うんだな」
「そういうこと。ちなみに、同じYahoo!系でもヤフオク!では扱いが違うのよ」
「同じ会社なのに?」
「ええ。サービスごとにルールが違うの」
俺は腕を組んだ。
「じゃあ、うちのお食事券も、転売される可能性はあるってことか」
「あると思っておいたほうがいいわね」
「でも、転売されたとして、うちの会社には何か損があるのか?」
佐伯が尋ねる。
「直接的な損失は、それほどないと思うわ。ただ……」
瑞樹ちゃんが少し考える。
「私たちは株主に長く保有してもらうために、この優待制度を作るんでしょう?」
「ああ」
「だったら、優待だけを目的とした短期保有や、優待券の転売で、その目的が薄れてしまう可能性はあるわ」
「なるほど……」
「株主優待って、ただ券を配ればいいってわけじゃないんだな」
「そういうこと」
俺はため息をついた。
「クロス取引の対策を考えたと思ったら、今度は転売対策か」
「株主優待って、奥が深いねえ」
佐伯が笑う。
「まったくだ」
俺と佐伯は、顔を見合わせた。
◇
「以上が、私たちのお食事券の概要よ」
瑞樹ちゃんが、プロジェクターの画面を指し示す。
「了解。じゃあ、この内容を前提に、BPO先との話を詰めるよ」
俺は頷いた。
「お食事券のデザインとか、何か要望はあるかな?」
「個人株主は、お食事券のデザインに、それほどこだわらないと思うわ」
瑞樹ちゃんは、あっさり答えた。
「だから、デザインについては、一番コストの安いものでいいんじゃないかしら」
「了解」
俺はメモを取る。
「あと、おつりは出せるようにする?」
「『おつりなし』でお願い。それが一般的なのよ」
「なるほど。了解」
「株主には、券面額以上の利用を促すことにもなるしな」
佐伯が頷いた。
「そういうこと。制度もシンプルになるわ」
瑞樹ちゃんが頷く。
「じゃあ、俺はその前提で、共同印刷に伝えてみるよ」
佐伯も頷いた。
「俺は、五百円券という前提で、加盟店への説明内容を組み立てるよ」
「ふたりとも、よろしくね」
瑞樹ちゃんはそう言うと、少し考えてから続けた。
「私は、お食事券の金額について、社長に最終確認を取ってみるわ」
「一気に加速できそうだな」
佐伯が笑う。
「ああ。正念場だな」
俺も頷いた。
制度の大枠は、ようやく固まった。
あとは、それを実際に動かすだけだ。
長かった検討も、いよいよ実行段階に入ろうとしていた。




