第12章 株主優待、豪華にすればいいってもんじゃない
翌日。
「常盤くん。佐伯くん」
プロジェクトルームに、瑞樹ちゃんの凛とした声が響いた。
「お食事券の詳細を決めたよ」
「おおっ」
「待ってました」
瑞樹ちゃんによる、「お食事券発表会」が始まった。
プロジェクトルームに設置されたプロジェクターに資料を投影しながら、瑞樹ちゃんが説明を始める。
「まず、形状は紙のお食事券ね」
「うん」
「先日言ってた通りだね」
「そして、金額は――」
瑞樹ちゃんが、次のスライドを表示する。
「100株保有で、500円券を2枚。つまり、1,000円分のお食事券を年2回。年間で2,000円分を配布するわ」
「なるほど」
佐伯が頷く。
「500円単位なら使いやすいね。年2回というのも喜ばれそうだ」
「そうね」
瑞樹ちゃんが続ける。
「うちの株価は現在、1株約300円。100株なら約3万円だから、年間2,000円分の優待。優待利回り、つまり投資金額に対する年間優待額の割合は、約6.67%になるわね」
「ところで、優待利回り6.67%って、高いの? 安いの?」
俺が聞く。
「かなり高いわよ」
瑞樹ちゃんは即答した。
「外食企業の株主優待としては、トップクラスの水準になるわね。これは、個人投資家の間でも話題になると思う」
「そうなんだ」
「例えば、すかいらーくは100株保有で、年間4,000円分の優待。現在の株価水準なら、優待利回りは1%台になるわ」
「なるほど」
「吉野家も、100株保有で年間4,000円分。こちらも優待利回りは1%台ね」
「周りと比べても、ダントツって感じだな!」
佐伯が身を乗り出す。
「これで個人株主が飛びついてくれれば、社長の思惑通りになるってわけだ」
「ええ」
瑞樹ちゃんは頷いた。
「ただ、もちろん会社側から見ると、年間数千万円規模のコストが発生するわけだから、最終的には経営者に判断してもらうことになるわね」
「株主の獲得を優先するために、会社の利益をどこまで削る覚悟があるか、だな」
「そういうこと」
そこで、佐伯がふと疑問を口にした。
「ちなみに、この株主優待で、新規株主はどれくらい増えるんだろう?」
「それは、さすがに予測は難しいけれど……」
瑞樹ちゃんは、少し考えてから続けた。
「仮に、7,500人の個人投資家が新たに100株ずつ取得したとするわ」
「7,500人?」
「今の株主数が15,000人だから、その50%にあたる人数ね」
瑞樹ちゃんが、スライドを切り替える。
「そうすると、株主数は15,000人から22,500人になる」
「おお……」
「そして、現在の個人株主の保有比率は15%。つまり150万株ね」
「うん」
「新たに7,500人が100株ずつ持つなら、個人株主の保有株式は75万株増える」
瑞樹ちゃんが、さらに数字を示す。
「150万株+75万株で225万株。発行済株式数は1,000万株だから、個人株主の保有比率は22.5%になるわ」
「なるほど」
俺は数字を見つめた。
「個人株主比率が7.5ポイント上がるっていうのは、なかなかだね」
「そうね。あくまで仮定の数字だけど、これくらい増えれば、会社にとっても大きな変化になるわね」
「そうすると、もっとお食事券の金額を上げれば、さらに株主が増えるってこと?」
佐伯が聞く。
「理屈の上では、そうかもしれないわね」
瑞樹ちゃんは、少し間を置いた。
「でも、無理をしすぎるのも良くないの」
「どういうこと?」
「行き過ぎた株主還元は、最悪の結果につながることがあるから」
「最悪の結果?」
「そう。コストに耐えられなくなって、株主優待を取りやめたり、大幅に内容を変更したりすることね」
瑞樹ちゃんの表情が、少し真剣になる。
「そうなると、株主からの信頼を失う可能性がある。特に、優待目当てで株を買った個人投資家にとっては、大きな問題になるわ」
「これじゃ逆効果になりかねないってことか」
佐伯がため息をつく。
「そうね。過去にも、豪華な株主優待を発表したあと、短期間で内容を変更したり、廃止したりした企業はあるわ」
「それはひどいな」
「ええ。最近だと、ビジョンが話題になったわね」
「ビジョン?」
「2024年11月に、300株以上の株主への優待として、QUOカードを追加したの。そして翌12月には、QUOカードの代わりにデジタルギフトも選べるようになった」
「ほう……」
「金額もかなり大きくて、300株以上なら、もともとの自社サービス利用券に加えて、QUOカードやデジタルギフトが年間3万円分。優待利回りは、当時の株価で計算すると14.58%にもなったのよ」
「14.58%!?」
俺は思わず声を上げた。
「かなりの大盤振る舞いだな」
「そうね。でも、その優待は長く続かなかった」
「え?」
「わずか2~3か月後の2025年2月、ビジョンはQUOカードとデジタルギフトの廃止を発表したの」
「そんなに早く?」
「ええ。2024年12月末基準の優待が、その内容で実施される最初で最後の回になったわ」
「じゃあ、実質一回だけ……」
「そういうことね」
瑞樹ちゃんが頷く。
「会社側の説明によると、株主数が想定以上に増えて、株主優待にかかる費用も増えすぎた。その結果、営業利益の減少につながっていたみたい」
「株主を増やそうとして、増えすぎた株主が逆に会社の負担になったってことか」
「ええ。優待の変更が発表された翌日には、ビジョンの株価も8.43%下落したと報じられているわ」
「うわ……」
「個人投資家からすると、かなりショックよね。高額な優待を期待して株を買った人もいただろうから」
「なるほど……」
俺は、スクリーンに映し出された数字を見つめた。
「つまり、株主を増やしたいからって、最初から無理な優待を設定するのは危険ってことだな」
「そういうこと」
「コスト計算が甘すぎた、ということかな」
「それもあるでしょうね。だからこそ、私たちが今考えている年間2,000円という金額も、会社が継続して負担できるかどうかまで考えないといけないの」
「無理はいけない、ということだな」
「まったく、その通りだな」
俺と佐伯は、そろって頷いた。




