第11章 お食事券を配るだけじゃ、終わりません
そして、打ち合わせ当日。
俺はプロジェクトルームから、共同印刷とのオンライン会議に参加した。
「本日は、実際に導入する場合の運用について確認させてください」
俺は、いくつか質問をぶつけていった。
「対象となる株主データをいただければ、その後のデータ処理や券の印刷、発送まで対応可能です」
「株主からの問い合わせについても、御社で対応できるんですか?」
「はい。事務局で対応可能です」
なるほど。
株主データをこちらで用意すれば、その後の印刷、発送、問い合わせ対応まで任せられる。
かなりの部分を外部に切り出せそうだ。
「では、株主データは、こちらで対象者を抽出して、指定のフォーマットでお渡しするということですね?」
「はい。その形になります」
「分かりました」
その後、契約や見積もりについて確認し、打ち合わせは終了した。
俺は、すぐに次の疑問に気づいた。
株主データは、どこから取得する?
◇
共同印刷との打ち合わせを終えた俺は、株主情報の取得方法を確認するため、情報システム部へ向かった。
「株主の情報って、今はどうやって取得してるんですか?」
先輩に聞くと、証券代行会社のWebシステムから取得できるという。
「株主総会のときも、これを使ってるんですね」
「ああ。毎年、そこから必要なデータを取得している」
なるほど。
俺は礼を言って、先輩のもとを離れた。
基準日に確定した株主情報を取得し、そこから優待対象者を抽出する。
対象者の抽出自体は、Excelのフィルタ機能を使って、ゴリゴリの手作業でやることもできる。
なんなら、Pythonあたりで、その処理専用のちょっとしたプログラムを作ってしまってもいい。
ロジック自体は単純だ。
あとは、共同印刷が指定する形式にデータを整えて渡せば、優待券の印刷や発送まで任せられる。
「これなら、株主にお食事券を届けるところまでは、既存の仕組みで対応できそうだな」
株主優待専用のシステムを、一から作る必要はなさそうだ。
ただし――。
株主が実際に店舗でお食事券を使ったときの処理は、また別の問題だ。
株主が店舗でお食事券を使った場合、店員はどんなオペレーションをするのか。
会計時にお食事券を受け取り、レジのPOSに「株主優待券」として入力する。
おそらく、そんな流れになるはずだ。
POSは、現金以外の支払方法にも対応している。
ならば、お食事券という新しい支払方法を追加する場合、POS側ではどんな設定が必要になるのだろう?
単純に支払方法を一つ追加するだけで済むのか。
それとも、ほかにもシステム側の対応が必要なのか。
「餅は餅屋、だな」
俺はひとりごちると、POS担当の先輩のもとへ向かった。
◇
「お、常盤。どうした?」
POS担当の先輩が、俺に気づいて声をかけてくる。
「ちょっと聞きたいことがありまして」
「株主優待の件か?」
「はい」
俺は、今検討しているお食事券について説明した。
「紙のお食事券を店舗で使えるようにするんですけど、POS側では、どんな対応が必要になりますか?」
「なるほどな」
先輩は少し考えてから答えた。
「まず、POSに新しい支払方法として『株主優待券』を追加することになるだろうな」
「やっぱり、券種を追加するだけですか?」
「基本的にはな」
先輩はPOSの画面を開いて見せてくれた。
「今も、現金以外の支払方法がいくつか登録されているだろ?」
「はい。クレジットカードとか、電子マネーとか」
「そう。そこに『株主優待券』を追加するイメージだ」
「なるほど」
俺はうなずいた。
「じゃあ、大規模なシステム改修までは必要ない?」
「既存のPOSが新しい支払方法の追加に対応しているなら、そこまで大掛かりにはならないだろうな」
「それなら、よかった」
「ただし、POSだけじゃないぞ」
「え?」
「加盟店との精算システムも対応が必要になる」
俺は、少し考えた。
「加盟店の精算って、今もシステム化されていますよね?」
「ああ。毎月の売上データをもとに、本部と加盟店の間で精算する仕組みになっている」
「なるほど」
「だから、そこに『株主優待券による売上』を追加して、通常の売上とは別に処理できるようにする必要がある」
「つまり、精算システム側にも新しい売上区分を追加する、と」
「そういうことだな」
先輩がうなずく。
「POSで株主優待券の利用実績を記録する。そこからデータを精算システムに連携して、加盟店への精算額を計算する」
「なるほど……」
俺はメモを取った。
「でも、それなら、改修自体はそれほど大変じゃなさそうですね」
「うん。今ある仕組みに新しい券種と売上区分を追加するだけなら、大規模な開発にはならないと思う」
「それなら、システム面は、そこまで心配しなくてもよさそうですね」
「ああ。ただ――」
先輩が、少し表情を変えた。
「紙の金券なら、不正利用への対策は考えたほうがいい」
「不正利用?」
「たとえば、同じ券を二回使われたら困るだろ?」
「ああ……」
「だから、POSの利用記録だけじゃなくて、その券そのものが本当に使われたことを確認できる仕組みも必要になる」
「なるほど」
「一番分かりやすいのは、使用済みのお食事券を店舗で回収して、本部に送ってもらう方法だな」
「実物を回収するわけですね」
「ああ。実物が本部に届けば、POSの利用実績と照合できる」
「それなら、かなり確実ですね」
俺は思わずため息をついた。
「……思っていたより、いろいろありますね」
「まあ、紙の金券を扱う以上、その辺は必要だろうな」
「でも、既存の仕組みを使える部分が多いなら、開発そのものは、それほど大掛かりにはならなさそうですね」
「ああ。ゼロから作る話じゃないからな」
「分かりました。ありがとうございます」
「おう。制度の詳細が決まったら、また相談してくれ」
「お願いします」
俺は頭を下げ、情シス部を後にした。
株主にお食事券を届ける仕組みも、店舗で利用する仕組みも、既存のシステムを活用できそうだ。
必要なのは、それぞれに株主優待券を組み込むための改修。
そして、使用済み券をどう回収し、POSの利用実績とどう照合するか。
俺は、ようやく株主優待の運用全体が見えてきた気がした。
……どうやら、お食事券は、配って終わりではないらしい。




