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探偵の花園 【ミステリー短編集】  作者: 遊川遊
File 3 七夕の殺人
9/10

第二の火事

 同じ部屋にテマリも一緒にいたので、花園くんが一瞬だけ戸惑った表情を見せたが、すぐに冷静になり、僕たち二人を風上の安全な場所まで誘導してくれた。


「犠牲者は?」

「まだ判らない」


 ほぼ全焼していたので、消火作業する姿もなかった。温泉施設の前の駐車場にいるのは僕たち三人の他にミモザさんと白木さんだけで、見える範囲では、宿のご主人が煙の出ているハウスの前で電話している姿が確認できるだけだった。


 火災が起きたのはテマリの部屋ではなく、その隣の5号ハウスだった。部屋の間隔が広いから飛び火しなかったけど、それだけに気づいてあげることができなかった。


「他の方は?」


 花園くんが白木さんに尋ねた。


「沢村さんと番場さんは、山田さんを捜しに行きました。見つかるといいんですが」

「そうですね」


 それ以上は尋ねようとしなかった。彼女もスマホを握ったまま立ちすくんでいたので、山田さんと連絡が取れないことが察せられた。


 それから宿のご主人から説明を受けて、警察が来るまで現場に近づかず、着替えを済ませたら本館に集まるように指示を受けた。


 その際、火災現場の方は見ないようにと念を押されたので、山田さんの焼死体が目視でも確認できたのだと理解した。


 自分たちの部屋に戻り、着替えを済ませてから、四人で集まり、火災現場で手を合わせてから、温泉施設のレストランに行った。


 厨房に宿の女将さんの姿はなく、宿の従業員さんが一人で食事を作っていた。邪魔するのも悪いので、誰も話し掛けようとしなかった。


「僕もいま、ご主人から、たったいま、聞いたばかりだ。本当に、残念に思う」


 浴衣姿の沢村さんが汗びっしょりかきながら、僕たちが囲んでるテーブルに来て、悔しさを滲ませると、気力を失ったかのように脱力して、空いている席に腰を下ろした。


「最後まで信じて捜されていたんですね」


 労うことで気力を取り戻してほしいと声を掛けた。


「朝風呂に行ったんだ──」


 沢村さんが誰にともなく語り始めた。


「──外から入れる露天風呂。ほら、二十四時間だろう? あそこでもうちょっと早く気がついていればな……」


 そこで言葉が途切れたけど、次の言葉を催促できるはずもなく、待つしかなかった。


「風呂から上がって帰ろうと思ったら、真っ黒な煙が立ち上っているのが見えて、急いで火元に向かったんだ。もう、その時には近づくこともできなかった。申し訳ないけど、救助できるような状況じゃなかった。消火作業すら不可能だよ」


 誰も責めていないのに、沢村さんは弁解するかのように言い訳した。


「番場さんを起こして、彼に他の人も起こすように頼んで、僕は本館に行って従業員を呼びに行ったんだ。フロントに行ったら誰もいなくて、ブザーを鳴らしたら、従業員の方が来てくれた。すぐに宿のご夫婦を起こしに行ってくれたよ」


 そこで顎の下に溜まった汗の水滴を拭った。


「現場に戻ろうと思ったけど、彼女も朝風呂に入ってるかもしれないと考えて、急いで裏手に回ったんだ。声を掛けたけど、返事はなかった。脱衣所も使われていなかったので、今度は館内を調べようと思った」


 絶望と思えるような状況でも、生存を信じて行動できる、彼は間違いなく本物の探偵だ。


「戻る時に番場さんと鉢合わせしたので、彼にも一緒に捜してもらった。それから奥さんに呼ばれて、ご主人の元に行ったら、亡くなったことを告げられた。おそらく、間違いないだろうと」


 そこで僕たちと目を合わせてきた。


「知り合ったばかりとはいえ、君たちもつらいだろうね」


 年長者らしく僕たちを気遣ってくれた。


「消防と警察だけど、高速船で来てくれるそうだから、昼前には到着するそうだ。簡単な聞き取り調査を受けると思うけど、訊かれたことに答えるだけでいい。予定があるなら、僕の方から話を通しておくよ。といっても、楽しめないと思うけど」


 年長者のミモザさんが答える。


「島民の生活を取材するつもりでしたが、別の機会にしたいと思います」

「そうか、その方がいいだろうね」

「明日の午前中には帰る予定ですが、大丈夫でしょうか?」

「どのみち調査は長く掛かるから、足止めを食らうことはないよ」


 消防と警察で調査結果に違いが出ることもあり、難しい仕事だと聞いている。


「昨夜から今朝にかけて、亡くなられた山田さんに変わったところはありませんでしたが?」


 どういうわけか、花園くんに探偵モードのスイッチが入った。


「昨日のことは、正直、よく憶えていないんだ。ここのレストランを夜中まで使わせてもらって、四人で呑み散らかしちゃったもんだから俺は馬場さんに迷惑を掛けて部屋まで運んでもらった……、いや、自分の足で帰ったのかな」


 僕はお酒を飲んだことがないので、記憶を失くすというのが信じられない。本当にそんなことがあるだろうか?


「山田さんに関しても憶えていませんか?」

「いや、彼女もすごく呑んでたよ」

「タバコを吸っていましたか?」

「いや、あっ、どうだろう? 憶えてないな」

「先生は何が出火の原因だと思われますか?」


 沢村探偵が考える。


「宿の人も含めて、ここに滞在している人の中で喫煙者は彼女一人だけだった。あのトレーラーハウスは火種になるようなものは何もないから、普通に考えればタバコの不始末だ。ただ、僕と君たち四人以外は半年前に火事を経験しているから、火の取り扱いを間違うとは思えないんだよな」


 ここでテマリがしゃしゃり出てくる。


「先生、その半年前の火事が殺人だとしたらどうですか?」

「話は変わってくる」

「ですよね。誰かが同じ方法で殺害したことになります」

「それは分からないが、同じ目に遭ったのは確かだ」

「復讐の可能性があるんです」

「うん、まぁ、そういうのは裏取りするまで口にしないものだけど」

「すいません」

「いや、僕は構わないから、自由に考えればいい」

「ありがとうございます」


 警察や探偵は人が亡くなった直後でも頭を切り替えて、事件性を疑い、人を疑い、デリカシーのない質問や、神経を疑うようなことを口にしなければいけないのだから、人間性を疑われる大変な仕事だ。


「事件性があればの話だが、今回は僕も容疑者の一人として疑われるだろう。だけど肝心な記憶がないから、自分でも証明のしようがない。それでいて都合よく第一発見者になってしまったわけだから、疑われない方が不自然だ」


 確かに、危うく証言を鵜呑みにするところだった。今までの証言が全部ウソかもしれないわけだ。しかも、それをわざわざ自ら指摘して、あたかも無関係であると装っている可能性もあるわけで、かえって逆に怪しくもある。


「先生の無実を、わたしが証明してみせます」


 探偵に憧れるテマリは沢村さんの潔白を信じて疑っていないようだ。


「それは頼もしいね」

「テマリにお任せください」


 そこで第一発見者は「水風呂に入ってくる」と言って、席を立った。



 着替えを済ませた番場さんが入れ替わるように入ってきた。僕たちのテーブルには座らず、隣のテーブル席に腰を下ろすのだった。


「まさか、ね、半年に二度もこんなことが起こるとは」


 関係者の中で一番の年長者だけど、最もショックを受けて、見るからに憔悴している感じだった。前回の火事が、それほど苛烈な経験だったのだろう。


「番場さんは、今朝の火事をどのように見ていますか?」


 今回の花園くんは、最初から探偵モードだった。


「何が何やら、どうしてこうも火事が立て続けに起こるのか」


 要領を得ない回答だった。


「沢村さんは相当お酒に酔っておられて記憶がないと仰っていました。番場さんも昨夜は相当お酒を召し上がりましたか?」


 具体的な質問に変えた。


「私らは沢村先生の接待みたいなもんだから、夜中までお付き合いしたけど、ヘベレケになるまで呑み潰れることはないんだ。あくまで仕事の一部だからね。ただ、山田さんは出来上がってたけどね。彼女も泥酔してたのかもしれないな」


 ウチの劇団は飲みサーではないので、お酒についてはさっぱり解らなかった。


「昨夜の行動を憶えている範囲で教えてくれませんか?」


 要約すると、夕飯の後に沢村さんとサウナに入って、夜の九時からミーティングと称して飲み会が始まったそうだ。


 会話の内容は、沢村探偵の実録モノの新作についてだ。佐山天願の死を巡る本だが、それを三人の編集者で競合し、出版権を争っていたそうだ。


 それが無償での取材協力が狙いだと理解していたが、編集部の意向もあり、レースへの参加を受け入れたそうだ。


「深夜の一時過ぎには先生もベロンベロンになっていたので、トレーラーハウスまでお連れして、僕も部屋に帰って眠ってしまった。お先に失礼したので、山田さんのことは白木さんに聞いてほしい」


 探偵の花園くんが尋ねる。


「その出版権は誰が獲得したんですか?」

「それも白木くんに聞いてくれ」


 番場さんが不満げな態度を隠さなかった。


「彼女、佐山天願の本当の遺作は自分が持ってると言い出してね、沢村さんも盛り上がっちゃって、僕らの前でお祝いまで始めたんだ。なんか、いいように利用されたんだろうな。もう、二度と関わり合いになりたくないね」


 そこで立ち上がった。


「しかし、こうしてネタはもらったんだ。悪いけど、仕事に戻らせてもらうよ。今度はこっちが利用させてもらう番だ」


 そう言って、レストランを後にした。



 入れ替わるように、白木さんが現れた。さっき見た時は顔色が悪かったけど、化粧をして、浴衣から普段着に着替えていたので疲れは見えなかった。


「みんな、大丈夫?」


 僕たちを気遣う余裕さえ感じられた。


「全員、問題ありません」

「そう、それは良かった」


 ミモザさんが代表して答えると、微笑みを称えた。


「あの、質問してもよろしいですか?」


 白木さんが座って腰を落ち着けようとしないので、花園くんの方から話を振った。


「亡くなられた山田さんが、最後に一緒にいたのは白木さんだと伺いました。その時の様子を教えてくれませんか?」


 そこで視線を泳がし、レストランの誰も座っていないテーブル席の方を見た。

 おそらく、そこで生前の彼女と一緒に過ごしていたのだろう。


「やっぱり、私が最後に話をした人だったのね。こうなると分かっていたら、一緒に露天風呂に入ってあげればよかった」


 その表情から後悔の念が滲んでいた。


「山田さんは一人で露天風呂に入ったんですか?」

「そうね、汗でお酒を流すって言ってたから」

「聞いた話では、相当お酒に酔ってたそうですが」

「ふふっ」


 場違いな笑い声に、全員が戸惑った。


「あの子は酔わせ上手なのよね。飲みっぷりがいいのは最初だけで、途中からは完全にシラフに戻ってるんだもん。あの歳で自分に合った酔い方を知ってるんだから大したものだけど」


 そこでテマリがしゃしゃり出る。


「佐山天願の本当の遺作は別にあって、その原稿を白木さんが持っているというのは事実ですか?」

「番場さんから聞いたのね、えぇ、ほんとうよ」


 あっさりと認めた。


「ただ、こんな説明をするのは心苦しいんだけど、『だから何?』って話なの。未発表の原稿が見つかってニュースになるのは大作家だけであって、二十五年前に消えた作家の原稿に価値はないのよ。それに関しては番場さんも解ってるはずなのに」


 テマリが粘る。


「山田さんにとっては不意打ちだったんじゃありませんか? 遺作として売り出そうとしたら、今になって否定されたんですから」


 核心を突かれた様子はなく、白木さんは余裕たっぷりだ。


「あの子にとっては、そんなことすらどうでもいいのよ。買い支えているファンもいないし、一般層にも刺さりづらいし、メディアミックスも期待できないし、名誉ある仕事でもないし、申し訳ないけど、本当に価値がないの」


 売れない作家の原稿を巡って喧嘩するほど編集者は暇じゃないようだ。

 それでもテマリは、まだ粘る。


「それなら沢村先生の原稿はどうですか? それも山田さんは価値がないと思っていたんでしょうか?」


 意外と鋭い質問だったので見直した。


「それは単純にプレゼンの差なのよね。いや、経験の差かしら。山田さんは論外として、番場さんは正式に引き継いだ担当なんだから、天願の関連書籍を出すチャンスはいくらでもあったのよ。それを不意にしたのは何のアプローチもしてこなかったからでしょ」


 そこには静かな怒りがあった。


「売れっ子の沢村先生が佐山天願に興味を抱いたのは、まさに僥倖だった。おそらく天願の遺作よりも手堅く売れるでしょう。その機会を逃したのは、番場さんが自ら招いた担当作家への没交渉が敗因なんだから、責任は自分にあるのよ」


 編集歴は番場さんの方が上だけど、経験値の詰み方で白木さんが勝ったというわけだ。


「仕事があるからこれで失礼するけど、聞きたいことがあったらなんでも訊いて。私も後で取材させてもらうから、持ちつ持たれつでいきましょう」


 そう言って、颯爽と去って行った。



 お昼前に合同捜査チームが到着した。消防職員と所轄署の警官が大半だが、陣頭指揮を執っていたのは警視庁捜査一課の火災犯捜査係だった。


 離島では受け入れ人数に限界があるので、鑑識作業を終えたら捜査を続ける二名を残して、その日の内に島を離れると聞いていた。


 失火事件を担当する刑事さんと沢村さんは取材で知り合った仲らしく、レストランで再会した時、友人と会ったかのように近況を伝え合っていた。


「奥さん、妊娠中じゃなかった?」

「先々月、生まれました」

「どっち?」

「女の子です」

「可愛くて仕方ないだろう?」

「えぇ、まぁ」


 事件現場なので、あからさまな笑顔を見せないところにプロ意識を感じた。


「生まれたばっかりなのに泊まり仕事ってのも、奥さんも大変だね」

「女房には感謝しています」

「今が一番しあわせじゃないか」

「えぇ、いや、まぁ、その」

「どうしたの?」

「今朝方、結婚指輪を失くしたもんで、どうしたものかと」

「それで元気がないんだ」

「はぁ、まぁ」


 世間話を終えると、二人は僕たちが座っているテーブルにやってきて、沢村さんがリードする形で捜査主任の刑事さんを紹介してもらった。


「こちらは火災係のエースでもある鷲宮和彦わしみやかずひこ君。佐山天願の火災事故も担当していたから、なんでも訊くといいよ。今日は泊まりだっていうからね」


 話し振りから沢村探偵の方が年上だと思うけど、見た目は刑事さんの方が老けていた。いや、有名人と違って一般人だから、そう見えるだけかもしれない。


 ノータイだけどスーツにヨレはなく、白いシャツも清潔で、きれいに整髪しているし、三十代半ばの刑事さんとしては外見に気を遣っているように見える。


「いや、彼女たちも佐山天願の事故に興味があってね」


 沢村さんが僕たちの囲んでいるテーブル席に座ったので、刑事さんも合わせるように腰を下ろした。


「現場を見る前から失火担当の刑事さんが派遣されたのは、なぜですか?」


 花園くんが先陣を切って尋ねた。


「第一報の時点で付火つけびの可能性は低いと考えた。通報したご主人は半年前にも火災を経験しており、その時もお世話になったけど、とても冷静に状況を伝えてくれました」


 この場を沢村探偵が仕切っているので、刑事が聞き取りを受ける異様な状況になっている。


「捜査の途中で事故原因が失火から殺人に切り替わることはありますか?」

「もちろん、どんな事件や事故も結果ありきで捜査することはないので」

「そうですか」

「ただ、今回のケースは本人の過失で間違いないでしょう」


 その報告に沢村探偵が驚いた。


「え? そんな早く判っちゃうものなの? 軽く現場を確認しただけだよね?」


 それについて刑事さんが説明した。要約すると、全焼したトレーラーハウスは派手に燃えたけど、建物に使われた木材は四隅の柱以外は軽量化された安い材木で、燃焼時間が短かったため、失火原因が特定しやすいそうだ。


 遺体の損傷は激しいものの、逃げようとした形跡もないことから、濃度の高い一酸化炭素を一気に吸い込んで中毒死したのではないかと見ていた。


 また、寝タバコの痕跡があることから、半年前と同様にタバコの不始末が原因ではないかと推察していた。ただし、それは初見の印象であって、鑑識の結果で変わる可能性は充分あるとも付け加えていた。


「ただ、おかしな点といえば、タバコはあった、ライターもあった、だけど灰皿がなかった。喫煙者というのは色んなものを灰皿代わりにするもんだけど、それらしいものが見つからなかったんです」


 沢村探偵が推理する。


「あのトレーラーハウスは土足なんで、床に捨てちゃったのかもしれないね。宿の人の話だと、露天風呂にまで焼酎を持ち込んで朝まで呑んでたっていうし、僕と同じように記憶が飛ぶほど泥酔しちゃったのかもしれない」


 タバコを吸っていたのだから意識はある。それでも寝落ちした直後に火が出て、熱さや煙で気がつくはずなのに、逃げられずに命を落とす。だからこそ寝タバコは恐ろしい。


「これは、事件の匂いがします」


 テマリが鼻をクンクンさせて、しゃしゃり出てきた。


「半年前の火事と似すぎじゃないですか! こんな小さな島で類似した火事が立て続けに起こると思いますか? 同様の手口で殺害した犯人が、この島にいるとしか思えません」


 火災捜査のプロの見立てを真っ向から否定するテマリに僕は引いたけど、ミモザ先輩が冷静にツッコミを入れる。


「二つの火事が殺人なら、わざわざ手口を同じにして事件性を匂わせる必要はないでしょ。前の火事は事故で片付いたんだから」


 ごもっとも。


「主任、ちょっとよろしいですか?」


 刑事さんが部下に呼ばれたので、沢村探偵による捜査会議は終了した。



 それから個別に聞き取り調査に応じて、自由の身になったので、花園くんと二人で部屋の荷物を片付けることにした。二人の刑事さんが泊まる部屋を空けるように宿の人に頼まれたからだ。


「ハウスの中って、どの部屋も全部同じなのかな?」

「少なくとも、ここは僕の部屋と同じだね」


 ベッドで寝ながらタバコを吸う山田さんの姿を想像しただけで恐ろしくなった。彼女の部屋にも二つのベッドが並んで置かれていたとして、その隙間が狭すぎるからだ。


 仮にタバコの灰を床に落として処理したとして、寝惚けていたら、隣のベッドの掛け布団に火がついてもおかしくない。


「こんな危険な状況でタバコなんて吸うかな?」

「そもそも全室禁煙だから想定外だよ」


 宿側に責任がないのが唯一の救いだ。


「あれ? 部屋を間違えたかな?」


 主任刑事と一緒に聴取していた若い刑事さんがノックもせずにドアを開けた。


「いや、合ってますよ、今すぐ出ますので」

「そんなに急がなくても大丈夫だから」


 武闘派ではなく、研究者タイプの刑事さんだ。


「ベッドメイキングがまだですけど」

「いいよ、どうせ一泊素泊まりコースだから」


 花園くんが会話に割って入る。


「こういった捜査は時間が掛かると聞きましたが」

「今回はそれほど掛からないんじゃないかな」


 疲れていたのか、ベッドに腰を下ろして一息ついた。荷物が片付いたので部屋を明け渡そうかと思ったけど、花園くんが会話を止めなかった。


「ドアに鍵が掛かっていたからですか?」

「そうそう、よく分かったね」


 放火の可能性はゼロということだ。


「司法解剖は行われますか?」

「今回は死亡原因がハッキリしてるから」


 そういうのは予算も関係していると聞いたことがある。


「主任の刑事さんに聞きたいことがあるんですが、どちらにいますか?」

「渡し忘れたものがあるって言うんで港に向かったところだよ」


 すでに鑑識作業が終わっていたので、帰路に着いた捜査チームを追い掛けて行ったのだろう。


「車ですか」

「帰ってきたら伝えておくよ」

「ありがとうございます」


 そこで部屋の鍵を渡して、花園くんの部屋に荷物を置いてきた。



 本館のレストランに行くと、ミモザ先輩とテマリがお菓子を食べながら駄弁っていたので僕たちも混ぜてもらった。


「離島の恋愛って、キュンキュンしますね」


 単純な火災事故だったので、テマリもすっかり乙女モードになっていた。


「新作舞台について聞きたいんだけど」


 花園くんも完全に探偵モードのスイッチが切れてしまったようだ。


「何かしら?」

「取材内容を教えてほしい」


 ミモザ先輩がノートパソコンにまとめたファイルに目を落とす。


「物語には〝かせ〟が重要なのよね。枷とは自由を奪うものなんだけど、例えば『ロミオとジュリエット』のような家同士の争いとか、『タイタニック』の格差とか、名作の恋愛悲劇には自由がないの」


 確かに。


「離島の恋愛にも枷があるから美しいのよね。簡単に島を捨てられるような女の恋心には惹かれないもの。それと同じように、簡単に迎えに行くって言うような本土の男にも魅力を感じないでしょう? 好き合ってても別れを選ぶから悲劇が美しさとして残るの」


 いや、女が好きなら島で暮らせって、僕なら思うけど。


「男には簡単に辞められない大事な仕事があるけど、女にも捨てられない島の生活がある。そうなると、どうやっても上手くいくわけないわよね。子供の頃には理解できなかったけど、実際に話を聞くと、なんとなく分かるのよね」


 僕は恋愛と仕事で、恋を選ぶ物語に惹かれる。


「でも島の大人に取材すると、そういう本土の男はろくでもないって言ってた。たぶらかされて、もてあそばれて、捨てられるだけ。島の女にちょっかい出すような男にまともなのはいないって」


 島民にとっては、離島の美しい恋愛悲劇も下衆げすな話になってしまうわけだ。


「本土の男に恋する女心は純粋だけど、その純真な心に触れて、それでも恋の導火線に火を点けてしまうような男は、やっぱり身勝手だと思う。どうも私には、離島の恋愛悲劇を美しく書けないのよね」


 取材せずに妄想だけで書いた方が良かったのではなかろうか。


「離島の女との恋愛経験がある本土の男に取材しても、自分を正当化して、きっと美化するでしょうし、どうやったら美しい物語にできるんだろう? やっぱり主役が恋に命を懸けないと、歴史に残るような恋愛悲劇は作れないわね」


 僕は歴史に残るような恋愛はしなくてもいいと思った。



 晩飯時になったけど、編集者の二人は仕事で忙しく、レストランに姿を見せることはなかった。おそらく火災事故のネタを会社や同業者に提供しているのだろう。


 厳密には業種が異なるけれど、会社や知人の命令や頼みならば仕方がない。むしろ知り合いが亡くなる痛ましい事故の後でも仕事をしなければならない、番場さんと白木さんの心が押し潰されないか心配になった。


 それからお風呂に入ろうと、着替えを取りに外へ出たところで、車で帰ってきた刑事さんと従業員さんの二人とバッタリ出くわした。


 主任の刑事さんが駐車場に車を留めて、鍵を抜かずに車から降りてきたけど、この島では盗難の心配がいらないので、それが普通だった。


「そういえば、主任の刑事さんに何か訊きたいことがあるって言ってなかった?」

「いや、もう、その必要はなくなった」


 花園くんは完全に探偵モードから観光客モードに切り替わっていた。



「やぁ、君たちはお風呂かい?」


 大浴場に向かって歩いていたところ、佐山天願の展示室にいた沢村探偵に声を掛けられた。


「先生は何をされていたんですか?」

「……うん」


 普段は爽やかな人だけど、こうして苦悩する姿も渋くて格好よかった。


「ミステリー作家の天願と編集者の山田さん、その二つの死をどうやって本にまとめようかと思ってね。僕も手毬ちゃんと同じように考えていて、同様の死に方をしているから二つの火事は密接に繋がってるんだろうと思うけど、それが上手く結びつかなくてさ」


 花園くんが珍しく大袈裟に驚いた。


「え? 先生はまだ事件の謎を解かれていないんですか?」


 沢村探偵も顔を見合わせて驚いた。


「え? 君は何を言ってるんだ?」

「殺人事件の真相です」


 これには僕も驚いた。


「佐山天願は殺されたのか?」

「いいえ、そちらはタバコの不始末です」

「だってライターがないじゃないか」

「それなら僕たちの目の前にありますよ?」


 そう言って、シューケースをコツコツと指で叩いた。


「万年筆?」

「そうです。これがライターなんです。正確には多機能ペンですが」

「どう見ても万年筆じゃないか」

「真ん中で折れるようになっていて、いわゆるヌンチャク型というやつです」

「それを見ただけで解ったの?」

「はい。検索したら、同じ製品が売られていました」

「なんで検索しようと思ったんだ?」

「原稿をパソコンで書いていると聞いたので」


 僕も同じ話を聞いたけど、検索するどころか疑問を持つことすらできなかった。


「じゃあ、天願の死と山田さんの死は無関係なのか?」

「いいえ、大いに関係があるんです」

「わざわざ死に方を似せた理由は?」

「犯人にとっては模倣することに意味があったんです」

「その犯人というのは、誰なんだ?」

「それは──」


 僕には見当もつかなかった。

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