真相
「織部琴音さんです」
誰だ?
聞いたこともない名前だった。
「琴音ちゃんが?」
沢村探偵にとっては既知の人物だったようだ。
「なんで宿の従業員が山田さんを殺すんだ? 接点がないじゃないか」
「山田さんが泊り客の中で唯一の喫煙者だからです」
そこで探偵の花園くんが無念そうに呟く。
「すでに紙タバコは止めていたんですけどね」
「なんで、琴音ちゃんが」
残念がったものの、そこから沢村探偵の行動は早かった。歩きながら電話を掛けて、警察を呼んでから、無人のフロントを横目にレストランに向かった。
一人で食事をしていた主任の刑事さんには構わず、厨房にいた容疑者の織部琴音に優しく声を掛けて、話があるからと、刑事の横に座らせるのだった。これは刃物のある場所から遠ざけるための冷静な判断であった。
関係者全員を集めて、探偵が犯人を名指しすることはなく、僕たちの目の前に座っているのは島の若い女性、ただ一人だった。
沢村探偵が容疑者を見下ろして、落ち着いて尋ねる。
「琴音ちゃん、君が山田さんを殺したのか?」
従業員さんは俯いたが、隣の刑事さんは驚いていた。
「どういうことだ? 本当なのか?」
そこで本職の刑事さんが尋問を始めた。
「答えるんだ」
琴音さんが、刑事の目を見る。
しばらく見つめ合う。
女の目に涙が溜まってゆく。
そして、コクリと頷いた。
「なんで……」
犯人があっさりと容疑を認めた。
「なんてことをしてくれたんだ」
刑事がやり場のない怒りを抱えつつも、どこにその怒りをぶつけていいのか解らず、握った両手の拳が宙を彷徨った。
「鷲宮さん、彼女は、あなたに会いたくて、人を殺したんですよ」
そう言って、花園くんが刑事を冷めた目で見下ろした。
「なんのことだ?」
「お判りでしょう?」
「俺は関係ない」
「あなたは既婚者だということも隠していたわけですか」
琴音さんがショックを受けたので事実のようだ。
「和彦さん、今の話は本当ですか?」
「すまない。言いそびれた」
その言葉に琴音さんは泣き崩れて、何度も「ごめんなさい」と謝るのだった。それは今頃になって自分の犯したバカげた罪の重さに気がついたからだろう。
沢村探偵が何もしようとしない刑事に代わって、琴音さんを落ち着かせて、不倫をした身勝手な男に厳しい目を向けた。
「鷲宮くん、警察を呼んだから、事情聴取に応じて、彼女のために全て正直に話すんだ」
「私には生まれたばかりの子供がいるんですよ?」
「君は大切な家族にまで罪を背負わせたんだ」
「俺が殺したわけじゃないんです」
そこで鬼のような目つきで琴音さんが睨みつける。
「火事が起きれば会いに行けるって言ったじゃない!」
その後、所轄署から警察がきて、琴音さんは連行され、鷲宮刑事も任意の同行に応じたのだった。
駐車場で不倫カップルを見送った後、沢村探偵が僕たちの元にがきて、花園くんに労いの言葉を掛けた。
「君は、まるで小説やドラマの探偵みたいだね」
「沢村先生もそうじゃないんですか?」
「僕はチームで動いてるから、一人じゃなんにもできないよ」
「僕もミモザ先輩の取材のおかげなので同じです」
ミモザ先生が取材したのは宿の三人以外にいなかったわけで、新作舞台の主人公は、まさに琴音さんの恋愛事情そのものだったわけだ。
「花園くん、君がいてくれて、本当によかった」
探偵同士が握手を交わすが、僕もそう思った。
「先生、探偵の助手にしてくれる約束はどうなりましたか?」
またしてもテマリがしゃしゃり出てきた。
「うん。誰よりも早く事件の匂いを嗅ぎつけた君の能力は称賛に値する。これからも協力してくれるね?」
「もちろんですっ!」
僕にとっては迷惑な話だった。
「先輩、本物の探偵からお墨付きを頂いちゃいましたよ」
こうして勘違い乙女の名探偵テマリが爆誕したのだった。
事件後、取材旅行の援助をしてもらった千華お嬢様にお礼参りするため、花園くんと一緒に紫苑家の豪邸に伺った。
いつものサロンルームで紅茶を手に庭園を眺めながら事件について報告した。耳を傾ける美しいそのお姿は、天界から下々の世界を見下ろす天女に見えた。
「司法解剖の結果、遺体の血液から睡眠導入剤が見つかったそうです。容疑も大筋で認めていますし、事件は解決です。ただ、不倫した刑事は殺人教唆を認めていませんが、公務員法で処罰されると聞きました」
千華さんが花園くんに尋ねる。
「犯人の恋仲の相手が刑事だって、どうして判ったの?」
探偵が答える。
「二人が車に乗ってて、運転してたのが刑事の方だったからピンときたんだ。港まで行くのに、宿の従業員を連れて行く理由はないからね。運転していたのが逆だったら、もう少し時間が掛かったかもしれない」
部屋のマスターキーを使えて、被害者に喫煙歴があることを知りつつ、タバコをやめたことを知らない人物で、山田さんに最後に会ったのは従業員さんだから、こうして振り返れば簡単に犯人を当てることができる。
「僕も同じ場所にいて、同じことを見聞きしたんだけどな」
千華さんが説明する。
「花園くんは別よ。ウミガメのスープを二、三個の質問で答えに辿り着いちゃうんだもの。シュウくんと違って水平思考が飛び抜けてるの。ヒントが足りないなんて、凡人の言い訳だわ」
僕は別に言い訳をしてるわけじゃない、彼が天才なのは認めるけど。
当の花園くんは、自分のことを天才だとは微塵も思ってない様子だった。
探偵が思い出したように語り始める。
「そういえば佐山天願の遺作を読んだけど、まさに凡人には理解できないミステリー小説だった。事件は起こるけど、ヒントは何もないんだ。犯人を見つけようと手掛かりを捜しながら読むんだけど、読後、それが間違いだと解った。そんな読み方じゃなくて、もっと想像力を膨らませて、発想を飛躍させれば良かったって後悔したからね」
本文に一切登場しないどころか、言及すらされていない人物が犯人だったらしく、すでに駄作の評価を受けていた。
一方で、作者は登場人物のバックボーンも作り込んでるから、本文に書かれなくても、想像することは可能なので、アンフェアとも言い切れないと擁護する意見もあった。
「公的捜査機関が発想を飛躍させて自分たちが作ったシナリオ通りに容疑を固めていくのは危険だけど、私立探偵がそのリスクを取らないでどうするんだと、そんな小説だった。探偵は警察じゃないから価値があり、刑事の真似事をするだけなら探偵はいらないだろうって、それが探偵小説家・佐山天願の遺言さ」
ミステリー小説の読み方を変えたい、それは探偵の在り方を変えたい、っていうことだったわけだ。
「花園くんは探偵について、どう考えてるの?」
気になったので、彼に尋ねてみた。
「今は世の中に探偵が溢れている。事件が起こる度にネット探偵が大量に現れては、場当たり的な推理で事件の関係者を容疑者に仕立て上げているが、それはリスクを取り過ぎている危険な行為だ」
花園くんが、僕を真っ直ぐ見つめている。
「探偵をやるからには、警察であろうが、なかろうが、責任を取る覚悟が必要だ。人を疑うというのは、それくらい重たいことだからね」
彼にとっての探偵の在り方というのは、人としての在り方を問うものなのかもしれない。そう、僕は考えた。




