真相
花園くんが誘い出したのは蜂屋流左衛門くんだった。僕も二人に同行して、呼び出した理由を聞くことにした。
湖岸に面した雑木林で座長は背中を向けたまま、振り返りもせず、立ち止まったので、探偵が後ろ姿に向かって問い掛けた。
「この事件は、このまま警察の捜査が始まると、いくつか不明瞭な点、かつ不自然な状況があったとしても、聴取のみに頼らざるを得ないから、真夏さんは自殺として処理されるだろう。君に疑いの目が向けられたとしても、嫌疑不十分で逮捕にすら至らない」
何を言ってるのか、僕には分からなかった。
「俺は、君が真夏さんの死に深く関与していると思っている。しかし、証拠がない。なぜなら殺人でもなく、自殺でもないからだ。君の口から真実を語らなければ、真相が解き明かされることはないんだ」
自殺ではない?
「さらに、君に協力した人が二人いる。事件の隠蔽を手伝ったのは、小夜さんと朝日さんだ。その二人が真夏さんから電話連絡を受けたが、その時には既に彼女は生きていなかった。二人が君のアリバイを偽装したんだ」
なぜ、そんなことを?
「君が人目につく浜辺にいる間、二人は真夏さんのスマホを使って、本人になりすまして電話することで、死亡時刻をずらした。誰もが厳重にスマホをロックしているわけではないから、単純な思い付きと、得意な芝居で誤魔化せると思ったのだろう」
では、なぜ花園くんは見破ることができたのだろう?
「しかし、その芝居がいけなかった。朝日さんは〝色欲〟なのに、スマホばかり見て気はそぞろ。終いには、予定もないのに俺たちの前から逃げ出したんだ。明らかに、芝居の質が変わった。つまり、演じている役柄が変わったということだ」
花園くんに芝居のスイッチが入ったわけじゃなかった。
「小夜さんも同様だ。他の劇団員が役に徹したように、〝怠惰〟を演じているのだから、慌てた姿を見せてはいけなかったんだ。仮に台本じゃないにしても、スマホで連絡できるのだから、わざわざ足を運ぶ必要はなかった」
彼女も別の役を演じてたわけだ。
「蜂屋くん、君は『想像力を働かせろ』と言っていた。今回の事件では、君のアリバイ作りに協力した二人だが、現在の関係性が壊れたら、どうなるだろうか? ある時、共犯者が脅迫者に変わる時が来るかもしれないんだぞ? 彼女たちをそうさせないためにも、いま、真実を明かすべきだ」
そこで高橋くんが現れて、蜂屋くんの正面に回り込んだ。
「座長、彼の話は本当なのか? 何があったんだ? 隠してることがあるなら教えてくれ。彼女はお前だけのものじゃなく、オレたちの仲間でもあるんだぞ? 彼女の初舞台を観にきたご両親の喜ぶ顔を、お前だって見ただろう」
高橋くんが泣いている。
「これが本当に自殺じゃないなら、彼女のご両親に何て説明するんだ? 真相を知ってて、嘘をつくつもりか? そんなことのためにオレたち、芝居をやってきたわけじゃないだろう。ご遺族は観客じゃないんだぞ? お前が書いたシナリオなんて望んでないんだよ」
探偵が優しく語りかける。
「蜂屋くんは今回のゲームで『罪と向き合ってほしい』と言っていた。いまの君は、それができているのか?」
そこで小夜さんが現れて、花園くんの正面に回った。
「これ以上、蜂屋を追い込まないで。この人、死のうとしてたの。だから、私たちは一緒の罪を背負うことにしたの」
朝日ちゃんが彼女の横で思い出しながら語り始めた。
「わたしたちが発見した時には手遅れでした。座長に尋ねても答えてくれず、湖に身を投げようとしたんです。それを二人で必死に止めて、とにかく、死なせてはいけないと思いました。スマホを悪用したのも、彼女を自殺に見せ掛けたのも、全部わたしです」
蜂屋くんが振り返り、膝をついた。
「誰も悪くない。すべて俺一人の責任だ。二人で心中をする芝居をしたら、途中で深くなり、溺れてしまった。先に意識を失った彼女を岸に連れ戻すだけで時間が掛かって、どうすることもできなかった。全部、俺が悪いんだ」
気がつくと、劇団員が座長の周りに集まっていた。
高橋くんがしゃがみ込んでで、座長の肩に手を回して、語りかける。
「同じことを、ご家族にも正直に話そうな。一生懸けて、償わなきゃいけないんだ。オレたちが立ち上げた劇団なんだから、オレにも責任はある。だから彼女の後を追うな。一緒に償っていこう」
梅本くんが声を掛ける。
「ご家族の元には、僕も一緒に行きます」
文香ちゃんも声を掛ける。
「みんなで償っていきましょう」
探偵は、何一つ証拠を見つけられなかった。しかし警察が到着するまでに花園くんが何もしなかったら、彼らはどうなっていただろうかと、そんなことを僕は考えていた。
謎の自殺や事故があり、それが何十年もの間、未解決事件として扱われる。関係者が詳細を語らなければ、様々な噂や憶測が飛び交い、僕たち全員にも疑いの目が向けられていただろう。
違いは、探偵の花園、彼がいたかどうか、それだけでしかない。
それから数日後、合宿地として私有地を貸してくれた千華さんにお礼をいうために、花園くんと一緒に紫苑家を訪れた。
サロンから見える裏庭は初夏の彩りを見せており、紅茶を飲むお嬢様の美しさをより一層引き立たせていた。
「これで何度目よ?」
花園くんと出会ってから事件続きなので、正直憶えてなかった。
「今回は事件ではなく事故ですから」
「そのようね」
千華さんには既に詳細を伝えていた。
「うちの弁護士に訊いてみたんだけど、自殺幇助や自殺教唆にはならないだろうって。合宿中に起きた事故だから、業務上過失致死で捜査を進めるけど、おそらく起訴猶予が妥当だって教えてくれた」
それがお嬢様には不満らしい。
「ひと一人が死んでるのよ? そんなのってある?」
「そういう事故の法定刑は軽いですからね」
「軽すぎよ」
「あとは民事でどうなるかってところですね」
それも裁判で争うのか、和解するのか、僕には分からなかった。
「それで朝日ちゃんとは、その後どうなの?」
「それっきりですよ」
「花園くんは?」
「昨日、電話で少し話した」
意味が分からなかった。
「何を話したの?」
「なんでもないさ、話し相手が欲しかったんだろう」
「どうしてシュウくんじゃないの?」
「それを俺に訊いても解らないよ」
「アンタ、探偵でしょ?」
きっと、それが理由だ。
そうに違いない。
そういうことにしておこう。




