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探偵の花園 【ミステリー短編集】  作者: 遊川遊
File 2 白鳥湖畔の悲劇
6/10

二日目

 朝の五時に目が覚めたけど、外はすっかり明るくなっていた。朝寝坊が常なので、こんなにも早い時間から一日が始まっているとは思わなかった。なんだか、少しだけもったいない気がした。


 この日の朝食はご飯にみそ汁と、納豆に生卵、他にもパウチの焼き魚や味付け海苔やタラコなど、定番の朝食セットを各自で取り分ける予定なので、そのための準備をした。


 早めに起きてきた花園くんと一緒に食事をして、わざわざ僕にお礼の言葉を言ってくれたので、それだけで無償の労働に励んだ甲斐があった。


 劇団員たちも目覚めが早く、七時までには全員が朝食を食べ終わっていた。食堂で九人が顔を揃えていたので、そこで蜂屋くんが改めて朝礼を行った。


「今日は二日目にしてゲームの最終日なので、なるべく一人でいる時間を減らして、できる限り集団で行動してもらいたい。その場合も一か所に留まるのではなく、舞台を広く使ってほしいんだ」


 具体的に説明する。


「といっても本物の舞台のように制限はある。ロッジを中心とした湖岸の端から端までがメインステージだ。他にも小山の頂上や、ロッジやバンガローの中で過ごすのも場面転換としては有りだろう。それじゃあ、始めよう」



 この日は花園くんと一緒にいると決めていたので、僕としてはそれ以外のプランは何もなかった。


 劇団の男三人が小山の頂上へ散歩に出掛けたので、僕たちはそちらを避けて、湖岸の浜辺に留まることにした。


 演劇では舞台上で人が重なりすぎないように立ち位置を決めるので、その習性で自然と距離を置いたわけだ。


「先輩、私たちとWデートしましょう!」


 ロッジの前の浜辺に行くと、ビーチパラソルが二本差してあり、傘の下には四脚のビーチチェアが並んでいた。


「わたしたちで立てました」


 小劇団のキャストは裏方も兼ねている場合があるので、こういう作業に慣れている子が多かった。


 僕と朝日ちゃんがペアとなり、花園くんが真夏ちゃんとペアを組んで傘の下に腰を下ろした。組み合わせは成り行き任せだった。


「僕たちは昨日の夜、二人きりでゲームの感想を話し合ったんだ。二人は他の人の演技に関してどう思ってるの?」


 Wデートの経験がないから、何を話せばいいのか分からなかったので、真面目な質問をしてしまった。それに対して、朝日ちゃんが嫌な顔をせずに答えてくれた。


「とても勉強になります。選ばれたカードの役柄によっては演技の噛み合わせが悪く感じることもあるんですけど、キャラの性格を守りつつ、わたしに合わせてくれたり、お芝居って、本当に一人じゃできないんだと思いました」


 一人芝居という例外もあるけれど、それが演劇の魅力かもしれない。


「その中でも小夜さんは特別です。役に入り込んだらブレないので。公演が終わっても役が抜けないから困るって聞いたことがありますけど、わたしは小夜さんみたいな女優になるのが夢なんです」


 尊敬する先輩から主役を奪うかもしれない、そんな来たるべき現実に複雑な気持ちになった。


「真夏ちゃんはどう?」


 彼女も主役を争う一人だ。


「ワタシも先輩方を尊敬してるけど、どう表現していいのか分からなくて、セリフも思い浮かばないし、上手い返しもできなかったから、もっと上手くなりたいって思った。ワタシたち、みんなでプロになる約束をしてるので、足を引っ張るような存在にだけはなりたくないんだ」


 夢を語る姿は美しいけど、やはり〝強欲〟としてはモノ足りなさを感じた。


「そんなことより、デートなんだから手を繋ぎましょうよ」


 それに比べて朝日ちゃんは〝色欲〟に徹していた。


「花園先輩の手もお借りしますね」


 強引に手を握られたけど、友だちは涼しい表情のままだったので、ドキドキしている自分がバカみたいに思えた。



 それからロッジに戻って、キッチンで盗み食いしている〝暴食〟の梅本くんを見つけたので、同じ質問をしてみた。


「みんなから楽なカードを引いたって言われるんすけど、全然そんなことないっすからね。キッチンから離れるのは不自然だから自由に動き回れないし、一日中食い物のことしか考えちゃいけないし、やってみなきゃ苦労は理解できないっすよ。勉強になりましたけどね」


 キャラの性格から動線を学ぶのだから、いい役者になりそうだ。


「まぁ、でも一番難しいのは座長かもしれないっすね。元々劇団のリーダー役も引き受けてるわけじゃないっすか。その上に新しい役柄を重ねてるんだから、自分に納得がいってないかもしれないけど、無理もないっすよ」


 蜂屋くんは審査もしなければいけないので、一人で抱え込みすぎてるのかもしれない。



 それから食堂に移動して〝憤怒〟の高橋くんを見掛けたので、彼にも同じ質問をした。


「冗談じゃないよな、オレが一番大変に決まってるだろうがよ。誰が支えてると思ってんだよ。このゲームは誰が一番とかじゃないんだよ。七枚のカードに優劣なんかないんだ。全員が主人公なの。それなのに脇役みたいに扱いやがってよ」


 高橋くんは本質を見抜く力があるようだ。


「作家や演出家が主役や端役を決めるのはいい。客にだって自由に見る権利がある。だけど演じてる役者が相手役を主役と端役で分けるのは違うだろう? それはカードに書かれた役柄の解釈が間違っている」


 彼の役者論には、人生に通じるものがある。


「このゲームに限らず、芝居っていうのはね、どう演じるか、それと同じくらい、演じないことも大事なんだ。役柄に合わない行動をしちゃいけないってことだよ。まぁ、そんなの基本だから全員できるんだけど、みんな自分だけがやってると思ってやがる」


 彼は本当にブレない男だ。



 ロッジを出ると、そこで〝嫉妬〟の文香ちゃんと会ったので、そのままの流れで立ち話することにした。ここでも最初にゲームの感想を尋ねた。


「役に没頭すると、みんなの行動が気になっちゃうんですよね。誰と誰が話してるとか、時間や回数まで気になっちゃって。自分の中で悪い感情が育っていくのが解るんです」


 それだけ役柄への向き合い方が徹底しているということだ。


「でも、それだけじゃ罪にはならないんですよね。それが解らないうちは、まだまだ私も完璧とはいえません。やっぱり恨まれたり憎まれたりするくらいの覚悟がないと、役者は勤まらないのかもしれませんね。ほんと、他のみんなが羨ましい」


 彼女の役者論も本質を突いていた。



 湖岸を見渡しても小夜さんの姿が見えなかったので、彼女を捜しに小高い山へ登ることにした。林道の木陰にもいなかったので、頂上にいると思ったからだ。


「こちらにいらしてたんですね」


 いるにはいたが、見晴らし台のベンチではなく、やはり日差しを避けるように木の茂みにシートを広げて、そこで一人で休んでいた。


「みんなに連れて来られたんだけど、下りるのが面倒になっちゃって、誰か来るのを待ってたの」


 キャラの設定を守っている〝怠惰〟の小夜さんにもゲームの感想を尋ねた。すると「なんのこと? ゲーム? 何を言ってるか分かんない」と、とぼけられてしまった。彼女は役者として、次元が違うと思った。


「ねぇ、それより、帰りたいから、おんぶして」


 それを友だちに頼むのだった。頼りない僕より細マッチョの花園くんの方が相応しいけど、なぜか悔しいというか、寂しいというか、泣きそうになった。


「いいですよ」


 彼は誰に対しても優しいので、当然の対応をした。身体を密着させる姿に見ているこっちがドキドキしたけど、友だちはいつもの涼しい表情で、しんどそうにせず、顔が上気することもなく山を下りた。


「大丈夫か?」


 林道の途中で会った蜂屋くんが大きな声を出して、駆け寄ってきた。


「怪我したのか?」

「おんぶしてもらっただけ」


 そこで小夜さんを座長に預けて、僕たちは二人と別れた。なんとなく、蜂屋くんが彼女と二人きりになりたがっているような、いや、逆だったかもしれないが、そんな雰囲気が伝わったからだ。



 林道から湖岸の浜辺に下りると、浜辺が閑散としていた。ロッジの前へ行くとパラソルの下でスマホをいじっている梅本くんを見つけたので、そのまましばらく一緒に過ごした。途中で汗だくになって帰ってきた蜂屋くんが合流したけど、会話には積極的に加わろうとしなかった。


 それから花園くんが「喉が渇いた」と言うのでロッジに戻った。僕はジュースを飲むつもりだったけど、彼がキッチンで冷やしておいた水を美味しそうに飲むものだから、同じ物を飲むことにした。なんだか、いつもより水が美味しく感じられた。


「あっ、先輩、ここにいたんですね」


 朝日ちゃんが控え目な笑顔で声を掛けてきた。こういう何気ない表情の変化にトキメキを覚えてしまう。


「他のみんなは?」

「ビーチにいましたよ」


 特等席が埋まってそうなので、飲み物を持って食堂に移動した。


「地震でもあったの?」


 花園くんが尋ねたけど、朝日ちゃんはキョトンとしていた。


「はい?」

「さっきからスマホを気にしてるから」

「特に大きなニュースはありません」


 そう言って、スマホをテーブルの上に置いた。彼の機微への気遣いや、相手を心配して寄り添う気持ちは、男として学ぶべきものがあると感じた。


「俺とシュウくんなら、君はどちらを選ぶ?」

「えぇ、意地悪な質問ですね」


 いきなり花園くんが恋愛モードに入った。


「この場でハッキリと決めてもらいたい」

「そんなのすぐには選べませんよ」


 選べないのか……。

 少しでも期待した自分が恥ずかしい。


「君と二人きりで話がしたい」

「二人きりで? それは困ります」

「どうして?」

「お会いしたばかりですし」

「昨日は二人で話しただろう?」

「そうですけど」

「連絡先だって交換した」

「そうですけど」


 交換したのが僕だけじゃなかった事実にショックを受けた。


「思わせぶりな態度を取ったのは君だろう?」


 スイッチが入った花園くんは、恋愛の駆け引きを楽しんでいるかのようだった。それを見て、何も言えない自分が情けなくなった。


「考える時間をください」


 そこでタイミング良く、彼女のスマホに着信が入った。画面を見ると、真夏ちゃんからの電話だった。


「すいません、失礼します」


 そう言ってスマホを取り、立ち上がって距離を取ってから、背を向けて通話を始めた。


「どうしたの? 何かあった? ──大事な話? 後じゃダメなの? 今すぐ? 今は困るよ。後でゆっくり聞いてあげるから。──別れたのは、わたしのせいじゃないよ。──あっ、切っちゃった」


 こういう時に男を見せなければいけないと思った。


「おれたちのことはいいから、マナツちゃんと話してきたら?」

「いいんです、いつでも話せますから」


 と言いつつも、彼女は席に戻らなかった。


「先輩たちのどちらを選ぶか、少しだけ考えさせてください。今日中に、必ず答えを出しますから」


 そう言って、食堂を出た。僕たちも話し相手を見つけるために席を立ったけど、入れ違いで小夜さんが現れたので、彼女に付き合う形で留まることにした。


「もう、疲れちゃった」


 そこでスマホを確認する。


「まだ十二時前なんだ」


 そう言ってスマホを置いて、テーブルに突っ伏してしまった。ここまで怠惰を徹底されると、僕としては何もすることができなかった。


「山から下りて、俺たちと別れた後、何をしていたんですか?」


 花園くんが果敢に挑んだ。


「あれから?」


 そこで顔を上げて、思い出す。


「そうね、蜂屋くんと山に登った」

「二回も?」

「うん。だから疲れちゃった」

「随分とアクティブですね」

「蜂屋は強引だから」

「それで従ったわけですか」

「断ったけど、おんぶするって言うから」

「真面目に答えてくれて、ありがとうございます」


 花園くんが最終日にしてバトルモードのスイッチが入ったみたいだ。相手からミスを引き出そうとしている感じだ。


「ただの暇つぶしよ」

「お役に立てたようで何よりです」


 そこで小夜さんのスマホに着信が入った。今回も相手は真夏ちゃんだった。


「もしもし」


 すぐに電話に出て、座ったまま通話し始めた。


「話がしたいって、なに? 電話じゃダメなの? ──だったら私はロッジにいるから、こっちに来ればいいでしょう? ──そっちは立ち入り禁止の場所じゃなかった? 行ったらダメだって確認したよね? ──もぅ」


 そこで通話が切られたようだ。


「ちょっと、高橋くんに報告してくる」


 そう言って、小夜さんが立ち上がった。

 花園くんが呼び止める。


「蜂屋くんには?」

「こういうのは高橋くんの仕事だから」


 そう言って、足早に食堂を出た。


「いや、ちょっと待って。管理責任者は僕だよね?」

「蜂屋くんにも報告した方がいいだろう」


 ということで、花園くんと一緒にロッジを出た。



 浜辺のビーチチェアに座っている蜂屋くんに状況を説明すると、険しい表情をして、事態を深刻に受け止めた。


「みんなを集めてくれないか」


 梅本くんがキッチンにいたので事情を説明した。


「はぁ」


 気のない返事に拍子抜けしてしまった。

 代わりに花園くんが急き立てる。


「座長が呼んでるよ?」

「いや、行かないっす」

「どうして?」

「自分らを試してると思うんで」

「台本ってこと?」

「たぶん、そんなところですよ」

「なるほどね」

「もうすぐ昼飯なんで、ここにいるのが正解っすよ」


 そう言って、ご飯作りを再開した。



 それから食堂にいる文香ちゃんを見つけたので、彼女にも事情を説明した。


「なんでいつもそういうのは私じゃないんですか」


 こちらも想像していたリアクションとは違った。

 花園くんが対応する。


「彼女を捜さなくていいの?」

「みんな彼女の心配ばっかり」

「みんなって?」

「いや、みんなじゃなくて座長ですけど」

「蜂屋くんが集まるように言ってるよ?」

「私がいなくなっても何もしないくせに」

「君は彼女が心配じゃないの?」

「どうせ、いつものことですから」

「台本ってこと?」

「え? いや、まぁ、そうですね」

「違うの?」

「同じですよ、二人にとっては恋愛も芝居も」


 一緒に捜す気がないようなので、他を当たることにした。



 湖岸の端で釣りをしている高橋くんがいたので事情を説明した。


「どうも、そうらしいですね」


 こちらも気が抜けたような返事だった。

 花園くんが対応する。


「蜂屋くんが呼んでるけど?」

「アイツが何を求めてるかって話ですよ」

「どういうこと?」

「それぞれの役割がありますからね」

「正解は?」

「茶番を見抜いて怒るのがオレの役目です」


 そこへ朝日ちゃんが合流した。


「先輩、急いでください。マナツから電話があって、彼女、『死ぬ』って言ってました」


 それだけ伝えると、走って引き返した。

 心臓が激しく脈打つ。

 それなのに身体が動かない。

 高橋くんも座ったまま動かなかった。

 そして、花園くんも同じだった。


「急がないんですか?」


 花園くんが高橋くんに冷静に尋ねた。


「いつものことだから」

「自殺が?」

「いや、狂言ですから、いや狂言ですらないか」

「前にも同じことが?」

「また、別れたんでしょう」

「また?」

「蜂屋は何度も別れて、何度も復縁を繰り返すんですよ」

「そのことを知ってるのは?」

「みんな知ってます」


 それを聞いた花園くんが、高橋くんを説得して、蜂屋くんの元へ連れて行った。



 ビーチパラソルの周りには真夏ちゃんを除く全員が集まっており、僕たちが到着すると、蜂屋くんが号令を掛けた。


「これから、彼女を捜索する。こうしてる間にも、ひょっこり戻ってきてくれるといいんだが。期待してばかりではいられないので、みんなで捜そう。山の向こうは途中で道が途絶えてるから、勝手な行動はせず、班ごとに捜索しよう」


 林道を行くと、小山への登山道の入口があり、そこが三差路になっていて、真っ直ぐ進む道が立ち入り禁止区域へと繋がっていた。


 途中から私道が途切れて、草木が生い茂る獣道に変わり、別の所有者が管理している湖岸に出た。浜地が少なく、管理が行き届いていないため、下りるのに苦労したけど、僕たちは必死だった。彼女が浜辺の浅瀬で倒れていたからだ。


 先に到着した花園くんが彼女を水辺から引き上げて、蘇生を試みたようだけど、僕が到着した時には既に手遅れだった。


 僕が救急車を呼んでいる最中、他の者らは己の認識の甘さに打ちひしがれ、己を責め、誰もが内省し、誰とも目を合わせようとしなかった。


 そんな状況の中、花園くんは劇団員の一人に声を掛け、その場から離れて木陰へと連れて行った。

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